土曜午後からの当直が明けてみると雨だった。自転車でちょっと遠出でもと思っていたのに。明けは寝ておれとの天の声なのだろうか。
ESCAPE R3が届くまでの3ヶ月間、自転車自転車と念じながら暮らしてきた。自転車ロードレース観戦という新しい趣味を得たのは予想外の収穫だった。再放送を録画してではあるがジロ・デ・イタリアを通しで観戦した。続いてツール・ド・スイスも観た。イタリアもスイスも各々に風光明媚でよい土地だ。とくにジロはイタリアを北上するにつれて景色が移り変わり、3週間もあるのに飽きさせなかった。スイスは前半で天気が悪く陰鬱だったが、後半でよく晴れたステージでの光景は格別だった。ただし星野道夫氏が喝破したごとく、その自然はすみずみまで人の手がはいった人工の自然であった。まあ、アラスカみたいな全くのウィルダネスで自転車競技をやろうと思ったらロードバイクではなくてマウンテンでないと走れないだろう。もっとも、そんな自然破壊行為はしてはいけないとは思う。
ブエルタ・ア・エスパーニャも見始めたが、Jスポーツがブエルタの再放送を第6ステージで終わってしまったので、最後までは見れなかった。スペインを南のほうから北上していくコースなので、最初のうちはアンダルシアの荒涼とした風景ばかりだ。駱駝や駝鳥が走ってても何ら違和感のないような土地に一本だけ舗装道路が通っている。ヨーロッパとアフリカの境目ってのはジブラルタル海峡じゃなくてピレネー山脈なんじゃなかろうか。あんまり好きな風景ではなかった。北の方へいけば多少は違うのかな。
カテゴリー: 日記
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自転車ロードレースを観る
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アクトヒブ発売のニュース
NHKの朝のニュースでアクトヒブ本日発売と報じられていた。今夏発売のはずだったがずいぶん待たされた感がある。しばらくは発売後調査とか何とかで全例の報告をあげねばならず手間ではあるが、しかしやりがいのある仕事だと思うからがんばって接種するつもり。望むらくは定期接種化を。医者の目からすると費用対効果としてはリーズナブルあるいはお得でさえあるお値段だと思うのですが、必ずしも親御さんが全額負担しなければならないという必然性はない。社会全体で負担するべきだと思う。
ニュースにはこのワクチンの導入推進の運動をなさっている親御さんが登場した。お気の毒にHib感染でお子さんを亡くされたのかなと思ったら、すっかり治って健やかに育っておられるお子さんも登場した。我が子が治ってしまったら喉元過ぎれば熱さは忘れるとばかりに日常生活に戻られるのが当たり前だと思っていたので、こういう偉い親御さんもあるのかと感動した。純粋な尊敬に値する親御さんであると思った。
昔はこういうワクチンのお話がテレビに出るときには、テレビ局でも両論併記の体裁をとる必要があったのか、必ずワクチン反対派の人らを登場させてなにか言わせてたものだが、最近はあんまり見なくなった。麻疹の流行が社会問題になった頃からだったっけか。もうちょっと前からだったか。 -
自転車が届いた
8日にようやく自転車が届いたと知らせがあった。10日の当直明けの午後に受け取りにいってきた。9月11日に注文したからちょうど3ヶ月待ったことになる。まだ金融危機が顕在化する以前のことだったのでずいぶん遠い昔のような気もする。
前照灯と後尾灯をつけてもらった。荷台や泥よけはつけなかったがスタンドはつけた。ほどよく硬派なクロスバイクに仕立て上がった。いや硬派という形容がクロスバイクに当てはまるのかどうかは分りませんがね。硬派な自転車乗りを目指すならロードバイクかマウンテンバイクを買うものかもしれません。むろんマウンテンならスリックタイヤに履き替えるのは堕落というものでしょう。
乗って走り出してみたら異様にスピードが上がるので、怖くなって店に戻ってヘルメットを買った。数分前に意気揚々と出て行った客が血相を変えて戻ってきたので店員さんも緊張していたが、事情を聞いて苦笑いしていた。
買いたての自転車でうれしくて一乗寺界隈を走り回るうち日が暮れた。残念だが帰らねばと思った。そして、ふと、俺は日が暮れてもう遊べない残念だと思ったのは生まれて初めてではなかろうかと気がついた。齢40になっていまさらガキ大将みたいなことを言ってますが、家の中で本を読んでばかりいたし。なるほど世間の皆様はこういう少年時代を送って大人になられたのか。自分のミッシング・ピースをひとつ発見したような思いがした。 -
自転車がこない
土曜日午前中の外来をてんてこ舞いでこなし、ようやく終えてNICUに上がりぎわ、空を見上げるとよく晴れている。こんな陽気の日に自転車で遠乗りしたら気持ちいいだろうと思う。なんも考えんとひたすらペダルを踏むのはどうだろう。やれやれ自転車が早く来ないかなと思う。9月に発注してもう11月だ。10月下旬って言ってたのが11月中旬に伸びたんだよな。でも15日だし、もう中旬だよな。
午後は重症の子があってNICUにえんえん居残り。胸腔穿刺って何回やっても会得した気分になれない。自転車が手に入っててもけっきょくは乗れなかったな。でも自転車はやく来ないかな。待ち遠しいなと思いながら22時ようやく解放されて帰宅。
帰ってみると妻が気の毒そうに、また自転車屋に行ってみたんだけどと言う。何がどうなってるんだか、ぜんぜん入荷の見込みが立ってないんだって、と。ひょっとしたら1月になるかもしれない、って。だそうだ。やれやれ。これだけ待たされると、自転車はいつまで「来ない」のか、かえって興味深くなってきた。これだけ欲しいものはすぐ手にはいるのが当たり前のご時世に、かえって新鮮な経験かもしれない。
まったく乗る暇がないということを思い知らされて愕然とするまでの猶予期間。病院のまどから空を見上げて、瞬時の妄想サイクリングをやってるあいだが、じつはいちばん幸せな時間なのかも知れないね。 -
替わりがあるなら大歓迎
土曜日当直。準夜帯にうとうと仮眠したが、 NICUでの急変だとか早朝の緊急帝王切開立ち会いとその後のNICU入院処置だとかで深夜帯はほとんど眠れず。ベッドに入るたびにPHSが鳴る状態。朝からNICU直を若手に引き継いで、病棟回診だとか休日外来とかやって(実際はほとんど動けず周囲にはそうとう迷惑をかけた)、14時頃に帰宅した。ジロ・デ・イタリアの第14ステージをつけてみたが、うとうと居眠ってしまうのであきらめて睡眠。19時頃に娘に起こされて晩飯。風呂に入ってまた寝て、午前5時に新生児搬送で呼び出し。7時にいったん朝飯を食べに自宅へ戻り(徒歩5分なのがありがたい)、8時出勤して短距離の新生児搬送、その後は普通の月曜日の小児科外来。午後も受付時間外の外来をぼちぼち診て、夕方はNICU当直の先生が伏見まで新生児を迎えに行く間の留守番で23時まで居残り。居残り中もぼちぼちと時間外外来を診察する。片道1時間くらいの距離ではあるのだが、ちょっと難しい症例で、迎えに行ってうちで診断つけたあと他施設へ送り出し搬送となったので時間がかかった。日が変わる頃に帰宅して寝て、火曜朝出勤して午前はNICU担当、午後は外来担当、そのまま当直に入り、当直帯にはNICUでの眼科診察立ち会い。有り難いことに眼科診察でくたびれきった未熟児たちも準夜帯のうちに持ち直し、深夜帯の救急受診も急変もなく、いちおう眠れた当直だった。明けて本日水曜。朝から小児科の一般外来。午後ようやくオフ。で、この記録を書いてみた。
最近は医療ブログはほとんど読まない。とくに医療崩壊を扱うサイトはまず読まない。読まなくても崩壊しかかってるのは分っている。こんな勤務が持続可能な業務であるわけがない。加えて、以前しばらくブラウザの表示フォントをHGP創英角ポップ体にしていたことがあって、あのフォントだと深刻な内容もなんとなく暗さ悲惨さ憤激催し度が薄れてしまってすっかりアンテナやRSSブラウザの構成が変わってしまった。
でも墨東病院のこととか、ときにトピックになることがあると、怖いもの見たさ半分でむかし読んでいたサイトとかに手を出してみる。そして、「代わりはいくらでもいる」とか「まず汗を流せ、話はそれからだ」とかいった「一般」の皆様からのコメントを拝読してみる。やれやれと思う。まるで世間は変わっていない。
怖いもの見たさで見に行って、じゅうぶん怖いものが見れたんだから、まあ目的を達したとは言えるかも知れない。もちろんそんな暴言コメントには腹も立つわけだが、そして私などが受けて立つまでもなく反論はなされているわけだが、しかしまあ、「何言ってるんだいまどき」みたいな怒りは、実は不正解なんじゃないかとも思う。正解の反応とは
「え、ほ、本当ですか? いくらでも代わりはいるですと!? 朗報です。ありがとうございます。すぐ招聘に参ります。ぜひぜひご紹介下さい!!」
ではないかと思うわけだが。もしも本当に代わりが幾らでもいるのなら大歓迎だ。医療が崩壊しているなんて些末な自説はいくらでも撤回する。撤回っていくらでもするものかどうかは知らんが。
週末は土曜自宅待機、日曜日は日直当直。今月も自宅待機と日直当直で週末は全部潰れている。当直は9回。自宅待機は11回。なのに世間には「まずは汗を流せ」と言われるかたもある。その方の日常を拝察すると涙を禁じ得ない。どんな過酷な日常を送っておられる方のお言葉なのだろうと。 -
エリスロポイエチン
ジロ・デ・イタリア第13ステージ。平坦な170kmあまりのコース。
途中で選手が自転車を止め、路傍の老人を抱擁して、山岳賞の緑色のジャージをプレゼントしてから、おもむろに走り出した。二人とも幸せそうな、よい笑顔だった。実況と解説が、あれはお父さんだなと言っていた。今回のステージのゴール地点のすぐ近くが出身地なんだそうだ。
あのジャージを保持しているってことは彼はこれまでの山岳コースを相当に良い成績で走ってきた、優れた選手の筈だが。自転車を止めてプレゼントをわたして抱擁して接吻して、の一連の流れがいかにも自然で微笑ましかった。成熟した、作為のない親孝行。いいなあと思う。イタリアってこういう国なのかと改めて感心した。
日本ではなんだか不謹慎だとか不真面目だとかいろいろ言われてしまいそうだけど。あるいは逆に息子を待つ父親の周りをレポーターとかお笑いタレントとかテレビカメラとかが取り巻いてわざとらしい感動を演出しようとしているかもしれない。
よい気分になって、アマゾンから届いた自転車雑誌を読んでいると、2008年のジロ・デ・イタリアで山岳賞を獲得した選手が、第3世代EPOの使用が判明してチームを解雇されたと、小さく報じてあった。あの選手なんだろうか。なんだかねえ。親の顔に泥を塗ったようなものだな、とこういうときだけは日本人モード全開で腐してみる。
EPOか。第3世代ってのがどういう種類になるのだかよく分らないが、ようするにエリスロポイエチンだろ、と日常に引き戻される。NICUでは超低出生体重児には貧血の対策として毎週2回皮下注射してる薬だ。よい薬だと思っている。でも彼らスポーツ選手が使うのはドーピングだ。競技風景がおおらかなわりには、ドーピングに対してはむちゃくちゃ厳しいと見える。
この選手の競技生命は終わるんだろうか。おなじページには他の選手で2年間の処罰期間があけて復帰だとかいう紹介もあったし、まだ20代だったから未来はあるんだろうと思う。今はあのお父さんが立ち直らせてくれてるころだろうと願う。 -
190km走ってきて最後の1kmで転倒する
ジロ・デ・イタリアにはまっているが、サイクルロードレース好きになったのだかイタリア好きになったのだかよくわからない。深夜に放送されるのをケーブルテレビの機械が適当に録画しておいてくれるので、ぼちぼちと観ている。息抜きにはとてもよい。風景はいいし、選手もそれほど苦しそうな顔をしないし。
苦しそうな顔をしないといっても、タイムトライアルでもないかぎり1日で150km以上は走る。第11ステージは決して平坦ではないコースで全長190kmあまりだった。最終的に3人で先頭を競うことになったのだが、その2位につけていた選手がゴール手前800mくらいのカーブで落車した。どうやら石畳の敷石がゆるんでいて後輪を引っかけたらしい。3位の選手も目の前で転倒されたのでいっしゅん足止めされ、1位の選手がそのまま逃げ切った。
1位の選手のゴール前の感極まった表情が繰り返し放送された。一生に一回でもこういう顔をする経験ができたらそれで人生は成功だと思えた。いい顔だった。36歳だったか38歳だったか、けっして若手とは言えない選手だった。過去の戦績も画面に映ったが、その項目が1997年と2004年だったか。長いことやってきてはいるが目立った個人成績のほとんどない選手のようだった。それでもこうやって大きな大会のメンバーに選ばれて居るんだから、チームの裏方として表に出ないところでずいぶん大きな働きをしてきた選手なんだろうと思った。スポーツに人生訓を読むのは野暮な行動だとは思うのだが、そういう選手が引退間近に(さすがに40過ぎては無理なんじゃないかな)こういう花を咲かせるっていいよねと思う。 -
11月最後の休日
木曜・土曜と中1日で当直して、昨日は当直明けで午前9時から本日午前9時までオフ。非拘束時間が24時間に達するのは今月ではこの日だけ。本日は自宅待機だが、休日自宅待機の医師は午前中は出勤して回診したり休日午前中の外来をしたりすることになっているので、先ほどまで病院にいた。
木・金・土とそれなりに重症の入院が続いた。三連日で一日一人ずつ救命したってのはけっこうよいペースではないかなと思う。自分が命を救った子どもがどこかで生きているのだよと、ときおりふと思うのはけっして悪い気分ではない。ハードでタフではあるが、そう詰まらない仕事ではないと思う。ということで医学生や研修医の人は新生児科をよろしくねがいます。
帰宅後、テレビをつけるとカナダ・アラスカの国境地帯の自然を特集していた。雄大な氷河と森林・海とザトウクジラ。北米大陸でも屈指の高峰が、氷河の中にそびえ、夜明けには赤い陽光がその頂上付近からオレンジ色に照らしてゆく。静かで荘厳な光景であるが、それが麓の人里からは全く見えないというのがまた良い。人間が北米大陸に到達するよりはるか以前から、夜明けのたびにこの荘厳な光景が繰り返されてきたというのに。蕩尽も天の上のお方がやるとスケールが違う。
先住民のトリンギット族も紹介された。例によって、いかにも政府支給な没個性の建て売り住宅のまえに数人集まって、「民族衣装」と称する装飾の多い非実用的な服を着て、音響の悪い打楽器を叩いて単調な歌を歌っていた。いずこの先住民族もそういう扱いを受けているのだなと思った。
娘が通っている剣道教室が敬老会のだしもので演武をするというので、観に行った。もともと、歴史的に有名な決闘があってその記念植樹も残っている土地で、それなりに剣道はさかんな様子である。道場に通うほどでもないうちの娘のような面々にも、週1回でボランティア運営の教室が開かれていたりする。週1回の稽古にしては、よく竹刀を振れるようになっていた。まだ試合をする水準ではないが、猫背がなおって姿勢が良くなったので父としても嬉しい。
ただやっぱり演武といっても素人芸にはちがいない。体育館に集められてこういう素人芸を見せられるというのは、老いるというのも辛いことだと思う。そこでうんざりするのではなく心から楽しんで手を叩いてやれるというのが年の功というものかもしれない。その水準まで徳を高めておかないと、老いるのは辛いよということだろう。
帰りがけに床屋に寄った。時計をみて、しまったと思った。正午前である。案の定、NHKののど自慢をしっかり拝聴することになった。私はこの番組が嫌いだ。なぜといわれても感覚的に受け付けないのだから仕方がない。素人芸の「痛さ」と全国放送という規模のアンバランスがとにかくいたたまれない。しかし床屋さんという人たちはこの番組がたいそう好きらしい。昼下がりの床屋では必ずこの番組を鑑賞することになる。嫌いだから消してくれと言っていいものかどうか迷う。気を悪くされるのもいやだし、ひどく恐縮されるのも辛いし。もうちょっと早く来るか遅く来るかというのが正解なんだろう。でもそれが正解なら、ひょっとしてこののど自慢は床屋さんが昼ご飯の時間を確保するための策略なのかも知れない。ならば日曜には病院の待合にも流してみるというのはどうだろう。昼に空き時間が作れるかも知れない。 -
ジロ・デ・イタリア第9ステージ
10月27日午後10時すぎ帰宅。例によって自転車ロードレースの録画を観ながら晩飯。今日はジロ・デ・イタリアの第9ステージ。これまで2日かけてイタリア半島をアドリア海がわから山をこえてローマ近郊まで横断してきた。今回は海岸沿いを北上する平坦なコース。海辺の、たぶん松のたぐいだろうの林の中の、一直線の道路を北上してゆく。ローマの松という名曲があるがあの林のことだろうか。海辺には凧もあがっていた。
むろんこんな夜遅くにゴールまで観ていたら明日の仕事に差し支えるから、飯が終わって風呂に入るまでのしばらくの間の観戦である。半分以上はイタリア観光のつもりで観ているから、選手諸君には申し訳ないが勝負はあんまり関知しない。イタリアのテレビ局もそのつもりなのか、沿線の観客の中にきれいな女の人とかかわいい子どもとかいたらしっかりそっちを映す。女の人はこんなきれいな私のほうにカメラが向いてるのは当然よねという表情で悠然としている。子どももまだ三輪車がやっとの年齢のくせに選手とおそろいのサングラスなんかかけている。なんかイタリアってすてきな国だねと思う。果ては海辺のフラミンゴの群れを中継ヘリコプターが追いかけたりする。動物番組かよと思う。まあ動物好きだからいいけど。フラミンゴが群れで一斉に飛び立つのは、残念なことに、男たちが一斉に自転車で駆けているのより何倍も美しかった。
私が観ている段階では集団から二人が逃げていた。逃げる二人はひんぱんに先頭交代をする。そうやって交代で風よけをするのが紳士協定らしいが、あんまりひんぱんだから単に嫌がりあってるだけのようにも見える。本で読んだときはもう少し長い距離を走ってから交代するものだと思っていた。実際に観るといろいろと勉強になる。なってどうするという突っ込みはなしで。 -
自転車がこない
昨日、当直が明けて休日午前中の回診とか外来とかすませて、thunderbirdを立ち上げてみたら大学から来月分の応援シフト表が届いていた。大学でも苦心惨憺していただいているのがよく分る。心中合掌しつつ来月分の当院小児科シフト表を組む。やはり来月も休日は確保できなかった。すべての週末が当直と自宅待機で埋まる。それを回避するのは無理だった。数学的な解がない。
当直明けにこんなもん作ってなお疲れたわと、ひとりごちながら帰宅。眠くはあるが気が立っていてすぐには寝付けず、録画してあったジロ・デ・イタリアを観た。眠くて第6ステージだったか第7ステージだったか聞き損ねた。山頂ゴールだとか言ってた。やっぱりイタリアは風光明媚だわと思って眺めていた。この程度の田舎なら日本だと道路脇に民家とか電柱とか自動販売機とかないか?と思ったがそこはイタリアの事情があるのだろう。けっこう海辺から山のおくまで登っていくコースで、日本なら名古屋から走り始めて松本ってくらいじゃないかと思った(素人の感想なので割り引いてください)。その200kmからのステージを走り抜いてきてゴール間際でパンクした選手がいて気の毒だった。チェーンが切れてついでに我慢もぶち切れて自転車を道路から放り投げていた選手もいたが、あれはこのステージだったか以前のステージのハイライトシーンだったか、眠くてもうろうとしている。担いで二本足で走ってゴールっていうのはルール違反なのかな。足の裏になにやら金具がついてると聞くからままならないか。
ESCAPEは注文したはいいがなかなか届かない。買物がてら妻がサイクルベースあさひ高野店に寄って聞いてみてくれたが、10月下旬の予定が遅れて11月中旬になるんだそうだ。ESCAPEのR3ってそんな稀覯な機種なのかと思ったが、なんか世界経済が大変なことになっているらしいしその影響かもしれない。いまさらこんな昔の為替レートで決済できるかよとかなんとか。どうせそんなに遅れるんならもうちょっと凝った店で凝った自転車を買えばよかった。そんなところまで足を伸ばすほどの時間が取れないからこそ自転車を買うことにしたのだったということも忘れて、そんな後悔もちょっとしてみた。まあ、ふだん患者さんをさんざん待たせている因果が巡ってきたんだねと、しおらしく待つことにする。
でもドロップハンドルの自転車でもよかったような気がする。店頭で見て、これは初心者には乗れんわと思って敬遠したのだが、ようするにあの下向きに曲っている部分だけがハンドルなんじゃなくて、ハンドルにブレーキの握りを止めているあの角みたいな出っ張りまで含めて握りとして設計してあるんだな、と、一流の選手のお手本をみて学んだ。あれなら握れるかもしれんな。むろん一流の人はじつに簡単そうに仕事をこなすものだから、見学すれば簡単そうに見えることも同じようにやろうとするとたいへん難しいものではあるのだろう。連日200kmちかいコースを4時間とか5時間とかで走り抜くことさえ、ずいぶん簡単に見えるくらいだし。
