卓球の試合を見に

昨日は大学へ顔を出したが、意外に早く退けたので、息子が総合支援学校の活動で卓球の試合に出るというから障害者スポーツセンターへ観戦に行った。

まさか息子のスポーツの試合を観戦に行くなんてことがあろうとは夢にも思わなかった。人生いろんなことがあるものだ。

センターの体育室に行ってみたら、壁際の椅子にラケットを持ってぽつねんと座っていた。試合はまだかと聞いたら、1時から15コートでと答えた。まだ20分ほどあったので、そうかと言って二人して座っていたら、まだ12時45分ころに友達が呼びに来てくれた。プログラムが予定よりも早く消化されているようで、試合開始時間が前倒しになっているらしい。ほどなく、・・総合支援学校の・・くんは棄権につき相手は不戦勝と息子の名前がアナウンスされた。コート際におられた役員の方がそのアナウンスを聞き、息子のゼッケンを確認して、あわてて本部席に息子の棄権を取り消しに行ってくださった。

しかし体育館(バスケットコートが1面取れる程度の面積)に16面も卓球台を並べてがやがやと試合を平行で進めてあるのに、プログラムの消化具合を見計らってコートに現れろなんて、そんな気の利いたマネができるなら自閉症とは言わんわと思った。せめてプログラムの進行が視覚的に表示されているならまだしも。中機能自閉症どまんなかの息子なら、第15コートで1時からと言われたら間違いなく第15コートに1時に現れる。いや、それは自閉症の問題行動ですか?

しかしあいつ卓球なんかできるのか?と思っていたら案の定、卓球だか玉拾いだかわからないような試合ではあった。定型発達者相手の試合であんなぐあいだと、もうちょっと練習してから来いと相手が怒りだすだろうなと思った。しかしそこはそれ、肩に力が過度に入った人はおられなかったようで幸いだった。

息子は淡々と一次リーグで2戦2敗して戻ってきた。ほどなく息子の学校の諸君が全員集合になって先生の訓話があって解散になったから、学友諸君も似たような成績だったのだろうと思われた。

担任の先生に挨拶して、息子と二人で引き上げてきた。そういえばこの子は勝負事という概念を知っていたかなと、今さら思った。勝ち負けにこだわる子になられても面倒ではあるのだが。近くのバス停から、息子はバスで帰った。私は自転車なので別行動だった。

自立するために必要なこと

特別支援学校の面談で、自立した生活をするために習得しなければならないことは何かと聞かれて、息子は「猫の世話」と答えたとのこと。飼う気なのだろうか。

まあ、誰にも咎められず猫が飼える生活が実現できたら、親としても本望かもしれない。

「自転車番組見ませんか」

夜、息子に「自転車番組見ませんか」と聞かれる。「見る。」と答えると彼は嫌な顔をする。「見ません」と言って欲しいのである。彼は「サルゲッチュ・ミリオンモンキーズ」がやりたいのである。

「見ませんか」という表現は見るようにすすめる時の言いかたであると、やはり教えるべきなのだろうかと思う。

息子と狂言

彼が小学校6年生の時、たしか茂山七五三氏であったとおもうが、著名な狂言師による狂言教室があった。息子が通学中の学校の小学校6年生が対象であったが、みなさん中学受験に忙しかったのか、受講希望者を募っても、正規の対象者でじっさいに希望したのはうちの息子しかいなかったとのこと。

それほど小学生に人気のあるジャンルだとは思えないにせよ、行ってみたら自閉症児がひとり待ってただけだった、では茂山氏も面食らっただろうと思う。受講希望者が少ないということを聞きつけたうちの妻が、強引に妹も受講させるよう計らって、兄妹で参加してきたとのことだった。

それって「落合博満氏の打撃教室」に受講者が一人しかいなかった、みたいなお話ではないかと思うのだが。

それからか、どうしたわけか息子は能楽が好きになって、中学のとき通常級も育成級もみんなで参加した狂言鑑賞でも、きっちり鑑賞したあと、あとの質疑応答でやおら挙手して何か発言していたとのこと。後ろで見ていた妻は何を言い出すかとハラハラしたらしいが、いちおうそれなりの感想を述べて着席したらしい。

ま、もともと狂言みたいなしゃべりかたをする子ではある。

(茂山七五三氏は狂言師だよという妻の指摘を受けて訂正しました。お恥ずかしい限り)

息子

・特別支援学校高等部の帰り道、なにか買食いして帰ってきたらしい。
 高校生なら当たり前なんだろうけど、そういうこともするようになったかと思って嬉しい。

・以前、学校の活動で橋本関雪記念館を見学に行ってのコメント
 「白黒だった」

長所を聞かれて息子は

昨日は総合支援学校高等科への進学へ向けて、相談会へいってきた。夫婦と長男とで、養護学校の先生お二人との面接であった。
けっきょく職業科からは「言葉が不自由だと指導困難」とのことで、何回か体験実習へ言ったあと、中学校を通じてやんわりと断りが入った。そりゃあそうだろうねと思ったからあんまり横車は押さないことにして、普通科希望へ鞍替えした。昨日は普通科の面接。
いったい、これで合否を決める「面接試験」なのか、それとも入学はもう内定済みでその後の指導方針について両親の意向を確かめる目的の面接なのか、いまひとつ位置づけがわからない面接ではあった。まあ両方なんだろうと思った。あんまり極端な要求を出したら、受け入れ不可能という結果になるんだろう。
面接で息子は、自分の長所はどういうところだと思いますかと聞かれて戸惑っていた。自他の比較という発想そのものがたいへん希薄な人なので、そういうことは全く考えたこともないといった顔だった。墨を吐くことについてどう思いますかと聞かれた鯛のような顔。いやそりゃあタコがすることだろうと答えられればよかったのだろうが。
自他の比較をしないとどれだけ日々を心安らかに過ごせるかという見本のようなあり方を、息子に日々教えてもらっている。おそらく、勝間和代さんに勝てるのは香山リカさんじゃなくて、うちの息子だ。

総合支援学校の説明会を聞いてきた

総合支援学校高等部職業科の説明会があったので息子を連れて出席した。職業科は就職率がよいので人気が高い。多くの聴衆で会場が埋まった。
京都市内には白河・鳴滝の二つの学校があり、各々の学校の先生や生徒さんにより学校紹介がなされた。とくに生徒さんのプレゼンぶりから、白河は「よく仕込む」鳴滝は「よく伸ばす」校風であるという印象を受けた。白河の先生と生徒さんによるプレゼンは、先生単独・生徒さん単独のセンテンスと二人が声を揃えて読むセンテンスがきっちりと計画されていた。発音の明瞭さには入念な練習のあとが伺われた。その点で彼らが準備したものは「台本」であり「芸」であったと言ったら言いすぎだろうか。対して鳴滝の生徒さんは各々の手持ちメモを通しで一人で読んだ。彼らの準備は「原稿」であった。てにをはを直して通し読みを数回してという以上の手間は敢えて掛けないという意思あるいは心意気を感じた。
・ちなみにこの印象は2年前に参加したときも同様に感じたので、たまたまプレゼンの担当になった先生個人の個性というより伝統的な校風なんだと思う。
・医師としての目で見て、けっして白河の生徒さんが課題の遂行能力において劣るというふうには見えなかった。

その校風の違いに優劣がつけられるわけでもないと思う。生徒の障害の特性によっても異なるだろうし。人当たりが良くても課題がいい加減な生徒には白河のきっちりとした校風で育ったほうが卒業後の職業生活もなにかと上手くいくかもしれない。課題はきっちりこなすが朴訥として引っ込み思案な生徒には鳴滝の校風のほうがのびのびとするのかもしれない。客観的な優劣と言うよりは個々の生徒との縁の良し悪しだと思う。
息子は意外におとなしく聞いていた。退屈すると何のかのと独り言が多くなる子なのだが。各校の校長先生の挨拶まですべてスライドを併用しての説明会だったから、自閉症である彼にも理解がよかったのかも知れない。どちらにするんだと聞いてみたら鳴滝と答えた。校風の違いによる魅力と言うよりも、バスを乗り継いでの通学をしてみたいという動機であるようにも思えた。
両校とも、入学に必須なのはかならず企業就職をするのだという強い意志だと強調しておられた。それがちょっとネックだなと思った。3年後には必ず就職するのだという強い意志をもったりとか、将来はこういう大人になるんだという夢を持ったりとか、そのためにはこの学校に通わねばならんのだという見通しをもったりとか、そういう両校の先生方のご期待に応えられるようなら自閉症とは言わないんじゃないかと。
でも夢や見通しや強い意志がなければ退屈だとか無意味だとか駄々をこねて日々の仕事が続けられないなんて、それって定型発達のみなさんの障害特性なんじゃないかとも思う。小難しい動機づけがなくても淡々と日々の仕事をこなしますというのを長所にカウントするのはダメなんだろうか。いったいうちの息子のように毎朝6時に自分で起床してきて、ゴミの日には家中のゴミを適切に分別して出して、新聞を取ってきて父親も起こしたうえで、片道30分の徒歩通学を無遅刻無欠席の皆勤賞でこなすような男子中学生が世間にどれほどあるというのか。