五月のガザ
押原 譲 / / 講談社
ISBN : 4062136198
フリーランスのカメラマンが取材した、ガザ地区の状況報告である。
イスラエル兵に右目を撃ち抜かれた13歳の少年の写真があった。まさに病院に運び込まれたところである。著者が取材の初日に撮った写真である。右目が血まみれの暗い穴になっている。正確な狙撃である。目を撃ち抜いたからには、狙撃兵は照準器越しに彼の顔を捉えていたはずだ。
いったい、子供の顔を直視して、その目を撃ち抜くというのは、正気の人間にやれることなのだろうか。暴徒に混乱しての乱射じゃないのだ。狙撃なのだ。冷静に、確信して、やっていることだ。非戦闘員を相手に。こどもを相手に。
先日行った動物園の近くまで来たとき、向こうから男の子が紙筒を抱えて歩いてくるのに出くわした。持っているのは「殉教者ポスター」らしい。広げて見せてもらった。そこにはまだあどけないが聡明そうな少女、いや幼女の写真が大きく刷られ、そして次のように書かれていた。
「パレスチナ・イスラム聖戦団は告げる
彼女は三歳を迎えた年に天国に入った
ラワン・マハマッド・アブ・ザイード
2004年5月22日、彼女は何の罪もなく殺された」
男の子はポスターを僕たちに見せてくれている間も写真をとる間も微動だにしない。ふつうならここでニコニコのVサインだ。僕と目を合わそうともせず、固い表情でじっと彼方を見つめているだけなのだ。
何かを感じたムハンマッドが横から何か言った。そして彼は小さくうなずいた。こちらがメモし終わると男の子はそのポスターをまた丸めて小脇に抱え、何事もなかったかのように立ち去った。終始無言だった。その後ろ姿を目で追いながら、ムハンマッドが「彼女は彼の妹だ」と僕に告げた。せめて、彼女が流れ弾に当たって死んだと思いたい(しかし後で聞いたらやはり狙撃だった)。 (本書151ページより引用)
3歳の幼女が狙撃されて殺され、兄がその子の写真を外国の報道カメラマンに見せに来る。それだけでも十分に理不尽この上ない話なのに、この本を読むまで私が全くそのことを知らなかった、想像だにしなかったってのはどういうことだ。一国の正規兵が占領地で子供を狙撃していると、それが本邦では全く報道されてなかったってのはどういうことだ。理不尽に上限はないってことか。