仕事が遅い言い訳を

私はこれまで自分の外来一コマ当たりの人数が少ないと書いてきた。十分な時間を取っての外来を心掛けていますという自慢半分、速くは診れませんという自嘲半分。でも私の外来進行が遅いのを私一人の責任にされたとしたらちょっと酷だと思う。何と言っても、私は診療介助が無い状態で外来を行っているのである。


外来を円滑に進めるためには診療介助が重要である。気の利く看護師と組めれば外来は非常に円滑に進む。問診中にこどもの服装を弛めておいてくれるから、親御さんは問診に集中できるし、私は病歴をカルテに書き終わったその手で聴診器を当てることができる。聴診が終わったらてきぱきとこどもをベッドに寝かせてくれる。聴診所見をカルテに書いて、振り向いたらこどもが腹を出してベッドで待っているから、腹部の触診に早速取りかかることができる。最後に耳や口の中といったこどもが嫌がる部分を診るときにも、さり気なく頭を抑えて見やすい角度に固定してくれる。咽頭所見をみたら看護師がこどもを宥める間にカルテの記載を終える。所見取りが流れるように迅速に終了する。ほぼ同時にカルテ記載も終わっている。
その後の病状説明で採血をするような雲行きになったら、気の利く看護師は検査伝票を取り出して記入を始めている。私が親御さんにX線云々と言い始めたらX線伝票を書いている。私は所見を取りながらカルテをほとんど書き終えているから、説明の時も親御さんの顔を見て話すことが出来る。あとは彼女が書き終わった伝票を確かめサインをすればよい。
あまり比較はしたくないものだが、以前の勤務先の外来では非常に気の利く看護師が常勤で付いてくれたので、こういう外来進行が当たり前だと思っていた。今にして思えば勿体ない話だとは思うけれど、でもこれが小児科外来の当たり前の姿なのではないかと今でも思う。今の勤務地に転勤してきて、看護師のサポートが事実上欠如した状況で外来を行う羽目になり、以降6年かなり苦労している。ようやく最近になって「使える」人がじわじわと増えてきているが、いつ嫁に行くとか待遇の良い勤務先を見つけたとか言って辞めていかないかと冷や冷やさせられる。
気の利かない看護師にあたったら外来一コマを憂鬱に過ごさねばならない。そもそもそういう看護師はどこで何をしているやら診察室に来ない。私は問診のあと、こどもさんの上着を脱がせるお手伝いから始めなければならない。聴診を済ませて腹を診るときも、靴を脱げだの頭はこっちだだの仰向けに寝てくれだの腹を出せだのと一々指示しなければならない。カルテを書く暇など無い。腹を診たあとはいよいよ正念場の口腔・鼓膜所見だが、厭だ厭だと頭を振り回し抵抗するこどもさんのノドを診るというのは大変な作業である。その後、検査をするときも、検査項目について一通り説明のあと、コンピュータに入力して、紙伝票にガチャガチャとエンボスを押して(なんとうちの検査オーダーはコンピュータに入力した上に紙伝票も書かねばならぬ:これはこれで無駄だと思うのだが)、サインをして、親御さんに採血処置室への道順を説明する。看護師さんが登場するのはこの段階である。書き終えかかった伝票を私の手からひったくるように取り上げて、私がしますと仰る。当人はそれで気を利かせたつもりなのだろうが、いかにも遅い。
むろん、うちのような吝嗇な病院は看護師一人に診察ブースを複数掛け持ちさせるので私のブースにばかり構ってもいられないという事情もあろう。しかし気の利く看護師は必要なときに魔法のように現れる。複数の診察ブースを並行して診療介助するというのは、恐らくは神業の部類なのだろうけれど、卒後2年目でそれをやれる看護師が当院には居る。必要とされる場所に必要とされるタイミングでひょっこり現れるのには感心至極である。ひょっとして当人に尋ねても上手く説明できないような、言語化できない何かを感じて動いているのかもしれない。やはりこれは看護師としての技量と言うよりは、どれだけ気働きする人間かという人格の問題なのかもしれない。看護師というアプリケーション層の出来不出来ではなくて、基礎となる人格的オペレーティングシステム層の出来不出来のような。よいオペレーティングシステムを載せたコンピュータならアプリケーションは簡単な物でも十分実用になるが、へぼいオペレーティングシステム上で同じ機能を実現しようとすると、アプリケーションを大規模かつ精緻に作り上げて耐えず調整を重ねて、それでも相性がどうたらこうたら言ってしょっちゅう不具合が出るものだ。
私とて決して気働きのする人間ではないのであまり他人を悪くは言えないが。
気の利く看護師は、たとえ他に用事があっても、こどもの泣き声が聞こえたら取り敢えず診察室を覗きに来ているように思える。そして状況を見て取るや迅速に介助に入ってくれる。気の利かない看護師の勤務の日は、こどもが泣いていても隣室から看護師が談笑する声が聞こえてくることすらある。こちらとしては、そんな気働きしない奴しか居ないと思うと呼ぶのさえ億劫だ。大声で呼び立てるのはいかにも当院の看護師は気が利きませんと宣伝しているようで恰好が悪いし、こどもは只でさえ怯えているのに目の前の医師が大声を出すと誰が叱られてるんだろうとばかりにますます怯えきってしまうじゃないか。殿様看護師も診察室に来ることは無い訳じゃないが、ぼさっと突っ立ったまま「お手伝いしましょうか」とか間抜けなことを聞く。そんな質問する奴のお手伝いなんか要らないよと舌打ちする。時には忙しくて猫の手も借りたいと思う時もあるが、その時は猫の手を借りますよ。にゃん太郎のほうが役に立つと思うし。

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