正しく葬るというのがだいじなことなのだろうと思う。と、内田樹先生のお言葉を流用してみる。内田先生の原典としては明日は明日の風と共に去りぬ-2002年11月の11月29日分を念頭に置いている。
ここで内田先生の御名前を出すのは、オリジナリティは私自身も主張しないかわり人まねだというご批判はスルーさせていただきますという宣言である。虎の威を借ろうとか責任を回避しようとか言う魂胆はないつもりだ。
人間に限らず、ものごとにはそれなりに寿命というものがあり、いずれかの時点でこの世から去ってゆく。でも去ってゆくものも、それを見送るものも、その「死」を迎え、送り、その後の時間を過ごすための、それなりの作法あるいは条件といったものがある。死者(人間に限らずだが)の正しい葬りかたとも言えようか。
去りゆくものには、去りどきだと悟っていただくこと。これまでの自分の有り様を自分自身で肯定していただくこと。去った後の、後顧の憂いというものをなくしていただくこと。書いてて、なんだかすごく不遜なことを書いてるような気がしますが。しかしこれはおそらく昔から言うところの「成仏」ということではないかと。
見送る立場のものに求められるのは、何をおいても去るものへの敬意。去るもののこれまでのありようを認めること。私の理解では、昔からこれを「供養」と言うと思ってるのですが、それがないと、そもそも去るものを去らせる自分を肯定できないと思う。その自己肯定できない心は色々と苦しい状況をもたらすものだが、それを去るものがもたらす害だと考えて、昔の人は「たたり」と呼んだのではないかと思う。たたられないためには、正しく弔わなければならない。
時には、送るものが、去るものに、そろそろ去り時だと悟っていただくような配慮をしなければならないことがある。引導を渡す、というのですか。例えば流行におくれた小売の形態とか、経営が破綻しかけた企業とか、時代に取り残された思想とか、天下りの受け皿にすぎなくなった各種の団体とか。人間の肉体的な寿命に類する時限装置がそなわっていないものは、往々にして去り時を悟らず、本来の役割を終えた後も居座り続けることがある。居座っててもひっそりと枯れてくれていたら迷惑もないのだろうけれど、実際にはリソースを蕩尽したり新しいものの出現や発展をじゃましたりして、益よりも害のほうが大きい存在になってくる。
でも去り時を悟っていないものに、とっとと逝けと不躾に申し渡すのでは悟るものも悟れない。意固地になったかのように現世にしがみつくばかりだろう。やっぱり、送る側が、それまでの来し方(業績そのほか主体が何かで来し方の具体的内容はことなるのだろうけど)に一定の敬意を払うことがだいじなんだろうと思う。
去り時とされる頃合いには、多くのものは時代に取り残され、最新の標準に照らせば誉められるところは少なくなっているものだろう。しかし、歴史のこっち側から眺めるのではなく、歴史に寄り添う形で評価すれば、今は去り時とされているものも、かつては確かに益をもたらしていたものなのだ。それを認めて正当な感謝あるいは供養をするものだと思う。そういう心で送ったほうが万事うまくいくと思う。
感謝にはたいがい、あなたの役割は一部にせよ全部にせよ完結したというメッセージが暗黙のうちに含まれているものではある(露骨に含まれていたらそれはそれで嫌だけど)。今ではその役割は他が引き継いでいるということを悟っていただければ、去っても大丈夫なんだなと思っていただけるだろうし。自分が居なければならんというこだわりが外れたら、去り時を悟ること自体は意外に容易なんじゃないかと思うのですが。
去った後においても思い出される時には敬意を持って想起されるという保証も、去りゆくものにとってはだいじなことだろうと思う。消え去って当然というシャボン玉みたいな扱われ方ではなくて、それなりの悼みの念をともなった思い出されかたを、誰しも期待するものではないかと思う。自分が遺していく係累(家族とか従業員とか取引先とかあるいは思想の信奉者とか)もその敬意によって守られると思えばなおのこと。しかしこの敬意は去るものの直接の係累に限らず、のこって見送るもの全般にとっても大事なことだろう。去ったものについて心の負い目なく語るには必須だからだ。それに卑近な話、いずれは自身も逝くわけだし。
「かわいそう」という表現の成熟度はおくとしても、それが去るものを悼む心の表明なのなら、一概には否定できないものではないかと思う。少なくとも、一般にはそういうメンタリティを持つ人が相当数あるわけだから、そういう心情に配慮した仕事のほうが、世間にたいする説得力がおおきいのではないかと思う。とはいえ、その素朴さゆえに本人に害をなすかも知れず、素朴な人情の一部には、専門家として成熟する過程のどこかで、個人の心の表舞台からご退場願わねばならないものがあるはずだ。その点には私も異存がない。赤ちゃんが一人亡くなったとて、主治医の気持ちの整理がつくまで他の子の治療を中断できるわけもない。
しかしそのような人情は、むりやり圧殺しようとしてもなかなか死なない。不必要で仕事のじゃまだからそういう感情は殺すのだと指導され本人もそうしたつもりでいても、実際にはしぶとく生き残り、時として「たたり」をなすことがある。慢性的に仕事の足をひっぱったり、ときには燃え尽き症候群みたいな急性増悪の転帰をとったり。
そういう人情あるいは感情を、ある場面ではカッコにくくって「置いておく」ことを、成長の過程のどこかで学ばなければならない。あたかもそういう人情それ自身が去り時を悟って自ら去ったかのように、正しく葬らなければならない。たとえばご先祖を仏壇にまつっておくように。朝な夕なに手を合わせて思い出し、ときに心のよりどころが欲しいときに臨時に思い出したりする存在として、逆に言えばふだんは安全に忘れていられる存在として、つまりは「たたらない死者」のような存在としておくことを、学ばねば生き延びていくことは難しい。
それを学ばせる教育のシステムみたいなものもあるはずなのだが。伝統的には、命綱をつけて高いところから飛び降りるような成長の儀式がそれにあたるのだろうか。効果のほどはよく分らないが。近現代にあっては専門領域にまつわる倫理学をまなぶことがそれにあたるのだろうか。とすれば結局は倫理学って物事の正しい葬り方を追求する分野なんだろうか。医療における倫理学としての生命倫理学に関する限りは、正しい葬りかた弔いかたを追求する学問だと極言してもそう間違いではないような気がするが。
以下余談。
私自身は阪神大震災に関するいろいろなことを正しく葬りきれていないのだろうと思う。そもそも突然の災害に遭われた方々に、去り時を悟る云々はナンセンスだ。それにトリアージはけっして正しい葬りかたではない。トリアージを求められるような窮地を脱した後は、ふだん以上のやりかたで、死者を弔わなければならない。自分の中できちんと弔い切れていないのは私の不徳の致すところである。先のエントリーに説得力が欠けていることもまた、その不徳に由来するところで、甘受せざるを得ない。
ナチの話題がでていたが、ハンナ・アーレントの報告するところによればこどものおいしゃさん日記 : 彼らとてサディストではなかったのだ、彼らも(一般国民は言うに及ばず強制収容所勤務の親衛隊の面々ですら)ユダヤ人の虐殺に関して嫌悪感に悩まされていたとのこと。親衛隊の採用にあたっては、業務に関して嗜虐的な悦楽をおぼえるような変態は排除されるよう配慮されていたとのことである。彼らを「かわいそう」にはじまる感情を仕事のために圧殺していた先例とすることは可能だと思う。
カテゴリー: 日記
-
正しく葬るということ
-
救ったこととか見殺しにしたこととかあるのかな
http://d.hatena.ne.jp/fuku33/20080522/1211444127
駆け出しのときに阪神大震災にあって、はからずも「トリアージ」という現場に立ち会うことになった私としてはですね、人命を救ったり見殺しにしたりした実体験のとぼしい人に、たとえ話のネタでトリアージ云々言われるのはむかつきます。商売の仕方を間違えて客層がおかしくなった百貨店と、あの朝あの救急入口で亡くなっていった人とかあるいは救急まで運ばれることもなかった人とを同列に並べて、自分の話を解さない奴はナイーブだとか感情的だとか仰られてもねえ。いい気なものだと思います。
トリアージに関しては、まじめに正面から語るか、黙るかの、どっちかにして欲しいです。
あのとき救えなかった、というか、救う手をさしのべることもしなかったことにたいして、それを悪だと他者から糾弾されても理不尽だと思うけど、でも、全く正当だと言われてもなんだかなあと思うわけです。やっぱり救えなかったってのは、経営学にはともかくも、医学的にはどこか悪なんだろうと思います。悪なんだけど、でも必要とされる場所においては確かに実行せざるを得ない。でも、実行しなければならないからそれは善なのだという理屈にはならんように思います。
全く善とも言えず全く悪ともいえずの中途にじっとたたずんで耐えるというような経験はあまり経営学ではしなくてすむのかな。だとしたら経営学そのものがずいぶんナイーブな分野であるように思います。ちなみに医学の領域ではそう稀なことでもないように思うんですが。
そりゃあ私はあのとき下っ端だったしあの朝のトリアージを自分の責任で行うなんて立場にはなかったわけですけど、でも、あの朝以来、自分の中でなにか死んだような気はしてるんですけどもね。福知山線の事故の現場でご活躍だった救急の先生が、後に自ら命を絶たれたご心境も、むろんその一面のごく僅かなところではありましょうけれど、自分と共通のところがあるのではないかと拝察しています。
いったん手を染めてしまった医者には、心の内になにも陰影なくあっけらかんとトリアージを語ることは不可能なように思います。救えなかった人を悼む心もなしに純粋な技術論(「戦略」ってやつですか?)で語れる話題ではないのですよ。 -
聾学校で気管切開に関する講義をしてきた
NICUの退院以来外来で診察している子が聾学校の幼児部に通うことになった。気管切開している子は久々であるからと、招かれて気管切開に関する講義らしきものをしてきた。人手不足でこういう用事は当直あけの週休を使わざるを得ないし、前日から私自身がひどい喘息発作を起こしていたりして、いろいろコンディションは悪かったのだが。
質疑応答では日常生活の具体的な場面についていろいろ質問があり、かえって私のほうが勉強になる感があった。砂遊びで砂を吸い込んだらどうしようとか、プールはどうかとか。なるほど幼児の生活にはそのような場面もあるのだなと改めて思いおこした。自分の母親が幼稚園の先生だったのだから母の仕事を思い起こせば多少は想像もついたろうにと反省した。無認可幼稚園の教諭の給料をほとんどつぎ込む形で医者にしてもらった小児科医なのに恩知らずなことだ。
何にせよ、入園の時点で通園先を訪問できて先生方とも話せて、有意義なことではあった。今後の診療の参考になる上に望外の講演料まで頂いてしまった。新生児医療や救急なんぞやっている身では、京都府がお金をくれるなんて珍しいこともあるものだと皮肉の一つも言いたいところではあったが。
気管切開に関するよりもむしろ嚥下に関する質問が多かった。考えてみれば聾学校なんだからSpeech therapistがいらっしゃって当然なのだな。あんまり気にしてませんでしたと白状すればよかったのかな。その方面に疎いのは見え見えだったろうし。てひどい誤嚥性肺炎を生じなければ楽しい食事を優先という今までの方針は決して間違ってはいないと思うのだけれど、あんまり一度にほおばりすぎてむせていますと言われては返す言葉がなかった。今後はもうすこしお行儀良く食べるという指導も必要そうだ。
京都府立聾学校は御室仁和寺の北側に隣接している。「徒然草ゆかりの仁和寺」と観光看板に対処してあったが、たしか徒然草には仁和寺の僧侶の知的水準についてあまり誉めたコメントがされてないと高校で習ったように記憶している。看板は物事にこだわらない仏教的な徳の表れなのか、ただの自虐ネタなのか、よく分らなかった。
遠いと思っていたが左京区からだと市バスで乗り換え1回ですむ。59系統は御室を出た後は竜安寺・金閣寺や立命館・同志社・京都ライトハウス前など京都市北部の名所旧跡と主立った障害者施設や有名大学を一連回っているようだ。私が降りた後は府立医科大学のほうへ去っていった。 -
地頭力だそうだ
企業の採用試験において「地頭力」が重視されはじめていると、NHKの「クローズアップ現代」4月3日放送で報じられた。地頭力についてはNHKに先だってbogusnewsに詳細に報じられていたので興味はあったのだが、現実はbogusnewsよりもばかばかしいものだと感じられた。
「5大陸の中でどれか一つを消さなければならないとしたらどれを消しますか、その理由は何ですか」とか、「富士山を移動させるにはどうしますか:トラックとパワーショベルを使う前提で」とかいう、明らかに正解がない設問に答えられるのが、企業の求める「地頭力」なんだそうだ。ちなみに1問目はさすがに政治的影響を考慮してか解答例は示されずスルーされたが、2問目の答えはトラックの積載量から算出して300億回走らせるというものだった。はあ。
さきのグーグルの採用試験の問題ならともかくも、この例題のナンセンスさは何だと呆れた。大陸を消すって、大きめの火山が一発噴火しただけで気象は地球規模で変動するのに、一大陸を消して他が無事に残るわけがあるまい。最初に消えるか余波を喰らって滅ぶかの二者択一なのに、どれを消しますかもあるまい。「日本沈没」を第二部まで読むとよい。富士山を動かすって、あれは活火山である。山塊そっくり平地になるまで削っても後から後から吹き出てくるに決まっている。現在の山を構成する岩や土砂を他所に盛り上げたところで、現在地に新しく火山が盛り上がってきたら、その後に富士山と呼ばれるのは、たいがい現在地に新しくできた山のほうだろう。
「泣く子と地頭には勝てぬ」とは、昔の人はよく言ったものだと思う。大陸を消すとか富士山を動かすとか、まさに泣く子か地頭的な無理筋の発想である。こんな浅薄な設問で測定できるのは求職者の教養や思考力の深さではあるまい。求職者についてはどれくらい無根拠な法螺を平気で吹けるかであり、募集側についてはどれくらい無理筋な要求を他に課す企業であるかということだろう。NHKの特集でも、糸井重里氏の「企業も必死ですね」というコメントが秀逸であった。
私も職業柄、地頭はともかく泣く子の相手はずいぶんしてきたつもりだが、対戦相手としてはかなり手強い。地頭を採用するのに失敗した企業は、つぎはうちのNICUの泣く子たちに給料をくれることを考えてもいいのではないかと思う。大陸を消すならどれとか富士山を移動させるにはとかいう問答で採用されたような面々くらいには世の中の役に立つだろう。
とは言いながら私も答えを考えてみたのだが。1問目、大陸の中で消すならやっぱりオーストラリアでしょう。今後は島と呼ぶことにすれば大陸がひとつ消えます。2問目、山頂の一番高いところを削ります。削った土は噴火口を半周したくらいの場所に盛り上げればなお宜しいでしょう。山頂の位置が動けば地図上では山が動いたことになるのではないでしょうか。しょせん地頭でも泣く子でもない私にはこれくらいしか思いつかないが。こんなんで企業に採用されてもオフィスでは椅子ではなく座布団を重ねた上に座らされて仕事することになるかもしれんね。成績に応じて座布団が増えたり減ったりして。 -
考えない勇気、なのだそうだ
ふだん愛読している「児童小銃」を経由して、ココロ社さんの「考えない勇気」を持てば、頭がスッキリ!というエントリーを拝読した。その奇妙な明朗さも手伝って、全体主義国家の中央党が「その他おおぜい」的な位置づけの青年党員を対象に発行する機関誌の巻頭論文にはちょうどよい内容だと思った。いらんことを考えず党の指導に従って国家建設に邁進しよう、首領様の偉大さは君の意見ごときでは微塵も揺るがないんだから(でも、もちろん、首領様を疑うなんてことはないよね)、というような。
まじめな話、水伝や血液型性格診断のようなつまらないことを考えないことにするというのがどうして勇気の問題になるのか、さっぱりわからない。考え続けるほうがよほど骨折りではないだろうか。その労力を維持するのは勇気というより根気の問題だろう。
そういう、考えるに値しないことをあえて考える労力を維持している理由とは、考えるに値することを考えずに済ますための自分や他者に対する言い訳なのではないか。
だから、もしここで勇気を話題に持ち出す余地があるとすれば、それは、「そういう詰まらないことを考えることによって、直視するのが辛いことから逃避していないか」ということを考える勇気じゃないかと思うがどうだろうか。真の勇気とは、たとえば水伝を考えない勇気ではなく、「水伝のごとき疑似科学を持ち出さないと自分の言葉は生徒に対する十分な説得力を持ち得ていないのではないか」という恐ろしい観点から逃げずに考える勇気ではないのか。
格差の問題もまた、考えても這い上がれないのならと考えず自らの境遇に甘んじるのが勇気ではなかろう。ひょっとして自分の能力やらキャリア形成の戦略やらに見直すべき点がないのかと考えるのが勇気であろう。あるいは自分はもうどうしたってこの構造から逃れようがないとしか考えられなくとも、その構造のなかでいかに生き抜くかを考えるのが勇気であろう。そういう事を私やなんかの他人が言うのはポリティカル・コレクトネスに欠ける行為であるが、そして私は個人的にはそういう個人的資質をあげつらって社会的対策をおろそかにしようとする動きには批判的であったつもりだが、しかし本人が自分をそういう目で見直すこと自体は勇気あることだと思うのだ。その勇気を他者から強制するのはやはり間違ったことだとは思うけど、もしこういう案件に「勇気」という概念が介在する余地があるとすればそういうことではないかと、私は思う。 -
医局の片付け
医局の机とかレターボックスとかに山積みになった書類を片付けた。さきの記事を書いてから今までごそごそと始末していた。浪費癖の一環として医局にCanonのDR-2050C IIをもっているので(御手洗とかいう人のフトコロを一文でも潤したかと思うと業腹だが)、捨てられる書類は捨てる、迷う書類は電子化してから捨てる、の方針で対処したところ、驚いたことにほとんどすべての書類がごみ箱行きとなった。一部シュレッダー行きになった書類もあるけど。ファイリングしたのは退院サマリーだけ。
今日は娘が進学塾の入試だとかで外出しているので、家に帰っても徒然ないから雑用をかたづけようと思った。山の半分も崩せれば上出来と思っていたが、まさか全部片付くとは思わなかった。こんなに早く片付くならもっと早く取りかかっておけばよかった。
しかし娘も公文では中学2年くらいのレベルをやってるくせに、いまさら中学入試の準備でもなかろうと思うのだが。入試でうっかり方程式とか使わないようにとかいったテクニックを学ぶんだろうか。そのあたりは色々と不可解だ。
息子もひとりで留守番にはしのびないので、連れて行くとのことだった。鉄道関係のポッドキャストをたっぷりダウンロードしたiPodを持たせておいてみると、妻は言っていた。なるほどあの機械も色々と使い道があるものだ。うまくいったろうか。 -
息子と電車を眺める休日
今日はオフ。日直当直でも自宅待機番でもない終日の休みは月に2回あればよいほうであるから貴重である。それでも担当患者の回診に行ってしまうあたりが根性なしだが。
木製のテーブルの上で使っているとノートパソコンが熱暴走するので、何か冷やす手段をと思って京都駅前のビックカメラへ行き、あれこれ物色して、放熱素材の敷き板みたいなものを買ってきた。「冷えピタ」みたいなもんかなと思う。
電気屋にいったら音響機器の売り場にも行ってみることにしている。DENONの小さめな5万円くらいのスピーカーがジャズをならしていたが、よい音であった。よい機器の音は聞いているだけで幸せになる。息子が値札をみて「値段が高いぞ」とつぶやいて不安げにする。よほど親父の浪費癖が心配らしい。買わんよと言ってやる。ただ内心、たしかにこの値段なら買えるなと思ったのは事実である。
わざわざ四条寺町ではなくて京都駅まで行くのは、ビックカメラからの帰路に京都駅舎の西端の大階段を登って線路をながめるのが目的である。京都駅を西へ出て行く線路が、神戸線(東海道線ですな)・新幹線・近鉄線・嵯峨野山陰線とまとめて一望できるので息子にはお気に入りのスポットになっている。長大なコンテナ列車なんかが通ったらたいへん喜ぶ。昼間は滅多に通らないけれど。
私もたしかにテツではあるが、秘境駅やら廃線跡やらの系統であるから、ちょっと趣味が違っていて退屈である。つきあっているあいだの暇つぶしに本を読んでいた。こういうときにいっしょに喜んでやるふりをしたりされたりするのが定型発達の親子なんだろうなと思う。息子はそれをあまり他にもとめる風でもなく、単に自分が好きなものを味わってそれだけでシンプルに幸せそうにするので、私もあんまり慣れないご機嫌取りはせず、楽をさせてもらった。小難しい社交を求めてこないぶん、私にとって、息子は一緒にいて凄く楽な人である。まあ、はた目に見たらあんな風に「言葉かけ」の足りない親父だから息子が自閉症になるんだなんて見えたことだろうと思う。
眠れる人の島 (創元SF文庫)
エドモンド・ハミルトン / / 東京創元社
ISBN : 4488637043
そのときに読んでいた本。ハミルトンってこういう作品もかいてたんだな。 -
私のATOKでは「はっしん」といえば発疹ですが
発信力―頭のいい人のサバイバル術 (文春新書 (556))
樋口 裕一 / / 文芸春秋
日本の周産期医療関係者は、本邦の新生児学は世界一だと思っている。自分がそう思っているのに世界がそう評価してくれないのは自分たちの発信が足りないためだと思っている。ふつう、そういういう時は自分は自分で思うほどには凄くないんだと考えるものだがと、わが業界ながら書いてて多少は情けないが、私自身もじつは本邦の新生児医療は世界一だと思って疑わない口なので他人様に後ろ指をさすことは憚られる。
今後はどんどん発信しようと、今回の学会でも、是非にも海外で英文で発表しようよという檄が何回も飛んだ。その檄の「とってつけたような」さまは産経新聞社説を彷彿とさせた。
学会が終わって名古屋駅の本屋で発信についての本が目に付いたので買った。新書版だが名古屋京都間ののぞみで読んでしまえてなお時間が余るくらいだから、読みやすいと評価するべきなのか内容が薄いと言うべきなのか。小論文指導の有名人らしいから前者の評価でよいのだろう。この人の主催する作文の通信教育には娘もなにやら書いて送っているようだから、この人が外れだと私も金をどぶに捨てているようで業腹だ。
いろいろ指摘がある中で、「自分のことを棚に上げる」のが正しい態度だという記載になるほどと思った。何だかそれは下品な態度だと思ってたんですけどね。でも自分のことはとりあえず棚に上げないと議論が始まらないと著者は言う。そのとおりなんだろうな。考えてみれば発信なんてそう上品な行為ではない。
だから後書きで著者が、ほんとは自分もそんな下品な押し出しは嫌いなんだよと述べた下りを読んでほっとしたような気分になった。天の岩戸以来、こっちはこっちでおもしろおかしくやってるから見たい奴は見に来いというのが日本伝統の正しいありかたのはずなのだ。 -
長野の印象
長野県のような地理は初めて経験した。世界の縁が山岳として明瞭に区切られ、内部の凹地に世界が広がっている。盆地なのは京都も同じだが、長野は世界の果てまで霞むこともなくくっきりと見えるというのが違う。周囲の山岳の規模や峻厳さも桁違いだ。下界と同じなのは重力だけといった観のある、独立した世界。背景雑音も小さい。規模こそ違えスペースコロニーを想起した。
旅行の行く先でも朝はNHKのニュースを見ることにしている。まったくの物見遊山で旅行した記憶はほとんどなくて、朝はちゃんと起きて会場へ出向かねばならぬ学会出張ばっかりだから、朝の行事進行はあるていど日常のパターンを踏襲しなければならない。その点、NHKのおはよう日本は全国共通のニュースと地元のお話が決まったパターンで出てくるので、見知らぬ土地でも安心である。
とくに天気予報を見ると、その土地の広がりや人の活動範囲がだいだいどれくらいと考えられているかが分るような気がして興味深いのだが、長野では長野県一県で完結していた。北部中部南部の三分割。他には名古屋と東京が紹介されただけであった。こんなにシンプルな天気予報を他で見た記憶がない。静岡も新潟も富山も山梨も、隣県の情報はまったく無し。京都大阪など釜山や上海同様に無視されていた。長野ではそういうものなのだろうか。ちなみに京都では同じ枠で和歌山や徳島まで天気予報しますが。
しかし長野を中心に見た地図には刮目した。長野から東南へ下れば東京、南西へ下れば名古屋である。今まで長野という土地には、海沿いに広がる文明から取り残された辺境「テリトリー」、いわば日本の「残り」であるという印象を持っていたが、実際に来てみると、隔絶した地形とあいまって、こここそが日本の隠れた中心にある別世界という気分になってくる。夢見がちな青少年に、ここに秘密基地を作って天皇を移せば米軍ともう一戦できそうだという幻想を抱かせたのも、あながち無理ではない。危険な土地だと思う。周りの山も厳粛なくらい高く見えて、敵の爆撃機はあの3倍も高いところを余裕で飛べるんだよという事実のほうの厳粛さを、つい忘れそうになる。 -
学会で長野県まで行ってきました
2月20日から22日まで、長野県で行われた新生児関連の学会に出席した。運営も内容も、通常の学会よりも手作り感が強い会だった。
運営にはやや内輪受け的な風合いが鼻についた。その方面の趣向はいかりや長介と加藤茶と志村けんが極めてしまってますし、と言いたかった。会頭が開口一番客席に向かって「おおっす!」とか言いそうな雰囲気。さすがに「駄目だこりゃ」とは言わないだろうけど。
いや決してローレベルとは申しませんよ。ザ・ドリフターズの壁に素人が挑もうなんてのは凄い挑戦です。でもなあ、演じる者は自分のネタに自分で笑ってはいけない、というのは喜劇の鉄則だと思うんだが。遵守されてなかったですね。それにみんないかりや長介と志村けんの立ち位置に立ちたがるんだよね。それも鼻についたのかな。高木ブーの位置にあえて立つ人がいないとあの芸風は全体のバランスがとれないんだよね。
しかし内容的にはさすがなもので、論じられる内容は自分の興味の核心をいちいち突いてきた。運営の中心になっている医師たちが、総花的な美しさなど無視して、自分たち自身の知りたいことだけを盛り込んだという、手作りの良さが発揮された観のある学会であった。「伽藍とバザール」において論じられる類の良さを感じた。
会場も宿も大町という土地の市民会館と温泉宿だった。風景のよいところだった。雪をかぶった山が遠くに見えたが、あんまり明瞭に見えるので距離感が多少くるった。海抜3メートルくらいかの海岸で育った私には空気が多少薄いような気もした。味のよい空気ではあった。ジャンクフードに倦んだ頃合いに冷たい真水を飲んだような気分がした。陽光の質も違うように思った。長崎の夏の陽光は相撲取りの突っ張りのように圧倒的な量感で上から叩き伏せてくるが、この土地の冬の光は空手家の一撃のように鋭く突き抜けてゆく。
エンディングで「風呂入れよ!」と加藤茶に言われたわけではないが、雪の中の露天風呂というのに初めて入った。髪に雪が積もり、おそらく一部は凍ったのだろう、なんだかしゃりしゃりする感じがした。それを野趣というのか野蛮というのかよくわからない。まあ何事も経験だろうとは思う。一度二度なら楽しみのうちだ。住んでみようとはなかなか思わない。私には水が自然界に固体で存在できるような土地での生活など耐え難い。まして自分の身体が氷結するなど論外だ。
この学会は毎年この時期にこの土地で行われているのだが(なんで2月に長野なんだよ)、数百人の団体が2泊3日でやってきて学会をし宿泊していくので、地元にとっては経済的にかなり大きなイベントになっているらしかった。至る所に歓迎ののぼりが立ち、懇親会には市長さんが挨拶に来ていた。政治家のスピーチというのを初めて聞いた。歓迎のメッセージを送って地元の紹介をしてと、通り一遍なような熱の籠もったような内容ではあった。どうせ詰まらんことを言うのだろうと高をくくっていたが、聞かされてみると上手いものだなと感心させられた。やっぱりああいうのは市役所に一人二人くらい作文の上手い人がいるのでしょうかね。
そのスピーチに、例によって、市民病院の内科医が二人辞めて困っているから誰か赴任してくれないかという話も出た。いやここに居る医者はほぼ全員が小児科ですしと思ったけれど、さすがにそんな残酷な突っ込みを面と向かってする人は居なかったようだ。私は数百人の背後で末席に謙遜していたから詳細はわからない。
ただ市長さんが仰らなかったこととして、日本の周産期医療の発展に当市がいささかなりともお役に立てているようで光栄ですとか仰ってみればよかったかもと思った。そういう無形の貢献をしているのだよという誇りを持っていただいていいのじゃないか、いや願い出てでもそういう誇りを持っていただくべきなのではないかと、京都府民の私は思うのであった。
そういうことは言わぬが花なのでしょうかね。いや、当地の北の方には、優れた研修システムをもってたくさんの優れた医師を輩出していた市民病院内科を、なんで一自治体がそこまで云々と言って潰した愚かな自治体がありましてね。今はみごとに地域医療が崩壊して喘いでますけど。金の卵を産む鵞鳥の、腹の中にはもっと大量の金が入ってるんだろうと思って殺して開腹してみたという愚かさの上をいく、えさ代がもったいなくて餓死させた、というお粗末きわまる愚かさ。他所の市ではあるけれど、府民として忸怩たる思い、というのが無いこともなくて。
