皇孫を保育器に入れてはいけないというお話

Dead Letter Blogを拝読して興味を引かれ、病院の売店で週刊新潮を買って読んでみた。分娩予定日よりも早期の帝王切開に関して、宮内庁は異議を唱えていたという。

「もし、胎児が十分に成育していない状態で出産となれば、保育器が必要になる。もし生まれてくるのが将来皇位を嗣ぐかもしれない男児ならば、”弱々しく生まれた”ようなイメージは相応しくない。母児ともに健康であることをアピールする必要がある・・・」

だから予定日(40週0日ですな)までもたせろと宮内庁は主張した由。そんなご無体な事を言っちゃった時点において、自分らが母子の健康を損ねることにつながる主張をしていると自覚していたのかどうかは、文面からはよく分からない。
多少は横車を押してくれてたほうが週刊誌ネタとしては面白いのかもしれんが、実際のところは、宮内庁は無知の勢いで自分らの都合を口走ってはみたものの、愛育病院から医学的に諄々と諭されて、成る程と素直に折れたのかもしれない。単純に前置胎盤だけなら37週早々ってのは決して遅すぎるとは思えないし。
あるいは前置胎盤以外にも、母や子の健康を損ねる未公開な要因があったとしたら、是非にも37週より早くという医学的要請もあったかもしれない。そこを宮内庁の冷酷な横槍で、「37週早々なら通常の前置胎盤でも説明つくから」みたいな落としどころになってしまってたのかも。あくまでも「かもしれない」話ではある。実際に論議がどう進んで、どの程度の妥当性を持つ結論に落ち着いたのかは、藪の中である。無事お生まれになったから結果オーライなのかもしれんが、それとて薄氷を踏む思いの危機的勝利かもしれんし。
それにしても人生は勉強だなとつくづく思った。
お産に関わる人は皆、なにをおいても母子の健康を優先するものだと思っていた。母子の健康以外のそろばん勘定を持ち出すときには、ほんらいは言うべきではない卑しいことを言ってるんだと、普通は、自覚するものだと思っていた。そこにはある程度の含羞が漂うものではないかと。
無邪気にそう信じ込んでいたのは、私が世間知らずだったのかも知れない。しかし、それを反省してさえも、『母子の健康そのものよりも「母子共に健康であることのアピール」のほうが大事だ』という宮内庁の理屈はどうにも理解できない。価値観が違うと言うより、論理の体系からして違う感がある。国家にそういう論理でものを考える機関があって、その機関に幾重にも取り巻かれて生活せねばならない人々がある。そりゃあオランダにでも逃げださにゃあやってられんわなと、ご心労を思う。
「弱々しく」云々に至っては、こういうものの考え方もあるんだと恐れ入った。保育器に入ったってだけで天皇失格の弱い子扱いか。本邦の新生児医療を舐めとりはせんか?だいいち、「保育器に入るなんて弱い子は○○家の跡取りに相応しくありません」なんて、まるで絵に描いたような嫁いびり姑の悪役台詞で、滑稽ですらある。宮内庁としては、姑根性ばかりじゃなくて、白頭山の抗日ゲリラキャンプで産まれたという金正日大将軍閣下に対抗するつもりもあるのかもしれんが、我が国の天皇にそういう伝説を演出するのは妥当な話なんだろうかとも思う。
散々偉そうな事を書いて、最後になって恐縮だが、私もまたdeadletterさん同様、君に幸あれと願う。あくまでも、私が待っていたのは君だ。君のおちんちんじゃない。

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