3年ほどまえに書いて、なぜかそのまま封印していた文章である。岩倉の国際会議場で小児科学会の学術集会があった年のもののはず。なぜ封印したんだろう。なにかびびったんだろうか。我ながら分からない。でも今なら220円払って市バスで行くことはないな。自転車で行きます。当然。
4月の日本小児科学会学術集会の抄録集をつついていて、下記の記載を見つけた。
NICUの児は治療のために過剰で不快なストレスにさらされている・・・近年、早産児の大きな後遺症は減少したが学習障害やADHD、自閉症などの高次脳機能障害が見受けられる。過剰刺激と本来必要な親からの抱っこなどの安心できる優しい刺激を受ける機会が少ないことが、この問題に結びついていることは容易に理解できる。
やっぱりNICUでの育てかたが悪いから未熟児が自閉症になるんですかね。それは「容易に理解できる」ほど自明なことなんですかね。
私もディベロップメンタルケアはそれなりに勉強したつもりだし、この演者が仰りたいことはたいがい想像がつく。でもこうしてベッテルハイムの二番煎じみたいな言説が自分の専門分野から持ち上がってくると、自閉症児の親としては心穏やかではない。
ベッテルハイムは精神分析的な観点から、冷たい親が敵意を持った育て方をするから子供が自閉症という精神疾患を患うのだと力説した。それが一世を風靡してしまったので、一世代前の自閉症児の親はずいぶん辛い思いをなさったと聞く。やがて自閉症は先天的な脳の器質的障害によるものだとされ、親の育て方が悪かったのだというベッテルハイム一派の説が否定されて今に至る。
今度は「育て方が悪くて成長著しい時期の脳に障害を及ぼすから自閉症やADHDなんかが後遺症として現れる」という言説が登場したわけだが。精神分析でないぶん進歩だとは思うけれども、またもや育て方の影響を云々せねばならないには違いない。今度は親としてではなく、NICU医師として。でも私なんぞのように両方兼ねている立場ではなおさらしんどいな。
そしたらNICU退院後の時期にも、育て方が悪かったら自閉症になるんだろうか。だとしたら、親御さんにはとんでもない重荷を背負わせてこどもさんを帰すことになるね。共働きで抱っこの時間が長くは取れなさそうなんですが将来の自閉症につながるんでしょうか、とか、ご心配になられるんじゃないかな。それとも、例えばNICU退院前後の時期に臨界期があって、それ以前のストレスなら自閉症の元になるけどそれ以降なら大丈夫、みたいな話があるんだろうか。それならあんまり「自明」な話でもないやね。
自閉症の病理やそれにまつわる歴史についてきちんと勉強した上で、この演者はここに自閉症を持ち出しているのだろうか。あるいは他のディベロップメンタルケアに関わる人たちも、環境要因で自閉症が生じるという言説の危険さが分かってるだろうか。この言説を不用意に口に出すってね、日本小児科学会の公式ロゴにハーケンクロイツを選定しようと提案するくらいやばいことだと思うんですがね。それなりの覚悟で言わんと。
こういう質問は口演の会場で直接演者にぶつければ良いんだろうけれども、残念ながら学会に参加できる見込みがまるでない。220円で日帰りで行ける場所なんだけれどもね。