国立成育医療センターの医師に、私が行っている訪問診療を無駄だと切り捨てられたことは、いまだに納得できずにいる。
私は京都市左京区の小規模の私立病院に勤務し、NICUをふくむ小児科診療を行っている。重い障害をかかえて在宅医療の方針となった子に対しては、細々とではあるが訪問診療を行っている。2009年から始めているので、在宅小児患者の訪問診療としては全国的にもかなり早期からではないかと思う。
自分の訪問診療に関して学会で発表したところ、国立成育医療センター所属の医師から、それは無駄だと開口一番に切り捨てられたことがある。曰く、そういう訪問診療は集中治療科専門で訪問診療を行っている在宅クリニックの医師に任せれば良い、別に小児科医でなくても診れるとのこと。学会でそのような攻撃的な罵倒に遭遇したことが無く、その場では何も反論できなかったのが我ながらふがいないことではあった。ポスター発表の常で周囲には聴衆も少数しかいなかったが、聴衆からはとくに賛否の意見はなかった。
学会での論戦はよくあることだろうし、他の施設の医師から言われたのなら見解の相違で片付けることが適切な話ではある。しかし国立成育医療センターといえば国立の小児専門病院として、日本の小児科医療の最高峰に位置づけられる施設である。理事長はもと東大小児科の教授で、小児科医療に関わる国の政策に関してはオピニオンリーダーである。そのような施設の医師が、何の前提条件の確認もなく、「小児在宅医療患者は集中治療専門医で訪問診療を行っているクリニックに任せればよい」と述べてしまうのには危機感を持つ。
そのような高度に専門的なクリニックが日本全国の津々浦々に行き渡り、たとえば私が当時担当していたような自発呼吸もない人工呼吸依存の幼児例など生じればたちまち訪問診療に行ってくれるような状況であるか。それを所与の前提として在宅医療の方針の話ができるような、日本の在宅医療の態勢はそこまで充実しているだろうか。東京ならばあるいはそのような恵まれた状況もあり得るのかもしれないが、京都はそうではない。皆無とまでは言えないという程度だ。歴史は長くても経済的には一地方都市でしかないし、当院が所在する左京区は洛外だ。まして京都よりももっと医療資源の貧しい地域もあるだろう。日本国内に敷衍するのは無理というものではないか。少なくとも、その貧困な状況下において微力を尽くしている医療者に対し、開口一番それは無駄だと言い放てるような、そんな贅沢な状況ではない。当時も今も。
私ひとりが罵倒されただけならまだしも、国立成育医療センターという本邦の小児科医療政策に少なからぬ影響力をもつはずの施設が、このような極論に引っ張られて、存在しない在宅医療資源を前提とした政策立案に手を貸してしまったりしたら大変に迷惑だ。この医師は同院でも在宅医療関係に関わっているようなことを言っていたから、これはあながち杞憂ではない。ただでさえ医療政策は空洞化した医療資源を当て込んでの絵に描いた餅に事欠かないが、うっかりそんなことになったら見栄えは良くても腹の膨れない餅がまたひとつ加わることになる。その餅で口を養えと言われても、俺たち医療者はもちろん患者さんも飢えることになる。たまったものではない。

