おんなじことを考える人があったんだなあということで

文部科学省のサイトより。
各都道府県・指定都市教育委員会等宛 新型インフルエンザに関する対応について(第17報)

 ついては、これを踏まえ、学校保健安全法(昭和33年法律第56号)第19条の規定に基づく児童生徒等の出席停止を行った場合などでも再出席に先立って治癒証明書を取得させる意義はないと考えられますので、適切に対応くださるようお願いします。

ということで、読者諸賢におかれましては適切に対応くださるようお願いします。
同じページに「新型インフルエンザによる外来患者の急速な増加に対する医療体制の確保について」という文書へのリンクも張ってあって、そういう問題意識で出された通達なんだなと思います。

日本小児科学会もまずはマスコミ発表が先

 日本小児科学会は、子供の新型インフルエンザ患者について、国立成育医療センターがまとめたタミフルなど治療薬の投与方針を公表した。
 外来では脳症などの危険性が高い1~5歳は軽症でも処方し、6歳以上で重いぜんそくなど持病を抱える場合には、症状にかかわらず投与対象とすることなどが柱。近く学会のホームページで紹介する。
 米疾病対策センターや世界保健機関の治療指針を基本的に踏襲した。入院患者は年齢に関係なく原則的に投与し、安全性が確立されていない1歳未満でも、医師が必要と判断した場合は投与する。
(2009年9月15日 読売新聞)

近く学会のホームページで紹介する、ねえ。まず学会のホームページに出して、それからマスコミに触れ回って欲しいな。それとも、まずマスコミにだしたほうが会員への周知が徹底するのかな。それって日頃の仕事ぶりが芳しくなくて会員から相手にされてないってことじゃないか?そう言えば私も診療のガイドラインが欲しいときはまず米国小児科学会から見にいくもんな。日本小児科学会のサイトには小児科学のことはあんまり載ってない。
なんだかね。

現場よりも新聞報道が先かよと腐る

朝刊に厚生労働省の研究班がインフルエンザ脳症にかんする新しいガイドラインをまとめたと報じられていた。新型インフルエンザの流行も懸念されるおりから、こういう症例数は少ないけれど重篤になりやすい病態について詳しい人がまとめてくれるのはたいへん有り難い。新聞で報道するよりも早くまずは臨床現場の小児科医に配布してくれればさらに有り難かったのだが。どうも最近は現場で必読の文書もまずは新聞に発表されると言うことが多くて戸惑うばかりだ。喘息ガイドラインでテオフィリンの位置づけが変わったときも、カンガルーケアに関する注意が喚起されたときも、そして今回も。

ビンディングペダルの練習

当直明けて帰宅。小雨に晴れ間が見えたのでロードバイクを持って出て、自宅前の路地で発進・停止の練習。靴底とペダルが貼り付く「ビンディングペダル」の着脱に習熟することが本旨である。片足をペダルにはめて発進し、もう片足もはめて2~3回回す。それから片足を外してサドルの前方へ降りながらブレーキをかけ、停止すると同時に足を地面に着く。その発進・停止を延々繰り返す。
とくに停止が難しい。ハーフクリップにはだいぶ慣れているが、ビンディングは一段階外れにくい。停止する前に意識して外しておかなければならない。ママチャリのように車輪の回転がとまったときに傾いた方の足を地面に着こうと構えていると、足をペダルにとられたまま転倒することになる。立ちごけというらしい。
いちおう両足とも練習したが、私の場合は左足をペダルに付けたままにして右足を脱着する方が簡単なような気がする。しかも私が立ちごけしそうになるときは、だいたいビンディングを付けたままの足のほうへ倒れそうになる。なんやかやで右足を脱着するよう心がける方がよいのかなと思っている。とりあえず車道のほうへは倒れたくないので。
スポーツに人生への教訓を求めるのは野暮の極みだというのは承知の上だが、練習しながら以下のようなことを考えた。
ウチダ先生のブログで習い事に関する論考を読んでなるほどと思った記憶がある。曰く、人間、失敗するときはその人に特有の失敗の仕方をする。たとえ習い事であれ、失敗のパターンというのは、いかにもその人がしそうな失敗であるという。仕事でそうそう失敗というのは許されないが、習い事で失敗するのは自分の失敗のしかたを精査するという点で役に立つ。
私の失敗のパターンはと考えてみる。おそらく、撤収のための余力を残していないというのが私の失敗のパターンである。ついもう少しもう少しと粘ってしまう。粘れなくなるまで粘って、停止せざるを得なくなってから停止する。たぶんそれは良い方向へ働くこともあるのだろう。学生時代には、とくに高校まではわりと学業の成績が良かったほうなんだけど、勉強にしても試験にしても体力や時間のゆるすぎりぎりまで粘っていたのが大きかったんじゃないかと思う。しかしそれはくたびれ果てたらそのまま寝るなり答案を提出するなりすればよい状況でこそ最善の結果を生む行動方針であって、停止・撤収する過程にもそれなりの労力を要する状況ではときに破滅的な結果につながる。先だって日吉ダムまで行ったときも、帰りの行程を考えずダム湖畔で時間を使ってしまって、帰りはあやうく知らない道を夜間走行するはめになるところだった。
ビンディングを外して止まるということが苦手なのも、スケールは小さいけれど、同じつながりではないかと思う。今までの自分の習性として、止まる寸前までは走ることを考えている。走れなくなったら止まればいいのだと。ロードバイクではそうではなくて、止まる手前のある地点・ある時点から、止めることを意思して止めてゆくことが必要になる。まあ一連の手順を慣れて記憶したらそう大層なことではなくなるんだろうけれども。
いずれNICU施設の集約化が始まる。中小規模の施設は刈り込まれ、大規模施設だけが生き残れる時代が来る。よほど地理的に広い範囲をカバーしなければならないのならともかく、今の京都府南部をカバーするのにいまの施設数は要らない(もちろん病床数は足りないんだけど)。今の施設をすべて生き残らせることと、周産期医療全体のクラッシュを防ぐことと、どちらを優先すると聞かれて迷うほど厚生労働省も新生児学会上層部も馬鹿じゃない。ここは日本なのだから、「自主的な撤退」を指導するというかたちで、刈り込みの波が来るんだろうと思う。それと同時に診療報酬の体系が、大規模施設ほど経営的に楽になり小規模だとどう足掻いても赤字になるように巧妙に変化していくだろうと思う。そして地域医療を計画する地方公共団体の部署が、小規模施設の撤退を遺憾ながらと口だけ言いつつ許可し、撤退した施設の病床数だけ大規模施設に拡大を許可する。そういうかたちで、集約化が水上艦と潜水艦とで攻め込んでくるんだろうと思う。
どこかの時点で、うちのNICUの撤収も考えなければならなくなるんだろうなと思う。総病床数が200に満たない病院のたった9床のNICUには、日赤や大学や徳洲会のNICUを吸収して生き残るという道はとうていなさそうに思える。
今の自分のマインドセットのままでNICUを運営していくなら、何らかの事情で停止を余儀なくされるまでは猪突猛進していくんだろうけれど、それだと停止するときのクラッシュが大きくなる。衝突か立ちごけか。止まった後は撤収しなければならないが、余力を持って明るいうちに家に帰り着けるか、あるいは闇夜の知らない山道を車のヘッドライトに怯えながら走り続けることになるのか。
その始末の付け方次第で、頑張って前進している今の仕事に対する後世の評価も異なってくるんだろうと思う。まあ後世の評価はいま気にしても仕方ないかもしれんが、しかし停止・撤収に際して私に許容できる負担といえば病院の赤字くらいだ。病院上層部とは意見が違うかも知れないけれどね。私は赤ちゃんを殺したくないし、若手医師や看護師にバンザイアタックを命じたくもない。そういう華々しいクラッシュを迎える前に、明確な意思と計画をもってNICUを撤収したいものだと思う。
たぶん私はNICU部長として壮大なチキンレースを戦っているんだろう。あんまり早く撤収にかかったら臆病者だと言われるし、クラッシュするのは愚か者だ。臆病者と愚か者の割合を最適化するくらいのタイミングで撤収にかかるべきなのだろう。

マンパワーの確保は喫緊の課題であるが

12日から14日まで周産期新生児学会に行ってきた。昨年度までは当直にくたびれ果ててあんまり行く気も起こらなかったのだが、若手が増えた本年度はさすがにさぼる理由がなくなった。自転車に乗っていたいからというのは理由にならない。いまちょっとSPDの着脱を練習していて新しい局面なんだがね。
名古屋まで新幹線なら40分ほどで行けるというのには驚いた。なんと京阪で大阪淀屋橋まで出るよりも早いぞ。値段は10倍だけど。早朝に京都を出て教育講演の開始に余裕で間に合った。通勤だってできるんじゃないかな。
喫緊の課題としてマンパワーの確保について熱心に語られていた。今年度はうちも人数が増えたのだが、そうそうバブルは続かないというのが世の常だし、マンパワーの確保は過去の話題とはなかなか申せない。かしこまって拝聴してきた。
とはいえその語り方にはいかにも十年一日という感があった。上手くいっている施設や地域の先生が成功体験を語り、事情通の先生がこれからの見通しを語る。地域振興シンポとか称して商工会の青年部がシャッター商店街の店主を集めてIT社長や経済評論家に講演をさせるような図式であった。催し自体としては晴れやかだし開催者の意気は軒昂なんだろうが、聞いてるほうの明日からの仕事につながる訳じゃない。
そのなかで救いがあったのが米国でnurse practitionerとしてご活躍のかたの講演であった。米国ではNICU仕事の多くを、特別に訓練を受けた看護師であるNPの資格をもつスタッフが行う。新生児搬送も、中心静脈カテーテルの挿入も、胸腔穿刺も。じゃあ医者は何もすることがなくなるんじゃないかと日本医師会の諸兄はたいへんにご心配だろうが、じっさいにはその心配はないそうで、なぜなら60床のNICUを医師一人NP一人で診ていたりするんで仕事が尽きることはないのだそうだ。安心して医師法を改正していただきたい。
60床のNICUなんてあったらたとえば京都にはそれ一つで足りるんじゃないか。いまの京都のNICU認可病床数は総計でも50は越えないはず。それを小分けにちまちまとあっちこっちの病院にばらまいてあるから、NICU当直として京都全体で毎晩すくなくとも5人は泊まっていなければならない。それを医師一人NP一人で済ませられたら夢のようだ。マンパワーなんて全然足りるじゃないか。私などむしろ能力不足な余剰人員としてリストラに遭わないように注意しないといけないくらいだ。まあそこまでラジカルな施設の統合なんてぜったい無理だし、そもそも京大と府医大の系列を統合するなんてemacsとXEmacsの開発を統合するくらい難しいことだからね。でも京都のNICUの当直は大半がNPで間に合うんじゃないかと思う。
米国でNPの教育が始まってから制度的に認められるまで11年かかったということだし、本邦ではその前に医師法の改正をしなければならんから(医業を医者以外もしていいよということにしないといけない)、もうちょっと時間もかかるだろうけれども、でも医学部の定員を増やしてから使い物になる医者の人数が増え出すまでにも十数年はかかるのだから、いまさら拙速に走ってもつまらない。腰を据えてラジカルな改革をやらんとね。

いつまで保てばよいとお考えか

アメリカで地下水を汲み上げて農業を行っている土地で、とうぜん塩害がすすんで農地はだんだん傷んでくるのだが、それでは先行きがダメだろうという問いに農夫が答えて曰く、いや俺が生きてるあいだ保ってくれたら良いんだ、とのこと。いちおう農村地区の出身である私としては、田畑というものは代々受け継いで末永く耕してゆくものだと、なんとなく信じ込んでいたので、この農夫の考え方には意表を突かれた。ネタの出所が不明で恐縮ではあるが、そういう考え方もあるんだという驚きばかりが記憶に残っている。
ジャレド・ダイアモンド著の「文明崩壊」に出てきたエピソードだと記憶していたが、改めて読み返してみるとそれらしき記載に出くわさない。ただこの名著にも、3年くらいの契約で借地して農業をやる人間がむちゃくちゃな土地の使い方をするという記載がある。同様の発想なのだろう。彼国のお百姓の名誉のために付け加えれば、土地を大切に耕す農家もちゃんと登場する。
医師会の偉い人は日本の医療がいつまで保てばいいと思ってるんだろうか。ひょっとしたら、彼らもまた自分がリタイアするまでのあいだくらい保てばいいやと思ってるんじゃないかと、ふと思った。それは決して長くない期間だ。医師会の偉い人なんて相応の年齢なんだし、医師会活動にそこそこの時間を割けるんならそれなりに設備投資の借金も返済して種々の蓄えもしてきてるんだろうし。いちおう医師である私は、いやしくも医師の肩書きを持つ者なら日本の医療を末永く続けさせる意思をもってて当たり前だと、何となく信じ込んでいたのだが、それはちとばかりナイーブに過ぎたのかもしれない。
NICUも救急も、たえず若い人をリクルートできないと当直も組めないことになる。長期的視野での継続可能性の確保が今日明日の業務維持に直結している。その切羽詰まった感覚が、偉い人には共有されていないのかも知れない。夜は寝てればよく年末年始はハワイに行ってればよい人たちにとっては、自分の診療所がまるごと転覆しかねない大変革を避け、そこそこの期間を今の枠組みでそこそこ稼ぎ続けられることこそが重要なのだろう。医療経済が厳しくなればなるほどに、彼らは既得の権益にますます強くしがみつくばかりなのかもしれない。継続可能性の確保は二の次で。
そういう存在を何て言ったっけ。プチブル?中間階層?

君たちは要らない

昨夜はNHKで医療再建云々の特集があったらしい。見なかった。当直明けの日に見て楽しいお話じゃなさそうだからテレビは息子に譲った。見なかったことを喧伝されてもNHKにはいい面の皮かも。でもけっきょくNHKまで出向く暇のある連中が語らってる番組なんだよな。発言中の出演者の携帯が鳴って「あ、すいません呼び出されました」とか言って出て行くようなシーンはなかったのかな。
でも医療の再建がなったとして、その中心にいるのは、いま現在においても医療の最先端にいる面々なんだろうなと思う。崩壊する最前線においても優先的に資源が集まってくる場所で、崩壊なんぞものともせず(あるいは気付きもせず)ばりばりと活躍している面々が、崩壊と再建のあとも医療の中心であり続けるんだろう。崩壊と再建というのはけっきょくは崩壊のあおりを受けてわあわあ言ってる我々みたいな泡沫が洗い落とされるだけのことなんだろう。中心の彼らにしてみれば、自分の仕事は変わらんけれどふと気がついてみると周囲の風景が変わっていた、というだけのことなんだろう。
いまメインストリームを外れている面々が、崩壊後に光が当るってことはないと思う。崩壊後の活躍に備えて今は楽なところにいますと仰るむきもあるようだが。オタク的なたとえで恐縮ながら、戦後に航空自衛隊が発足したときに、「私は九九式艦上爆撃機の操縦の訓練をうけましたが旧軍の崩壊を見越して安全圏で自分の戦力を温存しておりました」とか称する人物が名乗り出てきたとしてもね、いやもう時代はジェット機ですからとお引き取りを願われるばかりじゃないかと思いましてね。最前線で生き残ってきましたってんならまだ評価のしようもあるんだろうけど。
大本営で参謀とかやってて戦の負け方にそれなりの責任のある人間が崩壊後も商社の偉いさんとか政界の黒幕やってました、なんていう類の人物が医療に関してもこれから登場するんだろうなとも思う。そういうのが一番むかつくんだけど、たぶん私のような下っ端の兵隊には姿も見えないような雲の上の存在なんだろうな。
与太話でした。すみません。