切腹

切腹
山本 博文 / 光文社
ISBN : 4334031994
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「切腹」には切腹の事例が多数記載されている。一読して、些細なことで腹を切ってたものだと思った。ずいぶんと微罪で切腹している。他藩とのいざこざで面子を立てるために腹を切らされた武士もある。侮辱されて憤懣やるかたなく切腹してしまう武士もある。命も腹も一つしかなかろうに粗末に扱うものだと思った。
切腹はある意味で名誉であった。そもそも不届きな罪人なら斬罪その他の刑罰があり、その際は遺骸は埋葬も許されず、家も断絶であった。切腹の場合は埋葬も許され、家も潰されなかった。だから赤穂浪士は切腹を命じられて、他の処刑方法でなかったことに喜んだという。しかし切腹すべき時に本人が臆病で腹を切れなかったら、毒殺など他の手段で死刑になり、その際は家禄も没収だった。従って家禄を維持する目的で親戚に無理矢理切腹させられる武士もあったとのこと。
旗本の場合など念が入っていて、落ち度があった場合、調査の担当者から直々に被疑者に問い合わせが入る。直属の上司も通さず、極く内々の質問である。この段階で被疑者が腹を切れば、事件についてはもちろん、切腹の事実すら公式記録には残らず、病死として処理される。問題は表に出ず、無論、家禄は安泰である。このタイミングを逃して切腹し損ねたら、後には不名誉な取り調べと処罰が待っている。家は取りつぶしで妻子は路頭に迷う。
私もまた妻子を人質に取られたら、口を閉ざしたまま、無い度胸を振り絞って腹を切るかも知れない。自分ばかりが腹を切るのは不当だという思いがあったとしても、大抵は自分一人に責任をかぶせるスキーマが出来上がってるものだ。抵抗したとて結局は自分一人が腹を切らされるのは変わらず、家族を路頭に迷わすだけ余計である。そういう家禄云々を考えると、腹を切る武士の気持ちが少しは推し量れるような気もする。報道関係の皆様にご指摘頂くまでもなく、これでは巨悪が笑うのだけれど、家族が生きていくのが優先だ。
こういう処理法の裏には、旗本にはもともと悪事をはたらくような人間はいないという建前があったという。構成員についての性善説を標榜し、対外的には処罰の事実はもちろん事件の存在すら揉み消し、処罰される当人には残される家族の安堵と引き替えに一人で責任を背負い込むことを強要し、従って対内的にも事件の教訓が生かされず、本来責任を負うべき人間には咎めもなく・・・なんだか過去のお話ではないような気がする。随分と身近な業界のことのように思えて汗顔の至り。