ハーヴェイ・カープ 土屋 京子 / 講談社
ISBN : 406211576X
生後2週間から3ヶ月くらいまでの赤ちゃんの、突然の大泣き。それまでは全く機嫌良さそうにしていたくせに、泣き出すと何をしても泣きやまない。一晩だって勢いよく泣き続けかねない勢い。この泣き方に悩まされる親御さんは多いと思う。魔法のスイッチのオンオフでこの悪夢のような大啼泣が収まってくれたらと、お思いになった親御さんもまた多いはずである。
本書は、そういう赤ちゃんを泣き止ませる方法を、具体的に解説してある。まるで魔法のスイッチを操作したかのように、泣き狂う赤ちゃんがぴたっと泣き止むという。
あまりに夢のような出来過ぎたお話で、タイトルには胡散臭い印象が拭えない。しかし内容は真っ当なものであった。決して、秘孔の突き方を解説する書物でもなく、自作の機器類や薬品を宣伝する書物でもない。代わりに、おくるみとか、適度の「騒音」とかといった、古来からの知恵を上手に解説してある。洗練されたオーソドックスという感がある。失敗しやすいポイントも丁寧に解説してあるので、独学で実習せざるを得ない新米のお母さんやお父さんにも親切な本である。
昔から、老練の小児科医や保育士には、抱くだけで赤ちゃんが泣き止むという「魔法の腕」伝説が言い伝えられる人があるが、恐らくは本書に記載された内容を長年の経験で会得し実行されておられるのだろうと思う。監修の仁志田博司先生はご自身でそう仰ってる。
無論、赤ちゃんは病気で泣き止まないこともある。さすがに腸重積で泣いている子に本書の「魔法のスイッチ」で対応していては致命的だ。本書では、本書の「魔法のスイッチ」に頼らず小児科を受診するべきなのはどういう状況であるかが簡潔かつ的確に解説してある。この解説を読むと著者は小児科医として優秀な人なのだろうなと思える。とかく「訳もなく泣き止まない」という主訴には、夜間の小児救急担当医もまた悩まされるものだが、この主訴に関するまとめとして、本書は小児科医にも勉強になる。
本書の根底には、人類の赤ちゃんは理想よりも3ヶ月早く生まれてくるという発想がある。脳が大きくなりすぎて、それ以上待つと頭が産道を通らないのだ。とりあえず下界に出てみただけの、この生後3ヶ月くらいまでの赤ちゃんは、子宮内の環境を模倣してやれば落ち着くということではないかと著者は言う。これは、普段から私たちがNICUで「ディベロップメンタルケア」とか称してあれこれ工夫している活動とも共通する。新生児科のスタッフや発達心理学の研究者には、首肯する人が多い考え方ではないかと思う。
読者諸賢には、どうしてもっと早くに本書を紹介しなかったのかと恨めしくお思いになる方もいらっしゃるのではないかと、それだけが危惧される。ご勘弁賜りたい。
