カテゴリー: 医療関係あれこれ

  • 新生児搬送中の救急車が事故にあった

    愛知県で、新生児を搬送中の救急車に側面から他の車が衝突したとのこと。緊急の搬送で赤信号の交差点に進入した救急車に、青信号側の車が突っ込んでいったという。新生児医療のメーリングリストに情報が流れた。赤ちゃんは無事だったとのことだが、新生児科医が重傷を負って入院中であるとの由。明日は我が身だ。
    新生児搬送中は保育器に向かい合って、進行方向とは横向きに座っている。搬送元から出発前に、搬送中にあれこれ処置しなくて済むように最大限の始末をすませておくのだが、それでもシートベルトをしっかり締めて座っていられるほどのゆとりはない。何もしなくて済むのならもともと同乗してる意味が無いじゃないか。
    緊急搬送中は赤信号でも車を止めることはない。いちおう徐行はするし交差点への進入など要所要所でモーターサイレンをひときわ大きく鳴らすが(「ピーポーピーポー」の最中に「ウー」とか挟むやつ)、基本的に停車はしない。いやもう停車するほどのゆとりがあるなら緊急の走行ではなくて鈍行で行くこともありますよ。信号もきっちり守って。ゆとりがないから世間様にご迷惑と知りつつも緊急走行してるんで。はい。
    車を運転する皆様には、青信号の交差点でも耳を澄ませてほしい。重さ1トン以上の鉄のかたまりを時速数十キロメートルで走らせているのだということの意味をかみしめて運転してほしい。基本的に、お気楽な作業ではないはずなのだ。感覚を研ぎ澄ませてほしい。そんな無茶な要求だろうか、90デシベルからの音量のある救急車のサイレンを聞き逃すなというのは。
    ちなみに救急車に乗っていると、素人の運転する軽自動車のほうが、プロの運転する4トンのトラックよりも、よほど鈍重で、回避に手間を食わされる。

  • 経腸栄養剤の固形化

    PEGで胃瘻を作った子に、経腸栄養剤の固形化を試みている。
    開始後ほどなく嘔吐が減り、胃瘻周囲からの漏出も減り、それまで泥状便で便秘がちだったのが有形便を自力排便できるようになった。投与の手間も、液状のラコールだと2時間かけて滴下していたものが、30分ほどで終了するようになった。1日3回ないし4回の経腸栄養を行うのでこの時間差は大きい。もうイルリガートルには戻れませんね。
    短所としては投与にある程度の握力が必要と言うことで、私や付き添いのお母さんには少々辛い。担当看護師はもともとテニスガールだったらしく平然と投与できているらしいが。容器の問題である。大口径のカテーテルチップのシリンジを用いれば力は少なくて済むが経費が馬鹿にならない(ゆくゆくは在宅に持ち込まねばならないし)。今はドレッシングボトルを用いている。なにかケーキの調理などでどろどろした材料を押し出すような道具があればよいのだが。今後の検討課題。
    調理は栄養科に頼んだら管理栄養士さんが直々に調理してくれて、1日分の固形化栄養剤をまとめて病棟に上げてくれる。冷蔵しておき、投与時に常温に戻して注入する。最初は、私が持ち込んだ資料だけではどうしても固まりませんがと仰って困惑気味だったが、リンク先の蟹江先生の資料通りにまず私が自宅の台所で作ってみて、こんな風にと固まったのを栄養科にレシピとともに持ち込んだところ、さすがはプロで、朝から持ち込んで昼には安定供給が開始された。
    大病院だとこういう作業を栄養科が気安く引き受けてくれることはないのだろうなと思う。ああだこうだと理由を付けて断られることになるのだろう。恐らくは当院の規模が、職員全体の顔が見える程度に程良く小さいというのが幸いだったのだろうと思う。もとより小児科の私の顔をホスピスの面々すら知っている位だし(ついでに私が如何に偏屈であるかと言うことも知れ渡っているかも知れないが)。

  • 仕事が遅い言い訳を

    私はこれまで自分の外来一コマ当たりの人数が少ないと書いてきた。十分な時間を取っての外来を心掛けていますという自慢半分、速くは診れませんという自嘲半分。でも私の外来進行が遅いのを私一人の責任にされたとしたらちょっと酷だと思う。何と言っても、私は診療介助が無い状態で外来を行っているのである。

    (さらに…)

  • 大金があれば何でも買えるんじゃないだろうか

    ライブドアの堀江社長の言動に関して、とくに彼の「金で買えないものはない」云々の言葉に関して世間の反感が強いように見受けられます。例えば愛情とか尊敬とかは金で買えないという反論があるようで。
    私も以前はそう思ってたんですけども。でも、私が以前に思ってたよりも金で買えるものは多そうだと、今は思っています。きっかけになったのは、ビル・ゲイツ氏が貧しい子供たちの予防接種に770億円相当の寄付をしたという報道に接して、急に彼を尊敬するようになったという経験でした。
    金では買えないものがあるんだよという教訓を否定するものではありません。でも、はした金では買えなくても十分な高額なら買えるというものは、意外に多いんじゃないかと思います。人の愛情や尊敬は金では買えないと言われても、770億円でビルゲイツ氏は私の尊敬や愛情を買っちゃいましたよ。いまだに自分のノートパソコンをLinuxに換装せずWindowsXPのままにして、しかも文章を書くのに最近はemacsではなくword使ってますからね。パワーポイントも違法コピーせずちゃんと買ってインストールしましたし。Linux機を使う作業の最中に気分転換したくなったときもXbillなんかで遊ぶのは止めましたし。
    愛情や尊敬と言った本当に貴重とされるものを金では買えないとしてしまうと、世間で愛情や尊敬を得ようとする努力が為されなくなるんじゃないかと思います。金にせよ手間にせよ自分が支払えるものでは本当に価値のあるものは購えないと諦めてしまって、結果として、自分が世界に対して貢献しようという意思さえ放棄してしまうような風潮に繋がるんじゃないかと思います。自分を、この世界に貢献できる可能性が無いと卑下して、寄生虫を自認したかのような無責任さで生きていくってのは、あまり魅力的な人生じゃないです。
    欧米では一流どころの小児病院は運営予算の何割かが寄付金で賄われてたりします。小児病院のロビーとか目立つところには病院へ寄付した人の名前が金ぴかのプレートに彫刻されて掲示されてたりすると聞き及びます。そのプレートを見て向こうの人は素直に賞賛するのだそうです(その賞賛する風潮が新鮮に感じられたと、留学経験のある人に聞きました)。
    寄付を下さった人に対して医療活動の内容をきちんと報告するとも聞きました。ヘボい事をしていると寄付が切り上げられたりするのでしょう。顔の見える寄付者にきちんと対面して報告できなければならないというのは、ろくな監査もないばらまき福祉予算に依存するよりも、余程健全なのかもしれません。多額の寄付が出来るほどのお金持ちってのは府庁や厚生労働省のお役人よりも物事を見る目がだいぶ厳格なのだろうなとも思います。
    愛情や尊敬は金では買えないんだという思想の強い地域では、そういう金ぴかのネームプレートに彫り込んだ名前を見ると、成金が良い恰好しやがってとか、売名行為だとか、税金を払いたくないんだろうとか、いろいろ悪く言われそうです。そりゃあむろん税金対策の面もあるでしょうよ。そういう寄付は控除の対象になるんでしょうから。でも成金への悪口は何も生みません。悪口を書き連ねた紙を持って行っても医療機械屋さんは人工呼吸器を売ってくれる訳じゃありません。やっぱりお金を持っていかないと売ってくれないのは医療機械屋さんも製薬会社も普通の店と変わりありません。世の中の構造はそういう風になっていると言う事実は、よほどの世間知らずでもない限りは分かってるはずです。分かってるんなら寄付をする人に悪口を言うのは不当なことです。
    まあ、日本では病院への寄付を事実上不可能にするような政策が出来上がってるのですけどね。思いがけなく寄付を頂くことになった病院でのお役所相手の苦労が、医師仲間のMLで語られたことがありました。
    時には、こどもの生命とかいった、大変貴重で金では買えないとされるものが、毀損されようとしているのを、はした金程度の金額で救い出すことができちゃったりさえします。たとえば発展途上国でのワクチンとかね(安いですよ。ポリオワクチン一回20円とか)。
    吉田神社の境内には神社に寄付をした人の名前が金額順に掲示されています。神様の御利益が金で買えるなら人間の愛情も尊敬も何だって買えるだろうよと私は思います。初詣の賽銭に私と娘や息子が使った金額でポリオワクチン2人分となると、賽銭箱にこの金を入れたらかえって神罰がくだるのじゃないかなと思います。

  • 王様の夢占い

    旧約聖書にあるお話。メソポタミアだったかの王様が配下の占い師を呼び集めて命じるには「俺の夢を占え」とのこと。占い師たちが「どのような夢でしたか」と質問しても、王様は教えない。内容を教えない夢の、内容を割り出した上で吉凶を占えという命令である。そんなこと不可能ですと占い師たちは答え、王様は怒って彼らを皆殺しにする。
    古代の王様がいくら暴君だからってこれは理不尽だと思う。でも最近になって思うのは、現代でも似たような理不尽を私たちはけっこう人に突きつけたり突きつけられたりしてるんじゃないかなと言うことである。自分達が何を要求しているかを具体的に明らかにしないまま、あるいは自分でも明瞭に言語化できないままで、相手が自分の要求を満たしてくれることを期待し、意に沿わない対応には相手を抹殺せんばかりに怒る。突然呼び出されて理不尽な命令を突きつけられる占い師としてはたまったものじゃないし、それで意に沿わないからってその場で殺されてしまうのはあんまりだと思う。でも医者やってるとこの占い師たちみたいな立場に置かれることは結構よくあることのような気が最近してきた。いや、医者なんてまだマシな方かも知れない。客商売しててお客さんのクレームに対応する人なんてみんなメソポタミアの占い師みたいなものかもしれない。
    この王様は自分の夢を本当に記憶していたのだろうか。夢なんて吉凶の印象しか残らず具体的内容は忘れてしまってることが私はよくあるのだが。この話の続きでは当時メソポタミアに虜囚になっていたユダヤ人預言者が、王様の夢を言い当て、吉凶も占ってみせるのだが、王様はこの預言者が夢の内容を言い当てるまさにその瞬間まで、自分でも自分の夢の内容が分かってなかったんじゃないかとも、疑ってみる。
    私たちが他人に突きつける要求も案外とこれに似たものかもしれない。要求された人からの回答に接してはじめて「そうそう俺の言いたかったのはそれなんだよ」と膝を打つことが、案外と多いのかも知れない。ひょっとしたら、要求した時点では自分の頭の中にはそんな内容は無かったと十分自覚できるけど、でも相手の回答に接してみたら自分の真意に自分自身よりも相手のほうが肉薄していたということを認めざるを得ない、とか。それはそれであり得る話だと思う。コミュニケーションを通して理解が深まるメカニズムにはそういう機構もあるはずだと思う。
    メソポタミアの王様と占い師たちのコミュニケーションも、実り多いものとなり得たかもしれないのだ。王様が苛立って占い師たちを皆殺しにさえしなければ。

  • 軍艦島でのプライバシー尊重の話

    未熟児とか貴重児とか続き
    確かにmaikaさまのご指摘のように、未熟児で生まれること自体が何らかの罪とされる謂われはない。全く恥ずべきことではない。それは全くその通りであって、私自身、研修医の時に指導医に指摘されるまで、お母さんが保育器の前で赤ちゃんに対して申し訳ないと泣くという心情は全く想像の埒外だったのである。指導医が言った「お母さんは『みんな』」というときの『みんな』という表現は些か誇張したものだったのかもしれない。その一方で、人の気持ちは歳月を通じて一定不変という訳でもないのだし、相当数以上のお母さんが、時期は異なり持続時間もまた多様であろうけれど、そういう心情になるのだとしたら、この指導医の言葉はそれなりに正鵠を射たものかもしれない。
    しかしその一方で、突然に我が子が未熟児であったことを見知らぬ他人に指摘されて傷ついておられるお母さんの心情を、根拠のない悲嘆だと一笑に付すつもりにもなれないのである(Maikaさんもこのお母さんを愚かもの扱いする意図は全くないと思う)。一笑に付すどころか、私はこのお母さんの悲しみや当惑は全く正当なものだったと思う。
    長崎県には昔炭坑で栄え今は閉山して寂れた島が幾つかある。中でも端島は閉山後は無人島となった。その島でのことを、中学生のとき社会科の授業で習った。
    端島、別名「軍艦島」がまだ栄えていた頃、小さな島の上にびっしりと高層住宅が建ち並んでいた。各戸に冷房のあるような時代ではなかった。長崎の夏の暑さは半端ではない。軍艦島の高層住宅では、夏は夜どおし扉や窓を開け放して、風を通す習慣になっていたと習った。窓やカーテンを閉める家が増えれば増えるほどに、高層住宅自体が風を遮る巨大な衝立と化す。皆が涼しく過ごすために、風を遮らないのが暗黙の了解だった。
    隣の建物が窓を閉めるだけで風通しが悪くなるほどに高層住宅が密集しているのである。窓を開けていれば向かいの家で何をしているかが丸わかりに見える。見えているが、お互いに見えないことにしていたという。見なかったことにして何も言わないというのも、狭い島に大勢が暮らすための暗黙の了解であった。
    家庭内では隣近所に見せたくない種々の事件がある。端的に言って、炭鉱労働者が夏のあいだ性欲を抑えて我慢していたわけでもあるまい。当然の如く性生活はあったろうが、それすら見えていたかも知れない。中学の社会科ではそこまでは講義されなかったが。
    先の保健所の糞婆の勝ち誇った「未熟児だったのね」云々の台詞は、程度の差はあれ、言ってみれば炭坑住宅の街角で向かいの奥さんを呼び止めて「昨夜はお盛んだったわね。夫婦仲もよろしいようね」と言い放つことに共通した無神経さだったのではないかと思う。夫婦仲が良いことを罪とする謂われは一切無いけれど、他人に面と向かって言われて快いかどうかはまた別問題である。
    たぶん中学の「公民」でプライバシー云々の授業の際に話された事ではなかったかと思うが、話がよく脱線する先生だったから真相は定かではない。先生が若かりし頃に軍艦島の中学校に赴任したときの経験談として話されたと記憶しているが(だから文献的裏付けと言われても困る)、当時先生が為された脚色と、20年経つうちに私の記憶の中で為された脚色と、色々変更点はあるだろうから当時の軍艦島の高層住宅配置の実際は云々という議論はせず寓話的なものとご解釈ください。
    そういう観点もあるのではないかと、maikaさまのコメントを拝読して思いました。

  • ミドリ電化をよろしく

    医師国家試験の最大の盲点は試験のヤマが外れた云々のことではなかった。試験に受かった後、さらに数万円の登録料が必要だと言うことだった。そんな金のことは聞いてなかった。医学部教育は文部省(当時)の仕事だけど国家試験以降は厚生省(当時)の役割だからね。文部省の所管である医学部で何で厚生省のお仕事の広報をやらねばならんってところだったのだろう。
    本屋の店員をやって貯めていたお金は使い切っていた。田舎の両親のスネは最大限まで囓りきっていた。せびれば無理して工面してくれたのだろうが、なんとなく気が引けた。結局のところ試験が終わったら当面は何もすることがないのだし、アルバイトで稼ぐことにした。今から思えば本屋に復帰すれば話も早かったのに、何となく新しいバイト先を探してしまった。見つけたのがミドリ電化の店員。電器屋ってのも悪くないと思った。発表前日まで勤めた。試験に受かるとは思ってたけど、結果を聞かれるのは何となく厭だなと思った。登録に必要なお金はちょうどそれくらいで工面できそうだったし。でも今から思えば菓子折の一つも持ってお礼に行くのが礼儀だったかも知れない。
    おかげさまで無事登録も出来ました。ミドリ電化を皆様よろしく。私を医者にしたのが世の中にとって良かったのか悪かったのかの評価は人それぞれだろうけれども、国立大学の医学部教育を6年間施した人間が医師免許登録料が払えなくて医者になれませんでしたってのも馬鹿馬鹿しいよね。

  • 研修とか何とか

    Mari先生が怒っておられるけど、たぶんこういう事なんだと思う。
    もうすぐ3年目(4年目だったか?)を預かることになるので読み返してみた。
    ハッカーになろう Eric S. Raymond/山形浩生訳
    病棟より他に遊びに行くところがあるようじゃだめです。教えられる方も、教える方も。・・・なんて嘯いてみたりして。

  • 保健所にいたクソ婆ぁ

    妻がネットの掲示板で、他人に赤ちゃんが大きいと言われたり小さいと言われたりで落ち込んだ話を読んでいた。
    それで思い出したのだが、NICUを無事に退院してフォローアップ中の子が何かの用事で保健所に行った折、保健所にいた見知らぬ女性から「あら未熟児だったのね」云々のことを突然言われたとのこと。養育医療の書類始末なんかの業務の話ではなくて、単に通りすがりの人から突然に、子どもさんの顔を見るなり言われたらしい。
    しっかりしたお母さんなのだが、「そんなに一目で分かるのでしょうか」と落ち込んでおられた。
    全く何のつもりでこのクソ婆は他人様の大事な子どもにそういう不用意なことを言ったのかね。自分が経験豊かであるとアピールしたかったのかね。子どもが未熟児であると言い当てられた母親が「よくぞ見抜いて下さいました。仰るとおりで御座います。ご慧眼に心服致します」とでも言うと思ったのかね。
    思い出して怒りが湧く。フラッシュバックというのはこういうことをいうのだろうか。

  • チャプレン

    キリスト教病院なのでチャプレンという職種があります。病棟付き牧師と訳すのでしょうか。牧師さんです。毎朝の朝礼を司会し、昼過ぎには患者さん相手に礼拝をされます。むろん日曜には日曜なりの礼拝があります。病棟の患者さんを訪問もされてます。ときどき神学部の学生さんが「実習」(って呼んで良いのかな)にお出でです。うちにはホスピスもありますし、チャプレンはそれなりに必要な職種なのだろうと思います。健康保険では点数つかないから収益をあげる部門ではないですけどね。ちなみに24時間オンコール制になってます。午前3時にオンコールのチャプレンを呼ばなければならない状況って具体的に想像つかないんだけど、相当の危機的状況なんだろうなと思います。でも自分が死ぬときには当直医よりはチャプレンさんのお手数を頂きたいかなとも思います。
    NICUでは赤ちゃんが亡くなったときに「お別れ会」をお世話して頂くことがあります。赤ちゃんの短い生涯についてささやかなお話をしていただいて、主治医も一言話して、みんなで「慈しみ深き友なるイエスは」を歌って、小さな棺に献花して、「主我を愛す」を歌って。なんか親御さんよりも俺らスタッフの方が恩恵を受けてるような気分もします。でも亡くなった後のケアまで医者がやるのも僭越なような気がします。みんなの痛手をまとめてケアしてくれる人が別にいるのはとても助かります。
    亡くなった赤ちゃんばかりではなくて、未熟児をご出産になったお母さんやお父さんに日常的に接して頂くのもよいかもしれません。妊娠当初に思い描いた無事平凡でささやかに幸せな出産コースを外れられた喪失感を、多かれ少なかれ味わわれ、心の傷としてお持ちだと思います。でもあんまり押しつけがましいのも嫌われるところで、難しいのだろうなと思います。
    私自身はキリスト教の教義に接したのはこの病院に就職してからでした。あんまり赤ちゃんが次々に亡くなるので落ち込んでしまって、聖書を読み解説書を読みしていた時期もありました。その勉強の過程でつくづく、俺は骨の髄まで仏教徒なんだなと身に染みて思いましたけれど、今でも、かのナザレの大工はいい男だと思っています。