小児の「うつ」について大変勉強になった一冊

子どもの心がうつになるとき
デービッド・G・ファスラー リン・S・デュマ 品川 裕香 / エクスナレッジ
ISBN : 4767803519
一読して感動したので再読中である。大変に勉強になる。対象読者を主に親御さんにおいて書かれているが、小児プライマリ・ケア担当者(医師にせよ看護師にせよ保健師にせよ)にも必読書である。
小児にも成人同様の「うつ」が独立した疾患として存在する。対して、健康な子もときには「落ち込む」こともある。そういう健康な心理の反応としての「落ち込み」と疾患としての「うつ」をどう見分けるかに始まって、小児のうつについて症状・診断・治療を詳しく解説してある。
小児科医として本書を読むと、いわゆる「不定愁訴」として対応に苦慮していたこどもたちを拝見する際の視野が広がったように思える。小児のうつは必ずしも精神症状ばかりではなく、肉体的な症状として現れることも多いようであるから、尚のこと、診察の際には診療側で鑑別診断に挙げる必要がある。今後はその目で診ることも心掛けてみようと思う。
また、うつの話題を離れて一臨床家として拝読するに、著者の臨床の姿勢は素晴らしいものだと思う。決して薬物のみに頼らず、家族間の関係や社会的事情など子どもを取り巻く周辺事情まで包括的に勘案していく。これはまさに小児科臨床の理想である。うつに限らずどういう分野を拝見するにしてもこういう姿勢でありたいものだと思う。臨床のモデルとして、特に自分のスタイルを模索中の若い臨床家には、著者のスタイルをぜひ参考にして欲しいと思う。私もまたかくありたいと思うのだが・・・「それによアーロン・・・もう無限の可能性を信じるってトシでもねえんだ俺は」。
なにより著者からは「もう手遅れ」というメッセージが全く発せられない。あくまでも著者は子どもを支えようとする親に語りかける。本書では著者は、本書に登場するこどもたちや親御さんと目を逸らさずに語り合うことができるはずだ。重篤な症状に苦しむ子や親を指さして肩をすくめ「こうなっちまったらお終いなんですよ」みたいなことをまだ軽症の人びとに向かって語るという姿勢ではない。あるいは「こんな非生産的なことに人生を費やしてるなんて情けないよね」とか「こんな奴らが増えたら社会は困るよね」みたいなことを社会に向かって告発するわけでもない。最近そういう本を読んで暗澹としていただけに、児童精神科も捨てたもんじゃないなと見直した次第である。
発達障害児の親として拝読すると、種々の発達障害にうつが合併していることが意外に多いという指摘が興味深かった。これは本邦の横山浩之先生も「軽度発達障害の臨床」で紙数を割いて解説されていることである。発達障害の症状かと思ってたらじつは合併するうつの症状であったという事例が両書に挙げてあった。うちは大丈夫かなと思った。これから思春期で一波乱あるはずだし。
気がかりな点もある。子どものうつを治療するのにどのような治療者を選べばよいかということまで解説してあるが、著者の眼鏡に適う臨床家がいったい本邦には何人あることだろうか。母校の精神科教室には申し訳ないが、京都にはなかなか本書の記載を満足するような臨床家が思い当たらない(私自身も含めてのことであるから、これは他を責める言説とは取らないでいただきたい)。本書をお読みになった親御さんが相談にお出でになったら私はどうしたらよいのかというのが目下最大の難問である。
本書のタイトルには一言申しあげたい。このタイトルでは、子どものうつが本格的な疾患ではなくて一時的な気分の落ち込みであるかのような誤解を招くのではないだろうか。そうではない、子どものうつは深刻な疾患なのだというのが著者のメッセージであるのに。ちなみに原書のタイトルは “Help me, I’m sad” である。

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