土曜から泊まって日曜で明け、また自宅待機番。今日は妻子が自閉症協会の行事で出かけてるんで、どうせオフでもやることがないから、それはそれで良いのかも。
夜間は来院が少なくて、よい医者のふりができた。内心はすごく狭量で厭な奴だってのが自分でも分かってるんだけど、さすがにこの歳になると、気さくで友好的で優しい小児科医ってのはこういう風に振る舞うもんだという、仮面的なお行儀を身につけてきたので、目一杯、「良いおいしゃさんのふり」を演じてみる。来院のお母さん達も、私のそういう意図を知ってか知らずにか、「良いおいしゃさんに出会えた幸せなお母さんのふり」をして下さる。定型発達のひとたちってこういう「共演モード」に自動的に入れるんだよなと感心至極ではある。
いや、演じている云々と皮肉る意図は毛頭ない。私のほうの尻尾はたぶん隠しおおせず見え隠れしてたはずなんで、たぶん皆さんその尻尾を見ないふりしてくださってたんだろうと思う。ありがたいことである。
良い医者のふりをして、「ああ俺は良い医者だなあ」と錯覚混じりにも思ってみる。錯覚だ自己陶酔だとは分かっていてもなお、それは快いことである。それを報酬として夜をポジティブに明かせれば、それはそれで有意義ではなかろうか。逆に、「本当の自分に正直に」とか言って、知恵も遠慮もない振る舞いをしても、何の益もない。だいいち来院のこどもたちやお母さんにとっては、私が本当はどんな奴かなんてどうでもいいことなので、どうでもいいことでお互いに不愉快な思いはしたくないじゃないか。
今日も空床は2/2。産科は満床。京都市内では母体搬送の空きはあるので、まあよいとしよう。
カテゴリー: 日記
-
良い医者のふりをする
-
11月は皆勤賞
11月に終日出勤義務のない日は2日間だけ。その2日間とも、重症児を抱えて結局は出勤してしまって、今後はもう月末まで寝坊の出来ない日程。出勤義務のないって言うより、とりあえずいつもより2時間くらい遅くまで寝てられる日という程度であった。それでも随分有り難いといえば、確かに、有り難い。
空床状況はNICUはいぜん2/2だが、産科病床がいっぱいで母体搬送がNOになった。でも今日は退院診察をした赤ちゃんがわりと多かったので、産科にもぼちぼち空床が出てくることだろう。空床状況表を見てると、母体搬送受け入れに×が目立ちはじめてるんで、うちくらい空けておかないといけない。 -
欲しい
ターボリナックス株式会社は、Linux環境を持ち運びできるメディアプレーヤー「wizpy(ウイズピー)」を2007年2月に発売する。価格は3万円を切る見込み。
ゆうこりんよりも機体の写真のほうにハアハアしている自分は救いようのない変態野郎だと思う。
ちなみにNICU空床は重症2/軽症2/母体搬送OK。3/3でもよいよという声もある。
なにが「ちなみに」なんだか分からないけれど。 -
愛国心というものは
愛国心というのは喜んで兵役に行くってことだけだろうか。いったい今の日本に足りないのは兵隊さんなのか税収なのか。私見では税収のほうだと思うのだが。ならば愛国心に欠けるのは、日の丸に敬礼しない奴じゃなくて、節税とか抜かして海外移住しちまう奴らなんじゃないか?派遣社員を課税の対象にもならんほどの低賃金で使い捨てにしている財界の偉いさんは、「愛国心」なんて抜かしたら舌が融けるんじゃないか?君らが法人税率を下げろと言ってるのは、果たして是非とも本邦に税金を納めたい意思の発露なのか?
愛国心の涵養なんて教育基本法じゃなくて税法とか商法とかの前文にでも書いとけばいいのに。
日の丸ハッピーで徴兵OKのニートを量産するよりは、みんながそこそこ課税できる水準の所得を稼げるような社会にしたほうがよほどよいのでは?東京都の教育委員会も、卒業式で君が代を歌わない教職員を処罰してるひまに、自分がいじめられている現状を訴える手紙を書く文章力も身につけさせられないような国語教育しか出来てないことを(知事がそう公言してるよ)、自己批判するべきなんじゃなかろうか。
鼓腹撃壌、って、難しい漢字だけど、選挙管理委員会でこの熟語を正確に書けないと立候補を受け付けませんってのはどうかな。安倍さんは書けるだろうか。なつみさんが書けて晋太郎くんが書けなかったりしたら目も当てられないな。 -
徹夜仕事
前回の記事を書いて、早く寝ればよいものをうだうだと遊んでいたら、NICUから呼び出されて超低出生体重児の分娩後処置に入ることになってしまった。徹夜仕事になった。やっぱり自宅待機の夜は寝られるうちに寝ておくものだ。教訓教訓。
分娩立ち会いは当直医がやった。厳しい状況をよく蘇生したものだと思った。私は臍帯カテーテルを挿入する段階からの参加である。あんまり得意な処置じゃないので緊張する。この処置は明暗の差が大きい。上手くいくときは単純きわまる処置である。なんたって血管の断端がそこに見えているわけだから、単純にカテーテルを突っ込めばよい。上手くいかないときは全くうまくいかない。感染で臍帯がぼろぼろになってて、把持しようとしても片端から崩れていったりとか。
血管確保など当初の処置が終わったら、あとは人工呼吸器や輸液の調整。徹夜。上手くいってないわけじゃなくて、むしろ、サーファクテンを投与した後の肺は時間を追ってどんどん良くなってくるから、呼吸器の設定をほどよく緩和していかなければならない。高い設定のまま放っておくと気胸を起こしたり網膜症が悪くなったりとろくなことがない。かと言って、緩和が早すぎると肺血管がれん縮したりして失速増悪するから、あらかじめバッチ処理みたいな指示を書いて看護師任せに寝ているというわけにもいかない。
構造的に徹夜仕事と決まってるわけだから、翌日が休みでないと辛い。夜が明けたら土曜の混み合う外来で数十人の診察だなんて思ってては、徹夜のNICU仕事なんてとうてい不可能だ。私は土曜はNICU担当。外来に比べたら、大概の土曜日は平穏だから、この続きを12時過ぎまで頑張ったら帰って寝られると、そればかり念じての一日だった。今日が当直の入りだったりしたら地獄を見ることになったなと思う。 -
白い壁
新しいNICUは窓からの眺めがよくない。そもそも外が見えない。昔のNICUは三面が外壁だったから船の艦橋みたいに三方がみわたせたけど、今のNICUはまるで潜水艦だ。
白い壁に広々とした風景を壁画にでもしてくれんかな。狭いのは苦手だ。ふすまと障子と縁側の家で育ったから、そもそも壁というものに慣れないんだよね。未だに。
世の中にはホスピタルアートというものがあるらしいが。遠景に壁が消え去りそうなエックス線撮影室ってのを講演のスライドで見た記憶がある。すぐ近所には芸大もあるし、ああいうのやってくれんかな。でも芸術家気取りな落書きをされては取り返しがつかんしな。 -
あなたの手紙を読みました。
アンカテ(Uncategorizable Blog) – 人権を失ったまま生き続けても、そんな命に意味はない。
もしもこの手紙を書いたあなたが、この記事をお読みになることがあるとしたら、
私からあなたに伝えたいメッセージは
「あなたの手紙を読みました」ということです。
他にも語ることはいろいろあったとしても、それらは全て些細なことです。
些細なことに気をとめられるような、余裕のある人どうしで語られることです。
あなた自身に、どうしても伝えたいことは、
私もまた、あなたの手紙を読みました、ということ。
あなたの手紙を読み、
あなたの苦しみに、慄然としています。 -
空床
昨日のバックトランスファーで空床が一つ空いた。今日も午前中の外来を終えてNICUに戻ってみたら、短期入院の子がまた一人バックトランスファーで帰っていた。お母さんがこちらへ転院してきて病棟で母児同室入院になった子もある。なんのかのと、空の保育器が目につく。
正当な理由なく赤ちゃんを飢えさせてはならない(絶飲食は早めに解除しようね)。正当な理由なく母児分離を続行してはならない(この子は今日もまだ入院してなきゃならないの?)。正当な理由がなければ常に母親が正しい。その他諸々。小児科の経験的知恵。あるいは痛い眼の教訓。
早すぎる退院転院で治療が半端になってはならない。むろん必要な入院期間はじっくり確保する。けれども、NICUを埋め続けるほどでもない軽症の子に埋まって空床0ってのも、なかなか世間様のご期待に添えない話である。どこまで無駄な時間を切りつめられるか。早すぎず遅すぎずのタイミングをどれくらいの精度で見切れるか。
けっこうゆとりが出てきて、明日には複数の入院予定があり、今夜かもしれないハイリスク母胎があり、それでも今日も空床は1/1/可。たぶん少々の入院があってもこの1/1は消さずに済みそうである。 -
新生児搬送を白バイ先導で
府南部の病院まで新生児搬送。もともとその病院からの母体搬送でお預かりした赤ちゃんであった。当院で生まれて急場も乗り越え、退院までの目算が立ってきた。今では自宅から遠くて御両親の面会もままならないのが最大の問題。退院後に外来に通うにしても、生活圏内の病院のほうが何かと便利。何やかやの事情で、もとの病院へ送り届ける。業界用語ではバックトランスファーと言う。
今日は快晴。月末にしては交通量も少なく、滑らかに走れた。気持ちよいドライブ日和。ふだんの新生児搬送は、たいがい呼ばれて出向いて赤ちゃんを引き取って帰るんだが、往き道はまだ見ぬ赤ちゃんの状態が気になってしかたがないし、帰りは病態の落ち着かない赤ちゃんを実際に乗せてるわけで、往復とも緊張のしっぱなしである。今回は自分の責任で病状を落ち着かせた赤ちゃんだから、乗せてても余裕だ。帰り道に至っては空車である(さすがに鈍行で帰ったが)。ゆとりが違う。
途中、たまたま白バイに追いついたところ、先導して下さった。我々の前を行く車列の周囲をこまめに走り回って、上手に我々の進路をあけてくれた。トラックを退かせ普通車を退かせ、10台近くも先行車を誘導して下さった。最後のミキサー車を退かしたところで、行けと手を振って自分も脇に退いた。
このミキサー車の時は、対向車線も空いてるのに私らが追い抜いていかないものだから、怪訝そうに振り向かれた。当方の運転手が、拡声器で「赤ちゃんが乗ってますから鋲が踏めません」と申しあげたら、納得して、路肩の広くなったところにミキサー車を入れてくれた。あれはたぶんミキサー車の運転手さんにも聞こえたんだろうとも思った。
粋な白バイだった。ご協力に感謝します。
むろん、先導がなくてもああいう大型車の運転手さんはけっこう上手に道をあけて下さるものではある。そうは言っても限界はあって、こちらも小刻みに加速減速を繰り返すことになる。先導があると、先行車が我々に気付く直前の微妙な減速をしなくて済み、乗り心地が良くなった。なにせ私は保育器と対面して進行方向には横向きで乗ってるから、加速減速が繰り返されるとだんだん酔ってくるもので。
まあ、白バイの先導で新生児搬送なんて、もう金輪際ないだろうな。愉快な体験ではあった。
今日の空床情況はこの子が帰った分の空床で重症1/軽症1ってところか。木曜に入院予定があって1/1はちょっと苦しいかも。工面はつくけど。母体搬送可。 -
丹波哲郎的回診をめざせ
丹波哲郎さんが亡くなった時に、追悼インタビューで、Gメン75の共演者が語るところによると、
台本を読んでこない丹波さんに、監督もストーリーなんて語らず、
犯人役については
「あいつは悪い奴なんです。」
「そうか、悪い奴なのか。どれくらい悪い奴なんだ」
「ものすごく悪い奴なんです」
「そうか、ものすごく悪い奴なんだな」
で、丹波さんは「ものすごく悪」相当に厳しく対処する。
被害者役の人についても
「この人はかわいそうな人なんです」
「どれくらいかわいそうなんだ」
「少しだけかわいそうな人なんです」
で、丹波さんは「少しだけかわいそうな人」を「すこしだけかわいそう」相当にいたわる。
案外と、回診もこのようでなければならないのかも。
私ら現場ががんばって赤ちゃんを診る。
もう主治医受け持ちを持たなくなった偉い人に対しては、
在胎週数とか体重とか感染とか慢性肺疾患とかうだうだ言わず、
「この子は良くなってるんです」
「そうか、どれくらい良くなったんだ」
「とっても良くなってます」
そんなふうに済ませるのが理想なのかも。
それが現場の心意気だし、
ひょっとしたら香港ロケとか連れてってもらえるかも。
・・・いきなりカンフーマンと対決するのは願い下げだけど。
今日は軽症か重症かどっちか1.母体搬送は可(だったはず。確かめてくるの忘れた・・・)。
