カテゴリー: 医療関係あれこれ

  • 訪問診療を無駄だと言われたこと

    国立成育医療センターの医師に、私が行っている訪問診療を無駄だと切り捨てられたことは、いまだに納得できずにいる。

    私は京都市左京区の小規模の私立病院に勤務し、NICUをふくむ小児科診療を行っている。重い障害をかかえて在宅医療の方針となった子に対しては、細々とではあるが訪問診療を行っている。2009年から始めているので、在宅小児患者の訪問診療としては全国的にもかなり早期からではないかと思う。

    自分の訪問診療に関して学会で発表したところ、国立成育医療センター所属の医師から、それは無駄だと開口一番に切り捨てられたことがある。曰く、そういう訪問診療は集中治療科専門で訪問診療を行っている在宅クリニックの医師に任せれば良い、別に小児科医でなくても診れるとのこと。学会でそのような攻撃的な罵倒に遭遇したことが無く、その場では何も反論できなかったのが我ながらふがいないことではあった。ポスター発表の常で周囲には聴衆も少数しかいなかったが、聴衆からはとくに賛否の意見はなかった。

    学会での論戦はよくあることだろうし、他の施設の医師から言われたのなら見解の相違で片付けることが適切な話ではある。しかし国立成育医療センターといえば国立の小児専門病院として、日本の小児科医療の最高峰に位置づけられる施設である。理事長はもと東大小児科の教授で、小児科医療に関わる国の政策に関してはオピニオンリーダーである。そのような施設の医師が、何の前提条件の確認もなく、「小児在宅医療患者は集中治療専門医で訪問診療を行っているクリニックに任せればよい」と述べてしまうのには危機感を持つ。

    そのような高度に専門的なクリニックが日本全国の津々浦々に行き渡り、たとえば私が当時担当していたような自発呼吸もない人工呼吸依存の幼児例など生じればたちまち訪問診療に行ってくれるような状況であるか。それを所与の前提として在宅医療の方針の話ができるような、日本の在宅医療の態勢はそこまで充実しているだろうか。東京ならばあるいはそのような恵まれた状況もあり得るのかもしれないが、京都はそうではない。皆無とまでは言えないという程度だ。歴史は長くても経済的には一地方都市でしかないし、当院が所在する左京区は洛外だ。まして京都よりももっと医療資源の貧しい地域もあるだろう。日本国内に敷衍するのは無理というものではないか。少なくとも、その貧困な状況下において微力を尽くしている医療者に対し、開口一番それは無駄だと言い放てるような、そんな贅沢な状況ではない。当時も今も。

    私ひとりが罵倒されただけならまだしも、国立成育医療センターという本邦の小児科医療政策に少なからぬ影響力をもつはずの施設が、このような極論に引っ張られて、存在しない在宅医療資源を前提とした政策立案に手を貸してしまったりしたら大変に迷惑だ。この医師は同院でも在宅医療関係に関わっているようなことを言っていたから、これはあながち杞憂ではない。ただでさえ医療政策は空洞化した医療資源を当て込んでの絵に描いた餅に事欠かないが、うっかりそんなことになったら見栄えは良くても腹の膨れない餅がまたひとつ加わることになる。その餅で口を養えと言われても、俺たち医療者はもちろん患者さんも飢えることになる。たまったものではない。

  • NICU加算の変更

    今夏から自施設NICUで請求する新生児特定集中治療室管理料、いわゆるNICU加算を1から2に変更した。

    直接の契機は2024年で猶予の切れる「医師の働き方改革」だった。その対策としてNICU当直の労基法上の正式な許可を得たところ、2024年度に入って早々、加算1は当直態勢で運営している施設には認めないと厚労省が言い出した。と言われて夜勤態勢を組むほどの医師の人数を揃えているわけもなく、観念して変更することとした。

    従来の加算1の条件である「過去1年以内に超低出生体重児の新規患者4例以上」は変更直前まで満たしていた。NCIUの当直許可を得られたのでとうめん加算1で継続可能と思っていたので、今回の厚労省の新施策は青天の霹靂ではあった。しかし当直許可を得るための労基署との折衝の過程で、当直時間帯には診療業務はほとんどありませんと、さんざん主張した経緯はある。そんな態勢では超低出生体重児ほか重症例の診療報酬を請求するのにはふさわしくありませんという理屈には、ごもっともと認めざるを得ない。

    2024年という時限を切って医師の働き方改革が強調されるなかで、2023年に駆け込みでNICU当直許可を得た施設は当院以外にも多かったことだろう。当院の人事課担当者からの情報でも、当直許可の申請を出している施設が多数に上ることや、役所の審査もこころもち甘くなっている感触があることを聞いていた。政策として「ヤミ」の当直を明るみに出して当局の管理の下に置くことを最優先とする方針なのだろうなと思っていた。

    果たして2024年度に入った早々の5月にとつぜん加算1は当直では駄目と言い出すのは、政策の進め方としては利口なやりかただと思った。お互いに一手ずつ打ち合って対局の局面が一歩動いたという感触である。私も京都の施設であるからには、「利口なやりかただ」と口に出すときには多少なりとも京都的なニュアンスは含むけれども。

  • 小児科発熱外来

    当院では2020年の新型コロナウイルス流行当初の5月より、病院の喫茶室を改装して小児発熱外来を成人発熱外来とは別に設置した。当初は検査対象者もとくに方針を定めていなかったが、同年11月からは初診患者全員にPCRを行うこととした。設置後2年が経過した。早いものだと思う。

    喫茶室は病院1階にあり、病院前のロータリーに張り出すかたちの設計になっていた。診察後にコーヒーでも飲みながらロータリーを見ていて、迎えの自家用車なりタクシーなりが回ってきたら出るという発想での行動に便利な設計である。感染防止のため会食制限となっては、病院の喫茶室は真っ先に営業を中止するべきと考えられた。ガラスのはめ込みであった外壁を引き戸に改装して外からの出入り口とし、病院外来ロビーからの入り口をふさぐことで、発熱外来への改装はわりと簡単だった。費用に補助金をいただいたこともあり。内部は最適なレイアウトが判明するまでと思って、人の目線ほどまでの高さの衝立でおおまかに仕切っていたが、換気が大事とわかってきてみると今さら衝立を廃して仕切り壁を設置する気もしなくなった。

    外に面した窓に換気扇を3個設置し、診察室の卓上では二酸化炭素濃度を常時モニターしている。おおむね400ppm台である。空気の取り入れ口は出入り口からとなるので、常にすこし開けさせている。出入り口付近に立つと風が吹いているのがわかる。二酸化炭素濃度が600ppmを超えたときはだいたい出入り口が閉まっている。開けるとすっと下がる。

    内部には診察ブースを2診、個別の待合スペースを衝立で仕切って7ブースほど(臨時に増やすこともある)、処置スペース。出入り口前にテント待合。たいていの小児科診療所よりは広いのではないかと思う。診察ブース脇の衝立はフィルターと換気扇内蔵で、診察中の子の周囲の空気を吸い上げてフィルターを通して天井方向へ排気している。その排気は窓の換気扇が外へ出す。

    診察にあたる医師や看護師はむろん全身防護衣、いわゆるfull PPEである。かつての喫茶室スタッフ出入り口から入り、休止中のパン焼き窯のわきで防護衣他を装着する。手袋は患児ごとに換える。

    2年間診てきても(とはいえ実際に小児の陽性者が増えたのは2022年に入ってからだが)、小児では症状所見からCOVID-19とそれ以外の感染症の患者を臨床的に見分けるには至っていない。強いて言えば病歴で、周囲にCOVID-19患者が存在すれば患児自身も陽性となる可能性が高いように思うが、それとて「周囲に風邪は流行っているが誰も検査されておらずコロナとも言われていない」子には応用しようのない問診事項である。どうしようもないので発熱はもちろん、咳嗽や鼻汁、嘔気下痢など、感染症の症状ある受診者はすべて発熱外来に案内している。明らかに周囲に陽性者のいる患児は自家用車中など別途で待ってもらう。

    PCRは院内に2台保有しているが、小規模なので受診者全員分はできない。受診受付の早い子から院内PCRを行い、院内分がまんたんになったら検体を保健所へ送る。院内でやれば午後には結果が出るので電話連絡する。保健所に送ればだいたい翌日判明で、保健所が結果連絡までやってくれるが、この場合も我々から発生届を提出しなければならないのはいささか「お役所仕事」だなとは思う。むこうも忙しいのだろうしその方が手間が良いのならこちらで代行することも悪くないと思って協力している。

    抗原定量検査「ルミパルス」という機器も院内にはあって、これを使えば小一時間(検査時間は正味30分)で結果が出るのだが、感度80%では5人に1人を見落とすことになるし、低い測定値での陽性のときにPCRで再検すると陰性という、いわゆる偽陽性例も散見されるので、小児科の診療部長である私の一存で小児は原則RT-PCRとさせている。ID-NOWという正味13分の機器もあるが、これも感度はルミパルスを超えないらしい。

    小児科で専用の発熱外来施設を持っている病院の話は当院以外には聞かない。わりと贅沢なコロナ診療をさせてもらっていると思う。しかし一番贅沢になったのは非感染症の患児の診療であろう。従来の小児科受診者の大多数を占める感染症症状の患者がそっくり発熱外来に異動したかたちになったので、便秘や夜尿、長く続くなんとはなしの体調不良、起立性調節障害、不登校、このような子らの話を平日午前中の外来で時間をかけて聞けるようになった。コロナ禍の意外な余禄であった。

    コロナ禍が「終わった」としてもこの感染症と非感染症を分ける外来運営は続けていきたいという希望がある。コロナによって当院の小児科外来がいちだん向上した感がある。またぞろ発熱や咳嗽で不機嫌な児でごった返す外来に戻り、何となく行動に違和感のある児と他にもなにか言いたそうなその親御さんを早々に退出して貰わないと診療が「回らない」という日々は、過去のものと思い返せばいかにも片手落ちで、あれに戻るのは気が進まない。

  • PCR抑制論のこと

    COVID-19が始まったころには、SNSではPCR抑制論が猖獗を極めた。PCRを行っても偽陽性で真の診断には結びつかない、希望者が押し寄せて医療崩壊する、云々。

    私はその論調に乗らなかったが、べつに手柄だというわけではなく、単に幸運だっただけだ。患者数が極めて少ないときの検査は陽性的中率が低い云々の、ベイズ推定の知識を披露して喝采をあびたいという誘惑を、当時感じた記憶はある。それをやらなかったのは、白状してしまえば、単に大勢に先を越されておっくうになったからだけであった。

    ベイズ推定について熟知していたわけではない。ベイズ推定については医学部の講義は1コマ、卒後には基礎的な総説でときどき復習した程度の、臨床医の知識としてはありきたりな程度だ。それらの知識においては、検討する臨床検査の内容はブラックボックスだった。感度と特異度は全ての臨床検査においてトレードオフの関係にあり、感度と特異度がトレードオフならベイズの適応のうちだと認識していた。PCRも、その感度と特異度を語り得る以上はベイズの俎上にあるものと考えていた。そのばけもののような特異度のゆえに例外的なものとして扱うという認識は、発想の内にはなかった。

    私の専門範囲は新生児医療なのだが、仕事の中でベイズ推定と縁の深いのは先天性代謝異常等検査である。実際の罹患率が高くても数千分の1,低ければ数十万分の1などという、医者人生の数十年に新患1人遭遇すれば多い方みたいな疾患を、古典的なガスリー法であれ最新のタンデムマス法であれ、検査一発で確定診断するのは不可能だ。その感覚を敷衍すれば、PCR一発で診断確定というのはほとんど不可能なことのような印象があった。

    PCRについては、正直まったく知らなかった。qPCRという基本的概念さえ知らず、いまだにゲル電気泳動で判定していると思っていたほどだ。蛍光の度合いを肉眼で判定しているのだろうから偽陽性・偽陰性も一定程度はあるだろうなという、根拠を欠いた思い込みをしていた。NICUから発注するPCRといえば髄液の単純ヘルペスウイルスDNA検出程度だったが、新生児ヘルペスという疾患がどれだけ稀なものかは知っているので、念のためと出した検査が全て陰性で返ってきても怪しみはせず、検査の内容を具体的に調べることはなかった。このへんはお恥ずかしい限りだが、忘却して都合のいい記憶を捏造し始めないように、自戒として書き残しておく。

    ただ、週1回だけ当院NICUにアルバイトにきていた大学院生に、PCRというのは喧伝されているほど難しい技術なのかと、流行初期に聞いてみたことはあった。全然簡単なものですよというのが回答だった。プライマーの配列さえわかれば、プライマー作るのに24時間、あとはどしどし検査できますと。京大医学部の大学院で簡単だというものが世間一般でも簡単なものなのかという推定の限界はあれ、世に言われるほど熟練を要する困難な技術というわけではないのだろうとは思っていた。

    臨床医として行うべきと思った検査を外部から制約されるのは癪に障るという、狭量な人格に由来する心情もあった。そうは言っても地方の公衆衛生担当者がてんてこ舞いしているとも報じられており、何らかPCRの施行数を増やせない資源上の理由があるのだろうとは思っていた。いっぽうで、まったく前例のない状況において、まずデータを集めないでどうするのかという疑問もまたあった。そこに費やす資源がないのなら拡充すればよかろう、人手にしても機材にしても金銭を出してかき集めることはできようとも考えていた。

    私が部長をつとめるNICUは京都府初の認可NICUである。京都府の周産期死亡率が全国でも最下位を争っていた時代に、総病床数167床の小規模私立病院が、大学病院や赤十字病院にさきがけて認可NICUを設立し、自院救急車による新生児搬送を開始して現在に至る。むろん京都府からも相当の補助を頂いている。国からだって、特異的に当院へというわけではないにせよ、全国の周産期医療拡充の過程で相当の予算が投じられ資源が拡充されてきたのを、同時代で見てきた。駆け出し時代からそのような職場そのような業界に勤めていると、資源がないからと問題への対処を最初から諦めること、少なくともそれを当然として恥じないような論調は、不甲斐なさを通り越して、奇異なものにも感じられた。

    こうして書き留めたのは、あくまでも現時点においての記録の意図である。第5波が奇跡的に落ち着き、病棟も落ち着いて受け持ち患者もなく休日出勤も必要のない、終日自宅で過ごせる日となった。こういうことは時間が経てばたつほどに自分を正当化する方向へ記憶が傾くものである。書き残しておくに如くは無し。

  • 退官する小児科教授を送る

    退官する小児科教授を送る

    母校の小児科教授が退官されたので先の日曜に祝賀会に行ってきた。翌日、病院に留守居で休日救急をお願いしていた同門の医師に、会はどうでしたと尋ねられ、以下のようなことを喋った。

    教授の退官祝賀会の常で、次々に挨拶が立ち、研究のみならず附属病院運営についても業績が縷々讃えられた。とかく優秀な人であったと逸話が並べられた。今後の再就職先も重要な地位で大いに活躍を期待すると。さすがに教授となると送辞も話の規模が大きいなと思った。応えて教授も、優秀な先輩の名をあげて感謝を述べられ、盛況のうちに閉会となった。

    教授が退官するときに彼を評する尺度が「優秀さ」であるような、俺たちはそういうところにいるのだなということに、一抹の寂しさは感じた。それは入学したての学生たちが互いを値踏みするときの尺度ではないか。教授まで務めた人の大学生活の終わりに語ることは他にないのか。この期に及んで俺たちは自他の優秀さをまだ問題にせねばならんのか。

    他にはと言って、附属病院の発展とかそういうカエサルに返却する部類の些事はこのさい置いておこう。そんな話は経済学部の連中が経団連の集まりにでも語っておればよいのだ。神に返す話、神に預かったタラントにつける利息の話をしたい。

    問題にせねばならんのかと自分に問えば、不惑を過ぎ知命が迫る年になってなお、優秀と評されたいという子供じみた焼け付くような欲望を自覚する。大人になったらがき大将になりたいと言ったのび太を彷彿とさせる。じゃあ優秀さ意外になにかこういうときに退く人の半生を語りうる言葉が自分の中にあるかと探してみて、実はなかったと気づいて愕然とする。そんな大学の新入生みたいな価値観を脱却できないまま、より成熟した大人なら持ちうるはずの眼差しや言葉をいまだ持たないままなのかと、月並みな表現だが忸怩たる思いに駆られる。

    大学で何を学んできたのか。医者やってて何か思うところはなかったのか。もうすこし豊穣な言葉で半生を語りうるような成熟は得られなかったのか。そういう俺が明日も発達フォロー外来をする。NICUを退院した子供たちのその後を診察すると言いながら、この子らにこんな人生を歩んで欲しいと思うところはないのか。「優秀になって欲しい」ではNICUでした苦労に比べて貧弱にすぎないか。

    俺自身が引退する頃にはそれもわかるようになるのだろうか。

  • 研修医とクラ儀礼

    クラというのは太平洋の島嶼において、習慣的に交換される首飾りなんだそうだ。貝殻でできている。それ自体は何の役にも立たない(貨幣としての役割すらない)。内田樹先生がじょうずに要約してくださっている。というか私がクラのことを知ったのは内田先生のブログでなんだから、元ネタなんだよね。

    クラ儀礼はソウラバという赤い貝の首飾りと、ムワリという白い貝の腕輪の交換である。
    この装飾品にはまったく実用性がなく、他のいかなる品物とも交換することはできないので貨幣としての機能もない。
    ただ、それぞれの装飾品には、それをかつて所有した人々についての伝承が「物語」として付随している。
    これを長期間自分の手元にとどめておくことは許されず、次の交換相手へと手渡さねばならない。2種類の装飾品はクラの円環を、互いに反対方向に、とどまることなく回り続ける。ソウラバは時計回りに、ムワリは反時計回りに、2年から10年で島々を一周する。
    クラ交易に参加できるのは男性だけで、参加資格を得るのは大きな名誉であり、「有名な」装飾品を手にしたものは、いっそう高い威信を手にする。
    クラに参加したものは装飾品のやりとりをする相手として「クラ仲間」を有しており、「堅い契りの義兄弟」関係として生涯にわたって持続する。
    クラ交易そのものは経済的交易ではない。
    だが、クラの機会に、島々の特産品の交換が行われ、情報やゴシップがやりとりされ、同盟関係の確認も行われ、クラが必要とする遠洋航海のために造船技術、操船技術、海洋や気象にかんする知識、さらには儀礼の作法、政治的交渉のためのストラテジーなどを参加者たちは習得することを義務づけられる。
    つまり、クラ交換という何の富も生み出さない無限交換のプロセスにおいて、「外部の富」は、共同体のネットワーク形成と儀礼参加者たちの成熟というかたちで世界に滲出しているのである。

    ピュシスの贈り物 (内田樹の研究室)
    研修医ってのも各地のNICUのあいだで交換される首飾りみたいな存在なのかねと思った。何の役にも立たない、と言ってしまうのは研修医諸君に失礼だが、しかし役に立つからといって研修医を受け入れるのは詐欺だ。役に立てようとして受け入れるんなら研修医じゃなくて一人前のスタッフとして受け入れるべきなんだから。公式には、彼らは役に立たない者として受け入れられるべきなのだ。
    研修医は各地のNICUをぐるぐるまわる間に、研修にまつわるたくさんの物語を身にまとっていく。どこでどういう症例に出会いこういう問題意識を持ったので次はこの施設へ行って誰それ先生の元でこういう手技を学びこういう研究を行い、云々。
    研修医を交換する施設の側も、男性に限るかどうかは別としても、研修医の交換に参加できるのはおおきな名誉であるし、研修医を出す施設受け入れる施設の間ではあたかも「堅い契りの義兄弟」といった関係が形成される。そういう研修医の行き来がなされることで、「共同体のネットワーク形成と儀礼参加者たちの成熟」というかたちでの新生児業界全体の発展がなされる。まあ、研修医の交換ははたしかにクラ儀礼だねと思う。
    であれば、人手が足りないから研修医を受け入れよう、というのは邪道ということになる。人手が足りないからという理由で研修医を入れていると、研修医を手放さなくなるからだ。つぎにいつ新しい人が来るかどうか分からないという不安も手伝って(研修医の労働力に依存するような貧困な施設には研修医なんて滅多に来やしない)、彼らが新しいステージに進むのを拒むようになる。具体的には、彼らに対して君はまだ未熟だからこの施設で学ぶことがたくさんあるという物語を語り続けることによって。さんざんこき使いながら、その仕事ぶり成長ぶりを過小評価し続けることによって。
    しかし本来は、過小評価するも何も、研修医はもともとそれ自体に内在する価値はない存在なのだ。ゼロベースでやってきて、島あるいは研修施設での、持ち主あるいは指導者側による伝承を身にまとって、次の施設へ移っていく。ソウラバやムワリと同じく、価値が減損することはあり得ない。ソウラバやムワリと研修医とに違いがあるとすれば、ソウラバやムワリは入手した時点で「有名」であることが可能だが、研修医はたいていの場合において無名であるということだ。施設への評価は事後的になされる。あんな有名な新生児科医がかつてはあの施設で研修したんだというように、伝承は時間を遡って研修施設の「威信」を高めることになる。
    話を2段落前に戻すと、過小評価され続けた研修医は、なんかこの施設でいつまで働いていても満足に成長している気がしない、と、研修施設を見限って、袂を分かつように外へ出て行く。ようするに、気前よく研修医を外へ出せない施設は、気前の悪さのゆえに研修施設としての格をみずから落としていく。
    クラ儀礼と同じく、研修医も気前よくぐるぐると回さなければならない。宵越しに手元にとどめておきたがることは野暮なのだ。

  • 大淀の判決が出たので

    大淀の事件に判決が出たとのこと。かつてコメントした身としてはなにか言及しておかねばならんと思う。
    白状すれば最近はほとんど医療関係のブログは読んでいない。たぶん飽きたのだろうと思う。あんまり明るい気分にはなれないし、他所の暗い気分まで背負えるほどのゆとりはないし。かえって妻の方がいろいろと情報をあつめてくれていて、適宜ダイジェストしてくれている。さいきん何を読んでいるかについてはメディアマーカーにこまめに記録をするようにしているから適宜ご参照ください。

    判決の内容については、大筋では最善のものだったのではないか。病院や医師の責任を問うものではなく、医療体制の充実を訴えている。裁判官としては訴えられている人以外に関してはそういう形でしか言及できないんじゃないかと理解している。
    さいきん医療紛争にかんしてあまり酷い報道は見かけない。この事件の報道を巡る議論がされたころからではないかと思う。それとも私が見ざる聞かざるを決め込んでいるだけか?
    毎日新聞をはじめとしたマスコミは奈良県南部から産科の医療事故を一掃するというおおきな仕事をした。むろん只ではなく、その代償として奈良県南部から産科医療そのものを一掃してしまうことになったわけだが。これはコストとベネフィットの関係で考察すれば多少コストが大きすぎたように思う。マスコミの報道の正体をさらけ出したという余録もついたが、それを勘定に入れても犠牲が大きかった。

  • ありがたみ

    超体出生体重児の出生があり、スーパーローテートで当院小児科に1ヶ月だけまわってきている内科志望の研修医も見学に来ていた。見ている前で気管内挿管・サーファクテン投与・臍帯血ミルキング・経皮中心静脈確保・動脈ライン確保とやって見せたのだが、一連終わったらなんか無反応なままどこかへ姿を消してしまった。あんまりわあわあと感嘆の声をあげてくれるのを期待していたつもりでもないけれど、いま目の前で何が行われていたのか本当に分かったのかなあと、ちょっと思わなくもなかった。体重900gちょっとの子にさらっと挿管したり血管確保したりする技能ってそうそうあっちこっちの小児科医が持ってるもんじゃないと自負してるんだけどな。
    やっぱり追い詰められないと必死にはならんもんかな。
    「機動戦士ガンダム」の第1シリーズのわりと最初の方で、ガンダムに乗ったまま大気圏に突入しかけたアムロ・レイ君が、操縦席に備えてあった取説をぶわーっと速読して大気圏突入のさいの手順を発見し、大気との摩擦で燃え尽きることなく無事に突入できたというシーンがあったように記憶している。子供の頃に観たきりだが、ガンダムではあのシーンがいちばん強く印象に残っている。あのときのアムロ君の思いをすれば1ヶ月など無限に長い時間ではないかと思うのだが。

  • お受験の時にはワクチン接種歴についても聞かれるんだろうか

    現在、おそらく名門と呼ばれる幼稚園や小中学校へ受験して入学しようとする動きはますます強くなってるんだろうと思うのだが、その入試の面接の時、各種のワクチンの接種歴について、尋ねられることはあるんだろうか。尋ねてみたら、学校側にとってもいろいろと興味深い所見が得られるんじゃないかと思う。狭義の医学的なことだけではなく、親御さんの公共とか道徳とかに関する考え方についても。

  • ワクチン接種したらキャッシュバックってアイデアはどうなのかな

    NICUで夕方の回診後にだべってて思いついたんだが、ワクチンの接種をさらに推進する方策として、ワクチン接種時に500円とか1000円とか、親御さんにキャッシュバックってのはどうかなと思った。思いついただけであんまり深い検討はしていないんだけど、我ながら意外によい着想なんじゃないかという気がする。
    良識的には、ワクチン接種の結果として子が感染症への抵抗力を得るってのが、親にとってのワクチンのメリットで、それ以上の現世的なメリットを求めるのはあんまり上品なことではないはずなのだが、しかし、そういう理屈が通らない親御さんもたぶんあって、そういうところの子ももれなくワクチンを接種しなければ、ある一線で接種率は頭打ちになるんじゃないかと思うのだ。たとえば麻疹の根絶に必要とされる、95%以上という数字はまず達成できないんじゃないかと思う。
    そんなことに予算を回すのかとおかんむりの向きもあるかもしれないが、すでに麻疹の接種1回に9000円強の予算が行政と病院の間で動いているはずなので、キャッシュバック分をもうちょっと足すとかして親御さんに回せば、さらっとこの95%が達成されちゃったりして費用対効果も大きいんじゃないかと思った。そう思うのは私が世の親御さんの品性を見下しているってことなんだろうか。あるいは臨時に行われている中学生高校生への麻疹風疹混合ワクチン接種も、なかなか接種率が上がらなくて関係者は難渋しているが、ひとり500円出してやれば一気に解決ってことはないかな。
    なにさま、個人の良識と自己責任の理屈にばかり頼っていては、公衆衛生の悲願である麻疹の根絶はなかなか果たせないように思う。他の課題に関しても、たぶん公衆衛生っていう分野は、世に思われている以上に泥臭い分野なんじゃないかとも思うし。どれほど正当な道理を説いても言うことを聞かない人らに、言うことを聞かない君らの自己責任と言ってしまっては、たぶん成り立たないのがこの分野なんじゃないかな。
    そう書いてて新約聖書の放蕩息子の話を思い出したのだが、キリスト教的にそれは正しいのかどうか。これがこの放蕩息子の話の正しい理解だったとしたら、キリスト教圏では公衆衛生の活動は理解がされやすいのかもなと思った。
    そのキャッシュバック500円のうち200円くらいは病院の取り分から出してもいいよってのが、小児科医の良識かとも思うが、それは経営に関して脳天気な立場に居るから言えるきれい事かもね。キャッシュバックの額で病院どうし患者さんを取り合うようなお話になっても下品だし。