父親の世話にならないというこだわり

 なにかひどく信頼を失うようなことをしてしまったのか、あるいは単に中高生はそうしたものであるのか、よく分からないが、長男のいまのこだわりが「父親の世話にならない」というもの。テーブルの上の箸をとってわたすだけで激昂するので、もう何もさわらないことにしている。

 しかし自閉症の不思議なところで、自分が父親の世話をするのはいっこうに構わないらしい。相変わらず朝は新聞を持って起こしに来てくれるし、おやつは分けてくれるし、「水分補給は?」とかいって牛乳やウーロン茶もついでくれるし。

 こういう行動は世間的には「問題行動」ではなくて「親孝行」というのだと思うので、まあ自立の動機づけの一助にでもなってくれればいいかなと思う。

うちでいちばんきちんと生活しているのはじつは息子だったりする

 最近は自室を整頓しはじめた。おもちゃのストックをどんどん捨てている。「トイストーリー3」の影響らしい。もう大学だからおもちゃでは遊ばないんだ云々と言っている。

 部屋が恐ろしく片付いていると、妻が感心している。私も妻も、ついでに娘も、片付けが苦手な性分なので、自宅でいちばん片付いているのは自閉症児の自室ということになる。これからの彼の自立を考えれば、自室を整理整頓できるのは良いことなのだろう。

 大学と言えばまあ、世間を探せば彼の学力でも行ける大学はあるんだろうと思う。でもたぶん、そういう大学に行くことが彼の在学中あるいは卒業後の人生を豊かにするということはないだろう。就労をめざす方針である。

夜間救急をやってない病院には予防接種すらさせませんという保健師

NICUに入院していた子の退院に際し、地元の保健師を交えてのカンファレンスが行われた。べつに障碍をのこして帰るわけじゃなし、在宅医療や介護が必要な状況でもない、普通に育ててもらえばよい子たちなんだけれどもねと、開催意義がたしょう疑問ではあった。誰が言い出したことだったんだか。

地元の市立病院が近所だと知っていたので、予防接種はその病院に頼みますと言ったら、保健師が、その病院は小児科の夜間救急をやっていないから他の病院にしてくださいと言いだした。高速道路つかって30分ほどの、隣市の病院へ行くようにしろという。

なんで予防接種に夜間救急が要るの?と聞いたが要領を得ない。何かあったらモゴモゴモゴモゴと口ごもるばかり。平日日中に完結する日常の診療すら地元の市立病院に任せない保健指導って何なのと思う。それならもう市立病院要らないじゃないか。ついでに言うなら君ら保健師も要らないよ。夜間も動いてくれる救急隊の隊員をよこしてくれりゃあいい。

大飯原発の再稼働に関して

大飯原発の再稼働が議論になっていると、ニュースで再々報じられている。そして私も再々、娘に、父さんは再稼働に賛成なの反対なのと聞かれる。正直、白黒つけた回答をしかねて困っている。

節電をすればだいじょうぶ電力は足りると言われても、そういう事情だから節電のために未熟児の人工呼吸器を5時間ほど止めてくださいと言われると困る。人工呼吸器なんて消費電力はそう多くなかろうしバッテリーでなんとかと言われたとしてもだ、加温加湿槽がとんでもなく電気喰いなんで、たぶんあれはバッテリーではどうにもならん。試すつもりにもなかなかなれない。

別に多少貧乏になったっていいじゃないかと仰る反原発の人におかれては、明らかにあるいは言外に、別に産業用の電力なんてカットして製品がたしょう傷んだところで原発再稼働の悪に比べればどうってことないと仰っておられるように思うのだが、ひとときの停電で取り返しがつかなくなる「製品」のなかに、人工呼吸器に依存している未熟児達もぜひ含んで考えて頂きたいと私は思う。

とはいいながら。人工呼吸器が止まるとおおごとだし大飯再稼働賛成と、娘に断言するのも躊躇される。

全くの原発停止も極端だし、全面再稼働も極端だし、その「中を取って」最低限ぼちぼち稼働させながら次第に自然エネルギーと置き換えていくってのが、中庸の徳ってもんでいいんではないかと、そういう考えも安易なような気がする。中庸がいちばん低リスクだなんていう定量は誰もしていない。たとえばの話、安全のために立地をよく考えて最新型の原発を作るという選択肢と、いまある古い原発をとりあえず再稼働するのと、どちらがよい選択なのか。おそらく最新型の原発を新しくという考えは、全面再稼働よりもさらに右翼側の、とことんの極端と位置づけられるだろう。しかしそれは、一見して中庸の、古い原発再稼働よりも、危険な考え方なんだろうか。

それとまあ卑近な話で恐縮なんだが、多少貧しくなってもいいやな原発は全廃だと仰っておられる向きがあんまり強くなると、なんだか仕事せんでも何となくどこかに生活費を請求できる人たちがどんどん発言力を増していって、額に汗して働く人が働いてすみません勘弁してくださいとその人らに謝ったあげく、これで勘弁してくださいと所得税やら年金保険料やら頭を下げつつ差し出すようなことになってしまっているようで、いまひとつこう、虫が好かない。