医師志望の10歳男子に君は何を語れるだろうか

昨日は外来の新人歓迎会があって、私も出席してきた。
外来には子持ちのスタッフが多い。裏を返せば当院の病棟は子どもがいるスタッフには勤務困難であるということで悲しいんだが。今回の宴会もお子さんをお連れのスタッフが多かった。鉄板焼きで朝鮮料理を食わせるという趣向の店だったが、予算の関係でか、焼きそばとかもんじゃ焼きとか、みょうに炭水化物ばかりが多かった。こどもたちにはタンパク質も喰わせてやりたいものだと思った。
中に10歳の男の子が来ていて、喋ってみると愉快であった。頭のよい子がタフな両親の元で真っ直ぐ育った、実に気味の良い少年であった。医者志望なんだそうだが、今はサッカーやブラスバンドやと、いろいろ勉強以外に熱中しているらしい。その語り口を聞いていると、日常を心から楽しんでいる様子で、斜に構えたところがない。普通に喋れる10歳男子と語るってのはこういう気分なのかと新鮮な気分であった。些か羨ましくもあったことも白状しなければならぬ。
医師志望の彼に、何か動機付けとか強化因子になるような面白い話をしてやれれば良かったのだが、やっぱりそういう話は普段からやり付けていないとなかなか難しい。情けないことに医者の話はほとんどできなくて、ブラス小僧の彼に、誰のなんという交響曲であったか、長大な交響曲にたった1発の出番をじっと待つシンバル奏者の話なんてしてしまった。やれやれである。10歳の子に自分の職業の魅力を話して尽きないようでなければ、なかなか新人を小児科に勧誘するなどという大それたこともできまい。
それにしてもね、医者が激務だとか医療が崩壊だとか色々言うけれどもさ、医者という仕事の魅力を語れないのにそういうマイナスな話ばっかりだなんて、この子に恥ずかしいやね。もっと、このブログを読んで下さる方々が新生児科を羨んでくださるような、ポジティブな話をもっとしたいもんだねと思った。
相手が10歳男児じゃなくて25歳研修医だったにしてもね。帰れねえ寝られねえ系の「生活の質」とやらの苦労は駆け出しでも理解できるだろうけれど、じっと2ヶ月NICUで診てきた超未熟児がいよいよ退院間際になった時に、むずかっていたのを抱き上げたら自分の懐の中でふっとくつろいでくれたときの気持とか、何科でもその科に特有の「報われる瞬間」ってのは必ずあるはずなんだけど、その感動の深さはたぶん駆け出しにはわからない。そういう仕事の魅力を知った医師がそれでも激務故に辞めざるを得ない無念さと、駆け出しが単に「生活の質」を求めて易きに流れるのとは、決して同一の話じゃない。でも、そういう仕事の魅力を、経験積まんとわからんだろう等と言って照れ半分で語らずに済ませていては、産科なんて小児科なんてきついばっかりだぜと他科へ流れる研修医たちに、私たちの仕事がよほど干涸らびたやっつけ仕事なんだろうぜ等と詰まらぬ誤解を与えることにもなるんだろう。