久々に自院で日直

今日は朝から自院のNICU日直。といってももう一人の医師と二人体制で、休日の救急外来とNICUとを回している。NICUの子らはみんな落ち着いている。

麻疹、といってもワクチン後の修飾麻疹だから患家に落ち度はないんだけど、の子の入院をさせようとしたら、うちの病棟にそんな移る病気は入院させては困ると言われた。萎えた。親御さんに謝って他の病院を紹介した。いま病棟の二期工事が進んでるんだけど、それが終わっても小児科の病室がそんな状況なら、どっか他所に勤務先を探したほうがいいかもわからん。こんな病院に老いぼれるまで勤めてても、退職金もらった時点でものすごく空虚な気分になりそうな気がする。

大学での短期研修で留守している間に、自院では電子カルテの導入が進められている。蚊帳の外に置かれている感があるが、まあどのようなシステムであれたいがいは順応できるつもりでいるからいいやと思っている。導入を進めるといっても、カルテのプログラムを変更する余地はいまさら無くて、運用側で、ようするに人間がどう動くかを、今後詰めていくと言うことになるんだけど。どれほどプログラムのできがよいかというより、どれほど人間の側でさばけた考え方ができるかが問われることになる。運用次第でずいぶん使いやすくも使いにくくもなるもんだから、まずは仮組みされたシステムを動かしてみることだと思っている。

動かしてみてどうしてもうまくいかなくて、プログラムの変更を求めたりすると、かなりの追加料金を支払うことになるらしい。それも釈然としない。だってNICUがどのような方式で仕事を動かしているか、プログラミングの人たちは一度たりとも見に来なかった。彼らの脳内にある仮想病院に合わせて作られたシステムが、実際の病院に合わないからって、合わせる費用を実際の病院側に求められてもねえと思う。彼らにしてみれば報酬を自分らの脳内にある仮想貨幣で支払われても腹がふくれないだろうけれどもね。話し合いを重ねてプロトタイプ作って、動かしてみて調整してということを繰り返して、合意を得た上でのシステムに、変更を求めるときの費用負担なら、まだ喜んで払おうという気も起きるんだけれどもね。

実際にNICUの臨床プログラムでいちばんうまくいってるのは青森のプログラムだと聞くが、そこのシステムですばらしいのは、大手ではなくあえて地元のベンダーさんに頼んで作ったということだ。ベンダーさんはほとんどNICUに常駐状態で、NICUスタッフの意見を聞いて改善を繰り返しておられるのだそうだ。そんなベンダーさんが地元にあるなら我々も、、、って「はてな」の本社はどこだよ、、、お願いしたいものではある。そんなベンダーさんに月いくらとかでお金を払うのはぜんぜん惜しくない。

彼らはよく働く

大学NICUのスタッフがよく働くのには驚いた。互いの仕事をカバーし合うのにはさらに驚いた。そして我が身を振り返って、今まで俺はチームで働いたことがなかったんだなと、しみじみ思った。

ちょっと油断すると、やり残していた仕事がいつの間にか埋められている。まるで寝ている間に製品が仕上がっていて驚かされている靴職人のような気分である。むろん、目に見えないこびとさんが深夜帯に稼働しているわけではなく、あたりを見回せば身長148cmくらいの緑色のこびとさんをはじめ、たくさんのスタッフが常に何かしている。活気があってよろしい。沈滞した雰囲気がない。

これも最近の大学NICUが上り調子にあると言うことの、ひとつの現れなんだろうと思う。

油断して主導権をとられてしまったことも再々で、そのたびに反省はするのだが、仕事の取りかかりが遅いのだろう、まるで洞調律に支配される心筋細胞のように出遅れ続けている。

なにさま、今まで自分が働いているNICUで他の医師が同時に働いているという経験が、自分にどれほどあったことか。若手がいたこともあるが、小児科外来や一般病棟の仕事もあるので、同時に二人以上がNICUに詰めることの可能な時期などごくわずかであった。先生がもうすこしNICUに居れるような体制にしないと危険ですね、と言い残して去った若手もいた。

働く人間がその場には自分しか居ないという環境で、率先しててきぱき働くような人徳は自分にはなかったとあらためて思う。あったつもりなんだけれどもね。振り返ってみると、どうせ俺しか居ないじゃないかということで、自分のペースでゆっくりやってたってことだろうと思う。刺激伝導系から切り離された心筋が独自のペースで収縮するようなものだ。