新年度になり、小児科にも来る人去る人あって、勤務態勢が少々変わった。月曜日の午前中は、昨月まではNICU担当だったのが、今月からは外来である。月曜朝は外来の華だと張り切って外来やってると、10時頃NICUから主任がPHSを鳴らしてきて、「採血の子があるんですけど」と言ってくる。声が冷たい。採血待ちで誰か赤ちゃんが哺乳お預けになって泣いてるってことだから主任の怒りは当然なのだが、冷たく怒る人だから、迂闊にPHSをくっつけてると耳介が凍傷を起こしそうである。「今日から俺は月曜午前は外来だよ」とおそるおそる言ってみる。「そんなこと聞いてませんよ」と返される。けんもほろろとはまさにこの声のことである。なんだか足元から凍りついてきそうな気がする。主任がPHSの向こうで指を鳴らしたらこっちの身体が砕け散るかも知れない。取り敢えず若手を呼んでくれと言ってPHSを切り、その手で医局秘書に電話をして勤務表をNICUにFAXするよう依頼する。
誰の仕事だよこれはと苛立ってはみたが、考えてみるとこれは誰の仕事でもない。部長は基本的に「佳きに計らえ」の人だからそういう事務的些事には頓着しない。医師の勤務割り当てなんて看護部はもとより知りようがない。うちのNICUでは、看護部にもダスキンの清掃サービスにも割り当てられない仕事はたいがい私の仕事である。とすれば私の落ち度か。やれやれ医者だか執事だかわからんなと思う。
気を取り直して診察にもどったら、聴診器のバネが厭な音を立てて折れた。気を取り直したつもりでも手に苛立ちが残ってたか? リットマンの聴診器のバネは内部に仕込んであるから折れたら交換が利かない。だいたい2年か3年に一回折れる。先回購入したからそれくらいたってるし、材質がそろそろ劣化してくる自分ではあるから潮時ではあったのだろう。とはいえもうちょっと待ってくれたら春のリットマンフェアだったのにと思う。フェアなら半額近くまで値引きするのに。でも聴診器が無くては小児科の診療は出来ず、かといってフェアまで診療を休む訳にもいかず、購買部に行って購入を依頼してくる。相も変わらずのクラシック2小児用。しかしリットマンはカリビアンブルーとかラズベリーとか色彩に節操がない。なんだか白衣に染み付きそうだ。檜皮とか山吹とか鶯茶とか言えんかねと思う。
勤務表の変更がずいぶん遅れて決まったもので、月曜午後の従来の外来コマに予約の入っていた患者さんたちがぼちぼちとお出でになる。お出でになるたび外来に呼ばれる。NICUと外来を行ったり来たり。不思議と、NICU前室で手を洗っている最中を狙ったかのようにPHSが鳴る。せっかくNICUに入室しようとしているところを呼び戻される。まるでNICU仕事にならない。みんな落ち着いてくれててよかったと思う。
