英語での症例提示について内田先生の記事から再び考える

当科ではスーパーローテート研修医に英語で症例提示させるらしいが考え物だよというエントリーを書いたのと相前後して、御大内田樹先生が内田樹の研究室: 母語運用能力と『国家の品格』をお書きになった。英語教育に関して示唆に富む文章であった。最近内田先生には楯突くことが多いのだけれども、今回は「それそれ、まさに私はそれを言いたかったのですよ」という御高説であった。
そりゃまあ、内田先生の記事を読むまではそんな深遠な水準までは思い至らなかったのが正直なところだけれども。
臨床の所見は言葉にしないと他者と共有できない。臨床での言葉は繊細であればあるだけよい。内田先生曰く『「梅の香りが・・・」という主語の次のリストに「する」という動詞しか書かれていない話者と、「薫ずる」、「聞こえる」という動詞を含んだリストが続く話者では、そのあとに展開する文脈の多様性に有意な差が出る。』ということである。臨床の言葉でもこれは全く同じである。一人として全く同じ患者さんはないと、指導医なら必ず言う。ならば患者さんの容態を語る言語はなるだけ多様であったほうがよい。難解な詩じみた理解困難な言葉をつかえというのでもなく、平易で、互いに理解可能で、しかも千差万別の病状をそこそこ的確に表現できるような、そういう言語運用能力が欲しい。
貧困な言語で自分の得た所見を叙述していると、そのうち、その貧困な言語能力に見合った所見の取り方しかしなくなるものだ。それはすなわち杜撰な診療しかできなくなるということだ。風邪の外来診療一つとっても、咽頭所見に関してカルテに”throat: injected”としか書かないでいると、そのうち咽頭をみるのに赤いかどうかしか気にしなくなる。問題意識をもって見ないものは、大概、認識できないものだ。特に、想定外の事象に注意を払うゆとりのない駆け出し時代には。
むろん言葉にならないものの意義を否定するわけではない。何とはなく立ち去りがたい気分があってNICUにうだうだ居残ってたら急変したという経験も、長年やってると確かにある。でも、多分に、そういう非言語的な「勘」は、自分の見たもの聴いたものを事細かに考え抜く習慣の産物ではないかと思う。考え抜くために周囲に神経を張り巡らしていてこその勘働きではないかと思う。それに、そういう経験には、自分の言語運用能力が臨床医としての必要を満たし得なかったという一面もあるのではないかと思う。言葉が達者なら自分の感じた警戒信号を他スタッフと共有できたのではないか?チームで動くべき現代のNICUスタッフにとって、勘働きによる独走的行動ってのは決して手放しで自慢できるものではない。
さらに内田先生は続けてこう仰る。

外国語を学ぶときに、私たちはまず「ストックフレーズ丸暗記」から入る。
それは外国語の運用の最初の実践的目標が「もうわかったよ、キミの言いたいことは」と相手に言わせて、コミュニケーションを「打ち切る」ことだからである(ホテルのレセプションや航空会社のカウンターや税関の窓口で)。
「理解される」というのは「それ以上言葉を続ける必要がなくなる」ということだからである。
自分が何を言いたいのかあらかじめわかっていて、相手がそれをできるだけ早い段階で察知できるコミュニケーションが外国語のオーラル・コミュニケーションの理想的なかたちである。
それは母語のコミュニケーションが理想とするものとは違う。

『「もうわかったよ、キミの言いたいことは」と相手に言わせて、コミュニケーションを「打ち切る」こと』というのは回診において研修医が一様に念じることである。教授回診みたいな高圧的なイベントなら尚のこと。英語であろうが日本語であろうが、研修医はたいがい、上手に症例呈示するために、その疾患の「ポイント」となるストックフレーズを文献やアンチョコや先輩の台詞から収集してくる。外国語なら尚のことそのストックフレーズ蒐集に拍車がかかるであろう。外国語学習の構造と、回診の構造とが、共通して、研修医にストックフレーズ丸暗記を勧めているのだから。研修医たちは善意にせよ点取り根性にせよ『自分が何を言いたいのかあらかじめわかっていて、相手がそれをできるだけ早い段階で察知できるコミュニケーション』を理想的な形としてもとめるのであろうから。
しかし内田先生の仰るとおり、そんなプレゼンを聞かされ続ける回診は『継続したいという欲望を致命的に殺がれる』ものである。研修医がどっかで聞いたような読んだような台詞を棒読みしている光景は想像するだけで気恥ずかしい。そんな点取り回診が何の役に立つのだろう。そんな回診で交わされる議論にどれほどの豊穣さが期待できるのだろう。豊穣な回診が求めるのは恐らくは『母語のコミュニケーションが理想とするもの』に近いものであって、決して『外国語のオーラル・コミュニケーションの理想的なかたち』ではないはずなのだ。

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