カテゴリー: 日記

  • ににんがしっ! にさんがろくっ!

    毎日行われる病院の朝礼をサボり続けています。
    キリスト教の病院だから、賛美歌を歌い牧師が聖書の一節を読むというのは頷ける話です。院長から平職員までのなかの誰かが何かスピーチするってのも、まあ良いでしょう。院長も言いたいことが積もっているんならブログでも書けばいいじゃないかと思わなくもないですが。
    この朝礼で叶わないのは、冒頭の「病院の基本理念」の出席者全員での唱和です。なんだか、少年ジャンプに連載されていた「魁!男塾」にあった「九九の唱和」がどうしても連想されましてね。いい大人がまじめにやってるんかな?と思います。アホらしくって背中がむずむずします。止めましょうやと申し上げるのもばかばかしいし、申し上げても病院上層部にはまず理解してもらえないか、下手に理解されたら私の首が危なくなるか。こういう感覚的な批判って逆鱗に触れやすいですからね。
    この唱和は昔からやってきた事じゃなくて、病院機能評価の際に、審査に来られた人が職員を捕まえて「病院の理念を言ってみろ」と仰った際にもすらすらと答えられるようにという配慮の元で始まりました。いや、ほんとに聞かれるらしいですよ。病院機能評価というのはじつに色々なことを問題にするものだなと思います。職員を捕まえて「あの患者さんが急に意識を失って倒れたら君はどうする?」なんて聞いたときにすらすらと答えられたらそりゃあ偉い病院だよと思いますがね。いったい看護助手のおばちゃんが「病院の理念」を暗唱できるってのが良い病院に必須の条件なんでしょうか。患者さんはそんなこと問題にするのかな。問題になさいます?
    真面目にやってるとしたら、朝礼のこの段階でうちの病院職員の頭が日常の「普通の頭」から非日常の「病院職員の頭」に切り替わるんだと思います。この切り替えが患者さんのためになることなのかどうか、ちと、疑問ではあります。
    いや、現実の話ですよ。カフカの小説じゃないですよ。

  • 久々にJRに乗った

    24日に「アレグリア2」を観に大阪へ行った。久しぶりにJRに乗った。
    行きがけに大阪環状線に乗った。大阪駅ホームでの待ち位置が端っこすぎて、1両目に乗ったが、運転席の後ろは黒山の人集りであった。運転席の後ろは歩きにくいくらいだったのに座席には空席があった。大和路快速の車両は確かに先頭車両から前方への見晴らしが良かったし、単純に風景を見ていた人が大半であったのだろうが、運転手さんの立場としては仕事がしにくかったろうと内心同情した。視線は感じたろうし、かといって後ろを振り向くわけにもいかんだろうし。
    帰りがけ、京都駅の改札で老人が駅員を怒鳴りつけていた。延々と怒鳴っていた。相手に自分のメッセージを伝えることよりも怒鳴りつけることそのものを目的とした怒鳴り方に見えた。メッセージの内容が何であれ公衆の面前であの怒鳴りかたをしては相手に伝わるわけがないなと思った。加えて、何となく、老人が「公憤」に駆られる正義の味方として怒鳴っているようにも感じられた。世間一般は自分の味方であり、自分は社会の正義の声の代弁者として悪のJR西日本を懲らしめてやってるんだという感じ。生真面目でナイーブな罵声。止めに入るには私も暑さで参っていたので素通りしたが、あの罵声に黙って耐えていたというだけで私はJR西日本京都駅改札口の駅員さんに味方するつもりになった。頑張って下さい。本当の責任を担っているのはあなた方だ。「正義の味方」ではないのだ。

  • くたびれた

    この3日間ほど外来が私の許容限度を超えている。19日は連休明けでもの凄い多人数の受診。20日は当直明けでまるでペースが上がらず。二日間ペースを乱すと、それだけで本日21日もペースがつかめない。明日はどうなることか。
    でも半日1コマの外来で、だいたい私が担当するコマのほうが受診の人数は多い。人数だけの単純計算ならそろそろ私はうちの小児科の主力になりつつある。・・・まあ、そうとでも思って偉くなった気分でいた方が忙しいなか気張って働けるから宜しい。他人に言われると煽てられている気もして厭な感じがするが。
    当院でも医師や管理職の給与が年俸制になるとのこと。年俸の1割前後が実績で変動するらしい。何を評価するかという項目は各人に提示されるが、私に提示された分は、病院上層部に評価して欲しいと思っている項目とだいたい一致していて、なるほど今の方向性で間違っていないんだなとは思った。
    小児科部長が言うことには、小児科は一丸となって小児患者を診ているのだから小児科医師の評価は小児科全体の実績に基づいて全員そろって上下するとのこと。小児科内部でなら仕事を他人に押しつけてもかまわんということだろうか。何故にNICUの入院数が上がったら新生児の担当を構造的に免除されている人の給料まで上がるのか、私は世間知らずなこどものおいしゃさんだから今ひとつよく分からない。定時に帰って自宅待機してくれる人があるから安心して当直ができるんだということだろうか。まあ、お陰様という言葉を忘れてはいけないねとは思う。
    当直や時間外勤務の手当こそ働いた日数や時間数で変動はしてきたが、しかし仕事の内容に噛み込んだ勤務評価を受けるのは初めてのことである。たぶん、私より年長の医師たちも初めての経験なのだろうと思う。小児科部長が部下の各人を分けて評価するのをびびってるのも分からんことはない。それにまあ各人が内心は自分こそ当院小児科ではいちばん働いてるんだと思ってるに決まってるから(それくらい自分で信じ込める程度には働かなきゃまずいよね)、そのあたりの評価はなあなあにしておくほうが無難なのかもしれない。本式に各人別個の評価を始めたらとたんに小児科全体の実績ががた落ちしそうな気もする。医者ってそういうところはけっこうヘタレな人種だし。

  • 宴席は苦手

    新人歓迎の宴席があった。
    私は自宅待機番だったが、新しく配属になった若手医師と看護師の歓迎会であったから顔を出すことにした。会場は呼び出しがあれば応じられる距離にあり、他の医師のご自宅よりずっと近い。無論、酒は飲めない。自分の目の前を自分には手の届かないビールが行き交うのは大変に不愉快で、誰にも注がず料理ばかり食っていた。大変に旨い中華料理でそれだけは救いであった。
    今回はNICUと産科病棟との合同の宴会だった。NICU単独の宴席とは雰囲気が異なる。産科病棟のナースたちはNICUナースよりも自分の「おんな」を前面に出してくる。服装も大胆なら喋る内容もかなり大胆。先生今日はもう病院では何も起こりませんよとビールを勧めようとする輩さえある。勧められてここで飲んでもし何かあって下手をしたらクビになるのは俺だよ。笑って断ったが少々腹が立った。まあ勧める方はかなり酔ってるってことで情状酌量にはしたが。NICUナースの宴会出席率は産科合同だとがたっと落ちるのだが、恐らくこの雰囲気の違いが主因なんじゃないかなと思う。
    新人たちが芸をするというので料理がまずくなった。私は素人芸が大変に苦手だ。高校時代に吹奏楽部でできもしない音楽に手を出した罰かも知れない。痛々しさが耐え難い。耐え難い芸でも面白がっているふりをして笑って拍手してやれば良いのだろうが、私の家では暇つぶしバラエティのTV番組はほとんど見ないので、彼らの演じる「芸」のネタが分からず、彼らが何を演じているつもりなのか、どこで受けて欲しいと思っているのか、とんと分からないときた。面白くもなく理解も出来ないものは受けようがない。息子も交流学級ではこういう思いをしてるんだろうか。
    宴会のさなかに知らせがあり、病院に戻ったところで極低出生体重児の分娩立ち会いとなった。むろん素面のNICUナースたちが出迎えてくれる。自分の居るべき「正しい場所」(@内田先生)に戻ってきた感があった。

  • たたかうきみのうたを たたかわないやつらがわらうだろう

    1週間、毎夜病棟であるプロジェクトを進行させていた。
    重度の障害のある患者さんに、ある治療法の導入を試みていたのだが、
    ようやく成果のあがりかけた矢先に主治医から一方的に中止が宣告された。
    毎晩定時に帰り、今回の夜のプロジェクトに一滴の汗すら流していない主治医が、
    いつの間にかカルテに今回の一件全て中止と指示を出していた。
    私は看護師にその指示が出たことを知らされた。直接には何の挨拶もなかった。
    ご家族には今回のプロジェクトで挙がりかけた成果を全て自分の僅かな処方の成果と説明してあった。
    頭の中に中島みゆきの歌が響いた。
    しかし今回の一件で収穫もあった。新しく配属された若手と、幾人かの若い看護師たちの根性を実地に確かめることが出来た。特に若手の意外な根性を見たのは嬉しかった。この子となら、来年から認可病床数が増えて当地最大となる予定の当院NICUを切り盛りしていくのも何とかできると思えた。

  • ACアダプタ紛失

    携帯機inspiron300mのACアダプタを紛失してしまった。重さ1.3kgのinspironは同じ体重の極低出生体重児なみに腹を減らすのが早く、何時の間にやらすっかり放電して気を失っているので立ち上げようがない。まあデータ満載の記憶デバイスを紛失したと言うのよりはなんぼかマシだしと、あの蒲萄はすっぱいに決まってる的な言説を弄して自分を宥めておく。どうせ自宅の居間の混沌のなかに埋もれているはずなので、明日帰ったら掃除ついでに片付けだ。
    こうして書き込みができているのは医局にiMacを置いてあったお陰である。不意に電源が落ちることが度重なり皆の堪忍が切れてNICUを廃棄処分になりかけたのを拾ってきたもの。救っておくものだねと思う。もしもこのiMacもないままACアダプタを本当に買い直すことになってしまったら、手元に届くまでの数日なり数週間なりが医局からネットに繋げずちょっと難儀したところだ(遊んでいるわけじゃなくて仕事にもメールとか使うんです)。
    ハードディスクを掃除するついでにVineLinuxを入れてみた。MacOSのままだとファイアウォールソフトを入れろとかなんとか上が五月蝿いので。昔からVineは日本語環境に優れていると聞いてはいたが、.emacsをいじらなくても秀麗なフォントで日本語が書けるので驚いた。TeXもyahtmlもお仕着せでインストールしてくれてある。なんで昔からvineを使ってなかったかなと後悔するほどの快適さ。

  • 腸重積

    今日の子はちょっと怖かった。嘔吐を主徴とする腸重積なんて初めてだ。大抵は異様な不機嫌さとか間歇的な腹痛とか、それなりの症状があるものだと思っていた。たしかに腸重積もイレウスの一種ではあり嘔吐してもなんら不思議ではないのだが。またウイルス性胃腸炎の合併症として腸重積を生じたのであれば、どこからどこまでが胃腸炎の症状でどこからが腸重積の症状か、わかりにくいこともあろうかとは思うのだが。ウイルス性胃腸炎なんて初発症状はたいてい嘔吐に決まってるのだから。それでも、だ。もう10年やってて、腹痛ではなく嘔吐で来る腸重積なんて記憶にない。理屈のうえではそんなこともあるだろうよと思うけれど、感覚的なレベルでなにか違和感がある。
    今日の子は不機嫌になるかわりにとろとろと眠っていた。顔色は比較的良好に見えた。腹部触診ではぐんにゃりと緊張を失った腹壁がいかにも胃腸炎だった。腸蠕動音は若干亢進していたが決して金属様には聞こえなかった。腫瘤などまったく触知できなかった。それでも、超音波を当てると、ぼこっとpseudo-kidney像が映った。右腎が二つあるってんでなければこれは腸重積だ。でも、その典型的な超音波所見を前にしてさえ、この子の桜色の顔色との食い違いがどうしても納得できなかった。
    腸重積の子が意識障害を呈することもあるというのは、それなりに本で読んで知ってはいた。その記事を書いた先達は実は私の研修医時代の先輩であったからなおのこと、しっかり読ませていただいていた。こりゃあ寝てるんじゃなくて病的な意識障害だとは思い至ることもできた。やれやれだ。この子の理学的所見で、私の知識と符合したのはほとんどこの一点だけだった。でもよ、腹部の病気で一致してるのが神経所見だけって、ちょっと過酷に過ぎるような気もする。
    注腸造影は確かに腸重積だった。高圧浣腸でなんとか整復もできた。他にどうしても外せない用があってこの処置は当直医と若手にお願いしたのだが。私は実質、エコーを病棟に運び込んで子どものおなかに当てて考え込んだのみ。勉強になると言えばこれほど勉強になるケースはなかった。しかし何にもしてねえな。
    この子が腸重積なら過去にも俺は多数の腸重積の子を見落としていたんじゃないかという不安が湧いてきた。片っ端から嘔吐の子に超音波を当てるってのも過剰診療だとは思う。冬場なんて一日30人くらい超音波検査をすることになる。超音波は第2の聴診器とも言うし、怪しいときにはどんどん使うというのも戦略ではあるかもしれないけれども。
    まとまらない。

  • ライターかマッチか持ってませんか

    夜間に手ずからグラム染色をする必要に迫られた。火炎固定をしようにも検査室に火の元がない。細菌検査を外注したときにガスバーナーも始末したらしい。深夜の病院で火を探して歩くはめになった。当直の事務員さんも、夜間救急の順番待ちの患者さんもお持ちでなかった。当直の放射線技師はたまたま非喫煙者だった。看護師にはけっこう喫煙者が多いのだが、深夜勤務の病棟に持ち込んできている強者はなかった。結局はホスピスに入院中の患者さんからライターを拝借した。詰め所にたばことセットで預かってあったもの。
    ちなみにグラム染色というのは細菌検査の基本。

  • 嬉しさが滲み出ておられますね

    JR福知山線の脱線事故は、当日の午後に医局のうわさ話で知った。割と近くで大きな事故ですねと語る奴らの顔が興奮に輝いていた。実に嬉しそうだった。こいつらが現場に居合わせたところで、とっさにやることは救助活動よりもまず記念写真撮影なんだろうな。
    帰ってから見たテレビでは、JR西日本の社長が、犠牲者の遺体を安置してある体育館を訪れていた。入り口で多くの取材記者に取り囲まれて前進できなくなっていた。取材陣から怒号が飛んでいた。社長が遺族に会うことをすら妨害してでも社長を罵倒することが彼らの正義であるかに見えた。取材対象とコミュニケーションを成立させて有益な情報を得ようとする意思はかなり薄そうだった。それでも、随分と楽しそうだった。
    我知らず溢れる喜びの表情に、この面々の品性の程度が垣間見えた。
    妻は息子に事故報道を見せないようにしていた。事故現場など破壊系の映像は頭から離れなくなるらしく、見せると当面は壊れちゃった壊れちゃったと繰り返しつぶやき続ける。「壊れちゃったね」と確認を求められるのも頻回に及ぶと周囲もうんざりしてくるのだが、本人も、反芻して楽しんでいるのではなく、映像に取り憑かれて苦痛を感じているらしい。面倒くさい性分ではある。しかし、卑しくはない。

  • 当直は暇だった

    天気予報によれば昨日来西日本には大雨に注意が必要だったらしい。京都ではそれほどの雨ではなかったような気がするが。しかし夜間当直の時間帯は救急の来院がとても少なかった。お出でになる子も、こりゃあ待てんわと納得させられる子ばかりだった。待てそうな病状の子なら夜間に雨中をつれ回さないという常識が現代日本の平均値以上に機能しているのだろうと思う。非常勤で応援にきてくれるかつての級友が口をそろえて「君のところは客層が良いよ」と褒めてくれ、呼べば嫌がらずやってきてくれると言うのも、我々の人徳ではなく、当院の患者さんたちの人徳の成果なのだろうと思う。
    無論、待てない病状と言うものもある。雨天がきっかけで発作を起こす喘息の子もある。喘鳴で眠れぬまま朝を迎えるよりは一歩救急へ足を運んでいただいて発作を納めてから親子共々寝るという、そういう救急の利用は「あり」だと思う。
    NICUのハミングIIが動かしてみると駆動音に異常な音調が混じるようになった。危なくて赤ちゃんの人工呼吸器としてはとても使用できず、廃棄稟議書を書かねばならんなと思っている。最近はVばかり使ってIIはお蔵入りしていたのだが、Vはまったくトラブルなしに稼働しているのにIIのほうがつぶれたと言うことは、機械は使わないのが一番痛むということなのだろう。IIはもうメーカーでもメンテナンスサービスを停止しているから再生の道はない。振り返って、あんまり使いこなせてなかったなと思う。もともとHFOって苦手なんだ。今一つ赤ちゃんの呼吸状態が直感的に把握できないんだよね。加えてIIは機械として未完成な部分があって、気道内圧も設定値と実測値が微妙に違ったりして調整操作も繁雑だった。