チャリティ精神と進化論と猫の色

最近になって拝読し始めたMeditationesという読み応え豊かなブログがあって、その中にチャリティに関する記事があった。多いに賛成しエールを送りがてらに追記させて頂く。
私の勤務する病院はアメリカ南部のキリスト教徒が(すみません宗派を言うと私の身元がリアルばれするんで・・・)、戦後の混乱期に接収されたさるお金持ちの別荘を病院にしたものである。ちなみにそのお金持ちはいま精密機器のメーカーになってて、先だってはノーベル賞受賞者も出た。箱を作っただけではなくて、米国から産科医(ちなみに女性だったらしい)や小児科医や内科医など送り込み、看護師もまた送り込み(宣教師はむろんのことである)、病院や看護婦養成所を立ち上げたのである。オイルショックの前後まで約20年ほどは、教会で集めたお金を運営費として継続的に補助して下さったと聞く。
たまに私のような変な医者も勤務してるけど、でもけっこう京都の周産期医療にはお役に立ってる病院だとは思う。二つの大学病院や日赤病院なみの大きさのNICUやってますし。他分野でも、ホスピスだって本邦の最初期からの伝統があるらしいし。
ちなみに進化論を学校で子どもに教えると怒る人も多いといわれる宗派である。でもねえ・・・進化論信じてる日本人で、だれか発展途上国に病院作って継続的に運営費を送ってる人って、どれくらいあるのだろう。良い猫とは白い猫でも黒い猫でもなくてネズミを捕る猫だと言っちゃえばね、他人様にはびた一文出したかねえよっていう了見をお持ちの人が、彼らキリスト教原理主義の面々を頑迷だと論えるだろうかって、思います。

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