アルカリ性パイプ洗浄剤

ルックパイプマン(粉のほう)を口に含んでしまった幼児があった。アルカリ性の強力な洗浄剤である。嚥下してなかったのがせめてもの幸いだった。とにかく口腔内を大量の生理食塩水で洗って(水道水で流そうとしたら痛がったので)、精査フォロー願いますと言って救急センターへ紹介受診の手配をした。
アルカリは酸よりも危険である。組織を溶解するので酸よりも障害が深くまで届く。何様、パイプに詰まった髪の毛やなんかを溶解するようにわざわざ作られたものなのだ。嚥下しておれば消化管穿孔や瘢痕狭窄の危険もある。うちの部長は、豆腐のにがりを飲んでしまって、胃管による食道形成術まで必要になった子を診たことがあるという。それって食道癌の手術法じゃないか。
本件では、掃除中に本剤の分包を家人がテーブルの上に置き、ちょっと目を離した隙に、子が口に入れてしまったらしい。ラムネ菓子かなにかと間違えたのだろうか。でも処置の時も落ち着いてこちらの話をよく聞いてくれる子で、特別に多動だとか注意力がないとかいう子ではなかった。この子に発生することなら何処の幼児でも(あるいは小学生ですらも)本件は起こり得ると思った。
常套的には、テーブルの上に置いた家人が悪いとか言って、きつく叱り置いて一件落着とするのがこれまでの小児科のやり方であった。でもそんな遠山金四郎のお白砂でもあるまいし、誰が悪いと特定して落着と考えるのは、小児科医の発想ではない。とにかく負傷を治療するのが第一として、本件の背景を考えるなら、如何に再発を予防するかってことが最重要だ。
敢えて製品名を挙げてメーカーサイトにリンクを付けたが、このパッケージは幼児が食物と間違えるパッケージだろうか(読者諸賢はどう思われますか?)。あるいは、スティック状の、簡単に幼児の手で開封できる分包は大丈夫なのか?もうちょっと開けにくい方が安全ではないか?しかし開けにくいものを無理に開けようとすると中身が飛び散るものではあるし。それに幼児は器用である。大人のすることは何だって見ている。幼児が開封できないようにと工夫した安全パックは、たいてい大人のユーザーにも不便だといって放棄されることになる。
10包も入っている必要があるのか?髪の毛ってそんなによく詰まるものか?例えばの話、使用は一回きりで使い残し無しの製品にしておけば、残った分包に幼児が手を出すことは無くなるんじゃないか?あるいは、容器も、正しく排水溝に嵌め込んで固定して水を掛けて初めて洗浄剤が出るような、正しい使い方でないと中身を露出することが極めて困難なような、そして正しく使えば中身が全部使い切ってしまえて廃棄物としての空容器は安全なような、そういう容器は出来ないものか?
パイプマンを貶すばかりだと不公平だし感心したことを挙げておくと、パイプマン外箱には随分目立つように、うっかり飲んでしまった時の対処法が書いてある。家人が取り敢えず自宅で子の口の中を洗ってから救急にお出でだったので、かなり軽症化できてたんじゃないかと思う。落ち着いて対処された家人も立派だが、パイプマンのこの記載もまた良かったと思う。
製品の問題としか思いつかないけれど、他にも着眼点は色々あるのだろうと思う。とかく我々医者の視点は目の前の患者さんとその周辺のミクロなレベルにとどまり、鳥瞰俯瞰といった視点のとりかたは苦手である。子どもを守るのには多彩な知恵が必要だ。しかし、発生点のすぐ近くにいる私たちが「誰が悪い」の責任論とか「気をつけよう」の精神主義とかに留まっている限りは、他分野の専門科を巻き込むのは至難の業であろう。