ホームレスについて考える
適度に微視的であることって大事だと思う。
待合室の患者さんの数に圧倒されつつも淡々と一人一人拝見する。重態の患者さんの込み入った病状にも、一つ一つの問題点を地道に解きほぐして解決してゆく。一振りで全ての問題が消えて無くなるような魔法の杖は、臨床では期待しない。誰かがその杖や呪文を隠し持っているとは考えない。魔法を使えなくても地道な問題解決への参加を放棄しない。
その地道さに耐える強靱な知的耐久力が、臨床には必須のはずだと、私は思う。焦らず、ゴールの見えない先の長さにへこたれず、明確な結論が出なくても、誰かのせいにすることで結論代わりとは考えず。
ホームレスやなんかの社会問題も、病棟の窓から見える社会の風景は何となく一括りにしがちだけれど、でも医者なら臨床でものを考える態度で問題に当たるべきだと思う。どれだけ迂遠に見えようと私たちは患者さんを一人ずつしか治せない。福祉の分野でも、結局は現場で一軒一軒のケースを地道に対応していくことが、迂遠に見えて実は最も費用対効果の高いことなのではないかと思う。医者の私が、誰か魔法の杖を振って世間からホームレスを一掃してくれと願うのは、ダブルスタンダードってやつだ。魔法の杖を振らないことをもって行政の誰かの怠慢だとも言わない。私が言えないことを言えば、行政も魔法の杖もどきの施策を重ねて、その無効さを指弾されることになる。不毛である。
