前の先生では治らなかったので

病院小児科の外来に出ていると「近所の診療所を受診したけれど治らないから・・・」云々の受診がよくある。普段は見ない顔だなと思ったら大抵はそう仰る。その先生の処方の内容とか一応は伺っておくが、その先生で治らないという問題点には極力触れないでおく。
聴診器を当てながら、前の先生はたぶん自分の処方で治ったと思ってるんだろうなと思う。小児科では成人と違って病気がたいがい治るから(たぶんにそれは医者の手柄ではなく小児には自然治癒する病気が多いというだけだけれど)、受診が途絶えたらそれは治ったのだと解釈することが多いからだ。遺憾ながらそれは勘違いですよ先生。後始末させていただいてます。
経過が親御さんのご期待に添えないのは前の先生の処方が足りないためではない。むしろ私は前の先生の処方より減らす方がよほど多い。例えばウイルス性胃腸炎の1歳児に対してセルテクト・塩酸コデイン・ロペミン・ラックビー・タンナルビン・アドソルビン・ホスミシンとか処方されてると(プリンペランはさらに他の医者で処方済みであった)、この大量の粉末を内服できる子の胃腸はそんなに弱ってないんじゃないかなとか思う。
処方を一気にラックビー1剤まで減らして(本当はラックビーすら不要なんじゃないかなと思うこともあるけど)、そのかわり胃腸炎の一般的経過を説明し、次の予約をとる。予約までのうちにどうなったら予約外受診かを説明する。外来で治らなければ入院を勧める。自分では治せないと思ったら匙を投げず、治せそうな医療機関へ紹介状を書く。自分の診療では治ってないのに治せたような勘違いをするのは厭なものだと思う。そんな勘違いはできるだけ避けたいと思う。避けられるように網を張る。それも責任のうちだと思う。
たぶんに、前の先生に足りなかったのは時間と説明なのだ。どんな処方も効果を発揮するためにはそれなりの時間が必要である。朝から受診して昼に受け取った薬を昼食後に飲んで夕方まだ熱が下がらないからと藪医者扱いされてはさすがに酷だと思う。だけどそれなら親御さんにどれくらいの時間経過で薬が効いてくるのかの予測を説明するのが本筋だと思う。ありったけの薬を絨毯爆撃みたいに子どもの身体に叩き込んで短期決戦をはかるのは小児科一般外来にはあまりに非効率だ。説明に5分かけるより30秒で処方箋に薬を数品目よけいに書き足すほうが外来の流れは速いのだろうが、結果として患者さんに見限られる羽目になっている。けっして長期的には繁盛する経営戦略ではなさそうに思える。
私の外来からも、○○病院にかかったけれど治らないのでと訴えて、例えば京都に二つある日赤のどちらかとか、同じく二つある大学病院とか、市立病院とか、かかってる患者さんがけっこうあるんだろうなと思う。幸いに次の病気の時に受診いただけたら、カルテの以前の記載をみて、結末の不明確な経過があれば、それとなく聞いてみるようにしている。あっさりと、日赤に数日間入院してましたと教えて下さる親御さんもある。平静を装ってそうですかと拝聴しつつ、内心かなり恥じ入る。当院での職務の本筋はNICUなのだからと自分に言い訳したりもする。
残念ながら、今の私のやりかたでは前の先生の勘違いは是正できない。たぶん、治った時点で「これこれ行って治癒を確認しました」という診療情報提供書を前医に送っておくと善いのだろうけれど、さすがにそこまでの暇はない。
でもたぶんそれをしなければならないのだろう。勘違いを放置しては地域の小児科医療のレベルが上がらないのである。前医を見限ってきた患者さんの肺炎を黙って入院加療していては、発熱患者全員にフロモックスを処方しておけばよいのだという前医の勘違いを是正できないのである。