強制の怯懦なやりかた

言葉の強姦
他人に何か強制するときはせめて自分の顔とリスクでものを言え。
何を強制するにせよ、「自主的に・・・するよう」強制することは卑怯である。
他人に何か強制しておきながら、その強制する行為のリスクすら回避しようとする卑怯さ。
「自主的に」やったことだからとその結果をも強制された者に負わそうとする臆病さ。
自分の顔すら見せられない、意思とも呼びがたい矮小な根性。
気高さの一片もない。虫酸が走る。
圧倒的な強制も決してこわもてな顔をしているわけではない。
怯懦な小役人の小心さが総体となって、全体主義を推進するのだ。

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