カテゴリー: 日記

  • 嵐は分らんけどコンタドールなら知ってるってのは日本人女子としてどうなんだろうか

    更新の頻度が落ちた言い訳に興味を持っていただけるほどの人気サイトではないということはよくよく承知の上で、最近あまりブログを書かない言い訳をさせていただけば、昔あれこれ仕事の愚痴を記事に書くのに使っていた時間を、今は自転車に乗ったり自転車雑誌を読んだりサイクルロードレースの中継を観たりするのにつかっているからなのですが。
    ジロ・デ・イタリアを今年はほぼリアルタイムで観た。さすがに夜中のライブ放送を起きて観ていては仕事に障るので録画であるが。イタリアは今年も風光明媚である。コカコーラのでかい看板も自動販売機もない。電柱もない(電話線とか電気とかどうやって各家庭に送ってるんだろうね)。各家庭の屋上にアンテナもパラボラもないから空撮の画像もすっきりしている。イタリアの人ってテレビ観ないのかな。
    今年の主役は復活したランス・アームストロングかと思ってたけど、ランス大丈夫かというスリルよりもアスタナ大丈夫かというスリルのほうが勝ってしまった。世界恐慌でスポンサーがすっかりやる気をなくしたらしくて、チームジャージからスポンサーロゴがじりじり減っていった。選手の給料も払えないとか。ランスは自腹で参加してるから関係ないらしいけど。
    サイクルロードレースとかディズニーチャンネルとか観るんで、うちは地上波はニュースくらいしか観ない。娘は嵐のメンバーの識別がつかない。中学校で珍しがられたらしい。コンタ君とシュレック兄弟が居るからいいのよと言ってやればいいのにとか茶化してみる。ランス様って言っても中学生には年長すぎるだろう。ダニーロ様って言われるとあんな怖い顔の人はやめておけと父は思う。

  • 会議だった

    NICUが閑散としている。紹介がないのだから仕方がない。こういう暇なときに英気を養わねばならない。若い人たちにはこういうときこそまとめて文献を読むのだよとか言い置いて、自分はさて今日は江文峠へ行こうか途中越の手前まで行ってみようかと遊ぶことばかり考えながら定時に医局に戻ってくる。だいぶ日も長くなったし5時過ぎに引き上げてもまだ2時間は明るいぜ。へへ。しかし会議室でなにか会議が開かれている模様で、予定表を見ると各科部長会議だった。俺もNICU部長だから出なければならない。いつも忙しいふりをしてさぼっているけれど、NICUが閑散としているのは偉い人にもばれているから今日ばっかりは逃げられない。
    こういう会議も出てみるといろいろ勉強になる。まず狭い会議室に偉い人を集めると加齢臭が凄いことになるというのが教訓だ。臭いから逃げるというわけにもいかないと我慢して座る。集まった面々の中ではまだ若輩者だからいらない口を挟まず偉い人のいうことを黙って聞くことにする。俺ももっと年をとったら目が霞んで点滴が入らなくなるから、その時分にはこういう会議でそれなりに賢そうなことを言えるようになっておかないと病院に居場所がない。なにごとも勉強だ。偉い人ってのはどういうふうなことをしゃべれば良いんだろうと思って聞いてみる。たしかに賢い発言をする人がある。俺が若い頃思っていたほどには年寄りは馬鹿ばっかりではない。しかしその賢い発言に触発されての、俺だって賢い発言ができるんだぜと言いたいだけのあんまり内容的には賢くない発言もあってやれやれと思う。俺が子どもの頃に思っていたほどには大人は賢い人ばっかりではない。

  • 花脊峠・芦生峠を越える

    昔は鬱々したブログ記事を書くのに使っていた時間を、今は自転車で外を走っている。
    昨日の午後は花脊峠を越えて北へ行き、芦生峠を越えて戻ってきた。むろんノンストップで越えられるほどの脚力はなくて、とくに鞍馬から花脊峠の登りは何回休んだか数えるのもうんざりするくらいだが、それでも押して歩くことはなく、越えるには越えた。
    越えて峠の向うへ降りたものか、謙虚に峠からまたこっちへ引き返すべきか、登りつつちょっと迷った。なにせ花脊峠を越えて向うへ下ったら、帰宅するにはどうあってももう一つ峠を越えなければならないはずだから。しかし峠では沈思黙考の間もなく向うへ下ってしまった。峠の向う側(北側ですね)で路面を舗装しなおす工事が行われているらしく、土曜午後で工事関係車両はいなかったものの路面はいちめんに砂埃で覆われていた。それほどがたがたはしなかった。峠の南側の鞍馬から峠までの路面がそうとうひどい道だったし、ESCAPE R3のアルミフレームとクロモリフォークもそれほど振動を上手に処理してくれるものではなし、路面にはあまり贅沢を言える立場ではない。
    花脊の山の家には子供たちも学校行事で宿泊に行くので、話はきいていたが、予想以上に大規模な建物だった。あれは数百人くらい泊まれるんだろうなと思った。おそらくは集落の人口の数倍は泊まれるはずなんだが、その人数が排出する環境負荷をこの土地は支えきれるんだろうか。
    花脊から先しばらくしてバス停留所の標識の形が変わる。バス会社の表示にテープを貼って消してある。好かしてみると京北町の町営バスらしい。そういえば最近京都市と合併したんだった。
    京北町の中心部へいく道と分岐すると、いよいよ本格的に人里を離れていく。芦生峠芹生峠へむかう道の、灰屋という集落を過ぎるともう人は住んでいない模様である。渓流のわきの道であるが、花脊峠と比べてガードレールが少ない印象がある。田舎者なので人がいない道を走るのはあまり苦にならないが、高所恐怖症の気はあるので、ガードレールのない路肩の先がいきなり崖だとあまりよい気分がしない。わりと水量の多そうな渓流の音が聞こえるが、高さどれくらいだろうとのぞき込む気も起こらない。自動車がほとんど通らないのが幸いだと思いつつ登っていく。あまりくねくねと曲がる印象はなくわりと一直線である。休み休みではあるが登れはする。花脊峠の登りはじりじりと勾配が増していって挙げ句の果てにとんでもない傾斜のつづら折りが待っているので、こっちもそうかと思っていたが、案外とあっけなく峠に着く。
    芦生峠芹生峠の南側はやはり急坂である。こっちを登ることにしないで良かったと思った。下り道はやはりつづら折りである。ガードレールはやはり少ない。これは路線バスが走ってるかどうかにも関係するんだろうか。花脊峠のほうは京都バスの路線があるし、京都市じゅうの小中学生が宿泊研修に行く施設もあるし。
    下っていくととつぜん道が良くなり、なんとなく雰囲気が雅びてくる。なにかなと思ったら貴船の料亭街に入る。納涼床のシーズンだったら、人がいない下り道をかっ飛ばす気分でここへ突入すると危険だろうなと思う。

  • 若い人が来た

    この4月から一気に3人も若手がやってきた。ウエブに日記を書き出したころは下っ端生活に倦み、そのうち語尾が「やんす」になってしまうのではないかと危惧していたもんだが。
    俺はもう上に対しては自分がなにものであるかを証明しなくていいんだと、さいきん気づいた。彼らはしょせん、俺ごときをNICU部長と奉らねばならないほどに窮した立場なんだ。恐れることはない。俺はむしろこの若い人たちに対して、自分がなにものであるかを証明しなければならないんだ。それはたぶん、上の連中に対して自分を証明するよりも難しいことだ。
    うっかり、もう完成された者のような、上から目線の指導言葉でものを言ってしまったら、彼らの目に俺はもう伸びる余地のない人間にうつるだろう。この人はもうここで行き止まりなんだなと思われるだろう。それはよくない。断じてよくない。

  • バレンボイム氏の「告別」と挨拶

    今年のウイーンフィルのニューイヤーコンサートはバレンボイムが指揮していた。アンコールでハイドンの交響曲「告別」の第4楽章、演奏者が次々に消えていくという趣向を映像で初めて観た。第二バイオリンの主席以外オーケストラに全員立ち去られしまうわけだが、指揮者バレンボイムのコミカルにおろおろしてみせる芸風が上品で微笑ましかった。
    その後の指揮者の挨拶で、バレンボイムは「中東に正義が実現されますように」と言った。人間の正義、だったかな。普遍的な正義、だったかな。正義に何か修飾語が付いていたと思うが忘れた。正義の具体的な内容はむろん述べられなかった。でも、たぶんにそれは、ハマス殲滅とか、パレスチナ民族浄化とか、ガザ焦土化とかいった野蛮な内容ではないはずだと思った。聴衆が、冷めず引かず、さりとて狂信的熱狂的でもなくの、プレーンに盛大な拍手で彼の挨拶に答えたのが印象的だった。あの場で彼があの挨拶をするのが、聴衆にとっても自然なことだったのだろうと思った。
    今日NICUで仕事をしながら、ふと、この二つの演出は一連のものだったのかなと初めて思った。聞く人によってはちくりと胸に刺さるだろうことを言う前に、ボケ役を自ら演じて見せたのかなと。シャイな人なのだろうか。多分に、そういう挨拶をしたとて、バレンボイム万歳みたいな個人崇拝がわき起こるのは潔しとしない人なんじゃないかと思った。これを機会にもう一度中東の行く末を考えてみようよと言う機運が起こるのは歓迎だろうけれど、これを機会にバレンボイムの演奏を聴いてみようと思った人に推薦するCD10枚なんてお話は勘弁してくださいというような人なんじゃないかなと。まあ勝手な理想化かも知れないが。
    その後にエルサレム賞のごたごたが続いた。「社会における個人の自由」を描いた作家に送られる賞なら何故にさいとうたかを氏じゃないんだと思った。彼はちと彼国の防諜機関を敵役にしすぎたのかもしれない。

  • 何か撃つ準備をしている件について

    昼のニュースで、北朝鮮がミサイルだか人工衛星だかを撃とうとしているというニュースが繰り返し報じられ、そのあいだに挟まるようにさらりと、ソマリア沖で海自の護衛艦が不審船を追っ払ったというニュースが流された。それで、こんな会話が頭に浮かんだ。
    「やあ将軍。元気かい。左手の具合はどうだい」
    「ああタローか。君の口元くらいには曲がるようになったよ。ところで今度は何の用だい。さては君も辞めることにしたのかい。君らはいいよな疲れたら辞められるんだから。俺なんか脱出ルートと亡命先を確保しないとおちおち辞めるなんて言えないんだぜ」
    「まあそう言うなよ。分ってるだろ。うちの船が4月あたまに例の場所に着くんだよ」
    「するってえと俺は、君んところがまたぞろ侵略やってるって言えばいいのかな」
    「おいおい怖いことをいってくれるなよ。君んところと違ってこっちは野党ってもんがあるんだよ。せっかく追い込んだイチローが最終回にヒットだなんてWBCの二の舞じゃないか」
    「分った分った。4月あたまになにか騒げばいいんだな。悪役は辛いぜ」
    「いつも悪いな。どかーんと一発たのむよ」
    「どかーんと、か。そうだな。ここらでロケット一発ってのも悪くないな」
    「ああ。悪くない。恩に着るよ」
    「うちの最新型をまっすぐ東に飛ばすとすると、君んとこの、そうだな、秋田と岩手ってのか、そのあたりの頭を越せるけど」
    「そりゃあいい。イチローにビーンボールだ。第7艦隊しか要らないとか言ってやがったからな。あはは。のけぞる顔みてバラクと笑うことにするよ」
    「バラクにはよろしく言っといてくれよな。くれぐれも」
    「ああ。分ってるよ」
     あくまで妄想ではあるのだが。でも、もしも護衛艦が撃ったとしたら、その衝撃を打ち消せるだけのニュースって、彼もまた撃ったというニュースくらいしかないんじゃないかと。逆に、もしも彼らが今日撃つぞって言ってくれなかったとしたら、たぶん昼のトップニュースは護衛艦の初仕事で、それに対して最近また影が薄くなり始めたイチロー氏とかミズホ氏とかがあれこれコメントするのを報じざるを得なかったんじゃないかと。いろいろ。実は日本の現政府与党にとって今回のテポドンは願ったり適ったりじゃないのかな。
     それとも、そんなふうに思わせるようなタイミングで彼らは打ち上げを準備してきたのか?だとしたらたいした策略だ。善悪はともかく巧みだ。

  • コンタドールがパリ~ニースでぼろ負けした件について

    パリ・ニースでのコンタドールの負け方は痛烈だった。山頂ゴールの第6ステージでぶっちぎりで勝利しておきながら第7ステージでぼろぼろに負けた。ハンガーノックだったらしい。集団に追い抜かれるコンタドールなんてはじめてみた。ってそれほどサイクルロードレースをたくさん観てきた訳じゃないがね。とくに今回は第6ステージだけ有料オプションのチャンネルで放映するだなんてJスポーツもあこぎだ。日本のファンの呪いもあったんじゃないか。
    ハンガーノックは苦しいよ。私もときどきNICUでハンガーノックを起こすからよく分る。とにかくポケットにはソイジョイだ。
    しかしアスタナは彼にまともなアシストをつけてやろうって気がなかったんだろうか。ちょっと天狗になってるんで懲らしめてやろうってところだろうか。
    「やあランス。久しぶりだな」
    「どうしたヨハン。声に元気がないぞ。また小遣いに困ってるのか。下手なポーカーはやめろとあれだけ言ったじゃないか」
    「いや真面目に聞いてくれ。若い者の鍛え方で悩んでるんだ。筋は良いんだけどな。監督の指示を無視して突っ走るし、果てはプロトンでけんかをしたりベテランの名前をわざと呼び違えたり。」
    「なんだか俺にこたえてるようだが。アルベルトか」
    「ああ。扱いかねててな。おかげでクレーデンはふてくされるしライプハイマーはすっかり胃弱だ。我慢してやってるのはポポビッチくらいだ」
    「ようするに誰かががつんとやらなければならんわけだな。」
    まさかそういう理由でランス・アームストロングが復帰したわけでもあるまいが。

  • マナだかカナだかが

    マナのほうかカナのほうか分らなかったけれど、当直明けの午前勤務を終えて昼休みに当直室のテレビをつけたら、白衣の若い男と病院らしき背景で寄り添ってなにやら語っていた。症例検討会をやっているようには見えなかったし、たぶん私的なことを語り合うシーンだったのだろう。
    これが悪評高いNHKのドラマかと思った。むろん当直明けで神経が立っているときだったし、同業者がマナだかカナだかと仲むつまじく語っているシーンなんていろんな意味で腹が立つばかりだから消してしまった。
    しかしあの番組枠はどうしたって、構造的に、面白くないドラマを放送しなければならない宿命にはなっているんだろうと思う。朝と昼に15分ずつ緊急放送用の時間枠を確保しておこうという、公共放送ならではの苦労は理解しようと思う。撮りためておいて細切れに放送しておけば、一度や二度放映し損ねても編集でつじつまは合う。そこそこ時間埋めになって、しかも潰してもそれほど苦情は出なくて、といったそこそこ路線を狙うべき番組ではあるのだろう。
    そうはいっても、だ。ちょっと悪評たちすぎじゃないか?マナカナはもともとNHKが発掘した素材ではあるしどう潰そうと勝手だと言われればそれまでだが。

  • 誰が読むんだ

    締め切りのある原稿書きを大小ひとつづつやった。大きいのは業界筋の雑誌にひとつ。小さいのは病院の広報誌にNICUの紹介記事。
    広報誌って、どこの病院でも会計カウンター前の待合室でラックに入ってるあれだが。妙に手応えのある紙で全ページが無意味に4色刷の、敗戦直前の新聞みたいな見開き4頁のやつ。20枚ばかり入っているうちのいちばんおもての2~3枚が手垢ですれてカドが折れている。
    誰が読むんだこんなもんと思っていた。まさか自分がかかわることになるとは思ってもみなかった。でもまあこれも部長手当のうちかとも思った。それに院内広報誌でさえNICUは全く相手にされないってことになったら悲しいしね。
    800字から1200字くらいでNICUについて書いてくれと言われた。そんなブログの記事一つ分くらい明日にも書けるわと思ってお気楽に引き受けたのだが、いざ書き出してみるとずいぶん困難だった。ようは、くりかえすが、誰が読むんだこんなもんということだ。読者が全く見えない。読者が見えないからどれくらい謙遜すればいいのかわからない。全く謙遜しなければ自画自賛で底が浅い文章にしかならない。しかしまったく知らない相手にあんまり謙遜しすぎると、しょせんこんなちっぽけな病院のNICUなんだから本当にたいしたことないんだろうと思われそうだ。たいしたことないってのは本当かもしれないが、なにもそう情けない事実をわざわざ広報しなくってもよかろう。
    功徳というのは陰で積むものだよなと思う。少なくとも京都で仕事をするならばだ。広報誌とかウェブサイトとかで語りすぎるのって、今ではもう時代に遅れているような気がする。それはホリエモンとか奥菜恵の前の旦那さんとかが全盛期だった時代の風習であるように思う。今は演出してでも地道さとか着実さとかを身にまとう時代だ。京都の商家はみんなそうしてきたんじゃなかったか。

  • ESCAPE R3 (2009)につけたもの・つけられなかったもの

    いろいろといじりながら300kmちょっと走った。北は江文峠、西は化野、南は御幸橋。東はあんまり行ってないけどいずれは琵琶湖までは行くつもり。初期投資にいろいろ買ったが、合うもの合わないものがあったのでメモ代わりに。

    トピーク ウェッジバッグ M BAG144

    TOPEAK(トピーク)

    サドルバッグがほしくて、まず、いかにも定番然とした手堅いデザインのこのトピーク社のを買ってみたが、サドルの長さが足りないのか、めいっぱい後ろへ下げても寸法が合わなかった。今は自転車関連の小物入れにしてある。

    Specialized(スペシャライズド) サドルバッグ Dirtbag ブラック / 4117-1210

    Specialized

    そこでこのダートバッグを買って取り付けた。ベルトで固定する式で、問題なく装着できた。横幅もサドルからはみ出ることがほとんどなくて、走行には影響ないと思う。私レベルでは、という留保つきでだが。内部は2段になっていて、上段に非常用の工具を納めるようにできている。予備のタイヤチューブを一本と、下記のサバイバルギアボックスを入れてある。サバイバルギアボックスがちょうど固定できるようなベルトが上段の天井についている。下段は何を入れても良いんだろう。私は財布とか、(大好きな)ソイジョイとか入れている。日常品を出し入れするときに非常用の工具を触らなくてよいので便利。

    topeak(トピーク) サバイバルギアボックス(17TOOLS) TOL132

    TOPEAK(トピーク)

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    上記のようにサドルバッグにいれてはある。幸いなことに予備チューブともどもまだ使う機会がない。小さな工具がニートに納められていて、見ていて小気味よくはある。新生児搬送用の器具もこんなふうでありたいと思う。

    ブッシュ&ミューラー(BUSCH+MULLER) CYCLESTAR サイクルスター 901/3 サイクルミラー

    ブッシュ&ミューラー

    ゼファール社の、バーエンドにはめ込む式のバックミラーを買ってきてはみたが、いざグリップを外してみるとESCAPE R3のハンドルは妙に肉厚で、はめ込みは不可能だった。おおまかに物差しで測ってみたが内径は17mm未満のようで、バーエンドにはめ込む式の製品はどれも取り付け不可能とみえた。そこでこのブッシュ・ミューラー社のサイクルミラーを買って、付属のベルトで固定した。角度の微調整はこれから。今日取り付けたが雨が降り出したので走行試験はしていない。でもハンドルから下向きに突き出るように取り付けたら後方が自分の脇腹越しに意外に広く見えるようだ。期待大。
    車道を走るときにはバックミラーはやっぱり要るんじゃないかと思う。振り返って直接目視で確認するのがよいのだという意見も散見されるが、それは普通免許をもたない人の意見だ。ついこの間まで路上教習をうけて習ったやり方では、まずルームミラーとサイドミラーで後方を確認し、最終確認として直接に目視確認するのが正しいやりかたのはず。
    ちなみにESCAPE R3のグリップは2.5mmのアーレンキーで簡単に外せます。油や石けん水でゴムと格闘する必要はなかったです。