反プロフェッショナリズム

決して止めてはならない基幹業務を運営する上では、そこに携わるスタッフに「プロフェッショナルさ」が必要条件となってはならない。ごく普通に淡々と業務をこなせばそれで業務が回るようなシステムが構築されていなければならない。
ゆるゆるに余裕をもたせたシステムでも、それでも実際に運営してみれば細々した破綻が次々に生じるもので、システムを動かし続けるためにはそれを絶えず復旧しつづける作業が必要である。まして、個々人が超人的な努力をすることを前提として構築されたシステムなど、生じうる破綻の規模も大きくなり、結果として業務に支障の出る確率が飛躍的に高くなる。そんなものシステムと呼ぶにも値しない。
自分の仕事に誇りをもつことはあっていい。中にはプロフェッショナルと呼ばれる超人も出現するだろう。それを否定することはない。しかしそれを必然と期待するのは馬鹿げている。現実のほころびやすさ、あるいは「日々平穏」を実現する困難さとでもいうものを舐めすぎている。自分で仕事をしたことがない人がはまりやすい陥穽である。
非現実的な英雄意識ではなく、せめて「隣人愛」程度の穏やかな倫理で、現場が運営できたらいいと思う。思いつつ、年末年始の当直編成に頭を痛めている。今年はインフルエンザの流行開始も早そうだし、救急外来が大混雑しそうな予想である。ウルトラマンに3分戦ってカラータイマーが切れて後もセブンの救援を得て10分ほど戦闘時間を延長してもらって、セブンもまた3分以降も戦闘を続けて新マンの到着を待ち、新マンもまたエネルギーを補給して戻ってきたウルトラマンが交代するまで10分戦って・・・の繰り返し。むろん3分過ぎたからスペシウム光線なんか撃てませんなんて言うようなウルトラマンは、法廷や報道ではプロ意識に欠けた一族の面汚しと呼ばれるのである。

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