当直明け。頭がどんより重い。それでも今日は当直明けの日に午後の週休がとれたからなんぼかマシではある。
延々と中2日の当直が続く。続くと言っても当直表を組んでいるのは私だから自分でやってることではあるのだが。他人が組んだシフト表でこのペースなら昔の俺は腐るだろうなと思う。今月1ヶ月で病院に出る義務のないのは5日の日曜だけだったし。でも他の医師だって決して楽してるわけじゃないし。
自分でシフト表を組んでみるとつくづく、職場を切り回すというのは人に頭を下げて働いていただくってことなんだなと身にしみて思う。働かせてやってるとか勉強させてやってるとかではなくて。頭を下げる人が一番偉いんだよなと今は思う。俺が居なきゃ困るだろうとばかり頭の高い奴ってのは、結局その場に関する責任を本当の意味では担ってないやつなんだろうなと思う。
医師が増えて層が厚くてよろしいと喜んでいたのは昨年の暮れだったか。それから人が一人減り二人減り、今では私と若手と二人で中二日の当直をまわし、合間にはもう世間では定年退職する世代の先生にお願いしたり大学から応援を頼んだりしている。さすがに二人で交互に中1日当直はきつい。当直者が新生児搬送で病院を留守にするときなど呼び出しもあるわけだし。
それでも今月の私の当直は9回にすぎない。大学のひとたちは月に13回とか当直をしているという。大学病院の当直だったり、小児科当直を常駐させますと志したはいいが常勤医では回らん弱小病院の当直だったり。いや、うちもその一つなんだから偉そうなことは言えませんが、しかしそんな当直暮らしをするために彼らは大学院に入ったんだろうか。ぜんぜん勉強にも研究にもならんような気がする。
いったい医者はどこに消えていくんだろう。探せばどっかに居るんだろうけれども。うまくすれば「七人の侍」でここ一番に村人が出してきたご馳走みたいにわらわら出てくるんじゃないかと思うんだけれども。
カテゴリー: 日記
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当直明けに頭が重い。
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赤ちゃん学の目指すところ
周産期新生児学会で感銘を受けた言葉。といっても、さっさと記録しておかなかったので詳細は違うかもしれないが。論旨を。
赤ちゃんの行動を研究しておられる先生が、「赤ちゃんの能力や行動の研究を通して、『結局は赤ちゃんってどう育てても育つんだ』ということが示せたらいいなと思っている。赤ちゃんはきわめて有能でタフなのから、ああだこうだと大人が小細工を弄しなくても本来の道筋をちゃんと育っていくのだということを、研究で示したい」という趣旨の発言をなさった。
いわゆる赤ちゃん学を見直したように思う。赤ちゃんの行動の研究には、「赤ちゃんはこれだけ有能で周囲のことも分かってるんだから、育て方を間違うと本来の成長ができませんよ」と育てる側を萎縮させるようなメッセージばかり出しているという印象を持っていた。相手を萎縮させ畏れ入らせるのって快感が大きいからねえ。学問的興味というよりはその快感にドライブされる学問じゃねえかなんて邪推していたのだが。
むろん、この発言のあったシンポジウムの座長は小西行郎先生であった。 -
もんきー・まじっく
当直明けの日曜に、iTunesをいじっていたら、「モンキー・マジック」のいろいろなバージョンを発見した。MONKEY MAJIKなるバンドが歌う「MONKEY MAGIC」と、復活したゴダイゴが歌う「MONKEY MAGIC 2006」。元祖の「モンキー・マジック」はゴダイゴのベストCDで持っていたので、聞き比べ。
元祖の「モンキー・マジック」は疾走するスピード感がいかにも悟空のテーマである。編曲も軽くてシンプル。觔斗雲に乗ってかっ飛ばす感じの曲である。MONKEY MAJIKの歌はのんびりゆっくりな感じ。シルクロードのオアシスのほとりで沙悟浄が歌ってそうな。觔斗雲ではなくて馬と徒歩のペースである。復活ゴダイゴの歌は、元祖のときより楽器の編成が分厚くなって重厚感が増している。豪華絢爛。
西遊記に重厚感を付加してどうするんだろうと思う。猪八戒を主人公にするとでも?
引退して金と暇ができたかつてのエレキ小僧が再結集して、かつての自分には手の届かなかった良い楽器を買いそろえて、豊かな人生経験とやらを加味して、円熟した音楽をやって。復活ゴダイゴにはそんな雰囲気を感じてしまう。それはそれで何も私ごときが難癖つける筋合いのことではないが、しかし、昔の歌と聞き比べると、失われたことの方が大きいような気もする。 -
ウィルコムの社長は松平健にそっくり
急患で起こされて二度寝するには半端な時間で、朝7時半からの経済番組を当直室で見た。ふだん見ない系統の番組なので面白かった。
ウィルコムの社長をゲストに呼んであったが、容貌が松平健にそっくりだった。何をやっても「松平健にそっくりな人」で通されてしまいそうで気の毒だった。それに反発してのエネルギーで社長まで上り詰めたのかもしれないけれども。
やっぱり社長としては暴れん坊なんだろうか。部下の仕事ぶりを取材した映像をじっと見ている表情は、斜に構えたところがなくて、いい社長なんだろうなと思ったが。でも松平健にそっくりな顔では斜に構えようがないよなとも思った。
まだ高倉健にそっくりでなかったのが救いかもしれない。「健さん」にそっくりだったりしたら、どうあがいても跳ね返しようがないような気がする。
いずれにしても、まあ、大きなお世話ではあるが。
ちなみに昔H”を使っていた頃は、音が良いし救急車からも安心して使えたしで機能はよかったのだが、うちの病院敷地の奥の方が微妙に圏外だったので、困って結局auに乗り換えた。最近はどうなんだろうか。アンテナ増やしたと番組でしきりに宣伝してたけれど。 -
微妙にスランプ
午前中は病棟・処置担当で外来や病棟をあちこち動いては採血や点滴をする。いかにも雑用ではある。スーパーローテート研修医が入力した採血を何で俺がやらにゃあならんのと憮然とすることもある。私を温厚な人間だと思う人があったら全く間違いなのである。しかし度胸なしでもあるから、その研修医を呼び出すこともなく、諾々と処置に歩く。
今日はちょっと調子が悪かった。いちおう成功はするんだけれど、なんとなく「芯」に当たらないというか。今さら駆け出しみたいに針を何本もつかうような悲惨な状況にはならなかったのだけれども、何か変だった。何だったのか。
たぶん昔ならそういう変調も気にもとめなかったと思う。そう言う意味では成長したんだよと誇示してみる。誇示しながらも何とはなく不安ではある。こういう日には超未熟児は産まれてほしくないものだと思った。
一般小児科の子供たちには悪いが、この雑用的処置当番はこういうトレーニングや調整の場でもあると思っている。打撃投手が投げる球を黙々と打ち込んで試合に備える打者に自分を擬してみる、みたいな。親御さんには処置に立ち会っていただいている。親御さんの目があると緊張は増すんだけれど、超未熟児相手の、この一本で決めないとこの子が一歩死に近づくというときの緊張よりはマシなような気がする。そうして指先と胆力を錬る。 -
飼い猫に顔を掻かれる
16日の休日に当直明けで帰って昼寝をしていたら、猫のどれかに顔を引っ掻かれた。4匹もいるとどれにやられたんだかよく分からない。たぶんにゃん黒だろうと思っているのだが。私が寝るといつも寄り添ってくるので。たぶん誰かに挑発されたんだろう。
7kgもある重量級の猫が顔の上を駆けたにしては軽傷で済んだが、しかし一夜あけてもむろん切創が残っている。仕方がないので一日マスクをして過ごした。そのためか新生児搬送に行ったさきの産科の先生に疲れてるんじゃないかと言われてしまった。やれやれ。まあ確かに疲れてますけどね。
べつに顔を晒していてもいいんだろうけれども、たぶん夫婦喧嘩したんじゃないかという冷やかしがあるんだろうと思った。私はその手の冗談は好かない(カエルラ・サングウィス風に)ので、マスクは「触れるな」というメッセージ代わりのつもり。 -
万年筆フリーク
スーパーローテートで来ている研修医が万年筆を使っている。普段からなんだか高級そうなのを使っているので、単によいところの坊ちゃんなんだろうと思っていたが、先日は白衣のポケットにラミーサファリをさしていたので、これは本当に万年筆好きなのかなと見直した。臨床はあまりろくなこと教えないくせに万年筆談義をするのも気が引けて、病棟ではその話題を振らないでいる。
いちおう私もMONT BLANCのMEISTERSTUCKを持っていたりする。むろん自腹で買ったものではない。妻の身内に長崎でも最大級の文具店の偉い人があって(だから妻は生意気にも子供の頃から鉛筆は三菱ハイユニだったらしい)、その方から頂戴したものである。
さすがにプロだと思ったのは、下さったのが定番149ではなくて146だったということだ。ル・グランとかいう製品系列のもの。149より一回り小さい。それが私の手の大きさによく合う(注)。149が定番なのは本国ドイツ人の手の大きさに合うからだろう。阪神大震災の時に海外から救援物資として届いた手術用手袋は大半が9号だったし、海外の人の手はやっぱりでかいんだろう。手術用手袋なら7号がフィットする私の手には149はたぶん大きすぎる。試し書きもしたことないからよく分からないけど。
‘注)Randomized controlled trial はしていないのでエビデンスレベル高くありません。はは。やってみたいなそういうRCT。
ただ病棟では万年筆はあまり使い出がなかった。というのは病棟で医者が書くものの半分以上が複写伝票だったからだ。3枚複写の退院サマリーなんて万年筆では3枚目が読めない。それでも強引に使っていた時期もあったが、さすがになんだかペン先の調子が悪くなってきたような気がして、いつのまにかボールペンに戻っていた。それが最近はオーダーリングのオンライン化が進み、気がついてみると複写伝票が相当駆逐されている。かえって、昔ながらに医者は万年筆という時代になりつつあるのかもしれない。戦前のように流麗な筆記体でドイツ語カルテを書いたりして。
当初は使い方もありがたみもよく分からなかったということもあって、そうとう荒っぽい使い方をしていたから、先日修理に出したら大半の部品が新しくなって帰ってきた。頂いた当時の部品がどれだけ残っているやら。なんだかトライダーG7みたいですが。でもこの万年筆を大事に使い続けることが私ら夫婦にとっては大事なことのような気もする。他のは買えないねということで、物欲に歯止めをかけている。 -
謦咳に接する
周産期新生児学会では多くの有名な人の謦咳に接したのが収穫だった。論文や著作やメーリングリストやで名前や意見を知っていても、実際にどういう人なのかは、語り口に接してみるのがやはり一番のような気がする。強面な外見とはうらはらに実に細やかな心配りをなさる先生、理路整然とした発表を良い声でなさる先生、訥々と語る先生、そのほか諸々。誰が優れているとか劣っているとかじゃなくて、なるほどそういう風に語る人なのかという認識をいろいろな人について得たということで。
初対面の私にも細やかにものを教えてくれる先生もある。いかにも老師といった感のある先生であるが(老という漢字にはほんらい尊敬の意味が含まれているのだよ)、こういう著名な先生はたぶん「この先生こそ自分の師だ」と思わせるのが大変に上手なんだろうなと思う。さらには「自分こそがこの先生の目指す先を誰よりも正しく読み取っている」つまりは自分こそがこの師の正当な弟子だと、思わせるのが巧いんだと思う。そういう人のまわりにこそ人が集まるんだろうなと思う。技巧的な人間関係作りだと非難しているわけではない。たぶん老師はいまご自身がいちばん興味をお持ちなことを楽しそうに語っておられるだけなのだ。
地域の中心となって大きな施設を引っ張っている先生はそれなりの強い言葉を使われる。熱心なのは分かるがそんな物言いしてたんじゃ気づいてみたら誰も後ろについてきてないってことになりはしないのかと、他人事ながらちょっと心配になったりもした。引退間際に気づいてみたら自分が引退した後は施設も地域医療も衰退の一途だということになってたりして、と。じゃあ私自身みたいに弱腰な人間なら後ろに誰かついてくるのかと言えば、なおさら人は逃げるわけで。今日も600gの子の点滴に苦労しながら、老眼鏡を買う時分には後継者が現れてるんだろうかと、我が身と勤務先の行く末を案じたりした訳なのだけれども。
そんな中にあって、自閉症はメディアが原因と力説しておられるかのK先生がご発言なさるのを拝聴した。書き物ではトーンダウンしておられるけれども会場でははっきりとそう仰った。その語りと会場の反応を見聞きして、逆説的な言い方ではあるが、多少は安心した。数年待てばよいだけだ。 -
久間防衛相がしょうがなくて辞めた
てっきりこの発言は安倍首相の意を汲んだものと思っていたのだが、違ったのかな。米国の対イラク政策に対する批判を口にしてきた久間防衛相が、ここに及んで、選挙区の事情も顧みないかのような発言をするには、何か意味があるのだと思ったのだが。
米国の対北朝鮮政策に軟化の兆しがあるなかで、拉致問題で強硬な態度をとってはいるものの実際に切れるカードはほとんど切り尽くしてしまった安倍首相としては、米国がこのまま拉致問題を置き去りにしかねないという懸念が大いにあろう。拉致問題をあおって業績と称してきた俺の政治生命はどうなるんだと思うと夜も眠れないことだろう。
さらに米国下院での慰安婦問題に関する決議が追い打ちをかけてきた。慰安婦問題に関しては安倍首相のこれまでの言動はけっして米国受けするものではない。下手すると北朝鮮による他国民の拉致と日本の慰安婦問題とか同列に扱われかねない。ここらで強烈に米国にすり寄っておく必要がある。
なんだかんだで「昔はみんな悪だったよね」とか「今から考えたら非道な話だけど当時の事情ではしょうがなかったんだよね」とかいうメッセージを送って、慰安婦問題も「しょうがなかった」ことにしてもらおうという思惑なんだと私は解釈していたのだが。拉致問題もしょうがなかったということにはならないよう、そこは時代が違うんだということで差異をつけることにして。もともと大きな選挙の前には自民党は米国にすり寄るものだし。そういう首相の意を受けての発言ではなかったのかと思っていた。
何にしても安倍首相は久間防衛相を即座に切るわけにはいかなかっただろう。イラク戦争を批判した時点で彼を切らず原爆投下を容認する発言をした時点で切ったとしたら、米国がそこにどういうメッセージを読むかは明白である。せめて「泣いて馬謖を斬る」形にしておかないとねという思惑はあろう。 -
病院職員は電気ネズミの夢を見るか
勤め先の病院が全職員対象に、環境変化におけるCSの重要性とか称した講演会を開催した。3回繰り返してやるからどれかに必ず出席することというお達しで、事前に出席予定の調査まであった。なんだか詰まらない予感がしたんで、さっさと済ませるに限ると思って、先の金曜日に開催された初回に登録しておいた。
確かにCSは重要である。適切なタイミングでcesarean sectionに踏み切らないと母児ともに危険にさらされる。これだけ周産期医療をとりまく環境が厳しくなったご時世では正しく帝王切開を行うことは病院の死活問題である。死活問題ではあるがしかし、全職員を集めて地方銀行の関連企業が講演するってのは何か不釣り合いな気がした。
実際にはCSというのはCustomer Satisfactionの略であった。読者諸賢にはご明察の通り、東京ディズニーランドの接客が理想として語られた。ネズミの一派を見習えというご託は私はもう聞き飽きた。コンサルってみんなそう言うんだよね。枕詞はCSだとか何だとか(以前のはみんな忘れたよ)いろいろ変わっても。いったいコンサル君たちは東京ディズニーランドの接客を指導しとるのは自分だとでも言うのだろうか。他人の手柄を他人の職場で自慢して銭は自分がいただくけれど後の顛末は他人の責任でってのは、それはまっとうな商売というのか?そもそも君ら自身は俺ら顧客の満足を考えてるのか?
それでも、俺も出世したことだし、たまにはよゐこな面も見せなければならんなと、前半の講演は我慢して聞いていた。我慢ばかりだとやられ放題な気がして、この人は説教臭すぎるのが原因で銀行から関連企業に左遷されたんじゃないかなとか考えてみたら多少は気が晴れた。そのうち、私のお話はこれくらいにしてとようやく言ったので、やれやれこれで帰れるぜと席を立ったら、後半ではお互い同士で挨拶の練習など実際に行いますなどと言い出した。なんだかもう一刻もその場の空気を吸ってられないような気分になった。まだ帰るところではありませんよという声が羽虫のように背中にまといつくのを振り払って、そそくさと帰ってきた。
しかしこうして病院にやってくる面々の誰もが病院は東京ディズニーランドを見習えと言うってのは、なにか世間に広く根源的な認識として、病院はディズニーランドたるべしという暗黙の要求が出回ってるんではないかと思った。健康保険証という入場パスを買って入場したら、あとは無料で希望通りのアトラクションに入れて、アトラクションでは黙って座ったら座席が勝手に動いて100%安全保障のお楽しみを味わわせてくれて。多少は行列で待つことがあっても職員が完全無欠の笑顔でパレードしてるから全然退屈しなくて。病院にもかくあれと求められているのだろうか。理解できそうな気もするし、医療ってそんなものではないだろうと腹が立つような気もするし。なんだかなあ。
Customer Satisfaction についてはその後、内田樹先生の論評を拝読した。ネズミ話よりもよほどためになったので書き留める。
