当直をしていたら息子がカッターナイフで膝を深く切り込んだとのことで受診してきた。娘が叫びながら病院玄関に飛び込んできた。妻も動転していた。本人は案外と落ち着いていた。なにやら工作していて手が滑ったらしい。わりと出血したようだが、平然と「洗うんだ」とか言って風呂場にやってきたとのこと。そりゃあ外傷はまず洗浄が基本だけどさ。痛いとか恐いとかないのかねと少し呆れた。
皮下脂肪層の奥深くまで達する傷だった。こんな深い傷は救命救急センターでの初期研修時代からこちら記憶にない。でも息子だし自閉症児だしで縫合があんまり気が進まなかったので、まず最初はステリストリップによるテープ固定を試みた。処置してる時はほぼ止血できて、上手くいったかと甘い期待もしたのだが、ちょっと歩くとすぐにフィルムドレッシングの下が血の海になってしまって断念。結局は縫合を行うこととなった。
実は切創の縫合は久しぶりだった。最近はステリストリップの粘着力がかなり強力になってきて、そうそう縫合しなくても傷を引き寄せることが可能になっているから、小外傷はたいていテーピングで済ませている。NICUでは胸腔ドレーンもテーピングで固定しているくらいで、縫合なんてせいぜい臍帯カテーテルの固定の時くらいしか行わない。やれやれ大丈夫かなと思ったが、救急当直看護師も管理婦長も優秀な看護師で、さり気なく教えてくれたりして助かった。
ステリストリップを貼っていた時は息子は全く落ち着いていた。自分の足を治療して貰ってるんだか玩具を修理して貰ってるんだかといった雰囲気だった。それがさすがに局所麻酔薬を注射する段になると嫌がり始めた。創の中から麻酔薬を周囲に浸潤させたので針が刺さる痛みはそんなに酷くなかったはずなのだが、やっぱり読み囓った知識どおりに26Gとか29Gとかの極細の針を使うべきだっただろうか。インフルエンザのワクチンを接種するときに、刺して注入して抜くまでを4秒で終えるとの約束で注射したらしく、今回も4秒にこだわった。それで4秒ずつ刺しては抜き刺しては抜きを繰り返した。
縫合もじっと見ていた。寝てりゃ終わるのにと思うのだが、傷が塞がっていくのを見て納得するほうを選んだらしかった。何ごとも見て納得する子なので見させておいた。とくにパニックすることもなく(足をちょっと動かしたくらいはかわいいものだ)、割と処置のしやすいほうではないかと思った。普段からモーターに電線をハンダ付けなんてしてやってるので、父親の工作の腕前に信頼があったのだろうか。
