医療関係者は今日の内田先生の記事をすぐに読みに行こう

急変に際して頭が真っ白になった経験のある医療関係者は内田先生の記事を早速読みに行くべきです。今日の「旅行代理店哀話」と、過去の「ゼミが始まったのだが・・・」の二つを。一部引用しますよ。

こういうときに、どうふるまうかで人間の「器」というものはよくわかる。
私が知る限り、ほとんどの人はこういう状況に追い込まれたときに、「誰の責任だ?」という他罰的な文型で問題を「処理」しようとする。
でも、こういう局面で「責任者」を探しても、そんなのまるで時間の無駄である。
「はい、私が責任者です。今回の件は私が悪うございました。すべて私が責任をもって後始末をぜんぶしますから、ごめんなさいね」
というような人間が「責任者出てこい!」と言ったらすぐに出てくるようなきっちりしたシステムであれば、そもそもこういうトラブルが起こるはずがない。
だから、海外でトラブルに巻き込まれたときは、「誰のせいだ?」というような後ろ向きな問いをいくら繰り返してもまるで時間の無駄なのである。
それより「この窮状からどう脱出するか?」という前向きの問いにシフトしないといけない。
この「他罰的問い」から「遂行的問い」へのシフトができるかできないかにリスクマネジメントの要諦はある。
人間の生存能力の高さは、このような局面において、どれほどすばやくかつ快活にこのシフトを果たせるかによって計測できる。

井上康生さんの敗戦に

今後の井上さんの復活に注目したい。
スポーツ柔道のメダルを再び勝ち取ることだけが復活だとは思わない。具体的なことには想像力が及ばなくて恐縮だが、本当の復活の姿を見せるのはもっと難しい事じゃないかと思う。単に次の試合に勝つだけなら自らを「強い柔道選手」であると証明するのみなのだが、「真の柔道家」がすむ世界はもう少し次元が高いところじゃないかと思う。
その道で頂点を極め最強と言われた男がただ1回の敗戦で脆くも潰れてしまうようなら、柔道など高の知れた余興だということになろう。いくら日本柔道の競技レベルが高くてメダルを何枚取れていたとしても、皆が皆オリンピックを目指すわけじゃなし、それだけでは子供たちに柔道を学ばせる根拠にはならない。むしろこの敗北から井上が立ち上がって見せ、なるほど柔道を学べば人生において少々の躓きがあっても強靱に立ち上がれるらしいぞと証明して見せたら、父親としては息子に柔道を学ばせておくのもよいかもしれないと思えてくる。自閉症さえなければね。
多くの子供たちが柔道を学ぶ。中には学業も遊びも全て犠牲にして柔道に打ち込む子供たちもある。しかし当然ながらその大多数はスポーツ柔道の実績を残すほどの選手にはなれない。いずれかの時点で己の限界を悟って道場を去ってゆく。彼らに柔道の勝ち方を教えるのは他の金メダリストでもできるだろう。しかし負け方を教えられるのは井上さんだけだろう。
結局、負けてもなお井上さんは柔道界を背負って立つ最強の柔道家なのだ。