ある産婦人科医のひとりごと: 福島立大野病院の医師起訴についての報道
本件についてはあれやこれやの想念が渦巻いて何から書きだしたものか分からない。
取り敢えずいま考えていることを断章的に書き出してみる。
1.本件が全く予期し得ぬ事例であるとは、他科医師として私も納得できる。決して当院産科の技量を悪く言う訳ではないが、これはうちでも助けられないように思う。
2.しかし予期し得ませんでしたで納得する医者もまた居ないと思う。予期し得ぬ死でも何とか防げなかったかと煩悶するのが医者の本性だ。何科でもそれはそうだ。何せ一人の母が亡くなり、一人の子が出生と同時に母を亡くし、一人の父が子と引き替えに妻を亡くしたのだ。その重い事実をさておいて、「俺のせいじゃないや」で気が済むようじゃ医者じゃない。
3.しかしその煩悶で立ち止まっては医者はやっていけない。私とて亡くなった子供たちの骨をしゃぶるようにして新生児医療を学んできた。げに、極楽往生しようと思うなら医者になんてなるものじゃない。ただ、これからも赤ちゃんを救ってやってくれと言い残して我が子の棺を抱いて帰って行ったお父様の言葉に支えて頂いて、私はまだNICUに居る。
4.逮捕された医師の胸中を思う。いきなり診療中に逮捕されるのはあんまりだとも思う。因果を悟るのと非道に屈するのとは次元の違う話だ。しかしここで変な姿勢を見せたら、それみろそんなことだから逮捕したんだ等と相手に言い訳の余地を与えてしまうから、ここは堪えて、公判で事実を明らかにして頂きたいと思う。そして、話が終わったら、是非また産科臨床に復帰して頂きたいと思う。癒着胎盤の貴重な経験を無駄に寝かせては、それは医者として今回亡くなった母を供養したことにならない。あるいは、これだけこの先生に対する支援を表明する医者が数多く居るのに、それでもこの先生の再就職先が無かったとしたら、それこそ医療界の腰砕けぶりが嘲笑されるべきだと思う。
5.検察のこれからの苦労も思う。公判は維持できるんだろうか。いったい検察側で証言する医者が誰か居るんだろうか。検事さんは苦労するんだろうな。でも同情はしない。もしも無罪になったら、今回の捜査の指揮をとった検事さんが逮捕される番だ。こういう逮捕起訴の段取りをした被告が無罪になった時の検事さんには、患者さんが予期せず亡くなってしまった時の医者に彼が課そうとしたペナルティを自ら負っていただきたい。
6.今後は産科施設の閉鎖にますます拍車がかかるんだろうなと思う。予期せぬ母体死亡が一件あるたびに逮捕者が一人出るんじゃ産科医が何人いても足りない。今後は各都道府県と政令指定都市に一カ所ずつの巨大な分娩センターでお産になるのかもしれない。分娩施設の空きが無いから先着順とか抽選とかで「妊娠権」が発行されたりとか。少子化にますます拍車がかかるんだろうなとも思います。
7.逮捕されたからって有罪と決まったわけじゃない。居合わせたからって責任者と決まったわけでもない。マスコミの皆様にはそれを念じて頂きたいと常日頃から思いつつも、今回の一連の報道を拝読すると、今回に関しては、報道記事でもこの先生のミスだと断じる論調は少ないように思う。むしろ、今さらの逮捕ということが驚きでの報道のように思える。実名報道も、今回はかえってこの先生を支援しなければという機運を高めたことだし。常の医療紛争に関する報道では医者はもっと露骨に悪者扱いだ。今回に関しては(しつこいね)、あんまりマスコミを悪く言う気になれない。ただ欲を言えば、「執刀医が捜査に協力中である」といった表現は使えないものだろうかとも思いました。