後出しじゃんけん

真相は訴訟の過程で明らかにされるであろうとか書いておいて何だが。
もしも今回のこの受験生が不合格になったのが本当に年齢のせいであったとしたら、大学への批判論にはこの場合二通りあると思う。そもそも年齢制限するのがけしからんという論と、年齢制限するのはありかもしれんがそれなら募集段階で前もって明示しておけよと言う論と。
私はどちらかと言えば前者。年齢制限は小賢しげだけど結局は愚かだと思う。
でもまあ、大学の理念に基づいて確信的に年齢制限するというのはありだと思う。例えば防衛医科大学校が「うちは軍医の養成学校ですから」と年齢を制限するのは「あり」だ。でもそれなら何歳以下お断りとか、募集段階で、応募の条件として明示されるものだろう。私が受験したときは年齢はおろか体格の基準まで示された。徴兵検査も彷彿として決して快くはなかったが、しかし公正ではあったと思う。
入試の全過程が終わった後で今さら55歳ではダメだと言い出すような「後出しじゃんけん」は、世間では大抵はルール違反だと見なされる行為だ。公正さに欠ける。
公正であるということがどういうことか、体感として分かってないと、医学部あるいは病院としては危ういのじゃないか。フェアさという感覚を欠いた頭には医療倫理の諸問題も論点を掴むことすらできないのではないか。群馬大学医学部は事を決めるのに「後出しじゃんけん」をしますよと世間に思われることによる損失も大きい。医学部附属病院の診療において患者との信頼関係をかなり損ねるのではないだろうか。
ただ、ねえ。東京新聞の記事を参考にしますとね、この受験生の方に全面的に肩入れする気にもなれんのですわ。何か、違うだろ、と思うのです。
自分の受験能力が奈辺で通学の地理的便利がこうだから受験する大学はこれ、という観点で大学を選ばれたようだが、例えば群馬大学が何を目指しどのような学生を求めているかというような大学側の事情は如何ほど斟酌されていたのだろうか。何だか全国の大学医学部どうしの差異は立地と「偏差値」だけという乱暴な画一視がなされているように思えるが。
例えば京都大学医学部と京都府立医科大学は鴨川を挟んで向かい合ってますから地理的な差異はほとんど無いんですがね。まあ京都駅から市バスの205系統に乗るか206系統に乗るか程度の違いしか無いですね。でも京大と府医大の違いが入試の難しさだけの違いかっていうと、決してそうじゃないと思うのですが。その差異って、けっこう、大学が「俺たちのここを見てくれ」とこだわっている部分じゃないかなとも思いますし。
自分は相手を十把一絡げの駅弁大学扱いにするけれど相手には自分の特別な志を評価して欲しい、ってのはどうなんだろう。公正なんだろうか。大学の理念がどうあろうと募集前に明示していなかった以上は選考段階で年齢を理由に不合格にするのは不法であるとの主張は、弁護士の主張としては良い主張だと思う。しかし、医者のする主張としては、何か違和感がある。
お互いが「出来上がった主張」をぶつけ合って勝敗を決め、勝った方の言い分が通るってのは、法廷での対話はそうなのかもしれないが、臨床で行われる対話のありかたではない。
患者さんは自分のここにこれこれの不調を感じるとは仰るが、医学的にそれが何という疾患だと仰るわけじゃない。いや、「仰る」とここで書いたが、患者さんがご自分の意向を明瞭に言語化して下さることはむしろ稀だ。医者とて患者さんに出会う前に診断できるわけでも無し。患者さんに相対してからおもむろに、その不調の内容を分析し、患者さんが求めるところを推察し、患者さんに代わって言語化する。それから、自分が提供できることが何かを説明し、患者さんと共有できる結論を作り出す。各々の主張が固まってから対話にはいるのではなく、対話の中から各々の主張が生成され、それを摺り合わせていくのが臨床のコミュニケーションである。臨床のコミュニケーションは、決して、相手構わず論破することを目指すディベートではない。
およそ医療を目指す人ならば、そのような臨床におけるコミュニケーションの理想の、せめて萌芽でも、態度に表れるものではないかと思う。だったら具体的にどうすればよかったんだと問い返されたら言葉に窮するので申し訳ないのだが、もうすこし、コミュニケーションの態度に肌理細やかさとか柔軟さとか相手に沿う姿勢とかが匂ってこないものだろうか。それともマスコミがいかにも対決色ありありに演出しているだけか?「貴学が過去に公示した情報から公正な契約の考え方に基づいて考察するならば貴学内部の事情に関わらず貴学には私を入学させる義務がある」と言ってしまったとしたら、それは法科大学院の入学希望者に相応しい台詞かと思われるのだが。
むろん、法律は社会の基礎だし、医療でも公正な契約というものは決して軽んじられるべき存在ではないから、この台詞が医学部入学希望者から発せられたとて、けっして矛盾するというものではない。こう要求する権利が医学部入学希望者には無いというわけでもない。むしろ正当な要求であって、支持か不支持かと言われれば多いに支持したい。
ただ、何か違うんだよなという呟き程度の違和感はありますよ、というに過ぎない。
この違和感は決して些細なものじゃないはずなんだけど。