文章を書かなかったことについて

しばらく書かなかった。俺はまだ書けるのかと疑う。最近はずっとTwitterばかりだった。すっかり140字くらいの呟きになれてしまった。もっと長い文章はまだ書けるのだろうか。

多くのブログが数年もすれば更新しなくなる。飽きたとか、生活が変化したとか、多くの人に様々な理由があるのだろうと推測する。下部構造が上部構造を規定する。生活が変化して書かなくなるのは、それは怠慢の結果とは考えない。生活とはそういうものだ。

生活と言えば、実生活では俺は出世した。勤め先ではすっかり小児科の立役者扱いだ。今の病院があるのは小児科の稼ぎのお陰で、その小児科の稼ぎを支えているのは俺の働きのお陰で、と言わんばかりの厚遇を受けている。役職だって単なる診療科部長というにとどまらず、さらに上級の修飾語がついている。これで給料がもっと上がればさらに嬉しいのだが、何と言ってもそこは貧乏病院だ。

むろん俺の幼児性を盾に取った煽てという一面はあるだろう。案山子の役割を負わせるのに、しっかりもので煽てても案山子にならないような人間では非効率だ。俺は煽てれば案山子になる人間だ。所詮は学校秀才だものほめられて悪い気はしない。もう少し悪い気がしたほうがよいのかもしれない。

そのような物語を語ったほうが、語ったほうも気分が良いということもあるだろう。だいいち、どう足掻いたって小児科が儲かるわけがないし、儲からない部門にエースが存在し得るわけがない。それをあえて地域医療に貢献する小児科の物語を語り、小児科の部長をエースとして語るのは、まあ大学病院とかに対してうちのような零細な小規模病院が向こうを張るためのナラティブとしては使いやすい構造ではあろう。

俺をエース扱いしてくれるお陰で、俺の言うことはみんな聞いてくれる。備品を買ってくれと言えばたいがい買ってくれる。金がないときは事務長が誠に申し訳ないが来年度にと丁重に謝ってくれる。こればかりの金もないのかと驚くこともあるが、しかし無いものは無いので仕方ないとは貧乏な家で育った俺は分かっているつもりだ。不平を言えば院長も聞いてくれる。言っていて俺の方が恥ずかしくなる。そりゃあ他人の言葉を何でも素直に耳に入れられるほどの聖人君子じゃあないにせよ、自分が何を言っているかくらいは耳に入る。耳に入りゃあその幼児性は自分で分かる。むかし俺の母は俺の言うことは何でも聞いてくれた。全てをかなえるほど愚かな母ではないにせよ、とりあえず聞くぶんには何でも聞いてくれた。あれは偉い母だと思うが、であればこそ自分が愚かな我が儘を言ったことは自分で分かったし恥じたものだ。齢は不惑を過ぎて知命と言われる頃合いでなお昔の母に我が儘を言ったときのような感覚が蘇るのは、あのころよりもさらに恥ずかしい気分がする。

聞いて貰えるあてがなければこそ、世間に向かってブログやなんかで愚痴を放流したりしておったわけだが、聞いて貰えるとなればかえって迂闊に愚痴も言えない。聞き流して貰えない愚痴は、真に受けられるとかえって危ないこともある。じつは数回、こりゃあ誇張した愚痴がどっかで読まれて真に受けられたなと冷や汗をかいたことがある。そりゃあもう言説には責任を伴うものだとはいまさら言われんでも分かっている。分かっちゃいる。分かっちゃいるけどそれでも書かざるをえないことをこそ書くべきものだろうと思う。昔の(今もか?)ロシア文学者が、全ての論文の形式を封じられた挙げ句に政治的主張もすべて小説に書かざるを得なかったような、やむにやまれぬことこそが書かれるべきものなのだろう。

俺にとってやむにやまれぬ事も、他人にとってはよしなしごとに過ぎない。それはそうしたものだ。多くの人にとってやむにやまれぬ事なら、俺以上の文才のある人が誰か書いているだろう。誰かが書いたものを読んでそれで腑に落ちるなら、俺が書き連ねることもなかろう。

しかし書き連ねられないことは読まれることもない。具体的に読まれないことは刺さりもしない。なんとなくぼんやりした、形のない空虚があるだけだ。そんな空虚は明瞭に存在することすら感じ取れないだろう。あるべきものの形が分かっていてこそ、そこに欠損があれば欠損と認識しうる。あるべき形の分からないものに、欠損があっても欠損とわかるだろうか。

俺にとってやむにやまれぬ事も、書かずに済ませば止んだまま終わるのかもしれない。そうして多くの大事なことを見過ごしてきたのかもしれない。ちょっとしたことを呟いてちょっとした反応を得て、実質的な解決はなにもないまま小出しにやりすごしてきてしまったのかもしれない。それはよろしくない。

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