新調した搬送用人工呼吸器の液晶タッチパネルが故障したと、若手が報告してきた。極低出生体重児の帝王切開に備えて、あれこれ設定をいじっていたら、とつぜん真っ白になったという。液晶画面のことだから、たぶん液晶の向きが変わったんだろうと思ったのだが、どういじってみても回復できない。あきらめてメーカー担当者を呼び、帝王切開には引退間際の旧式呼吸器を使った。
圧搾空気と酸素の、二本のボンベがあれば、この旧型人工呼吸器は稼働できる。空気圧で駆動するから電源は不要である。設定は全て機械式のダイヤル。計器は圧力計1個と、酸素と空気の流量計各2個。圧力計はむろん機械式に針が回るもの。流量計は浮き球式。風の谷のガンシップを彷彿とさせる。電源がないんだから液晶タッチパネルなんて軟弱なものはついていない。それどころか警報装置もついていないほどの硬派である。さすがに私は軟弱なもので、そんな豪気な機械は搬送以外には使わない。搬送中なら片時も目を離さないが、24時間365日のお仕事を任せるわけにはいかない。
薄れかけたラベルにS56とか書いてあるから、恐らく昭和56年に納入されたものなのだろう。それがいまだに稼働してるんだから大したものだが(機械の頑丈さも当院の貧乏さも)、さすがに製造停止されて久しく、手持ちの部品や消耗品が無くなったら使えなくなるので、病棟新築のどさくさに新型を購入したのである。ちなみに厚生労働省の方針として、回路の接続が外れた際に警報が鳴らないような人工呼吸器は認可されなくなってしまった。もう、こういう豪快な機械は新調されることはないだろう。まあ、それが世の流れだ。
新入り呼吸器は、メーカー担当者が液晶タッチパネルの左隅をいじったら、画面がまた見えるようになった。隠されたスイッチがあったらしい。しかしマニュアルにはそんな機能のことは書いてなかった。そういう隠し機能のことも明快に説明しておいてくれんかね。やれやれ。他にはどういう機能があるんかね。担当者を問いつめたら暗視スコープのマウント法とか「タケコプター機能」とか「どこでもドア機能」とかの作動法とかも白状するんじゃないかと思った。
マニュアルの隅っこにでも書いてあったんだろうか。わりと丹念にマニュアルは読むほうなのだが、見つけられなかった。だいいちマニュアルを搬送に携行するわけではない。搬送中の救急車内で真っ白になった液晶タッチパネルを回復させる方法をマニュアルで調べるなんて、考えただけでうんざりする。メーカーに言わせれば、設定を終えた後はタッチパネルのここんとこの「ロック」ボタンを押して貰えれば反応が無くなりますよってところだろうけれどもね。搬送用なんだから機能はとことん削って欲しいものだと思う。間違えて変な機能が立ち上がってこないようにさ。
余談ではあるが、大気圏に落ちかけたガンダムの操縦席内でマニュアルを繰って大気圏突入法を見つけ出したアムロ・レイ氏は素晴らしい胆力の持ち主だと思う。
