雪かき仕事としての小児救急

内田樹の研究室: お掃除するキャッチャー
重要な「お題」を頂いたような気がして、この数日考えている。

人間的世界がカオスの淵に呑み込まれないように、崖っぷちに立って毎日数センチずつじりじりと押し戻す仕事。

小児の時間外診療もまたそういう仕事ではないかと思った。
診ても診ても子どもたちは次から次にやってくる。
さすがに、感謝もされず対価も支払われないというほど酷くはない。少なくとも当院の時間外救急にお出でになる子の親御さんには、礼儀知らずな人は居ないし、払いを踏み倒す人もない。しかし、
ホールデン君の夢想は美しいが甘い。よく前を見ずに崖っぷちに走っていく子どもも、例えば毎秒3人とか走ってくるようでは一人では到底捕捉しきれない。崖の総延長が1kmもあったとしたらどこからともなく現れるにも徒歩では無理だ。こどもたちが24時間365日遊び続けていたとしたら、交代要員が2人とか3人とかでは済むわけがない。
望みどおりの仕事に就けたとしても、ホールデン君の希望はじきに壊されるだろう。朝8時半から彼は休む暇もなく崖っぷちを走り続け、延々と子どもたちをキャッチし続け、午前3時にキャッチし損ねた153人目のこどもの墜落死の責任を問われることになる。
キャッチャーの仕事を敢えて引き受ける人物はホールデン君には限らないだろう。しかし崖っぷちの状況次第では、彼らも保身を考えざるを得ない。例えば崖っぷちを区分けして、自分はこの15mの区間に走ってくる子どもを引き受けると宣言するとか、自分はもう少し広い範囲をやるけど赤い服を着た子専門ね、とか。

インフルエンザが来た

もうインフルエンザ迅速検査に陽性の人が出始めた。
例年、ある日突然に怒濤のように患者さんが急増するのがインフルエンザ流行開始の「合図」みたいなものだったのだが、今年は嘔吐下痢や細気管支炎の患者さんに混じってちらほらという感じでお出でになっている。流行が燻ってなかなか燃え上がらない感じ。
このまま燃え上がらなくて済めばそれに越したことはない。しかしこれまでの経験から、冬休み前に流行が始まる冬は例年にない大流行になるというのが通り相場である。今年は大変な目に遭いそうな気がする。

小児科医は全科当直をしていてはいけない

2人とか3人とかの、単科で当直を組むには至らない人数の小児科でも、小児科医は当直をする。大抵は全科当直である。全年齢を診ることになる。
前任地では私は全科当直をしていた。そのうち内科系・外科系の当直態勢となって外科診療からは解放されたが、内科系当直として老人の内科も診なければならなかった。研修医の時から救急では全年齢を拝見していたので、そういうものだろうと思って疑問も持たなかったが、今の病院に来て小児科の単科当直になってみると、気持の上で大変に楽なので驚いた。前任地で月3回の全科当直のほうが、当直明けの半日休を確保されていてさえも、現地での月7回の単科当直よりも心理的負担としては辛かった。
単科当直を組める小児科など施設数としては知れたものだ。現在でも、大抵の病院勤務の小児科医は、月に数回、内科を含めた全科当直をしているのではないだろうか。そしてかつての私のように、慣れない年齢層を冷や冷やしながら診て、徒に消耗しているのではないだろうか。小児救急のマンパワー不足がこれだけ社会問題になっているさなかに、大半の小児科勤務医が他科を診療して消耗しているとなれば、これは馬鹿げたことだと思う。
利用者側からすれば、今日はどの病院に小児科医が居るのかわからないということになる。こどもの病状が急変した夜更けに、市内を隈無く電話で探し回る余裕は無かろう。高次の救命センターとか大学病院とかの、確実に小児科医が居るであろう病院に、最初から受診することを選ばれても、心情的にはそれは無理もないことだと思う。
今すぐ小規模の病院小児科をリストラして単科当直可能な規模の小児科に再編しなおすことが出来れば、根治的でよろしい。しかしそれが敵わないとなれば、せめて、病院小児科の勤務医をその病院の当直態勢からは外して、地域の時間外診療所に派遣することは出来ないものだろうか。地域の皆様にも、ここへ行けば必ず小児科医が居るよという保証が出来れば、救命センターに軽症の小児患者が殺到するという愚を避けることができまいか。

大事なのは病院の数じゃない

小児科のある病院、ピーク時の1990年から22%減 : ニュース : 医療と介護 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
敢えて言う。
大事なのは病院の数じゃない。稼働している小児科医の数だ。
小児科のある病院が22%減るくらいじゃまだ生ぬるい。
都市部の小児科は66%でも減ってよい。
そのかわり1施設あたりの小児科医数を3倍にするんだ。
3人の小児科が3カ所あるより9人の小児科1カ所。

12月22日 大雪

2005年12月23日 午前0時56分
全国的に大雪らしい。昨夜に積もった雪が日中も融けず今夜まで持ち越してしまった。当地ではこれは珍しいことだ。大原や岩倉あたりならまだしも。降雪量は夜に入ってすこし衰えてはきたようだが、踏み固められた雪がこの夜に再度凍り直すはずだから、明日の朝は路面が大変なことになっているだろう。当直明けに帰るのが億劫ではある。しかし病院に居続けても、居ると言うだけで仕事が雪だるま式に増えるものだから、何とか帰るつもりではある。
ベランダににゃん黒が出てみて、薄く積もった雪に梅の花をつけていた。彼は猫にしては奇妙なほどに好奇心が旺盛で、物珍しいことがあると必ず見に来る。しかし彼は猫の標準に比べてもずいぶん寒がりでもあり、早々に室内に引き揚げてきた。黒い背中に点々と雪をのせて、床暖房のある1階へ直行していった。
私もまた南国の生まれ育ちであるから雪は積もっただけで狼狽えてしまう。感覚的には、自然界に水が固体で存在するのは異常事態だ。積雪なんてドライアイス並みに不自然だと思う。ただその南国の長崎も今日は大雪だったようで、まあ彼の地では積もれば即ち大雪なのだが、昼のニュースにちらっと画像が出た。慢性的にホームシック気味で過ごしているので、そういう見慣れぬ風景でも故郷の風景には心が動く。時期もまた年末である。年始には高校の同窓会もたぶんやるはずなのだが、小児科の勤務医が同窓会など出てられる季節ではない。
悪天候の常で外来が閑散としている。こんな日にシナジスの筋注なんか予約が入っていた子は悪路が気の毒だった。しかし何とか病院まで辿り着いて頂けたら、待ち時間は短くて済む。再診受付が済み待ち患者登録リストに上がった時点で、薬局からシナジスを取り寄せる。それを溶解してから診察室にお呼びして、シナジスを静置する20分をあれこれご両親と語って費やして(それはもう超未熟児なのだから語るべきことは幾らでもある)、最後に筋注する。たぶん米国の小児科一般外来ではこういうペースで診療してるんだろうなと思う。3分診療ではなく。

何でそういう身も蓋も無いことを尋ねるかね

最新刊(まだウエブでしか読めない)の業界雑誌に掲載された論文ですが。
32週未満の早産でNICUに入院した子の親御さん101人にアンケートに答えて頂いたところ、「NICUの医療チームは情報をよく伝えてくれた」し「新生児科医もそこそこ良い仕事をしてくれた」けれど、やっぱり一番時間をとって説明し状況の変化にも即応してくれたのは看護師さんだったとの答えが圧倒的に多かったとのこと。
何で今さらそんな身も蓋もないアンケートをとるかね。そういう結果になるに決まってるじゃないか。
本邦でもこの結論に異を唱えきれるスタッフはまず居ないだろうなと思う。向こうでもそうなんだねと思った。向こうの方が看護職の専門分化がよほど進んでるし、不思議ではないことかも。
W J Kowalski, K H Leef, A Mackley, M L Spear and D A Paul.
Communicating with parents of premature infants: who is the informant?
Journal of Perinatology (2006) 26, 44–48.

保育器にこういう機能が欲しい

操縦席、戦闘機並みに 悪天でも滑走路くっきり ANA
保育器の天井にモニター出力を刻々と表示してくれたら、赤ちゃん見たりモニター見たりと視線をあちこち動かさなくてすむから助かる。赤ちゃんに負担をかける処置中に、心拍数とか酸素飽和度とか刻々変わる数値を常に捕捉しておきたいものだと思う。

小児救急と偉そうに言うけれど

小児救急やってますって偉そうに言うけどお前ら小児科医がやってるのって「小児内科救急」だろ!という他科からの苦言があるそうだ。外傷を診てないじゃないかと。幼児の死亡原因のトップは不慮の事故なのにと。小児内科疾患で呼べばこんな大したこともない事で呼び立ててと迷惑そうな顔をするし、かといって本当に重症なときに呼んでみればオタオタするばかりで危なっかしくて見てられないし、何やってるんだと。
実際、そう仰られればそのとおりでして、返す言葉もない。米国の小児救急のテキストなんて半分くらいは外傷の治療法で埋まってるんですけどね。日本の小児救急を巡る議論といえば、夜中に鼻炎の子なんて診たくないやっていう愚痴レベルで、確かにそんな診療は疲弊を感じる業務だけど、じゃあ夜中に交通外傷で硬膜下血腫と血気胸・腹腔内出血なんて診たいのと言われたら、済みません診れませんと私も謝ってしまう程度の診療力だし、私一人が(もし仮に)診るからって言えても、うちの病院にそんな子を搬入して頂いても病院の態勢が追いついてないし。だったらそんな詰まらない半端施設に貴重な(いちおう貴重な)マンパワーを割くなよって言われたらごもっともで。今日も京都で当直している小児科関連の人数を一カ所に集めたらかなりの救急センターが出来上がるはずなのに、実際には各区に診療所が細々と並列営業している程度。
でも人数が寄ったら小児の多発外傷を実際に君も診れるのと言われたらやっぱり辛くて。初期の「ER」でジョージ・クルーニーが演じてたようなタフな小児科医になるにはそれなりの診療力も必要で。いま実際に京都で小児科医をあつめてみても、結局は夜間に鼻炎を診る外来が2診3診4診と並列になるだけのような気もして。

こういう主張も

前記事の続き。
タカタのウエブサイトのほうが、何となく、本質的なことを語っているような気がする。
偉い先生のコメントも英文小児科雑誌の引用もついてないけれども。
ちなみに私自身は「進行方向へ背を向けて斜め45度」に娘を座らせてました。
息子はもう大きかったので選択の余地無し。

それで結局どっちが正しいんだろう

前回のコメントに触発されて、ふと放置していた疑問を思い出した。
結局、チャイルドシートの姿勢はどういうのが一番良いのだろう?というもの。
チャイルドシートの形状は大まかに分けて二つ。水平に寝かせるものと、45度ほどに傾けるものと。メーカーも大まかに分けて二通り。アプリカを筆頭とする乳母車系と、タカタなどシートベルト系と。最近自分では全く車を運転しないので最近の傾向は知らないが、前任地で否応なしにマーチなんて運転していた時分には、アプリカは水平に寝かせよと主張し、タカタは斜めを主張していた。
当時の「暮らしの手帖」のレビュー記事で、各社のチャイルドシートにダミー人形を寝かせて衝突実験をしていた。水平寝かせ式のチャイルドシートからは人形がことごとく放り出されていた。時には前席のヘッドレストを越えて飛ぶこともあった。この記事では圧倒的に斜め式が安全であった。
アプリカは椅子型(斜め型ですな)に赤ちゃんを座らせると酸素飽和度が低下する(「恐れがある」ですね、はいはい)としきりに強調している。アプリカのウエブサイト(衝撃的なトップページはこちら)も饒舌なわりに衝突時の事はほとんど語られてない。でも車を運転していたら衝突事故を起こす/起こされる「恐れがある」ものだし、そのときには赤ちゃんも放り出される「恐れがある」と思うんですがね。チャイルドシートの主目的は衝突事故時に赤ちゃんを守ることだと思うんだけどなあ。
いまだに、結論はよくわかりません。