初詣

病棟へ行くと主任が出てきていて容赦なく書類仕事を振ってくる。お互い年末年始も病棟で仕事していて九州の故郷に親不孝しているから明けましておめでとうとも何となく言わない。油断するとこの主任と私の不倫なんて言う噂があっという間に立つんだろうなとは警戒しなければならんなとは思う。そんなお馬鹿なことでこの有能な人に去られたくはないものだ。私があんまり絵に描いたような甲斐性無し度胸無しの医者だって事がその噂を阻止する有効な因子なのだけど(誰があんなの相手にするのよっていう反論が結構有効だってこと)。主任もそんなお馬鹿な噂のアホらしさが分かっているのか、宴会などプライベートな話をする機会のあるたびに「私は職場恋愛だけは絶対御免ですから」としつこく繰り返すのだけど(もう5~6回言われたような気がする)、そんなこと私に言われても何と答えたものやらよく分からない。私の知恵では何と答えても彼女のプライドを傷つけるような気がする。
病棟を引き揚げてきて吉田神社に初詣に行く。思い立って今出川通り沿いの参道から吉田山に登ってみる。学生時代以来だから10年以上経っている。当時は銀閣寺近くの下宿から教養部とか医学部へ(隣だからあまり違わないが)行く通学路をあれこれ工夫して遊んでいた。吉田山を横断して神楽岡通りへ抜けてみたりとか。ポケベルも持たないで済んだ暇な時代だった。十数年後に妻子を連れてまたこの道を登るとは思いもしなかった。登山路は妙に小綺麗に整頓されていた。展望台みたいな場所も出来ていて京大のキャンパスも一望できたが新しい近代的な建物が沢山新築されていて時計台が縮んだように見えた。まあ、あそこは学生が二階に上がったら建造物不法侵入で警察が呼ばれる剣呑な建物だから少々扱いが悪くなったとていい気味だとしか思わないが。時計のデザインも悪いし。
吉田神社の境内で「さざれ石」の現物を見た。「君が代」に出てくる、あの「巌となりて苔のむすまで」のさざれ石である。ちなみに結構でっかい岩だしとっくに苔むしている。「君が代」はとっくに有効期限が切れたんじゃないかと思ったが、帰ってからニュースを見たら陛下は今日は午前3回午後4回も一般参賀にお付き合い下さっておられる由。茶化していたら罰当たりだ。丹前羽織って炬燵に当たりながら年始客をぼちぼち相手してればいいって訳じゃないお立場には制度として「隠居」はあり得ない訳だから大変である。家族揃って過ごす正月も最後だねえとか言いながら今年は嫁に行く娘を囲んで三が日くらい水入らずで過ごされても良いんじゃないかと思うがどうだろう。
帰り道にカレー屋に寄った。息子が「牡蠣フライカレー」などと生意気な注文をするので、おいおい牡蠣なんてお前食えるのかいと、偏食の強い彼の意外な注文に驚いたのであるが、さらに驚いたことには牡蠣フライ4個きっちり食っちまいやがった。どういう風の吹き回しだか。妻も私も内心はその食い残しの牡蠣フライを狙っていたので少しがっかりしたことではあった。酷い親だ。