カテゴリー: 新生児医療

  • 喉頭展開

    新生児に気管内挿管するときは、左手の小指球から小指・環指のアーチをつかって新生児の下顎を固定し、拇指・食指・中指で喉頭鏡を持って喉頭展開する。いわば、左手を中指と環指のあいだで縦に割って、各々をひとつの単位として、連動して用いることになる。

    それはたとえば、ナイフで鉛筆を削る感覚に似ている。左手に鉛筆を固定し、右手に持ったナイフを鉛筆に当てて、左手の拇指で押す。左手は二つの物体をコントロールすることになる。この場合、右手は添えているだけ。気管内挿管なら、右手に持った気管カニューレを差し込んでいくのだが。

    大学で、若い医師が挿管にいちど失敗した。展開してカニューレを差し込んだのだが、進まないと言う。しかしそこで1サイズ細い径で挿管された日には、あとあと呼吸管理の困難さに泣かされる羽目になる。そこでまず私が喉頭展開して、展開したまま彼女に場所をゆずり、カニューレを差し込ませるところだけやらせてみた。幸い、するっと入った。赤ちゃんも息をふきかえした。まずはよかった。

    たぶん彼女も声帯は見えてたんだろうと思う。カニューレが入らなかったのは、喉頭鏡の角度がいまひとつで、気管が屈曲していたんじゃないか。と、後になってこの記事を書きつつ反芻して分析している。ついつい頸部を過伸展しがちなんだけど、新生児の挿管では成人よりもはるかにシビアにsniffing positionにこだわらなければならないってことだ。その場でクリアにそう説明してやれれば、若手のためにもなったのだろうが、情けないことにそういう急場では手は動くけど口がなかなかついていかない。だいいち、今はこうして平然と記事を書いてるけど、そのときは内心かなり動転していたし。

  • 大学で見てきたもの

    結局、大学へ行っていちばんよく見えたものは、自分の医者としての現状であり、自院NICUの姿であり。

    自転車で行き来できる距離に二つも三つもNICUを設置しても無駄だろうと研修前には思っていたものだが、研修で実際に大学NICUをみてみると、まあ各々に各々の役割があるんだなということが腑に落ちた。うちはうち、大学は大学。まとめればマンパワーも集約できてよろしかろうが、あえてそれを二つにわけて近距離に性格の違うNICUを二つ置くというのも、それはそれで利点があるのかもしれないと思った。

    うちがあればこそ、大学は胸を張って「そんなありふれた病気は大学で診る病気じゃない」と言えるわけだし、我々も大学があるから、評価の定まらない先端医療に手を出さないで済む。どっちもこなせるような規模の大きいNICUがあれば、この両者が近距離に並立する現状よりもよい医療が提供できるかというと、今の自分の感想としては、できるかも知れないけれど、実現のためにはよほど意識して、病棟全体が先端医療の慌ただしい雰囲気に巻き込まれないようにしないといけない。

    うちの周産期部門を切り離して大学に併合するような大がかりなリストラなんてまず無理なんだから、当面は並立で行くのが最善だ。並立で行くからには、並立していたからこそこんな善いことがありました、みたいなことが幾ばくかでも言えないと世間様に胸を張れないようにも思う。

  • 学会3日目、最終日

    学会は最終日。今日もまず大学へ寄ってからJRで神戸へ行く。

    今日は生命倫理に関して集中的に見てきた。会頭の意向もそのへんにあるらしくて、今日はいちにち倫理の日ともいうべきプログラムだった。ことに、Steven R Leuthnerという人の “Fetal Palliative Care”という講演が秀逸だった。米国の人の優れたところは観念にではなく実務に現れるのだなと思った。自分たちは何に気をつけてどういうケアをしている、と淡々と述べていくだけだし、その根拠もいささか泥臭いほどのプラグマティズムだと見受けられたが、それでも彼ほど深くなるとその深さが質に転化しているような気がする。この人の文献をいくつか読んでみないといけない。

    松田一郎先生の「日本の文化、価値観を元にした生命倫理を考える」がその次に続いたが、さて日本の文化や価値観とはなんぞやというところで、さいきん宮本常一先生やなんかの民俗学や歴史の本をいろいろ読んで、ひょっとして医者がイメージする日本の文化や価値観ってひどく一面的でないかとも思ったりしていたところだった。他国からの侵略を受けたことのない和の国、ねえ。たとえばさ、いったい戦国時代の戦争ってのは戦国武将が世直しをしたくて戦ってたとでもお思いで?

    日本人って、生命倫理みたいなことでも、原則が上から降ってくるってのじゃあなくて、一件一件の事例から湧き上がるようにボトムアップでいつのまにか横並びになってるってのが伝統的なあり方じゃあないかとも思った。大きな物語じゃあ日本人は救えないし、「倫理」とか原則とか言った時点ですでにそれは日本的な概念じゃないんだ。などと、宮本常一先生の「忘れられた日本人」を読んで、昔の日本人ってこんなに物事を話しあう習慣を持っていたんだと驚いたりしたことも思い出して、会場で考えていた。

    午後は18トリソミーの子らに対する医療的介入の倫理をあつかったポスター討論やらワークショップやら見てきた。こういう倫理の話になると「話しあうことが大事ですね」という、しごく当たり障りの無い、朝日新聞の社説みたいな結論になるんだけど、そしてそれは日本人の倫理の出来上がり方が帰納的・ボトムアップ的なものだと考えればまあ当然の落ちなんだけれども、それはどうなんだろう、そんな結論を出しにわざわざNICUを出てみなさん神戸まで来たのか?そんな土産話で留守番役は満足するのか?神戸牛をキログラム単位で土産に買わんと角が立つんじゃないか?

    こういう温い結論とか吹っ飛ばすような画期的な、従来とは一線を画すような高レベルの倫理が語られないものかなとも思う。RDSに対するサーファクテンのような、PPHNにたいするNOのような、従来の小賢しいちまちました苦労が跡形もなく吹っ飛ぶような異次元のものが登場しないかなと。でも生命倫理ではそんなのが出てきても信用しない方がいいかもなとも思う。ふと気がつくと虐殺収容所に送り込む子を選別しているようなはめになりかねない。

  • 演題が多いけどだれか全部見ましたか?

    学会は演題が多い。小児科と産科と小児外科と集まってくる学会だから多いのはあたりまえだが、それに輪をかけて、学会の専門医をとるのに学会発表が必要だからという点数稼ぎもあるんだろうと思う。ええ、もちろん私もそのひとりですよ。それが何か?

    大賑わいなのはいいんだけど、あんまり分量が多すぎて、ポスターももう3日じゃあ見て回れませんね。そもそも紙に印刷してひとつの会場に集めて貼る意味がどれほどあるんですかね。学会のウェブサイトに1演題1ページ与えて、コメントとトラックバックのシステムをつけておけばいいんじゃないかと。質疑応答はコメント欄で行って、引用はトラックバックで行って、ってのはどうでしょう。学会員は一定数のページを閲覧したら研修単位がもらえるとか、一定数のはてなスターを集めたら発表の格が上がるとか。

    ひとつの会場に集めて貼る意味があるとしたら、今日の私のように思いがけずそれまで興味の薄かった分野に行き当たる可能性を確保すること、またそれまで話したこともなかった人と話せること、そういう縁をつなぐ役割なんだろうけれども。それは確かにある。

    一方で、学会に来られない人ってのも居るのが私等の分野の宿命ではある。NICUは誰か留守番がいないとね。今回はじめて私らはひとつの施設から二つの演題を同時に出して二人で参加することができた。マンパワーがようやく充実してきたからだ。全国の津々浦々で、かつての私のように学会に出るにも出られず身を粉にしておられる先生方が、そのために不利を被ることはあってはならないと思う。そういう先生方が地理的時間的な制約を超えて参加できるようなシステムを、構築できないものだろうかと思う。

    どこでもドアが発明されるまでは、まだ時間がかかりますぜ。

  • 学会二日目

    学会二日目。まず大学へ寄って、少ない仕事量をぼちぼち片付けて、ハイリスク分娩の立会に行っていたチームがNICUへ引き上げてきたのを見計らって神戸へ移動する。

    関東の先生と赤ちゃんの転院について相談しなければならなくて、その先生が座長をつとめるセッションの終わりを待っていた。ただ待つのも芸がないしと、ふだん聞かない分野のセッションを聞いた。意外に面白かった。牛に引かれて善光寺参りってやつかと思った。

    あちこちの先生方にお世話になりつけた立場で考えてみるに、また今日もつくづく感じ入ったのだが、同じ内容の依頼を引き受けるにしても、気前よく引き受けていただくのと、しぶしぶ引き受けていただくのとでは、正直ありがたみが違うなと思った。いや、人にものを頼んでおいてそういう言い草はなんだとおっしゃられたら、そのとおりでございますと申し上げるしかないし、返す言葉もございませんのでありがたくスルーさせていただきますけどね。でも、そうじゃないですか。どっちがありがたいって、むろん、気前よく引き受けていただくほうですなと、私は思うのですが。今後、自院にもどって、母体搬送やら新生児搬送やらあれやこれや引き受ける時も、渋々引き受けるくらいなら気前よく引き受けよう、そのほうが自他共に気持ちいいんじゃないか、と思いましたね。

  • 学会初日

    神戸での日本周産期新生児学会初日。自分の発表はポスターを貼っておしまい。蒸し暑いだろうし口演はないしでTシャツ1枚にメッセンジャーバッグを担いでいったら会場は寒かった。いいかげん白髪が目立ってきた頭でその格好はないだろうと自分でもちょっとは思ったが、年をとって夏でも背広を着てネクタイを締める分別がつく代わりに、いいじゃねえか暑いんだからもうと平気で薄着をする厚顔さが身についてしまった。

    大江健三郎先生と竹田津実先生の講演を聞いて帰ってきた。大江先生はさいきん息子さんと諍いしたことを小説に書かれたが、さきごろ亡くなった井上ひさし先生が見本の段階でそれを読んで、大江先生を諌めるメッセージを残して亡くなられたとのこと。しょげておられるような印象を受けたが、もともとそのような話し方をなさる人なのだろうか。ただそのメッセージを紹介されても、それが大江先生の受け取ったような意味に取れるものなのかどうか、私など読解力のおよばない人間にはそれはよくわからなかった。

    竹田津先生の口演は以前重度心身障害学会でお伺いして、今回2回目。家族総出で野生動物のお世話をなさっておられた様子が写真で紹介された。ご子息たちは小児科医になっておられる由だが、産科病棟の「新生児室」に赤ちゃんをお母さんと分けておく管理方針が、多くの野生動物の親子関係を見てこられた先生の目はひどく不合理なものだとのことで、ご子息と論争をなさった由である。いやもう論争するまでもなく、私は父上に賛成なんだけれどもね。

    神戸なので日帰り。名古屋では泊まったが。帰りの新快速が敦賀行きだった。交流直流の切り替えの問題は解決したのだったかな。

    たぶん大江先生が言及された小説はこれだと思う。

    水死 (100周年書き下ろし)

    水死 (100周年書き下ろし)

    メッセンジャーバッグといってもいい年なんだから良いのを担いでいきました。
    [asin:B003913KTA:detail]明日以降の会場で見かけられたら声かけてください。