初めて天皇陛下を尊敬する気持ちになった

愚かものの迷惑さ
不遜な話だが初めて今上陛下を心から陛下とお呼びしたい気持ちになった。天皇と聞けば砂を掛けるのが正しいリベラルのあり方だと思っていたが、この人が君主なら天皇制という立憲君主制も悪くない。
不遜はまあこの日記をお読み頂ければ、私を慎み深い人間だと思う読者はまずあるまいと思うし、押し通させて以下の発言をお許し頂きたい。


ご自身のお立場にあって、国旗国歌に少しでも関連する話題に触れられて、そのご発言に政治的意味がないとお考えになるほど、今上陛下は愚かでナイーブな方ではないと思う。
陛下は敢えて意識的に一線を踏み越えられたのである。静かだが重大なお覚悟をもってのご発言なのだと拝察する。ご発言に関して波紋を呼ぶことはご承知の上で。その責任を負われるお覚悟もなさった上で。
このようなお覚悟を強いた無思慮無礼な輩は切腹ものである。
この重大なお立場にあって、それなりの政治的なご意見をお持ちでないはずがない。ただその御意見は、将軍の御佩刀のように、名刀だが事実上抜くことはないという類のものである。そのご意見を明言して頂く必要のないよう取りはからうのが下々の勤めである。
それをわざわざ「口を割らせる」に等しい仕儀でそのご意見を強制公開させるとは。呆れたものである。逆臣と言うにも値しない。愚か者である。ラチェット&クランク風に言うなら、「こーのクソ馬鹿チンが・・・」である。
このクソ馬鹿チンは、東京都教育委員と言うことだから一応は東京都の教育行政に関わっていたのだろうが、東京では他者の気持ちを思い遣ることを教育の場ではあまり重要視していないらしい。
教育委員さん、そのお目出度い脳みそで今上陛下のご心中を少しでもお考え頂きたい。
昭和天皇は、ご自身の代で国が滅ぶかとも危惧されるほどの敗戦を目の当たりにされ、後にはその責任に関して国民から糾弾された。
幼い頃には、国家総動員の戦争をお父上の名の下に闘った挙げ句に国が滅び掛けた有様を、長じてはお父上がその責任を問われた様を、今上陛下は逐一ご覧になってこられたはずだ。
戦争責任の有無は有無として、根拠のあることであれ無いことであれ、自分の父親が世間から糾弾されるというのは大変なストレスであると思う。その糾弾の内容が、一国の興亡という、とうてい人間一人の肩には背負えない重大事の責任についてであれば尚のこと。その時代の熱狂が後になってお父上に強いた苦悩を、ご子息として間近にご覧になっておられたこととも思う。
全国の学校で国旗国歌をなどと脳天気に語られては、むかしお父上の肖像が全国の学校で拝まれていた光景がフラッシュバックされたのかも知れない。その時代の亡霊がぬけぬけと今度は自分の目の前に復活してくるとは、今上陛下もまさか御予想になってはおられなかっただろう。とっさに則を越えることも辞さぬご発言に至ったご胸中は察するに余りある。
そして、とっさに則を越えることをご選択になったご判断を尊敬するものである。

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