「小児内科」という、我々の業界筋のけっこうハイグレードな月刊誌に、子どもの事故予防情報センターの山中龍宏先生が「子どもたちを事故から守る」という連載をされておられる。今月号が最終回であったのだが、先生曰く「今回の連載を書くにあたり、取り上げる材料には一つも困らなかった」というのがなんともやりきれない本邦の現実である。さらに一節を引用する。
・・・事故予防で問題なのは医学の領域で事故予防そのものへの取り組みがないことにある。
たとえ話にしてみると、主に医学が関わるべき事故予防という1000mの氷壁がそそり立っている。その垂直の氷壁を一歩一歩よじ登って、頂上をめざさねばならない。しかし、現在の小児の事故予防として行われていることは、暖かいふもとの青い芝生の上で、「事故予防」という歌に合わせて皆でフォークダンスをしているように思える。その歌の歌詞には「注意しましょう」、「気をつけましょう」、「目を離さないようにしましょう」という言葉がちりばめられ、皆で踊っているそばには「事故予防センター」という名前の展示ケースが設置されている。この状態を続けていては事故を予防することはできない。
小児の事故予防に尽力してこられた先達の言葉だけに、胸に響く。小児の事故死を報道する記事を目にして私は随分と嘆息してきたが、しかし小児科医の私が小児の事故死に嘆息することは、山中先生に言わせればフォークダンスの品評会をしているに過ぎないのかも知れない。それを恥じて事故防止云々と声を上げても、それは観る阿呆から踊る阿呆に変わっただけのことなのだろう。
なにせ、0歳を過ぎたら本邦の小児の死因のトップは「不慮の事故」なのである。白血病よりも心臓病よりも、何よりも子どもは事故で死んでいるのである。しかしいったい、小児の事故予防を小児の脳死移植よりも喫緊の問題だと認識している大人がどれくらい居るだろう。小児科医のなかにすら少数派かも知れない。