カテゴリー: 日記

  • 日曜にみんなで休んでるうちはまだまだです

    日曜祝日に病院は休む。医者はみんな休む。頭の高い業界だ。こんな業界から小児科医不足とか医療費抑制反対とか言われても一般にはピンと来ないんじゃないかと思う。うだうだとした日当直明け。むろんフルタイムで働いて残業して帰宅。
    月金の9時5時で営業しててコンビニ受診批判も無かろう。
    製造業なら休みを揃えた方がやりやすかろう。休みがバラバラでは仕入れも納入も不便だろうし。だが病魔はべつに曜日を頓着はしないだろう。どうして日曜に揃って休む必要がある?
    医師会の内部でどういう申し合わせがあるのかは私は知らない。知りたくもない。知りたくないとは申しながら、もうすぐ四十郎の私には日当直が辛くなってきた。なんで平日に休診日を散らさないんだろう。いつまで俺らはNICUの傍ら「近所の○○先生に罹ったけど治らなくて心配」なお父さんに連れられた子供を日曜に診なければならない?「○○病院には日曜には小児科の先生が居られなくて・・・」な病院の継続処方を書かなければならない?俺自身が退職して日曜休みの診療所を開業するまでか?

  • 更新してませんでしたね

    ときどき、ネットに倦怠することがあります。喰い飽きた、とでも言いますか。しばらくコンピューターも開かず、メールチェックだけPDAでやってました。
    今回は何でへたってたんでしょう、と思い返してみます。日本沈没の第二部が外れだったせいか。あるいは、若い医者に「カラマーゾフって何ですか?」と真顔で聞かれたせいか。・・・いや、べつにドストエフスキーなんて読まなくても医師免許は頂けるんですけどね。でもねえ・・カラマーゾフって何ですか、か・・・・そのうち、坂本龍馬ってダレっすか?とか聞かれるんでしょうね。ぐちぐち。いや、いいんですよ(棒読み)、医学さえしっかり学んでいればね。
    「日本沈没 第2部」は、SFとしてはきっちり完成してました。自然科学的には、確かに、日本が沈没したらその後はこうなるはずです。小松左京氏が第一部の執筆をなさっておられた折に、ここまで考えておられたかどうかは知る由もないですが。むしろ、他の小説に描かれる(たとえば「果てしなき流れの果てに」の1シーンとか)沈没後の断章を読むと、日本の存在だけがポカッと脱けた世界が延々と続くという構想をなさっておられたようにお見受けします。
    でも火山の一発だけで気象は変わるのに、富士山をはじめとした日本中の火山が火を噴きながら沈没していった後で・・・とこれ以上書くとネタばれなんでしょうけれども。
    でも本書には、経済やら政治やらといった方面でどれほどの説得力があるでしょう・・・。たとえば国内の土地という担保を全て無くした日本人のカネが、沈没後の世界でどれほどの力を持ちうるのでしょうか。紙切れ以下の存在になりはしないのか。是非知りたいところです。あるいは、国土を失った国の政府が、一国の政府として認められる正当性は何なのでしょうか。たとえばの話、本書にある如く狡猾な中国政府なら、自国内の難民キャンプに傀儡的な自治政府を作らせて、日本国政府としての正当性を主張させるような、そういう事はやらんのでしょうか。
    そういうツッコミの一つずつで、第3部第4部が書けちゃったりしそうで、やっぱり日本沈没ってのはでっかいテーマだと思います。
    本書の中では、日本人は勤勉で謹厳で誠実な、プロジェクトX的美徳に溢れる民族です。日本人ってここまで大したものか?とも思いました。やたら他責的な評論家ばかりが増えて、お産すらままならなくなっている日本人が、国土を失ってなお本書にある如くしぶとく生きていけるのでしょうか。あっという間に雲散霧消するような気がしてならないのですが。
    悪役として、熱湯浴的に中華思想に凝り固まった中国やら米国やらが出てきますが、そのキャラの立ちようがあまりに2ちゃんねる的で辟易します。まして、隠蔽しようとした事実を暴かれただけでへへーっとへりくだるなんて、そういう水戸光圀時代の悪代官じみたヘタレさを、米国政府に求めても仕方ないんじゃないかと思います。
    小野寺さんとかつての恋人の再開シーンは、谷甲州氏による、「復活の日」の最終シーンへのオマージュでしょうね。あるいは最終シーンは「果てしなき流れの果てに」の1シーンそのままでした。いかにも取って付けたようなラストシーンで、小松へのオマージュ以外に存在意義は無いんですけども。でもあの状況で「君が代」を歌うような面々と同じ恒星間宇宙船には乗りたくないものだと思います。月並みではありますが、国土を失った日本人が、ついに地球上には国土を再建し得ず、宇宙に新しい国土を求めて旅立つとして、その旅立ちに口をついて出る歌はやっぱり「兎追いし彼の川・・・」ではないかと思うのですがね。

  • 路上教習も5時間目

    本当は暇なんじゃないのかという教習所通いも、路上教習5時間目となった。
    教習所で聞いたのだが、京都の歩行者と自転車のマナーは全国でもワーストだそうな。救急車に乗ってる実感としても、そうだろうなと思う。緊急車両に道を譲らないばかりじゃないらしい。とにかく信号無視の歩行者や自転車をあらかじめ予想して走れと言われた。
    スーパーローテート研修医がやってきてやれやれとか言ってるときに、自分もまた何か新しい技術を身につける羽目になるってのも、また乙な縁だと思う。医者になって初めてサーフロー針を握った時とか、それよりも以前の学生時代に聴診器を初めて他人の胸に当てた時とかの気分を、今また味わっている。研修医たちもまたこんな気分なんだろうねと思ったりする。
    何であれ本気で身につけようと努力する、その初めのうちは特に、こんな難しいこと本当にモノになるんだろうかという不安を感じるものだと思う。でも多分、研修医たちよりも私が強気なのは、代償の大きさによることばかりではない。24Gのサーフロー針で超低出生体重児の静脈路を確保するとか、新生児の2音の分裂が聞こえるとか(これは勘違いかもしれんが)、色々と技術を身につける中で、それなりに私は「上達するにつれ、ふと気がつくと世界が違って見える」という経験を積んできた。その感覚で言えばたぶん、自動車の運転もまた、気がつくと世界が変わって見えるのだろうと思える。その瞬間を待とうと構えていられる。むかし神戸で五里霧中だった時代の焦燥感が、今はあまり感じられない。
    経験を通じて「上達する」ということ自体の感覚を掴むこと。この感覚を知っている人は、何ごとにつけ、新しいことを身につけるのに一日の長があるんじゃないかと思う。就職時に体育会系の経験の有無を聞かれるのってそういう意味なんかなとも思う。ER第一話のカーター君みたいに座り込んでため息をついてる研修医の人は、自分が何かに上達したときの経験を思い出してみられるのも良いかと思う。
    それはそれとして、教習所通いが研修医にばれたら厭だな。これは理屈じゃなしに。

  • 経団連ってのは恐ろしい組織だよなと思った

    労働法制見直し始動 一定年収で残業代なくす制度も提案
    年収400万円以上の人には残業手当を払わなくていいようにしましょう、ってねえ・・・絶句。
    経団連というのは恐ろしい組織なんだなと見直しました。すごいですね。真面目に「悪の組織」を目指してるんですかね。そのうち、従業員のサイボーグ化を合法化しましょうとか言い出すかもしれませんね。
    こういう面々が虎視眈々と、医療の「市場」を狙ってるんですね。

  • 産科はハイリスクでスーパーローテート研修もまともにできない

    スーパーローテート制度になってから産科の入局者が減ったとか何とか。
    うちの小児科でお預かりしてる研修医姉は、産科ローテートを振り返って
    「何もやらせて貰えなかった・・・・」と仰ってます。
    「君たちの労働力には何も期待していない」
    「君たちにやらせる仕事は何もない」
    明言されたそうです。
    ほんとに何もすることがなかったそうです。
    だったら他の病院にでも出してくれと願い出ても、
    院内にいるようにと指示され、足止めされていたそうです。
    私が将来を思案中の研修医なら、そんな扱いする科には行かないけどな。
    これだけ産科医療がリスキーになってるご時世に、ひよっこに要らぬ手を出されてトラブルの元を作りたくない。ええ、当然のリスク管理だと思います。リスク管理ってのはすなわち、安全の代償としてどれだけの不便を甘受するかってことですから、そこはそれハイリスクのお産ばかりの大学病院産科のこと、「研修医にいっさい手を出させないという不便」を甘受することで、医療の安全性をより高める方針なのでしょう。
    でも、スーパーローテート研修医に、将来に産科へ進む気を無くさせる(あるいは、最初から産科を選択肢にさせない)というのは、甘受するにしても高い代償だと思います。すごく利率が高い借金であるように思えます。払うのは将来の産科医局ばかりじゃなくて、将来の妊婦さんや赤ちゃんたちにのしかかる借金だしね。

  • 夜を行け

    路上教習2日目。夜の烏丸通りを南下、丸太町で東へ。実は新生児搬送ではよく走るコース。また京都第二日赤病院への道でもある。なにせ左手は御所の垣根が続く道。商店でも住宅でもなく、路上駐車が比較的少ないので緊急車両は飛ばしやすい。
    しかし緊急灯もサイレンもないってのは辛い。辛いって普段救急車を運転してる訳じゃないんですがね。でも、けっこう路上教習者に対して世間の人は優しいような気がする。予想以上に、道を譲って頂くことが多い。妻に言わせれば、それは逃げてるだけだと言うんだが。救急車に対してもこれくらい道を譲って頂ければなお有り難い、とか、そういう嫌味を言ってはいけませんね。
    今日の先生も穏やかな人で、私の酷い間違いもいちいち感情をこめず指摘してくれるので楽だった。権威側が負の感情を表に出さないのって結構大事なんだなと思う。今後の診療にも教訓になりそう。
    世間話のついでに職業がばれてしまって、学科教習の応急処置の時間が免除されることになった。いや、どんなことするんだろうと思って興味津々だったんですけどね。先生のほうで勘弁してくれと仰る。いやあ小児科ですからそう分かってる訳じゃないんですよと申しあげたんだが固辞された。ふだん私が心肺蘇生してる患者さんは体重3kg止まりだし多発外傷も負ってないんですけれども。でもそれ以上言うと自分がどれだけヤブかを誇示することになりそうで、なんだか引っ込んでしまった。残念なような。
    でも免除のための正式手続きには医師免許を見せなければならないらしい。あんな大きなものどうやって持ち歩こうか。それなりに貴重なものだから折り曲げたくないし。
      路上教習3時間終了。仮免許失効まであと167日。

  • 路上教習初日

    午後のオフを利用して路上教習初日。曇天の午後3時から5時。
    18年前に初めて教習に通ったときに比べて、教える態度がずいぶん丁寧になったように思った。面倒くさいし医師という職業は明かしていないのだが、それでも20歳そこそこの若造よりは丁寧に対応して頂いたのだろうか。こんな歳になってという多少の哀れみも込めてではあるが。それとも教習所という業界もまた、我々医療の業界のように、無神経で尊大な態度というのが次第に駆逐されつつあるのだろうか。ふつう、同じ人間が2回3回と通うところではないので、業界外からそういう傾向と対策を観察している人は稀なんだろうなとは思う。
    まともにAT車に乗ったのは初めて。停止の時にクラッチペダルを踏まなくてよいだけで随分と楽だ。昔はMTのマーチに乗っていたのだが、こんな楽なら当時からATにしておくべきだった。ただエンジンブレーキの効きが弱いのには戸惑った。アクセルを離しても期待通りに減速してくれない。逆にアクセルをちょっと踏むと急発進する。これはATがどうMTがどうというより、10年間での加速性能の進歩なのかもしれない。そんな危険なめには遭わなかったものの、AT万歳というわけにはいかなかった。まあ、慣れなんだろうけど。
    速度の感覚はけっこう憶えていた。状況判断については色々とアドバイスされた。その言い方の一つ一つが、落ち着いた口調で分かりやすい言葉を選んでのもので、18年前とは隔世の感があった。たった18年では人間そうそう丸くはならないものだし、やっぱり業界の方が丸くなってるのだろう。ただ、頂いたアドバイスは昔の自分でもとうてい出来ていなかったことばっかりではあった。こんな車の多い道を走ったことないもの。湖西の、対向車もたまーにしか通らない見晴らしのよい道を高島から今津までかっ飛ばしてたくらいで。
    先日の駐車違反の取り締まり強化が僥倖だったと思う。路上駐車の数がかなり減っている。新生児搬送にも有り難いことだが、教習にもかなり有り難い。
    仮免許失効まで、あと168日。

  • 女医さんがいっぱい

    いまのNICUは女医さんだらけ。NICUで実働する男性は実質的に私だけのような気もする。部長や顧問の先生は常在って訳にはいかないし。
    若手も、新しくこられた女医さんも、スーパーローテートで京大から来た先生も、みんな女医さん。女医さんが働きやすい環境と世間では言うが、うちではもう、私のほうが女医さんに働かせて頂く環境となりつつある。
    私は研修医時代から女医さんに囲まれて育ったようなものだ。初期研修で同期の小児科研修医は3人で、私以外は女医。後期研修で赴任した先の小児科常勤医は3人、上司は2人とも女医。この後期研修で彼女たちに教えられて一番驚いたことが、医者にも「定時に帰る」という概念があるのだということだった。それはともかくも。
    別に定時に帰るのは全然構わない。この子はこれこれだから宜しくと、病態分析と治療計画をきっちりカルテに書いてあれば、時間外のカバーはそれほど苦にならない。他人に任せられるだけの態勢を整えたうえできっちり任せるというのも、主治医の責任の取り方のうちだと思う。なにも、ずるずるべったりに24時間365日つきっきりになることだけが主治医の理想ではないと思う。

  • PIダブル、肥後守、その他

    今日は休みだと思って朝寝していたら呼び出し。超低出生体重児に点滴がとれないから来てくれとのこと。起きて顔を洗って出向いてみる。若手が憔悴しきって出迎えてくれる。当直明けの早朝に超未熟児の静脈ラインが潰れたりしたらたしかに私でも憔悴するだろう。うら若い女性に外観がやつれてるとは言いにくくて、言葉に詰まったまま処置に取りかかる。まあ、私が朴念仁なのはもう分かってることだし。私だって起き抜けの酷い顔をしていただろうし。
    500g程度の赤ちゃんだが、今日はなんだか失敗する気がしなくて、じっさい一撃で入った。不安を感じないくらい寝ぼけてたんだろうか。客観的に考えれば、若手が失敗してたのは「入る静脈を見つける」ことだったのだが。私が足首の血管を浮き上がらせてみせたら、彼女もあっという顔をしたし、たぶんそれは分かっただろう。でも今さら譲るには彼女の消耗は度が過ぎていた。
    PIカテーテルのピールオフ針を初めて使った。ロングカテーテルに付属のこういうピールオフ針は、サーフローやアンギオキャスといったショートカテーテルに比べて、先端のカッティングが粗雑で使いにくい。今回はPIのダブルルーメンを入れる必要があって、PIもダブルだと24Gのサーフローには通らないから、仕方なく、怖々とピールオフを使ってみた。結果的には成功したし、以前使った時よりは使いやすくなったような気がしたけれど、まだまだ改善の余地はあるように思う。
    カテ先の位置をX線で確認してから帰宅。今度は家族揃ってニックホビーショップへ行く。けっこうNICU業務に使えそうなものも売ってある。ただ、こんなものがあればいいなと搬送中なんかの急場に思いついても、急場のこととて数秒後には忘れてるから、実際に店に来てみると、なんとはなくものを買いそびれてしまう。
    カッターナイフの陳列棚に「肥後守」が売ってあった。子供の頃にはこの小刀で鉛筆を研いでいた。懐かしくて買ってしまった。一本500円。子どもの頃は100円で買った記憶があるのだが。ただ昭和50年代にはもう肥後守なんて年配の先生が思い出話に語るだけのもので、実際にそれで鉛筆を研いでいたのは私くらいだった。
    息子に鉛筆を研いでみせたら、ひょいと鉛筆削り機を寄越してくれた。親切といえば親切なんだけど、父がナイフで研ぐのにこだわっているようだとは推測できなかったらしい。
    左手の薬指と小指で鉛筆を保持し親指で刃を固定するわけだが、片手のなかに二つの物体を保持して別々に操作するってのは器用に手を使うということの第一歩なんだけれどもね。何とはなく、未熟児の下顎と喉頭鏡を左手だけで各々操作することにも通じてるような気がする。

  • 自動車学校へ入校

    当直明け。NICUは平穏であった。外来も数名拝見したが、明け以降に引っ張る重症例は無し(無いはず・・・あったら誤診だ)。当直の夜は、その夜が締め切りの仕事がない限りは「強い意志をもってひたすら寝ておく」ことを信条としているのだが、今回は拍子抜けした。めでたいことではある。
    朝から休暇を頂いて自動車学校へ。今後は余暇に片づけるつもりだが、入校の日だけは土曜日の午前中と指定されたのでしかたない。NICUが平穏であるのが返す返すも幸運であった。がさがさと採血して申し送りして、8時半に病院を出る。朝日が眩しい。
    入校は、諸々の仕組みの説明を1時間聞いて、次の1時間で適性テストみたいなのをやっておしまい。教習の仕組みは複雑である。法律でそう決まってますという文言が何回も挿入される。どの業界も堆肥のように過去の行政指導が積み重なって独特に発酵していると見えた。適性テストでは「私は我慢強い」○か×か?みたいな他愛ない質問に混じって、幻聴の有無をストレートに訊く質問が素知らぬ風で挿入されたりして驚いた。
    今は教習も空いているとのことで、次は水曜日の午後に2コマ連続での路上教習が予約できた。そんなに体力気力が持つのだろうかと後になって心配ではあるが。大学が夏休みにはいると混み出すから予約がなかなか取れなくなるんだそうだ。そういえば私も夏休みに取ったしな。
    でもまあ、全国探しても自動車学校に常勤医が通ってるNICUってうちくらいだろうな。
    「運転免許」タグの記事に関して「ほんとはヒマなんじゃないの?」という意地の悪いつっこみは無しってことでひとつよろしくお願いします・・・ええ、今はほんとにヒマなんですが。