予防接種後進国であることに関して・・・いったい何だってこんなことになってしまったんだというお話

最近、ワクチンに関して本邦は世界に名だたる後進国であることが、世間にも認知されつつある。原子力業界において「それでもチェルノブイリよりはマシ」というのが最後の心の支えであったのと同様、「それでも北朝鮮よりはマシ」というのが、我々の業界内での心の支えであった。後には北朝鮮しかいない、どん尻から2番目の順位ですよというのをあおり文句にしてワクチンを推進している感さえある。

そういう政治的にナイーブなことをやってると後でツケを払うことになるよと思うのだが、そもそもいったい何だってこんなことになってしまったんだろうということをときどき考えてみる。あのころ、麻疹のワクチンすらまともに接種されていなかった頃、俺たちは何を考えていたんだろう。あるいは、保護者の皆様はどうお考えだったんだろう。

保護者の皆様のお考えはこんなふうだったよなと、自分の記憶にかなりぴったり来る文章を見つけたので、以下に参照させていただく。この文章を書かれた方に対する悪意とか攻撃的意思はないことを、まず宣言する。不愉快な思いはなさるかもしれないが、市会議員という公的に重大な責任を負ったお立場で発せられたご意見であって、市井のご婦人の懐古談ではないわけだから、多少の反論はご寛恕賜りたいと思う。

ヒブワクチンと小に肺炎球菌ワクチンの接種、見合わせに: 片山いく子のブログ

私は予防接種を受けさせるかどうかについては、
1 感染率が高いかどうか
2 感染した場合に、重症化する可能性がどのくらい高いかどうか
 を考えて、必要最小限のものだけに限定してきました。

まさにこれこそが、あの頃の賢いお母さんの態度であったと、私は記憶している。

惜しむらくは、災難が我が身に降りかかる可能性をつい低く見積もってしまう人間の心理の常で(福島に大津波が来る可能性をどれだけまじめに考えてた?)、感染率や重症化の可能性については過小評価されがちだった。

麻疹が死ぬ病気であると、当時どれほどの人が考えていたか。「はしかのようなもの」という比喩は、致命的な状況に対する表現であったか。水痘にしても、健常な免疫力のある子には死亡の可能性は低いが、大人は死ぬ可能性がある。免疫不全の子には致命的である。

過小評価は親御さんを責める資格は我々業界筋にはない。化膿性髄膜炎におびえながら、しかし肺炎球菌ワクチンやHibワクチンの効果について海外での実績を聞き及びながら、それでも今日の自分の外来に化膿性髄膜炎の子がくるかもしれないってことをマジメに考えていただろうか。まじめに考えていたなら、あのころ私らはもっともっとこのワクチン導入をもとめて強く声を上げるべきだった。

予防接種で得る免疫よりも、自然に感染して得る免疫の方が、より抵抗力が強いと思うからです。
つい数年前の若者の間で起こったはしかの流行は、予防接種で修正免疫が得られないことが明らかになりました。

その一方で、予防接種のほうが自然感染よりも副作用がはるかに少ないと言うことは忘れられがちであった。たとえばおたふくかぜにしたって、自然感染後の聴力低下の可能性が従来見積もられていたよりかなり高いことが最近知られてきた。片側であることが多いので見落とされているだけではないか。ステレオで音楽を聴いていないってことに、iPodを買ってもらって初めて気づくことになる。

麻疹の若年者への流行に関するコメントは不正確である。予防接種で終生免疫は得られないんじゃなくて、麻疹に関しては1回だけの予防接種では終生免疫は得られないというのが正しい。昔はまともにワクチンを接種してなかったから、世間に麻疹ウイルスの野生株がうようよしていた。予防接種をしたあとも、ときたま野生株に接触しては、そのつど免疫が賦活化されていたから、発症しなくて済んでいた。近年はワクチン接種が普及し、結果として野生株の流通が減って、野生株に接触する機会が減った。そのために、1回だけのワクチンでは発症を阻止できるほどの免疫が維持できなくなった。それを考慮しての、麻疹ワクチンの接種回数の増加である。2回で終生免疫を狙っている。

終生免疫に関して言わせていただく。片山先生には申し訳ないが、鬱積するものがあってつい表現が荒くなる。一生もんじゃないってのをそれほど言い立てられることが、ワクチン以外にはどれだけあるだろうか。一生勤められる訳じゃないってんで就職を諦めて一生ものの生活保護を受けますとか、一生憶えてられる知識が得られないってんで学校に行くのを止めて一生ニートで過ごしますとか、一生添い遂げられると決まったわけじゃないってんで結婚を諦めますとか、そんな選択があり得るだろうか。およそワクチン以外の選択に関して、単なる商品の購入じゃなくって重大な人生の転機にあってさえ、そういうふうに終生続くかどうかが選択の根拠にされることがどれほどあるだろうか。

 予防接種については、一人一人がリスクとメリットの両方から慎重に判断できるように、正しい情報をきちんと伝えていくことが必要だと思っています。

個人の防疫という観点では、真っ当なご高見である。

しかし、その一人一人の観点での損得勘定には、たとえば麻疹ウイルスの根絶といった公衆衛生学的な視点は入ってこない。麻疹ウイルスの根絶にはワクチン接種率95%以上を確保する必要があるのだが。じっさい、現在のお母さんたちが、愚直に(と敢えて言おう)MRワクチンを接種するようになってから、本邦でも麻疹の患者数は文字通り桁違いに減少している。

しかし当時、このような公衆衛生学的な観点でものを言ったら袋だたきに遭っていたということも、あえて証言しておきたい。社会を守るために子どもを犠牲にするのかと、厳しいおしかりを受けていた。それが怖くて黙ってたという自分たちの業界の臆病さ、触らぬ神に祟りなしということでワクチンには極力触れないようにし、個別接種と言われても自院では関わらないようにし、というのがあの頃の自分たちの怯懦な態度であった。触れないようにするから勉強もしない(他にも学ぶべきことは山ほどあった)。勉強をしないからワクチンの必要性が身にしみない。悪循環。

たとえば、実際のところ夜間救急外来で発熱の小児を診察するということの意義の大半は化膿性髄膜炎の早期診断にあるのだが、化膿性髄膜炎におびえつつ、髄液穿刺をして出てくる膿のような髄液に目の前が真っ暗になりつつ、それでも、これがワクチンで防げる病気だとはあの頃は思っていなかったなと、忸怩たる思いでふりかえっている。

「みんなの意見」は案外正しい

「みんなの意見」は案外正しい

みんなの意見は案外正しいってことも、世の中には確かにある。しかし、みんなの意見の総和だけでは見えてこない次元というのも、世の中にはあるんじゃないかと思う。

しかし、昨今の医療状況では、加えて、
「子どもの症状が悪化したとき、すぐ受診できる環境にあるかどうか」
 ということも判断材料にしなければならない、という現実があります。

僭越ながら春日部市民病院のウェブサイトを拝見した。たしかに、24時間の小児救急を維持するのは不可能だろうなと思った。それは春日部市民病院の瑕疵ではなく、この人口規模の市民病院ではそれが当然だ。小児救急はそれほどたやすい事業ではない。すぐ受診できないからこそワクチンで病気をなるだけ防ぐという論であれば、たしかに本件は判断材料となる。

しかし逆に、うちには完璧な小児救急態勢があるからワクチンは要らない、というお話になるようなら、それは間違いだと思う。いくらすぐ受診されても、受診時にはすでに重症化しており、生命の危機や後遺症が避けられないということは、あり得る話である。やはりできるだけの予防対策をとったうえで、それでも発生する緊急事態を小児救急で救うという、何段にも重なった対策がとられるべきである。

 これだけの財源を、小児科の救急体制を整備することに充てたほうがいいようにも思うのですが、そのような議論がされた、という情報は得ていません。

春日部市ウィキペディアによれば人口24万人弱でさいたま市に隣接しているとのこと。そのような自治体で4億円かと、大変勉強になった。

しかし、その4億円を削って小児救急体制整備といっても、小児科医は集まらないんじゃないかと思う。当地の子供たちは肺炎球菌やHibのワクチンは接種してませんから救急外来で化膿性髄膜炎や敗血症やを見逃さず、一人も死なさず後遺症も出さず完璧に治してくださいって言われても、そんな理不尽に恐ろしい土地の小児救急なんて私なら勤務は願い下げだ。

それに4億円で支払うことになるのは小児救急の費用ばかりではなくなるだろうと思う。障害を残した子の障害児者医療や福祉の費用とか、診療を巡って市民病院相手に起こされた訴訟の費用とか賠償費用とか、いろいろ他に出費が生じると思う。*1

金銭で片付かないこともあろう。失われた生命とか、後遺症によって失われたその後の人生の機会とか、そういったことは値段はつかないと思う。小児救急は小児救急で、別口で拡充していただきたいと思う。

我々小児科の業界内においては、こういう損得を勘定したらワクチンの費用対効果比はおそろしく大きいってことになっていて、損得勘定ではワクチンはほとんど無敵であるというのが常識になりつつある。片山先生の仰る「そのような議論」というのが、医療業界内部でなされる議論をさしたお言葉なら、ほぼ決着済みであるとご報告申し上げたい。市議会や当局での議論ということであれば、このような観点からワクチンと小児救急をともにしっかりとやっていただく方向で、片山先生のご活躍に期待したいと思う。

*1:医者相手の怪談話を披露すれば、市民病院で発生したそういう賠償については、市が支払った後、あらためてその診療に当たった医師を懲戒免職にしたり医師相手の訴訟を市が起こしたりして医師個人から回収することになると聞いたことがあるんだが、使えるワクチンも使わないままそんなふうに医師を使い捨てることを前提にした小児救急態勢なんて、なおさら願い下げである。怪談話に過ぎなければよいのだが。

予防接種後進国であることに関して・・・いったい何だってこんなことになってしまったんだというお話” への5件のフィードバック

  1. 記事、拝読いたしました。NICUに勤務されているとのことで、小さなお子さんの命を救うために、日夜奮闘されているお立場からのご指摘、真摯に受け止めさせていただきました。しかし、どうしても、予防接種禍についての不安はぬぐえません。議員という立場では、予防接種が使えるようになって国庫補助が受けられるようになったのですから、希望される親御さんにはきちんと補助が得られるよう予算措置するのは当然だと思います。しかし、先日の同時接種で死亡したお子さんたちの例では、予防接種との因果関係は認められないと結論づけられた上で「今後の対応では、定期的な安全性評価を継続するほか、6カ月間の対10万接種当たり死亡報告数が0・5を超えた場合に、専門家を集めて速やかに対応を検討する。」ともされています。またか、という感じもします。つまり死亡例が少数では問題なしとされてしまうのでしょうか。何十万人に一人であっても、親御さんにとってはかけがえのない我が子です。今までのワクチンの歴史の中で繰り返されてきたこの問題にこだわらずにはいられません。予防接種を受けるかどうか、個人の価値観で判断するときに必要なリスクの開示も必要ですし、全額補助というのはやっぱり疑問なのです。

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  2. まず、この議員さんに、同時接種で死亡したというのは事実誤認ですので、訂正を求めたいと思います。また公的な立場で発言するのであれば、きちんと勉強してから行っていただきたい。有害事象と副反応を混同している。また、副反応のことのみ強調し、予防接種を受けていれば助かった命(副反応で亡くなった方よりずっと多いと思われる)についての配慮は全くみられない。

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  3. ワクチンを接種しない群の当該疾病による死亡率(あるいは後遺症の残る率)>ワクチンを接種した群における当該ワクチンの副作用による死亡率(あるいは後遺症の残る率) であればリスクは許容されるべきでは?また、ワクチンであろうがその他の薬剤であろうが、あるいは病院による治療、さらに言ってしまえば普段の生活に伴う食中毒や転落、溺死、交通事故等のリスクも厳然に存在します。そうである以上、一人一人の命がかけがえのないものであるならば、一人でも多くの人を生かす可能性の高いリソースの配分を行いたいものです。片山先生も議員として予算に関わってこられたことかと思いますが、予算というリソースは有限である以上、何かを増やすということは何かを減らすということになることを承知されていると思います。例えばワクチン接種の補助金を減らして小児医療に資金を投じた場合、もしかしたらより多くの命を失わせてしまう可能性があります。もちろん、その逆の可能性もありますが、これは医師や疫学の専門家の方が詳しいことでしょう。医療以外でも、道路の維持に使うお金を減らせば交通事故のリスクが増えることもあるでしょうし、こういったことは数え上げればきりがありません。議員の皆さまを選出するために我々市民が投じる一票が「誰かを救い、誰かを見捨てる」選択であると同様に、議員の皆さまの発言や選択もまた「誰かを救い、誰かを見捨てる」選択であることをご理解願えればと思います。

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  4. 片山先生 コメントありがとうございます。お言葉を返すようで恐縮ながら、先生の理想とされる、リスク等勘案してのワクチン接種を行うにも、全額補助は必要と思います。全額補助でない場合、リスク云々を考える以前に、目先の数千円を自前で出すかどうかがもっぱらの関心事となってしまいます。純粋にリスクに関して検討するためにこそ、全額補助が必要です。これまでのワクチンの歴史は、ワクチンに関連するかもしれないごく少数の死亡例に陽が当たり、ワクチンで防げたかもしれない死に関しては陽の当たらない影に入っていたと思います。化膿性髄膜炎や喉頭蓋炎、麻疹脳炎や肺炎、そういった疾患で亡くなったお子さんたちもまた、親御さんにとってはかけがえのない我が子であったことを是非ご考慮ください。

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  5. >「それでも北朝鮮よりはマシ」というのが、我々の業界内での心の支えであった。後には北朝鮮しかいない、朝鮮民主主義人民共和国のワクチン事情がわからなかったので、検索してみました。https://www2.unicef.or.jp/card/sgift/report2.html

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