息子と狂言

彼が小学校6年生の時、たしか茂山七五三氏であったとおもうが、著名な狂言師による狂言教室があった。息子が通学中の学校の小学校6年生が対象であったが、みなさん中学受験に忙しかったのか、受講希望者を募っても、正規の対象者でじっさいに希望したのはうちの息子しかいなかったとのこと。

それほど小学生に人気のあるジャンルだとは思えないにせよ、行ってみたら自閉症児がひとり待ってただけだった、では茂山氏も面食らっただろうと思う。受講希望者が少ないということを聞きつけたうちの妻が、強引に妹も受講させるよう計らって、兄妹で参加してきたとのことだった。

それって「落合博満氏の打撃教室」に受講者が一人しかいなかった、みたいなお話ではないかと思うのだが。

それからか、どうしたわけか息子は能楽が好きになって、中学のとき通常級も育成級もみんなで参加した狂言鑑賞でも、きっちり鑑賞したあと、あとの質疑応答でやおら挙手して何か発言していたとのこと。後ろで見ていた妻は何を言い出すかとハラハラしたらしいが、いちおうそれなりの感想を述べて着席したらしい。

ま、もともと狂言みたいなしゃべりかたをする子ではある。

(茂山七五三氏は狂言師だよという妻の指摘を受けて訂正しました。お恥ずかしい限り)

息子

・特別支援学校高等部の帰り道、なにか買食いして帰ってきたらしい。
 高校生なら当たり前なんだろうけど、そういうこともするようになったかと思って嬉しい。

・以前、学校の活動で橋本関雪記念館を見学に行ってのコメント
 「白黒だった」

長所を聞かれて息子は

昨日は総合支援学校高等科への進学へ向けて、相談会へいってきた。夫婦と長男とで、養護学校の先生お二人との面接であった。
けっきょく職業科からは「言葉が不自由だと指導困難」とのことで、何回か体験実習へ言ったあと、中学校を通じてやんわりと断りが入った。そりゃあそうだろうねと思ったからあんまり横車は押さないことにして、普通科希望へ鞍替えした。昨日は普通科の面接。
いったい、これで合否を決める「面接試験」なのか、それとも入学はもう内定済みでその後の指導方針について両親の意向を確かめる目的の面接なのか、いまひとつ位置づけがわからない面接ではあった。まあ両方なんだろうと思った。あんまり極端な要求を出したら、受け入れ不可能という結果になるんだろう。
面接で息子は、自分の長所はどういうところだと思いますかと聞かれて戸惑っていた。自他の比較という発想そのものがたいへん希薄な人なので、そういうことは全く考えたこともないといった顔だった。墨を吐くことについてどう思いますかと聞かれた鯛のような顔。いやそりゃあタコがすることだろうと答えられればよかったのだろうが。
自他の比較をしないとどれだけ日々を心安らかに過ごせるかという見本のようなあり方を、息子に日々教えてもらっている。おそらく、勝間和代さんに勝てるのは香山リカさんじゃなくて、うちの息子だ。

総合支援学校の説明会を聞いてきた

総合支援学校高等部職業科の説明会があったので息子を連れて出席した。職業科は就職率がよいので人気が高い。多くの聴衆で会場が埋まった。
京都市内には白河・鳴滝の二つの学校があり、各々の学校の先生や生徒さんにより学校紹介がなされた。とくに生徒さんのプレゼンぶりから、白河は「よく仕込む」鳴滝は「よく伸ばす」校風であるという印象を受けた。白河の先生と生徒さんによるプレゼンは、先生単独・生徒さん単独のセンテンスと二人が声を揃えて読むセンテンスがきっちりと計画されていた。発音の明瞭さには入念な練習のあとが伺われた。その点で彼らが準備したものは「台本」であり「芸」であったと言ったら言いすぎだろうか。対して鳴滝の生徒さんは各々の手持ちメモを通しで一人で読んだ。彼らの準備は「原稿」であった。てにをはを直して通し読みを数回してという以上の手間は敢えて掛けないという意思あるいは心意気を感じた。
・ちなみにこの印象は2年前に参加したときも同様に感じたので、たまたまプレゼンの担当になった先生個人の個性というより伝統的な校風なんだと思う。
・医師としての目で見て、けっして白河の生徒さんが課題の遂行能力において劣るというふうには見えなかった。

その校風の違いに優劣がつけられるわけでもないと思う。生徒の障害の特性によっても異なるだろうし。人当たりが良くても課題がいい加減な生徒には白河のきっちりとした校風で育ったほうが卒業後の職業生活もなにかと上手くいくかもしれない。課題はきっちりこなすが朴訥として引っ込み思案な生徒には鳴滝の校風のほうがのびのびとするのかもしれない。客観的な優劣と言うよりは個々の生徒との縁の良し悪しだと思う。
息子は意外におとなしく聞いていた。退屈すると何のかのと独り言が多くなる子なのだが。各校の校長先生の挨拶まですべてスライドを併用しての説明会だったから、自閉症である彼にも理解がよかったのかも知れない。どちらにするんだと聞いてみたら鳴滝と答えた。校風の違いによる魅力と言うよりも、バスを乗り継いでの通学をしてみたいという動機であるようにも思えた。
両校とも、入学に必須なのはかならず企業就職をするのだという強い意志だと強調しておられた。それがちょっとネックだなと思った。3年後には必ず就職するのだという強い意志をもったりとか、将来はこういう大人になるんだという夢を持ったりとか、そのためにはこの学校に通わねばならんのだという見通しをもったりとか、そういう両校の先生方のご期待に応えられるようなら自閉症とは言わないんじゃないかと。
でも夢や見通しや強い意志がなければ退屈だとか無意味だとか駄々をこねて日々の仕事が続けられないなんて、それって定型発達のみなさんの障害特性なんじゃないかとも思う。小難しい動機づけがなくても淡々と日々の仕事をこなしますというのを長所にカウントするのはダメなんだろうか。いったいうちの息子のように毎朝6時に自分で起床してきて、ゴミの日には家中のゴミを適切に分別して出して、新聞を取ってきて父親も起こしたうえで、片道30分の徒歩通学を無遅刻無欠席の皆勤賞でこなすような男子中学生が世間にどれほどあるというのか。

医療崩壊で救われること

どんよりと身体の芯に重い疲れがのこり、見るもの聞くものに妙に現実感がない。聞こえるが聴こえない感じ。昨日の帰宅後も、食卓で夕食を待っていて、娘が自室から降りてきて学校の友達のこととかなんやかや話してくれるのを、ふと気がつくと聞き流している。聴いてないってことがうっかりばれたら、それっきり嫁に行くまで話なんてしてくれなくなるんだろうと思うと、冷や汗が出る。
宿題をしていた息子がふと顔を上げて、「機関車列伝」の録画ができていると言い、テレビをつけてくれる。消去できません、とか何とか言っていたところをみると、疲れた父になにか気を紛らすものを観させてやろうという気遣いではなく、たんにハードディスクを空けておきたいというだけのようだが、ぼんやり眺めるにはちょうどよい番組だったので、EF81とかDE10とかの解説を観ていた。娘も、テツな親子はしょうがないなと独り合点してくれた様子だった。
以前、NHKのクローズアップ現代で医療崩壊の特集があったとき、ちょうど当直の夜に放映されたのを観て、翌日の帰宅後にどう思ったと妻に聞いてみた。妻は私以上にあちこちのサイトで医療崩壊について勉強しているので、さぞや深い話が聞けると思ったのだが、なにか複雑な顔をしている。なんだろうと思ったら、その番組を観ていた息子が一言、「僕もお医者さんになりたいんだ」と言った由。そう言えばこのところ学習百科事典の人体の巻を読んでいることがあったので、自閉症児とはいえ中学生だし色気も少々はつくのかなと思っていたのだが、本人は医学の勉強のつもりだったらしい。このときばかりは、医療が崩壊しかかっててかえって救われたような気分になった。

就労体験の成果として一人で新幹線に乗る

息子は夏休み前に中学校の授業の一環で数日間の勤労体験に出た。以来、ナスを見ると「上向き3個・下向き2個、トゲに気をつけて」と言うようになった。そういう注意を受けながらナスの袋詰めでもやっていたものとみえる。わりと真面目にやったらしくて受け入れ先にも好評だったと聞く。これなら福祉就労ではなくて一般就労を目指すと宜しい、とかご意見を頂いて親としても嬉しかった。まあ、そういう業界用語を使ってご講評いただけるような受け入れ先だったのだなとは思った。全く自閉症なんて知らないよというような受け入れ先でしっかり仕事をして好評を頂いたというのが理想なんだろうけれどもね。それはさすがに贅沢ですね。
その数日間は市バスで「通勤」していた。自宅からバス停数個の近距離なのだが、彼が一人で公共交通機関に乗るのは初めてのことなので、それもよい勉強になった。本人もすっかり自信をつけたらしく、夏休みには一人で新幹線に乗って長崎へ行くんだと言い出した。娘は受験があるので今夏は京都に居残りだから、今夏の帰省では息子を一人で動かさねばならない。妻はためらったようだが、彼が冒険心を起こすなど滅多にないことでよい機会だと思って、行け行けと私が背中を押した。内心は不安であったが、たぶんこういうときに思い切るのが父親の役割なんだろうと思った。
こうなってみると京都から長崎まで直通の寝台特急「あかつき」が廃止になったのが残念ではある。新幹線だとどうしても博多で乗り換えである。やらせればたぶん息子はうまく乗り換えるんだろうと思う。物事が絶対的に予定通りに進行すると仮定するなら、彼には平均的な定型発達の中学生よりも信頼が置けるかも知れない。しかし突発的な予想外の事態への対応、たとえばうっかり乗り換え損ねたとかダイヤが乱れたとかのときのリカバリーが上手くいくかは極めてあやしい。見知らぬ土地でパニックを起こされたらと思うと、その先は想像もしたくない。
そこで行きは義弟に頼んで義弟の車とフェリーで移動することになった。京都への帰路で、博多まで祖母に付き添われて出てきて、新大阪どまりの新幹線に乗せ、新大阪で母親が待つという段取りになった。京都まで新幹線ということになると、うっかり乗り過ごしたときに名古屋以遠まで持っていかれてしまう。捜索範囲が名古屋・横浜・東京と広がるのはどうにも安心できない。いちおう車掌さんにもそういう子が乗っていると耳に入れてはいたのだが、それでもね。
実際には新神戸あたりから携帯で母親に連絡してきたりして、予想外にしっかりしたものだった(ちゃんとデッキに出たかどうかまでは分らない:隣席のどなたかご迷惑を掛けていたらすみません)。今回の成功で自分でもさらに自信を付けたらしくて、今でもテレビに新幹線が出ると「一人で乗ったね」とか言う。まあ一人で乗ったには違いない。どれだけ周囲を入念に固められていたかはとんと気に掛けていないようだが。まあ中学生なんだからそうやって一人でやった気分に浸るのもけっして悪くないと思う。しかし一方で、一人でやれると言ってもどれだけ周囲のお世話になっているものなのか、もう少し大人になってからでいいから気がついてほしいものだと、親としては思う。確かに彼は自閉症なのだが、それでもやっぱり、感謝ということを知らないでは、幸せな人生とは言えないと思うので。

昨年の未熟児新生児学会には片岡直樹先生が招かれていた

医局の机を片付けていたら日本未熟児新生児学会雑誌の6月号が出てきた。まだ開封すらしていなかった。不勉強と片付けの悪さを多忙のせいにして、いまさら目を通してみる。
記事によると、昨年の学術集会(年1回の総会みたいなもんだ)に、かの片岡直樹先生が招かれて、市民公開講座とやらで語って行かれたらしい。例によってメディアのために「後天的な」コミュニケーション障害が生じていると義憤やるかたない調子で訴えておられる。ますます意気軒昂のご様子である。おっしゃるところのメディアによる発達障害の発生率などに関する御論を拝聴すると、どうやら先生は広汎性発達障害も注意欠陥多動性障害もすべてひっくるめてメディアによる後天性障害だとお考えのご様子である。危ういことだ。
11月の学術集会が終わって半年以上、すでに今年度の演題募集も締め切られた時期になるまで片岡先生のご登場を知らなかったのだから私も悠長なものだが、しかし学術集会に招くのに他に人がいなかったのだろうか。しかもご丁寧に市民公開講座だ。日本未熟児新生児学会は片岡先生を支持しますと世間様にむかって表明してしまったようなものだ。まずいんじゃないかと思う。どうにも格好が付かない。

自閉症児の教育実践 TEACCHをめぐって

自閉症児の教育実践―TEACCHをめぐって
奥住 秀之 / / 大月書店
ISBN : 4272411616
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TEACCHに関する「論争」だそうだ。類書と一線を画するのは第3章「論争・TEACCH」の部分であろう。京都で個別化・構造化を実践しておられる澤先生がTEACCHについて概略を述べ、続いて東京の先生方がTEACCHに対する疑問を並べ、それに対して澤先生が回答を寄せると言う形式。
その澤先生の回答に対する東京の先生方の直接の答えはないが、しかし第4章「私たちが目ざす自閉症児教育」が実質的な回答なんだろう。その目ざすところと言うのは、自閉症児を学級集団の人間関係の中で揉んで適度に葛藤させて成長させるというもののようだが、一般にはそういうのを「無策」と言うんじゃないかとも思う。そんなんで発達が最適化されるようなら定型発達じゃないですか。
澤先生が紹介した、小便の仕方を絵カードを用いてスモールステップで提示するという指導例に対しての、東京の先生方の疑問(あるいは拒絶のメッセージ)。

 私はこの実践例を聞いたとき、「いつも失敗してしまう子どもに対して、きめ細かなステップで教えようとした結果たどり着いた指導方法だろう」とは思いつつも、何か釈然としない違和感を感じた。心の中で「この実践は、どこがとははっきり言えないが・・・・・・しかし何かが違うのでは?」としばらく考え込んでしまったのである。(中略)
 排泄は毎日のことだ。本人はもちろんだが、毎日つきあう保護者や教師にとっても、排泄の自立は大きな願いである。しかし、そうしたトイレットトレーニングでのみ、子どもは排泄を自立させてゆくのかと言えば、決してそうではない。技法的に習得してゆく以上に、他者との関係やつながりの強さが、その子どもの背中を後押ししているはずなのである。

反論ったって一事が万事的にこのレベルだ。目眩がする。まだ今の時代にこんなこと言う人らがいるのかと驚きさえ感じる。あまりに詰まらない言いがかり的な疑問を並べられて、『「疑問」に答えて」という節で澤先生が回答される第一声は以下の如く。「疑問」とくくったカギ括弧に澤先生の気持ちが表れている。

「疑問」に対する私の「疑問」は、「自閉症という障害の背景にある『認知障害』が、まったくと言って良いほど考慮されていないのではないか」ということに尽きます。

さらに一喝。

「疑問」では、「『年長のお兄さんみたいに、自分だってトイレでおしっこしてみたい』と見よう見まねでやってみる子どもの内面世界」と自閉症の子どもたちを描いていますが、これは、本当に自閉症の子どもの姿でしょうか?

ほとんどこれで経絡秘孔を突かれたも同然なのだが、突かれたほうが「あべし」とも「ひでぶ」とも言ってないところを見ると、たぶん「お前はもう死んでいる」と誰かにはっきり言ってもらわないと、自分たちが終わっているのに気づかないんだろうな。もっと論争が必要だ、だなんて朝日新聞の社説のくくりみたいな総括で本書は終わっているが、いや必要なのは諸君の勉強ですから。
本書の存在意義は、今の時代にもまだ現場ではこのレベルの「論争」が存在するのだと言うことを衆目に知らしめたことだろう。TEACCHに関して「ありがち」な論点であるには違いないから、本書が忘れ去られた頃に、また日本のどこかから同じような「論争」が持ち上がってくることが十分予想される。それにいちいち反応するのも関係者の皆さんには骨が折れるだろうし、解決済みのFAQとして本書が記憶されれば、将来ほかの人が同じ轍を踏まないためには役に立つだろうと思う。
澤先生には本当にお疲れ様でしたと申し上げたい。

傘を持っていく

火曜日のゴミの日に、息子は例によって家中のゴミを出して登校した。彼が家を出てしばらくすると雨が降り出した。傘を持っていかなかっただろうと心配して、妻が自転車で追いかけたのだが、しっかり傘をさして歩いていたとのことだった。
天気予報を見ていたのか、玄関先で空を見て傘を持っていくことに決めたのか、それはよく分からないが、外出時に天気を判断するというのは自立に必須のスキルである。いつの間にか身につけていた。成長したものだ。よしよしと思って自分も出勤しようと玄関に出てみたら、息子はしっかり私の紳士用の傘を持って行っていた。深緑色で縁に縫い取りのあるもの。横目で狙っていたと見えた。
おかげで私は紺の無地をさして出勤することになった。まるで磯野カツヲとネームが入っていそうな、小中学生用のデザインである。さして歩きながら、息子が嫌がったのは自閉症でこだわりがあるためではなくて、私服で通学する男子中学生としてはこんな野暮な小物は持ち歩きたくないということなんだろうと思った。
傘は譲ることにした。

誰が誰を連れていってたのか

中学生になって息子は極端に遠距離通学になった。徒歩30分くらいか、毎日歩いて通っている。なんだってこんな校区割りになっているのだろうと不思議ではある。
小学生の頃は息子は妹と一緒でないと登校しなかった。てっきり心細いので妹を頼りにしているのだと思っていた。それが中学になったら急にきっぱり一人で通うようになった。おやおやと思っていたら、娘が遅刻しがちになった。うだうだとテレビに観はまって、あるいて5分の小学校に間に合わない。
なんのことはない、連れて行ってもらってたのは妹のほうだったのだ。まあ、息子も意外にちゃんとしたお兄ちゃんだったのだな。ちょっと見直した。