江戸むらさき特急
ほり のぶゆき / / 小学館
ISBN : 4091858910
「時代まんが」ではなく、「時代劇まんが」である。なぜうっかり八兵衛がついてくるのかと悩む助さんとか、うっかり印籠をなくして「うっかり格さん」と呼ばれてしまい八にまで小馬鹿にされて怒りに震える格さんとか、お白砂で脱ぐなとか自分のことを「さん」づけで呼ぶなとかと老中にしかられる遠山金四郎とか、実在しないことを新撰組に揶揄される鞍馬天狗とか。なかでもいちばん秀逸なネタは「店先で隠密同心に死なれたが死体を片付けられず困る湊屋さん」だと思ったが。
元ネタを知らないと面白くないらしくて、妻は時代劇の教養が皆無な人だからさっぱり理解できないらしい。そのてん私は大半のネタを知っていたのだが、いったいいつのまにそんなにテレビを見ていたんだか自分でもよく分らない。しかしさすがに隠密同心心得の上を全文は知らなくて(知っていたのはリフレインされる「死して屍拾うものなし」だけ)、今回その全文が分ったので人生の懸案がひとつ片付いたような気分がしている。
ちなみに八が着いてくるのは、堅物3人の旅だとストレス状況下で容易に2対1に分裂してしまって旅が破綻するからだと思う。助と格の仲裁に手を焼く黄門様というのも何だか痛々しい。1時間ほど放送枠を遅らせ、橋田壽賀子先生に脚本を書いて頂いたら、番組としては成り立つかもしれんが、印籠が毎回出るとは限らなくなるし視聴者層もかなり変わるんじゃないかな。まして由美かおるのかわりに泉ピン子が出たりしたら評判が悪くなるだろうな。
黄門様御一行に限らず、少人数での長期任務は人間関係のごたごたで失敗するリスクが高いから、わざわざ無駄に多い人数を派遣するものだ、と聞いた覚えがある。たしか藤子不二雄先生のまんがにもそういう作品があったと思う。宇宙旅行ものだったが、外的な状況が危機的になってくると、わざと憎まれるような事をして自分に他クルーの敵意を集め、その敵意を媒介にして彼らの結束を保つというウラ任務を担った人物が出ていた。金銭的報酬はよいが、他クルーには彼の正体はついに知らされることがないので、尊敬や感謝云々の精神的報酬はなし、という過酷な任務であった。まさに、死して屍拾うもの無し、である。
平時においても、場を和ませて気分を引き立たせる人物って、けっこう重要な役割なんだろうなと思う。黄門様の足取りを見て頃合いかなと思ったら「ご隠居ぉ、あっしはもうくたくたで」云々とふらついて見せたり、宿場についたら土地の旨いものとか案内して晩飯どきも座を盛り上げたり。いや危機においても、たとえば偽黄門一行が現れたら「うひゃあ。あっしは何が何だかもうわかんねえや」とかあわてて見せて、助さんに「落ち着け八」とか言わせて助さん自身の動揺を解くとか。それを意図してやるか天与の感覚でやっているかはよく分らないけれども。でも、目立った業績はなんにも上げていないように見えて、彼がいなくなるととたんにチーム全体の業績が落ちるという存在は、案外とどこにでも、すくなくとも上手くいっているチームには高い確率で、あるのではないかと思う。
ひょっとしてあちこちの病院で診療科閉鎖とかになってるのも、単に人数が減って負担に耐えきれなくなったというばかりではなく、厳しくなる一方の状況において、単にうっかりしているだけとしか見えない八のような人がまっさきにいなくなった結果ということはないだろうか。無駄な奴を放逐してリストラしたと思ったら云々で。
