ビンディングペダルの練習

当直明けて帰宅。小雨に晴れ間が見えたのでロードバイクを持って出て、自宅前の路地で発進・停止の練習。靴底とペダルが貼り付く「ビンディングペダル」の着脱に習熟することが本旨である。片足をペダルにはめて発進し、もう片足もはめて2~3回回す。それから片足を外してサドルの前方へ降りながらブレーキをかけ、停止すると同時に足を地面に着く。その発進・停止を延々繰り返す。
とくに停止が難しい。ハーフクリップにはだいぶ慣れているが、ビンディングは一段階外れにくい。停止する前に意識して外しておかなければならない。ママチャリのように車輪の回転がとまったときに傾いた方の足を地面に着こうと構えていると、足をペダルにとられたまま転倒することになる。立ちごけというらしい。
いちおう両足とも練習したが、私の場合は左足をペダルに付けたままにして右足を脱着する方が簡単なような気がする。しかも私が立ちごけしそうになるときは、だいたいビンディングを付けたままの足のほうへ倒れそうになる。なんやかやで右足を脱着するよう心がける方がよいのかなと思っている。とりあえず車道のほうへは倒れたくないので。
スポーツに人生への教訓を求めるのは野暮の極みだというのは承知の上だが、練習しながら以下のようなことを考えた。
ウチダ先生のブログで習い事に関する論考を読んでなるほどと思った記憶がある。曰く、人間、失敗するときはその人に特有の失敗の仕方をする。たとえ習い事であれ、失敗のパターンというのは、いかにもその人がしそうな失敗であるという。仕事でそうそう失敗というのは許されないが、習い事で失敗するのは自分の失敗のしかたを精査するという点で役に立つ。
私の失敗のパターンはと考えてみる。おそらく、撤収のための余力を残していないというのが私の失敗のパターンである。ついもう少しもう少しと粘ってしまう。粘れなくなるまで粘って、停止せざるを得なくなってから停止する。たぶんそれは良い方向へ働くこともあるのだろう。学生時代には、とくに高校まではわりと学業の成績が良かったほうなんだけど、勉強にしても試験にしても体力や時間のゆるすぎりぎりまで粘っていたのが大きかったんじゃないかと思う。しかしそれはくたびれ果てたらそのまま寝るなり答案を提出するなりすればよい状況でこそ最善の結果を生む行動方針であって、停止・撤収する過程にもそれなりの労力を要する状況ではときに破滅的な結果につながる。先だって日吉ダムまで行ったときも、帰りの行程を考えずダム湖畔で時間を使ってしまって、帰りはあやうく知らない道を夜間走行するはめになるところだった。
ビンディングを外して止まるということが苦手なのも、スケールは小さいけれど、同じつながりではないかと思う。今までの自分の習性として、止まる寸前までは走ることを考えている。走れなくなったら止まればいいのだと。ロードバイクではそうではなくて、止まる手前のある地点・ある時点から、止めることを意思して止めてゆくことが必要になる。まあ一連の手順を慣れて記憶したらそう大層なことではなくなるんだろうけれども。
いずれNICU施設の集約化が始まる。中小規模の施設は刈り込まれ、大規模施設だけが生き残れる時代が来る。よほど地理的に広い範囲をカバーしなければならないのならともかく、今の京都府南部をカバーするのにいまの施設数は要らない(もちろん病床数は足りないんだけど)。今の施設をすべて生き残らせることと、周産期医療全体のクラッシュを防ぐことと、どちらを優先すると聞かれて迷うほど厚生労働省も新生児学会上層部も馬鹿じゃない。ここは日本なのだから、「自主的な撤退」を指導するというかたちで、刈り込みの波が来るんだろうと思う。それと同時に診療報酬の体系が、大規模施設ほど経営的に楽になり小規模だとどう足掻いても赤字になるように巧妙に変化していくだろうと思う。そして地域医療を計画する地方公共団体の部署が、小規模施設の撤退を遺憾ながらと口だけ言いつつ許可し、撤退した施設の病床数だけ大規模施設に拡大を許可する。そういうかたちで、集約化が水上艦と潜水艦とで攻め込んでくるんだろうと思う。
どこかの時点で、うちのNICUの撤収も考えなければならなくなるんだろうなと思う。総病床数が200に満たない病院のたった9床のNICUには、日赤や大学や徳洲会のNICUを吸収して生き残るという道はとうていなさそうに思える。
今の自分のマインドセットのままでNICUを運営していくなら、何らかの事情で停止を余儀なくされるまでは猪突猛進していくんだろうけれど、それだと停止するときのクラッシュが大きくなる。衝突か立ちごけか。止まった後は撤収しなければならないが、余力を持って明るいうちに家に帰り着けるか、あるいは闇夜の知らない山道を車のヘッドライトに怯えながら走り続けることになるのか。
その始末の付け方次第で、頑張って前進している今の仕事に対する後世の評価も異なってくるんだろうと思う。まあ後世の評価はいま気にしても仕方ないかもしれんが、しかし停止・撤収に際して私に許容できる負担といえば病院の赤字くらいだ。病院上層部とは意見が違うかも知れないけれどね。私は赤ちゃんを殺したくないし、若手医師や看護師にバンザイアタックを命じたくもない。そういう華々しいクラッシュを迎える前に、明確な意思と計画をもってNICUを撤収したいものだと思う。
たぶん私はNICU部長として壮大なチキンレースを戦っているんだろう。あんまり早く撤収にかかったら臆病者だと言われるし、クラッシュするのは愚か者だ。臆病者と愚か者の割合を最適化するくらいのタイミングで撤収にかかるべきなのだろう。

マンパワーの確保は喫緊の課題であるが

12日から14日まで周産期新生児学会に行ってきた。昨年度までは当直にくたびれ果ててあんまり行く気も起こらなかったのだが、若手が増えた本年度はさすがにさぼる理由がなくなった。自転車に乗っていたいからというのは理由にならない。いまちょっとSPDの着脱を練習していて新しい局面なんだがね。
名古屋まで新幹線なら40分ほどで行けるというのには驚いた。なんと京阪で大阪淀屋橋まで出るよりも早いぞ。値段は10倍だけど。早朝に京都を出て教育講演の開始に余裕で間に合った。通勤だってできるんじゃないかな。
喫緊の課題としてマンパワーの確保について熱心に語られていた。今年度はうちも人数が増えたのだが、そうそうバブルは続かないというのが世の常だし、マンパワーの確保は過去の話題とはなかなか申せない。かしこまって拝聴してきた。
とはいえその語り方にはいかにも十年一日という感があった。上手くいっている施設や地域の先生が成功体験を語り、事情通の先生がこれからの見通しを語る。地域振興シンポとか称して商工会の青年部がシャッター商店街の店主を集めてIT社長や経済評論家に講演をさせるような図式であった。催し自体としては晴れやかだし開催者の意気は軒昂なんだろうが、聞いてるほうの明日からの仕事につながる訳じゃない。
そのなかで救いがあったのが米国でnurse practitionerとしてご活躍のかたの講演であった。米国ではNICU仕事の多くを、特別に訓練を受けた看護師であるNPの資格をもつスタッフが行う。新生児搬送も、中心静脈カテーテルの挿入も、胸腔穿刺も。じゃあ医者は何もすることがなくなるんじゃないかと日本医師会の諸兄はたいへんにご心配だろうが、じっさいにはその心配はないそうで、なぜなら60床のNICUを医師一人NP一人で診ていたりするんで仕事が尽きることはないのだそうだ。安心して医師法を改正していただきたい。
60床のNICUなんてあったらたとえば京都にはそれ一つで足りるんじゃないか。いまの京都のNICU認可病床数は総計でも50は越えないはず。それを小分けにちまちまとあっちこっちの病院にばらまいてあるから、NICU当直として京都全体で毎晩すくなくとも5人は泊まっていなければならない。それを医師一人NP一人で済ませられたら夢のようだ。マンパワーなんて全然足りるじゃないか。私などむしろ能力不足な余剰人員としてリストラに遭わないように注意しないといけないくらいだ。まあそこまでラジカルな施設の統合なんてぜったい無理だし、そもそも京大と府医大の系列を統合するなんてemacsとXEmacsの開発を統合するくらい難しいことだからね。でも京都のNICUの当直は大半がNPで間に合うんじゃないかと思う。
米国でNPの教育が始まってから制度的に認められるまで11年かかったということだし、本邦ではその前に医師法の改正をしなければならんから(医業を医者以外もしていいよということにしないといけない)、もうちょっと時間もかかるだろうけれども、でも医学部の定員を増やしてから使い物になる医者の人数が増え出すまでにも十数年はかかるのだから、いまさら拙速に走ってもつまらない。腰を据えてラジカルな改革をやらんとね。

いつまで保てばよいとお考えか

アメリカで地下水を汲み上げて農業を行っている土地で、とうぜん塩害がすすんで農地はだんだん傷んでくるのだが、それでは先行きがダメだろうという問いに農夫が答えて曰く、いや俺が生きてるあいだ保ってくれたら良いんだ、とのこと。いちおう農村地区の出身である私としては、田畑というものは代々受け継いで末永く耕してゆくものだと、なんとなく信じ込んでいたので、この農夫の考え方には意表を突かれた。ネタの出所が不明で恐縮ではあるが、そういう考え方もあるんだという驚きばかりが記憶に残っている。
ジャレド・ダイアモンド著の「文明崩壊」に出てきたエピソードだと記憶していたが、改めて読み返してみるとそれらしき記載に出くわさない。ただこの名著にも、3年くらいの契約で借地して農業をやる人間がむちゃくちゃな土地の使い方をするという記載がある。同様の発想なのだろう。彼国のお百姓の名誉のために付け加えれば、土地を大切に耕す農家もちゃんと登場する。
医師会の偉い人は日本の医療がいつまで保てばいいと思ってるんだろうか。ひょっとしたら、彼らもまた自分がリタイアするまでのあいだくらい保てばいいやと思ってるんじゃないかと、ふと思った。それは決して長くない期間だ。医師会の偉い人なんて相応の年齢なんだし、医師会活動にそこそこの時間を割けるんならそれなりに設備投資の借金も返済して種々の蓄えもしてきてるんだろうし。いちおう医師である私は、いやしくも医師の肩書きを持つ者なら日本の医療を末永く続けさせる意思をもってて当たり前だと、何となく信じ込んでいたのだが、それはちとばかりナイーブに過ぎたのかもしれない。
NICUも救急も、たえず若い人をリクルートできないと当直も組めないことになる。長期的視野での継続可能性の確保が今日明日の業務維持に直結している。その切羽詰まった感覚が、偉い人には共有されていないのかも知れない。夜は寝てればよく年末年始はハワイに行ってればよい人たちにとっては、自分の診療所がまるごと転覆しかねない大変革を避け、そこそこの期間を今の枠組みでそこそこ稼ぎ続けられることこそが重要なのだろう。医療経済が厳しくなればなるほどに、彼らは既得の権益にますます強くしがみつくばかりなのかもしれない。継続可能性の確保は二の次で。
そういう存在を何て言ったっけ。プチブル?中間階層?

君たちは要らない

昨夜はNHKで医療再建云々の特集があったらしい。見なかった。当直明けの日に見て楽しいお話じゃなさそうだからテレビは息子に譲った。見なかったことを喧伝されてもNHKにはいい面の皮かも。でもけっきょくNHKまで出向く暇のある連中が語らってる番組なんだよな。発言中の出演者の携帯が鳴って「あ、すいません呼び出されました」とか言って出て行くようなシーンはなかったのかな。
でも医療の再建がなったとして、その中心にいるのは、いま現在においても医療の最先端にいる面々なんだろうなと思う。崩壊する最前線においても優先的に資源が集まってくる場所で、崩壊なんぞものともせず(あるいは気付きもせず)ばりばりと活躍している面々が、崩壊と再建のあとも医療の中心であり続けるんだろう。崩壊と再建というのはけっきょくは崩壊のあおりを受けてわあわあ言ってる我々みたいな泡沫が洗い落とされるだけのことなんだろう。中心の彼らにしてみれば、自分の仕事は変わらんけれどふと気がついてみると周囲の風景が変わっていた、というだけのことなんだろう。
いまメインストリームを外れている面々が、崩壊後に光が当るってことはないと思う。崩壊後の活躍に備えて今は楽なところにいますと仰るむきもあるようだが。オタク的なたとえで恐縮ながら、戦後に航空自衛隊が発足したときに、「私は九九式艦上爆撃機の操縦の訓練をうけましたが旧軍の崩壊を見越して安全圏で自分の戦力を温存しておりました」とか称する人物が名乗り出てきたとしてもね、いやもう時代はジェット機ですからとお引き取りを願われるばかりじゃないかと思いましてね。最前線で生き残ってきましたってんならまだ評価のしようもあるんだろうけど。
大本営で参謀とかやってて戦の負け方にそれなりの責任のある人間が崩壊後も商社の偉いさんとか政界の黒幕やってました、なんていう類の人物が医療に関してもこれから登場するんだろうなとも思う。そういうのが一番むかつくんだけど、たぶん私のような下っ端の兵隊には姿も見えないような雲の上の存在なんだろうな。
与太話でした。すみません。

文部科学省がNICUをつくる

文部科学省がNICUのない8つの国立大学にNICUをつくるとのこと。突拍子もないことを言い出すものだと驚いた。ノーベル賞の南部博士を招聘して科学忍者隊を結成することにしたくらい言われたらもっと驚いたかも知れないけど。
科学忍者隊なら5人で済むけど、NICUを回すのにリーズナブルに行くなら一カ所5人じゃ済まないんだよね。まさか今さら当直と超過勤務で回そうとか言わないよね。ギャラクターなみに構成員あつめないと苦しいんだけど、各大学に人は集まるんだろうか。一般小児病棟とはまた別に当直をたてなければならないし、医師の数だけでもそうとう必要なんだけれどもね。
いろいろしんどいことはあっても、なにさまNICUは小児科でももっとも儲かる部門なんだから、今までその土地の大学病院にNICUがなかったってのはなかったなりの理由とか事情があるものなんだろうと思う。マンパワーが足りなくて小児科一般病棟の当直とは別にNICU当直を立てるのさえしんどいというのがかなり有力な「理由とか事情」のひとつだろう。そういう大学病院にかわって新生児に高度医療を提供してきた一般病院が、それぞれの土地にあるんだろうと思う。そういう病院は厚生労働省管轄ではあるけどね。
そういう土地の大学病院で、上から言われたからと急遽NICUを作ろうとしたときに、いちばん懸念されるのは、限られたマンパワーを大学病院にふりむけようとした結果として、それまで地域で頑張ってきた一般のNICUからむりやり新生児科医が引きはがされるようなことにならないかということなんですが。実績も経験もあるような施設が潰されて、頭まっ白な施設が一から出直しなんてことになったら、地域の新生児医療は沈没しますよ。霞ヶ関ではそういうことはきちんと考慮されているのかな。
限られたリソースを可能な限り有効利用しようという精神があるのなら、このように画一的に大学病院にNICUを作るという方法論を先に立てるのではなく、各々の土地での需要とリソースの状況に応じた柔軟性のある対応がなされるべきじゃなかろうかと思う。集約化の必要が叫ばれる現在、たいていの土地での最適解とは、現時点でその土地の新生児医療の中心になっている施設(おそらくは現時点で既に総合周産期母子医療センターになっているはず)に予算を突っ込んでさらに拡充するというものではないだろうか。現時点でまだNICUをもってない大学病院にNICUを新設するというのが答えになる地域もけっしてあり得ないとは言えないが、しかし、それが最適解となる地域はそうそう多くないと思う。すくなくとも、それが最適解ですと現場の新生児科医が答える地域はかなり少ないんじゃないかと思う。その柔軟性がもてないのは、ようするに、厚生労働省管轄の病院群と協調するのは嫌だってことなんだろうけれども、この期に及んでそういう縦割りの縄張り根性で現場を掻き回してくれるなよと切に願う。
たとえば長崎大学病院にはNICUが無かったってのも今回知ってかなり驚いたんだけど、でも離島を抱えた長崎県では航空機が使える大村に総合周産期母子医療センターを置く従来の編成のほうが賢いのではないか。長崎大学病院NICU設立の陰で大村医療センターのNICUが潰れたらばかばかしいと思う。まあ、故郷に新生児科医のポストが増えたら万が一都落ちする羽目になっても糊口をしのぐあてがあっていいかなとちょこっとは思わないでもなかったけど。
なにさま、今回のニュースを聞いてまず連想したのは、旧陸軍が海軍に愛想を尽かして自分で潜水艦とか空母とか作ってみたという故事なんだけれども。こういうメンタリティで旧陸軍も潜水艦の建造に着手したんだろうかねと思いましてね。本で読んで旧軍ってバカだよなと笑ってたんだけど、我が身に近いところで見せつけられると笑いが凍って背筋が寒くなる。崩壊しかかった戦線をなんとか立て直そうとする必死さはわかるが、その必死さの向かう方向が微妙にずれてて滑稽ですらある。滑稽っても他人ごとならすなおに笑えるんですがね。大学病院にもすでにNICUを立派に運用しているところが数多くあるんだから、さすがに個々の施設が旧陸軍の潜水艦同然とは言えないかもしれんが、しかしNICU医療に手を出そうとしている文部科学省は潜水艦や空母を運用しようとした陸軍と精神的にあんまり変わらないんじゃないかな。NICUも潜水艦も単体で造るだけ造ったってそれほどの戦果にはならんのではないかね。それなりの人を乗せて艦隊に組み込んで組織的に運用せんと。もうちょっと歴史を反省して、海軍とよく相談して限りある資源を軍全体で効率よく配分しようというつもりにはなれなかったのだろうか。それとも今回は海軍のほうでも陸軍の潜水艦配備を要望したんだろうか。

内田樹先生はじつは偉かったのだと見直した

麻生首相が医師には社会的常識が欠落云々と発言した由。麻生内閣の環境保護政策についてはbogusnewsの記事に詳しい。世界的な経済危機の中で、環境保護など忘れ去られたかに思えたが、首相みずから率先して範を垂れるくらいだから、それも杞憂であったようだ。
新内閣は「環境保護内閣」を標榜─湿原保存に尽力 : bogusnews
今回、首相みずから「医師社会的常識欠如湿原」の手入れに乗り出されたわけだが、その活動に際して、「まともな」医師が不快な思いをしたのなら申し訳ないと仰った由。他者を評してまともだとかそうでないとか口にする時点ですでに、他者に対して一般に(医者にたいして特別にとは限らず)持ち合わせているべき、いわば社会的常識としての敬意が欠如してるんじゃないかと思う。ああ俺はまともな医者だから首相が言及したのは俺の事じゃないらしいと安堵するような医者がいるだろうか。いたとして、それは首相の言う「まとも」な社会的常識を備えた人物だろうか。いややっぱ、そんな医者を雇うとしたら雇う方の社会的常識も疑うでしょ。やっぱ。
この保護活動にはしかし、意外に世間の支持が集まっている様子である。経済についても勉強せねばとときどき読んでいた「池田信夫ブログ」にも支持が表明されていた。十数年か前にいちど、医師会の偉いさんに上から目線でものを言われたのがその根拠だという。たしかに言われた内容は今となっては噴飯ものだが、この一事をもっていま現在の状況をまるごと切り捨てるのは、いかに高名な池田先生といえども、ちと御免とはいかないことではないか。
医師会には社会的常識が欠落している人が多い – 池田信夫 blog
これは医師に対してではなく医師会に対してだと言い訳めいたコメントがあるが、親兄弟の悪口を言われたあとで「さればとてキミのことではないんだよ」と付け足されたらこんないやな気分になるんだろうと思う。べつに医師会に対して親や兄に対する礼節をこころえねばならんとは思わんが、一族には違いないんだよ。
そういう嫌な気分に対して内田樹先生のお言葉がありがたい。
いいまつがい (内田樹の研究室)
自分はこれまで色々とたてつくような記事も書いてきたけど、やっぱりこの先生は偉い先生だったんだなと思う。麻生首相がこの手の発言をあえてする背景についてまで深く考察してある。思索ってのはそこまで深くないと面白くないんだね。こういう記事を読んで池田氏の記事を再読すると、いかにも底が浅いように思える。内田先生がおっしゃる『前日学校を早退した友人に「昨日はなんで帰ったの?」と質問したときに「電車で」と答えられたような違和感』を私は池田氏の記事に対しても感じる。それに対して池田氏が『「自分はちゃんと問いに答えているのに、どうして世間の連中はそれに対して文句を言うのか」と憤慨』されることも容易に想像がつく。まあしかし、池田先生には内田先生の麻生首相にたいするコメントを、ぜひ我が事として読んでいただきたいと思う。
私としては、やはり多忙ではあるわけだし、池田氏はこの程度の根拠でものごとを論じる人なのだと知り得たということを奇貨としようと思う。彼の経済に関する論評を読む際にも、眉に塗る唾液の量を少々増やすべきなんだろう。というか、もう読むまいと思ってRSSの取得をやめるよう操作済みである。

都立墨東病院のことなど

ようやく中1日で3連の当直シリーズが明けたと思ったら、東京で重症の妊婦さんの搬送を受け入れられなかった件が問題になっていた。なんだか辛いとかしんどいとか個人的なことを言うのが小さく感じられてしまったので、しばらくあれこれ考えていた。
このときに現場でなにが起きていたかを、いちおう周産期医療の周辺で現在もごそごそ動いている身としては、想像できなくもないような気がする。泥沼にはまりかけている紹介元と紹介先のあいだでの言った言わなかった論争までふくめて。そういう立場にいるからこそ、あんまり、当時の状況について想像でものを言うのはためらわれる。大きい声が出せるのはそとにいる人だけだ。まあ、外にいればこそ客観的なお話もできるという利点はあるし、あながち大きい声は下品なばかりとは言えないけど。
ご家族の無念は察して余りある。ご冥福を祈りたいと思う。それは当たり前である。当たり前すぎて、書くだけで読者諸賢の常識や読解力に信を置いてないような感さえあり不愉快をご容赦願いたいのだが、でも書いておかないと邪推を呼びそうなので明記しておきます。そう明記するいっぽうで、紋切り型の文句で通り一遍にご冥福を祈った次の段落から言いたい放題をするような、品のない文章は書きたくないものだとも思う。
今回の状況に苦言を呈する資格があるのは、本件の発生以前に都立墨東病院産科の人員不足を憂慮してその問題解決に奔走していた人だけだと思うのだが。でもそういう人にはこういう場面ではあんまり陽が当らないものだ。うっかり当ると攻撃のまとにされかねないから、いまは沈潜しておかれたほうがいいのかもしれない。それはともかく、本件で初めて窮状を知った人が墨東病院の産科の先生や他の周産期施設の医師を悪し様に言うのは止めてほしいものだと思う。そういう私も、風の噂に通常分娩が取れなくなってるらしいと聞いて大変だなとは思っていたが、まさか常勤枠9人のうち4人しか埋まってなかったとまでは知らなかったので、もちろん悪く言う資格はない。言うつもりもない。というか、こういう困難な症例を二つ返事で受けられるほど人数余ってるんなら京都へよこしてほしいものだとは是非申し上げたい。
東京には施設がたくさんあるから自分のところが引き受けないとという切迫した責任感がないんだろうとかいった、いかにも利いた風な田舎ものの戯れ言も伝わってくる。だったらどこの県立医大ならこの妊婦さんを救えましたかと聞いてみたいものだ。うちなら救えたとかいう類の大口をたたく方々とはあんまりお付き合いしたくないなと思う。臨床に実績のある人はその分野の怖さも知ってるものだから、あんまり強気なことはおっしゃらないものだがね。自分が治療に当るわけではないけれどという立場で東京の人を批判するのは、他人の褌で相撲を取ると言って、本邦ではあんまり美しいとされない態度だと思うんだ。どうだろう。
それはそうと。「当直」についてはいろいろと申し上げたい。
複数当直を維持するのに常勤枠9人で足りるのだろうか。全員が機械的に同じ回数の当直をしたとして中3日とか4日くらいになるのかな。でも9人も揃えたら、そのなかには当直のできない事情のある医師もどうしても混じってくるものだし。たとえば9人のうち一人は部長なんだろうけど、都立病院の産科部長が当直ばりばり可能な年齢とは考えがたいし。さらに一人か二人は家庭の事情で当直ができなかったり、ほかの一人か二人はまだ駆け出しで一人ぶんにカウントするのがためらわれたり。なんやかやで9人のうち当直レギュラーにカウントできるのは5~6人ってところではなかろうか。それで二人当直だと中1日か2日しか開けられんな。きついな。
舛添厚生労働大臣が複数の当直を用意できなくて何のセンターだとかなんとか激しくお怒りだったけど、いやしくも労働分野も管轄する大臣なんだから当直だなんて情けないことを言うなよと思った。夜勤だよ夜勤。当面は当直で回さざるをえない申し訳ないという認識がわずかでもあるんなら、そういう他責的な態度に出るなよと思う。頭が悪そうでみっともない。
都知事には、今までいろいろあった人だしあんまり期待することもないけど、「俺は、君のためにこそ死にに行く」の2作目を作られる際に、「過労死してゆく産科医師をみおくる院内売店のおばちゃん」を題材にすることは止めていただきたいと切に願う。まあ、そんな映画は誰も観に来ないだろうけどさ。
こういう上にたつ立場の人たちが自分の管轄下にあるはずの事件について他人事みたいに批評家めいた口をきくのはどういうものかね。自分が何とかしますという責任感がなさそうってのはこの政治家たちにこそ当てはまる寸評だと思うのだがね。そのくせ官僚が国を滅ぼすとかと部下の悪口も言うんだよな。部下の人らはどうやって仕事のモチベーション保ってるんだろう。誰が彼らに微笑みかけてくれるんだろう。僕らには赤ちゃんがいるけどね。

ゆっくりと新生児医療の地盤が沈む

昨日の迎え搬送は、いちおうNICUを名乗っているうちとしては軽症の部類にはいる子だった。若手が連れ帰ってきて初期処置をすませたところで帰宅。全行程2時間。ほぼ純粋なお留守番/バックアップ。日付が変わる前後に帰宅。
むしろこの程度の子を自施設で診れなくなったのかと、搬送依頼元のご事情のほうが気がかりになっている。私が大学を卒業する頃には、大学病院よりもよほど充実した研修ができると謳って下宿まで就職の勧誘に来たような病院だったのだが。この病院の特殊事情で新生児はアウトソーシングということになったのか、それともこの決して小さいとは言えない規模の病院でも新生児を診ることが困難になってきたのか。もしも後者だとするならば、私の今までの認識以上に、京都の新生児医療は地盤沈下が進んでいると考えざるを得ない。
今日は9時から出勤して日直・当直。中1日の当直は私だけではなく、昨日当直だった若手は今日を休んで明日も当直である。もともとのシフトでは彼に本日のバックアップを頼むはずだったのだが、女医さんがなんとか都合をつけて本日一日だけのバックアップが可能にしてくださったので、若手を業務命令から解放して休ませることが可能になった。当直のできないご事情の先生にも、こうしてできる限りでシフトに参加していただくとたいへん有り難い。私も昔はそれっぱかししか参加できないのかとこういう女医さんを批判的に見ていたのだが、いざ自分がシフトを組む立場になると、自分のできる限りの参加をしてくださることの有り難さが身にしみる。
空床はちょっと詰まってきたので1/1にしました。

どうやら控訴はしないらしいし

まったく予想通りに無罪判決だったわけだが。どこをどうひねれば有罪判決が出るやら私ごときには皆目見当も付かなかったのだが。検察も控訴しない方針だと伝わってくるのも理の当然であろう。しかし理の当然を言えば逮捕もあり得なかったわけで、ときに現実は想像力の限界を超えたことが起こるから厄介で。
すみません心嚢穿刺やったことないのに救急から手を引いてません。
今日の朝日新聞の朝刊に(うちは大阪本社の13版で29ページに掲載)鳥集徹という人の「大野病院事件『産科医無罪』で終わるな」というご意見が掲載されていた。

だが、捜査機関が介入したおかげで、明らかにされた事実があったことには違いない。つまり、医師が中心になって行った病院や県の調査では、遺族が知りたかった「真相」をすべて明らかにすることはできなかったのだ。この事実を、医師側はもっと謙虚に受け止めるべきではないだろうか。

と説き、医療側は捜査機関が介入する余地のあることにこだわらず事故調の設立に合意すべきだと主張しておられる。
そりゃあ捜査が専門の機関なんだし日本の警察は決して無能じゃないんだから着手したからには新事実もみつけるのが当たり前だろうよとか言うのはつまらん突っ込みかもしれん。私も過去には、事故調査機関は避けてとおれない道だなというような認識にもとづく記事を、このブログにも書いたように記憶している。しかしこの論説など拝読すると、あのころにもしも事故調が実現していたとしたら時期尚早だったのだろうなと思う。今この時点ならどうかは、まだ分らない。
たとえばこの逮捕劇の時期、小児科医が軽症患者の時間外受診が多すぎて疲れたとブログに書いて炎上していた時期なら、この鳥集氏の主張が世の大勢を占める主張だっただろうなと思う。むしろこの主張はまだ穏健な部類かもしれなかったなとさえ思う。ひょっとしてその時期に事故調が作られていたとしたら、その制度とか運用とかはずいぶんと医療側に対して厳しいものになっていたことだろうなと思う。
しかし当時に事故調が活動を開始していたとしたら、その厳しさがちょっと厳しすぎるんじゃねえかと思いつくほどの想像力を当時も今も私は持ち合わせていないようにも思う。事故調ってのはこんなものなんだろうなと思いながら、事故調から告発されて刑事裁判になった医師の運命を心配することになっていただろうよと思う。それもまた私の想像力の限界だ。今回の逮捕起訴も想像もつかなかったし。
事故調の設立を推奨する鳥集氏ですら、

捜査機関への通知の問題だけでなく、中立公正性を担保できるかなど、事故調にはいくつもの課題がある。

とのご認識である。中立公正性への懸念は私が指摘するまでもなく鳥集氏もご言及のようだ。とすれば、当時もしも事故調が立ち上がっていたとしたら中立公正とされるポイントが今とではずいぶん違ったんじゃないかという点では、鳥集氏も私と認識を一にするところだろうと思う。そのポイントが那辺に位置するべきかという点では、たぶん見解を全く異にすることだろうけれども。
あのころに事故調がうまれていたとしたら、それは鳥集氏が仰るような

「小さく早く生んで、市民と医療者とで充実した組織に育てていこう」

といったささやかな発足のしかたではなく、もっと大々的に医療者に辛くあたる機関になっていたんじゃないかと、いまさら当時の風潮をかえりみて私は戦慄する。いや鳥集氏の論説を拝読して久々に、昔はそうだったよなあなんて思い出してしまいましてね。小さく早くってのは計画的な分娩を比喩のネタにしておられるのですかね。紛争の多い周産期まわり(今回なんてまさにそれではないか)を題材になさるのはあんまり慎重な態度とは思えないんですがね、まあ、そのたとえ話におつきあいして申すなら、あのころなら小さく早くどころではない、なんだか血糖コントロールに難渋した糖尿病のお母さんから出生したかのように、巨大な赤ちゃんとして事故調は誕生したんじゃないかと思うんですがね。児頭骨盤不均衡やなんかで難産したり、出生後も低血糖とか多血症とかでがんがん輸液したり部分交換輸血したりと、設立だけでもいろいろ大騒動になったんじゃないかと思いますがね。
いや、そもそもこういう組織で中立公正性が担保できないってのは、それは生まれてくる赤ちゃんの肺に十分なガス交換能力が担保されてないんじゃないかみたいな致命的に危ういお話じゃなかろうかとさえ思う。その状況で出生させようというのを「小さく早く生んで」と仰るあたりはずいぶんあっさりとした表現がおできで羨ましい限りだと、新生児科としては感心してしまう。生育限界を超えてるかどうかの超未熟児をあえて分娩にもっていくかどうかってのは我々でももうちょっと気を遣って考える問題だ。
鳥集氏の論説は

医師側も「無罪」を喜ぶばかりでなく、大野病院事件の遺族をはじめとする被害者の声に、真摯に耳を傾けてほしい。

と締めくくられている。はたして大野病院事件のご遺族は「被害者」の範疇にはいるのか、そうじゃないんじゃないですかというのが今回の裁判の結論だったんじゃないかなと私は疑問に感じる。そのへんはまたモトケン先生のブログとかで勉強しようと思うけど、ただ、今となってはこの論説はもう主流じゃないよなという印象は避けがたいし、状況分析としてそれはたぶん間違っていないと思う。事故調がこれからできるにしても、この論説が主流派だった時代にできたかも知れない事故調とはかなり色彩の異なるものになるんだろうと思う。
本来なら世の風潮に流されない事故調が理想なんだけど。

トリアージ考

 NHKの小児救急特集に関する感想の続き。
 本診に先だって手短で定型的な予診を行い、重症度に応じて本診の順序をきめる、いわゆるトリアージであるが、今後の救急診療には必須の手順となろう。重症者を迅速に診るということの、医学的な重要性はいまさら本稿で述べるまでもあるまい。加えて、リスクマネージメントの面もあるということを付け加えさせていただく。米国では(日本でも既出か?)化膿性髄膜炎に関して、外来受付時間から抗生物質の初回投与までに2時間かかったのは遅すぎ怠慢であるという訴訟があったと聞く。病院側が敗訴したというおそろしい追加情報まである。
 
 現状でさっそく当院にも採用できるかというと、それは困難であろう。医師一人看護師一人でやってる小児科時間外では、トリアージに専念できる人員がない。当院では予診票を書いていただき、看護師が簡単な問診をするので、それがいくばくかトリアージのかわりになっている程度だろうか。めったに順番を変えることはないんだけれど。
 
 人数もさることながら、小児の病歴を手短に聴取しバイタルサインなど把握して重症度を判断するなんて、そうとう小児科の経験を積んだ医師なり看護師なりが必要だ(経営的な思惑からおそらくはベテラン看護師の仕事になるんだろうけど)。うちはそんなことができる優秀な人を時間外にも揃えておけるほどの病院かどうか。
 
 昔は私も漠然と、こどもを3~4人も育てた経験のあるベテランならたいてい一目で子供の重症度は分るだろうと考えていた。しかしよく考えてみれば、やはり「専門的」な手順が必要なのだ。というのは、トリアージを行えば、大多数の軽症患者は後回しにされるのである。トリアージの成否は、担当者の診断能力はむろんのことであるが、この後回しにされる大多数の人たちに納得を頂けるかどうかにかかっている。この人たちに、お子さんはこれこれの点でいま順番をとばして診察室に入った子よりも軽症なのですという説明を、客観的な用語を用いてできるかどうかである。その点で、年功を積んだだけでは足りないのである。
 
 むろん、それも、軽症者は後でよいというコンセンサスが得られていればの話である。重症だろうが軽症だろうが関係あるもんか私の子を先に診ろというレベルの主張をされたら、トリアージのシステムは機能しない。
 
 そんな理不尽な主張をすると、じっさい自分の子が重症であった場合に困るだろうという理屈は立つ。しかし、大多数の小児救急患者は軽症である。大多数の軽症の中からいかに極少数の重症者を検出するかが小児救急の勘どころなのだ。大多数の親子にとって、子が重症に陥ることなど生涯(すくなくとも小児期には)経験せずに済むのである。したがって大多数の親子には、トリアージなどなくても、実際のところ困りはしないのである。むしろ後回しにされる言い訳みたいな、不利益なモノなのである。
 
 先に述べたNHKの特集でも、トリアージで先に診てもらえた子の親御さんが、重症だったから早く診て貰えて安心でしたと肯定的にインタビューに答えていた。しかし、本当に聞くべきは、軽症だとされて待たされた子の親御さんたちの感想だろうと思う。親御さんたちは納得してお待ちだったのか。納得しておられたとして、それは医学的に納得されたのか、それとも成育医療センターというビッグネームに威圧されてのことなのか。その人たちが、いやあうちは待ちましたけどあの子は大変そうでしたしね、助かってよかったですよと、おっしゃって下さるかどうか。ぜひ知りたい。
 
 救急医療など、限られたリソースの配分をいかに最適化するかという問題においては、参加者のおのおのがシステムの円滑な運営に協力するという、総員の善意を前提にしないと、最適解は出せないものじゃないかと思う。各人が各人の利益を追求することが最適化の道になるためには、リソースが無限に供給されなければならないんじゃないだろうか。経済学的にはどうなんだろう。各々の善意を前提にしないと救急は回らないってのは、現場での実感なんだがね。相手を潜在的な(あるいは明示的な)敵と見なしての救急医療なんて燃え尽き必発だと思う。
 
 トリアージの成否に関する責任を利用者側に押しつけたような内容になってしまったが、むろん、トリアージの成否を決める一番の要因は診療側の診療能力であるとは、肝に銘じております。その点、いずれまた書かせていただくかも知れません。
 それと、これは声を大にして言いたいんだが、トリアージは確かに必要だけど、トリアージさえすれば救急医療のリソース配分は上手くいくから総量の拡充は不要だなんて議論が行政なんかから降ってくるようなら、それは違うよと申し上げたい。