今日の子はちょっと怖かった。嘔吐を主徴とする腸重積なんて初めてだ。大抵は異様な不機嫌さとか間歇的な腹痛とか、それなりの症状があるものだと思っていた。たしかに腸重積もイレウスの一種ではあり嘔吐してもなんら不思議ではないのだが。またウイルス性胃腸炎の合併症として腸重積を生じたのであれば、どこからどこまでが胃腸炎の症状でどこからが腸重積の症状か、わかりにくいこともあろうかとは思うのだが。ウイルス性胃腸炎なんて初発症状はたいてい嘔吐に決まってるのだから。それでも、だ。もう10年やってて、腹痛ではなく嘔吐で来る腸重積なんて記憶にない。理屈のうえではそんなこともあるだろうよと思うけれど、感覚的なレベルでなにか違和感がある。
今日の子は不機嫌になるかわりにとろとろと眠っていた。顔色は比較的良好に見えた。腹部触診ではぐんにゃりと緊張を失った腹壁がいかにも胃腸炎だった。腸蠕動音は若干亢進していたが決して金属様には聞こえなかった。腫瘤などまったく触知できなかった。それでも、超音波を当てると、ぼこっとpseudo-kidney像が映った。右腎が二つあるってんでなければこれは腸重積だ。でも、その典型的な超音波所見を前にしてさえ、この子の桜色の顔色との食い違いがどうしても納得できなかった。
腸重積の子が意識障害を呈することもあるというのは、それなりに本で読んで知ってはいた。その記事を書いた先達は実は私の研修医時代の先輩であったからなおのこと、しっかり読ませていただいていた。こりゃあ寝てるんじゃなくて病的な意識障害だとは思い至ることもできた。やれやれだ。この子の理学的所見で、私の知識と符合したのはほとんどこの一点だけだった。でもよ、腹部の病気で一致してるのが神経所見だけって、ちょっと過酷に過ぎるような気もする。
注腸造影は確かに腸重積だった。高圧浣腸でなんとか整復もできた。他にどうしても外せない用があってこの処置は当直医と若手にお願いしたのだが。私は実質、エコーを病棟に運び込んで子どものおなかに当てて考え込んだのみ。勉強になると言えばこれほど勉強になるケースはなかった。しかし何にもしてねえな。
この子が腸重積なら過去にも俺は多数の腸重積の子を見落としていたんじゃないかという不安が湧いてきた。片っ端から嘔吐の子に超音波を当てるってのも過剰診療だとは思う。冬場なんて一日30人くらい超音波検査をすることになる。超音波は第2の聴診器とも言うし、怪しいときにはどんどん使うというのも戦略ではあるかもしれないけれども。
まとまらない。
