朝日新聞の「患者を生きる」という企画で、現在NICUが特集されている。関東地方のNICUが舞台なのだが、例によっての朝日新聞の医療記事である。ネットではまだ公開されていない。
そのNICUでは「完全主治医制」で、記事に登場する女医さんは「三日三晩」不眠不休で赤ちゃんの診療に当たったと、書かれてあった。主治医以外の医者は手を貸さずに三日三晩孤軍奮闘させるのかよ、今日日ずいぶんと非情なNICUだなと、呆れて読んだのだが、どうやらこれは誤報だという業界内の情報が伝わってきた。周囲も手を貸してるし主治医も休む時間はあった(そりゃあ9時5時とはいかんにしても)とのことだ。極端に休日が少ないような書き方をされていたが、実際は休暇もちゃんと配慮してあるとのこと。そりゃそうだよな。
まず三日三晩という表現がいかにも陳腐で、こりゃあ紋切り型の表現が先にあってそれに当てはまるような具体例を後から探したなというのは見え見えだ。そういうことをしてはいけませんよと著書「日本語の作文技術」に書いた本多勝一氏はどこの記者だったと、ちと問いつめてみたい気もした。
三日三晩不眠不休と報じても、その記事を書いた朝日新聞の記者さんには、それはあくまで美談と認識されていたようだ。「こんなに休み無く働かせては過労からの医療事故が生じるかもしれない」というような問題意識はその記事には感じられなかった。医療事故そのものはあれほど叩く癖にね。「完全主治医制って医師間の相互批判が無いってことかい?独善的な医師の独走をどう防ぐの?うっかりミスを防ぐようなフェールセーフは働くの?」みたいな疑問も持ってなさそうだった。「三日三晩不眠不休だよ、医者の鑑だね、そういう医者が働くNICUって凄いね」という認識のようだった。
これはいかにもお目出度い認識だ。新生児医療はそんなに甘くない。三日三晩で解決するような短期決戦はNICUではむしろ少ない。26週0日の超早産児は三日三晩経っても26週3日の超早産児なのだ。それに1人退院するまで新規入院が無いというわけでもない(テレビの医者番組では1人治るまで次の患者は来ないけれどもさ)。NICUでは三日三晩不眠不休で働いたところで4日目に休める保証は何もない。それよりは延々無期限に重症患者の集中治療が続く中で新規患者も続々入ってくることを前提として、それでも持続可能な態勢を作り上げるほうがよほど本質的である。どこのNICUでもそれを目指しているし、あちこちでその態勢が崩れつつあるからこそ医療崩壊が懸念されているのだし。
いやむしろお目出度いを通り越して、この一連の記事は新生児医療にとって褒め殺しと言うべきかもしれない。いったいこの記事を読んで、いまスーパーローテート中の若い医者達が「おお凄い!俺もNICUへ言って三日三晩不眠不休で孤軍奮闘するぞ!」と奮い立つだろうか。そんな非常識な職場へ行って過労由来の医療ミスをした挙げ句に朝日新聞に載るのは御免だと、若手に言われても返す言葉があろうはずもない。
先日の奈良の「6時間放置」の報道はこの認識の延長上にあるものだろう。三日三晩不眠不休なのが偉い医者で、重症患者が居るのに仮眠を取るのは唾棄すべき怠け医者で。さらにその延長上にあるのが「爆弾3勇士」とか「突撃ラッパを離しませんでした」の記事なんだろう。そういう戦場美談に、泥沼に嵌りつつある戦争の実態が塗り隠されていく。それでいよいよ医療が困窮してくると「欲しがりません勝つまでは」と来るんだろうから、銃後のみなさんもよくよくご用心されたがよろしい。まあ、それでも新聞は売れるわな。それで良いんだろうけれどもさ。彼らにはね。
