繁忙と閑散の差が大きすぎる

4月中頃からだいたい半年ほど、NICUが延々と満床続きだった。さいきん、潮が引くようにどんどん退院していき、ついに入院数が3人にまで減った。

看護スタッフにもずいぶん疲労がたまっていたので、しばらく平穏に過ごすのもいいかもしれない。スタッフのみんなにはこのさい疲れをいやしたり、忙しい間につもった疑問点を解消するような勉強をしたり、いろいろと平穏なときにしかできないことをしてほしいと思う。現状なら勉強会も日勤のうちにやれるくらいだ。

一転して満床

ひところの閑散が嘘のように、NICUは満床が続いている。

10年以上もNICUにいると、閑散期や繁忙期があるのは既知のことで、とくに経営に関して責任を問われる立場でなかった頃には、いくら閑散としていてもそのうちまた忙しくなるさと、収益のことなどまるで気にもしなかった。一昨年から1年以上にわたる閑散期はさすがに先が見通せず、これで我々の役割も終わったかとなかば観念したものだが、閑散期は必ず終わるものだとの経験則の方が勝ったようだ。というか、必ずまた忙しくなるから暇なうちには英気を養い知識を磨いておけという教訓を、信念をもって実行しておかなければならんなと思った。おそらくそれは信仰というのに類した心構えなのだろうとも思った。

閑散期の間もおろおろするばかりで、暇であればこそできたはずの勉強がやはり不足していると思う。やはり信仰が足りないのだろう。なんの神に対しての信仰かはさておいても。

それはそうとしても各地でNICU病床の充足は進んでいるようで、このまえ学会で聞き込んできたうわさ話によれば、東京でも、都内どこにもNICU空床がないという絶望的な夜はすでに絶えたということである。神奈川でもまた、県内に空床がなく赤ちゃんを東京へ送り出す必要に迫られることはほとんどなくなった由。まあ、喜ばしいことではある。

ちいさなちいさなわが子を看取る

ちいさなちいさなわが子を看取る NICU「命のベッド」の現場から

ちいさなちいさなわが子を看取る NICU「命のベッド」の現場から

 けっきょく本書は小児緩和ケアの不在に関する報告なんだよな。行われた新生児集中治療のお話と言っては、たしょう焦点がずれる感がある。本書を読んでて、新生児科医がいろいろ考えたり苦労したりしているのは分かるんだが(それはまあ同業者だし)、しかし同じスタッフ・同じチームが治癒を目指す治療と緩和ケアとを同時にやるってのは、そもそも構造的に無理なんじゃないかという気がしてならない。新生児科はとことん治癒を目指す、緩和ケアチームが初期から介入して種々の緩和を行う、この担当者を別立てにするのにかなり大きな意味があると思う。

 父が経理の仕事をしていて、子どもの頃から予算とか監査とかといった話を聞かされて育ったんで余計にそう思うのかも知らんけど、集中治療屋が緩和ケアもってのは、予算の執行と監査を同じ人間がやってるようなお話ではないかと思えてならない。端的に言って治った大多数は新生児科の勝ち、治らなかった少数例もじゅうぶん緩和ケアをした新生児科の勝ち、なんて心得でこのままやっていくのでは、僕らに「君ら間違ってるよ」と誰か言ってくれる仕掛けは僕らの仕事の仕組みのなかに用意されてあるのだろうかと、ちょっと危機感を覚えたりする。

 たぶんそれはブレーキのついてないピストバイクをかっとばしながら、俺はペダルを勢いよく踏みすぎてるんじゃないかとか、止めたいときにペダルを止めたら本当に止まれるんだろうかとか、危惧するようなお話で、いやそれって深刻そうに考え込んで見せてもあんまり賢くは見えんよと仰られたらまことに返す言葉もない。じゃあブレーキをつけろよフリーホイールつけろよって話にすぎなくて。

 
 

診療レベルはむしろ上がっているのに

今日もNICU日直で出てきたが、閑散としたNICUから病状の回復した子を母児同室に出したりしてさらに閑散としてしまっている。朝から緊急帝王切開の立ち会いはしたが、着々と蘇生して元気に産科病棟管理となった。というかまあ、あの元気な子のどこをどう間違えばNICU入院になるんだろう。

正期産児の入院期間がとみに短縮しているような印象がある。印象、というのは、このあいだ統計をとってみたら意外に有意差がなかったので印象としか言えないんだけれど。同じ重症度でも昔はもっと長くかかっていたような気がするのだが。気管内挿管して人工呼吸管理したような子でも、翌日抜管して日齢3くらいには母児同室に出していたりする。

診療レベルが向上しているということだろうし、良いことと考えるべきなのだろうが、何が良かったのか今ひとつ分からんと言うのは、何が悪かったのか今ひとつ分からないままに悪くなっていくほど悪いことではないにせよ、けっして、手放しにめでたいことではない。

今では正期産児のNICU入院症例では半数以上が母児同室経由で帰宅する。多くの症例で、赤ちゃんの退院許可を出す時点でまだお母さんが入院中だったりするからであり、また、母児同室を経由したほうが何かと不安が少ないだろうという配慮からでもある。だらだらと入院を長引かせるよりはレベルの高い医療なのだろうけれど、診療報酬が1日いくらで計算されるNICUでは、経済的な実入りは減るのが悩ましいところではある。

しかしそこで小ずるいことをすると、信用が失われる。世間様に言えない小ずるいことというのは、いくら隠そうとしてもどこかの経由で露見するものではある。明示的に露見しなくとも、なんとなく胡散臭いなどといったぼんやりした印象レベルで、施設全体に影を落としてくるものだと思う。

とくに誰からの信用が失われると言って、自分達自身からの信用が失われるというのが最大に痛い。自分のやることは自分がいちばんよく分かっているものだ。いくら隠そうとしてもね。「汚れっちまった悲しみ」ってのが仕事に与える悪影響は大きいと思う。そう思うのは私が経理屋の息子だからか?

周産期医療がサービス業になったのかもしれない

NICUの入院数が減ったまま回復しない。毎年、春先から初夏にかけて減り、夏から回復する緩やかな波はあったのだけれど、この1〜2年の減り方は尋常じゃない。なにか、新たな時代に入った感がある。昨年の入院症例総数は例年の3分の2だ。

今では当地のNICU病床は、需要に対して限られた供給量を分配するといったものではなくなった。需要に対して供給が潤沢にある状況である。こういうときに需要側の便利もシステム全体の効率もいちばん宜しくなるのは「市場経済」と言われるものだろう。ようするにだ、いまの京都の周産期医療は、文字通りのサービス業になっている。病的新生児入院を施設間で押しつけあう時代は過去のものとなり、奪い合う時代になっている。

それはかつて目指した状況ではある。京都中のNICUを見回しても1床も空床がないという状況は過去のものとなった。赤ちゃんにとっては慶賀の至りである。いまお産するなら京都ですよ。

前任者がいよいよ退職し、自分が文字通りのトップになった状況で、さてと思うと、周辺状況がずいぶん変わっている。身も蓋も無い話だが、昔の「入れ食い」時代の感覚では経営的に苦しい。3対1看護をささえる看護師の人件費もたぶん現状では稼ぎ出せてない。どうやったらうちのNICUを生き残らせていけるのか、頭が痛い。

しかし現状を作った責任は自分たちにあるんだと思う。さいきんの診療報酬やなんかが新生児医療に関して手厚くなり、病院経営にとっては新生児は稼げる分野という認識になってるんじゃないか。特に当地では当院のような総病床数200にも満たない小規模病院が、ホスピスやらNICUやら特殊な分野を運営して、それなりにやっていけることを示してしまったわけで。それならうちの病院でもやってみようやと、他の病院の院長先生や事務長クラスが考えてみても不思議じゃあない。要するにビジネスモデルってやつになってしまったんじゃないかと。

職業と家庭の両立とかいうベタなおはなし

現在の日本の学校制度では、医師免許を取得する年齢は最短でも24才。その後に2年間のスーパーローテート研修を経て、26才で小児科研修開始、3年やって小児科専門医試験の受験資格を得る頃には30才目前である。さらに3年間のNICUでの研修を経て、周産期新生児医学会の専門医受験資格を得るのが最短で32才。2〜3年も働けば、妊娠出産すれば高齢出産と言われる年齢になる。うっかり、研究も楽しそうだなとか言って大学院4年とか加算してごらん。

労働集約的な業界の常で、新生児業界はいつだって若い人絶賛大募集中なわけだが、こういう人生の見通しを若い研修医たちに明示してなきゃ詐欺くさいなと思う。

どこのNICUでも、欲しがるのは年中いつでも残業当直OKの人なんだろう。だけれど、女性が新生児科医を目指して、しかも高齢出産とならない時期の妊娠出産をとなれば、専門医研修の時期に産休育休ってことになるし、その後も育児との兼ね合いで残業とか当直とかには制約が多くなる*1

NICUに年中泊まり込んで新生児医療に没頭する時期ってのも、若い頃の研修中には有意義なのかもしれない。研修医に、そういう勉強を可能にする豊富な症例や指導陣や医療機器が揃っていますとアピールするのもよいと思う。でも彼らには、まず職業的に一人前になってからとか言ってるとあっという間に30台後半だよとは明言してやるべきだとも思う。

いま研修医達がどのような医者のすがたを新生児科医の理想と思って/思わされているのかは知らない。だってうちみたいな場末のNICUには研修医なんて来ないし。でも私の想像通りに、日夜NICUに泊まり込むような医者、週2回も3回も当直し自宅待機する医者、休日も自主的に回診にくる医者、そんなワーカホリックな姿をもって、研修医達の理想の姿とされているなら、その姿で一心不乱に働く人生のまっすぐ延長線上には、医者人生の円熟期の理想像はまずありはしない。

子育て云々言ったけれども人生の再考ポイントは育児だけとは限らない。24才で医者になって、65才まで医者をやるとして、その間だいたい40年ほど、徹夜仕事ができるのはそのうち最初の10年ちょっとくらいだ。最近当直が「残る」ようになったなあとか嘆息しはじめる時点で、あるいは当直明けにシャワーあびなくっても肌の脂が気にならなくなったなあとふと気づいた時点で、まだ医者人生は折り返しにすら到達していない。

その後の20年あまりを、どのような医者であろうと志したい/志させたいのか。

それを考えさせず提示もせず、とりあえず2〜3年の期限付きで身を粉にさせる、サターン5型の1段目みたいな扱い方をするのでは、若い人を使い捨てにするも同然だと思う。それをやってる業界が、医師不足うんぬん言うのは、まあ、自業自得ってもんじゃないかとも思う。

*1:夫の育児協力がいまどき当たり前だろって言われる向きもあるかもしれないが、女医さんの夫ってやっぱり医者であることが多いし、女医さん以上に育児参加は困難なことが多い。いったい胸部外科の30台男性医師が「今日は嫁さん当直なんで子守りがあるから緊急手術無理っす」とか言ったら出世コースに残れるものかどうか。医局にすら残れないかもしれない。

クラス運営とか傍目八目とか

 昨日は隣県で(つうか隣「府」でだな)新生児蘇生法インストラクター養成の講習会が行われた。とくに何かの役を仰せつかったわけではなかったのだが、事務局の人に暇なら顔を出すようにと声をかけて頂いたこともあり、お言葉どおりに顔を出して、講習の様子を眺めていた。

 指導に関しても評価に関しても、なんの責任も負ってなかったので、指導者2人と受講者6人、それに見学者1〜2名からなるブースを、さらに遠くからぼさっと眺めていた。こちらから向こうが何を言ってるかはだいたい聞こえるが、向こうからこっちはたぶん意識にのぼらないだろうという程度。たぶんNIDCAPで赤ちゃんとケア者の交流を分析するときってこんな距離のとり方するんだろうなと思った。

 その距離だと、だいたいチーム全体がどう動いているかが一目で見える。こういう距離で指導の現場をただ眺めているというのは初めての経験だった。傍目八目とは言い得て妙なものだと思った。今まで意識もしなかったことがいろいろ見えた。まあ、面白かった。

 受講者が交替に進み出て、あれこれ実演するわけだが、いま自分の順番でない受講者ってのは傍目にはこれだけ遊んでいるように見えるのかと、新鮮に驚いた。むろん彼ら自身にしてみれば自分の順番になったらどうしようかなど真剣に考えておられるのだろうが、直裁に申し上げれば、あの「待ち時間」は客観的にはかなり無駄だと思った。

 我が身を振り返れば自分が主催する蘇生法講習会でも、あのような光景は稀ならず見られるものなので、おそらく私の講習会でも受講者の時間をかなり空転させているんだろうなと思った。どのように受講者全員を絶えず巻き込んでいくかというところに、もっと高次の工夫が必要だ。

 私の講習会はしかし蘇生法の講習会である。昨日観てきた講習会は「蘇生法の指導法」の講習会だった。であれば私の講習会以上に、昨日の講習会は、その講習会自体が、受講者がこれから開催する講習会のモデルになるべき講習会であったはずだ。講義の内容以前に、メタレベルで。平凡なクラス運営でどうするのだ。それは指導法の指導と言えるのか?

 であれば私らはまず小学校や中学校のベテランの先生が、クラス全体を取りこぼさず巻き込むような授業をなさるのを見習うべきなのかもな。子供たちの授業参観に多忙を言い訳にとうとう一回も行かなかったことがいまさら悔やまれる。まあ、1人は自閉症児で特殊学級の個別指導だったんで、クラス運営っていうものではなかったけれども。
 
 まあそれにしても、アポイントもなく押しかけていって、顔パスで入り込んで、一日遊んでいた挙げ句にスタッフ用の弁当までせしめて。俺も厚顔になったものだ。その上にこの言いぐさだものな。まあ失礼千万とは思うが、無益じゃないと思うので記載しておく。