水痘にカチリ処方しますか?

カチリといったりフェノール・亜鉛華リニメントと呼ばれたりする、水痘(みずぼうそう、ですな)の子によく処方される白い塗り薬のお話。お子さんが水痘に罹られた際、発疹に白いポスターカラーじみた塗り薬を1個1個塗るようにと言われた親御さん、多いんじゃないでしょうか。逆に、水痘以外でカチリが処方されているのは、とんと見たことがありません。
小児科医の修行を始めたらかなり早い段階で、「水痘にはカチリ塗布」と先輩に習います。ちょっとよくできた先輩なら「アスピリンは禁忌」と教えてくれます。バカな先輩は「ゾビラックス全例処方」などと阿呆な事も教えます。いずれにしても水痘はたいていの小児科医にとってまだ卵から顔を出したばかりのヒヨコのうちに遭遇する疾患ですから、その対処法も有無を言わさぬ擦り込み方式で身につけてしまいます。
でも、今日つつき回していた「日本医薬品集」にはカチリについて「 禁忌:びらん、潰瘍、結痂、損傷皮膚および粘膜」とありました。赤字で強調してあるんです。
これじゃあ水痘は禁忌じゃないかと思います。水痘なら、痒がって引っ掻いて水疱が破れて小さなびらんになることはよくあります。びらんにはカチリは禁忌。あるいは、水痘の発疹は痂皮化するものですが、あれと「結痂」とは違う現象なのかな。結痂ならカチリは禁忌。
でも水痘にカチリが処方できないと困るかというと、そうでもなくて、私は水痘にカチリってあんまり意味がないように思います。いちおう、「防腐、消毒、鎮痒作用のある“フェノール”と、患部を保護し炎症をやわらげる“酸化亜鉛”が含まれています。また、添加物のトラガントは、水分が蒸発後に薄膜を残し、皮膚を保護する働きをします。」というのがカチリの効能らしいです。でもかゆみ止めなら抗ヒスタミン剤(商標をあげればムヒとかレスタミンとかベナパスタとか)のほうがよほど効きそうに思います。適度に入浴させて優しく洗ってあげて、それと爪を切って、痒がるところに抗ヒスタミン剤を塗って、それで解決しそうに思います。そもそも、掻き壊す子の皮膚にカチリが薄膜張ってても、そこまで強靱なわけじゃなし、最初の一掻きで爪の垢じゃないかな。それに最近はみなさんスキンケアを上手になさっているためか、水痘から二次感染を起こして伝染性膿痂疹(とびひ)を作った子ってほとんど見ませんから、掻き壊さすなってのがそこまでこだわるべき指導項目なのか私には分かりません。
カチリが便利なのは「この子は水痘だ」というマーキングになるってことかもしれません。坊主頭にカチリ塗ってるとサッカーのフーリガン並みに目立ちますから、必要時は迅速に隔離できますしね。でもそれを便利と言ってしまうことに倫理的なためらいを些か感じます。なんだかそれって、旧約聖書で皮膚病の患者さんに「自分は汚れている」旨を明示するように義務づけたのとおなじ臭いがする。なんか、カチリを処方する目的に挙げてはいけないような気がします。
なんだかんだで最近はほとんど私自身はカチリを処方してません。もとよりひねくれ者なので特に理由のない慣習ってやつを目の敵にしてまして、「水痘にカチリ」もいつのころからか馬鹿馬鹿しくなって止めてしまいました。周りの先生方は皆さん処方なさいます。多分に水痘なんて患者さんにとっては生涯に1度きりの病気だから、あっという間に過ぎてしまって(兄弟が何人か居てもいっぺんに済みますからね)、親御さんからの質問やクレームが入りにくいということかもしれません。薬価もけっこう安いから保険からのクレームも入らないし。拝見してると、止めるきっかけがなくてだらだら続けておられるだけのようにも思えます。
読者の小児科の諸先生はカチリはどうしておられますでしょうか。
カチリ処方の根拠についても、私が見落としている面がありましたら、ご教示賜れれば幸甚です。