カテゴリー: 日記

  • 丸善に行ってきました

    先日の水曜の午後はOFFでした。「小児内科」のバックナンバーを買いに丸善へ行ってきました。なぜか今年は年間購読予約を何となくし忘れてました。今さら・・・とも思って読みたい特集の載っている号だけ買うことにしました。
    いわゆる書籍扱いの医学書はアマゾンで買いますが、「小児内科」バックナンバーはまだ取り扱ってないようでした。発行元の東京医学社ウェブサイトでも通販できますが送料がかかる上に代引きです。手間が辛い。
    大抵のお店は危険物持ち込みお断りですが京都丸善では柑橘類も危険物と見なされます(嘘です)。店の一角に文庫本で「檸檬」を平積みにしてあるところが、ベタベタにお決まりで良い味出してます。「当時の本店」みたいな写真も出ています。丸善がやることは何でも上品に見えます。でも、どういう展示でも、梶井基次郎氏は顔写真をなかなか出してもらえないなあと思います。彼の容貌はあんな繊細な文章を書く人には見えないんですよね。ゴリラそっくりです。
    丸善京都店6階は医学書とコンピュータとその他諸々の書籍フロアで、私には天国のようなところです。店員もいかにも丸善の店員という上品さで、きっちり黒の背広で決めて物腰も丁寧です。ワイシャツに「フロムA」のロゴの入った黄色いエプロンを付けていたりはしません。
    コンピュータ関連の書籍売り場にも久しぶりに行きました。昨今はこんなのが流行ってるんかというのが背表紙の配分から読めて良いです。たまには実物を手に取ってみるってのも有意義だと思います。実物を手にとって考えておもむろに帰ってアマゾンで発注したりもするんだけど(家まで持って帰るの重いしね)。山形浩生さんが翻訳された書物も何冊か、これまで知らなかったのがありました。この人が絡んだ本は大抵面白いので読むことにしています。1冊買ってきました。アマゾンばっかりじゃなくてリアルの本屋もたまには良いものだと思います。
    他のフロアも、例えば2階の文庫本のフロアにしてもその整然とした風格が一般の書店と一線を画しています。文庫本だけが静かに並んでいて、控えめだけど美しい感じです。装幀が統一されている文庫本がきちんと棚に収めてあると、その背表紙のリズムだけでかなり美しい展示になるものだと思いました。出版社が販促目的に送りつけてくる旗や垂れ幕やシールの類も見あたらなかったように思います。探せばあったのかな。
    「小児内科」はお目当ての特集号がほぼ揃っていて、きっちり買い込んできました。「ほんとにこれだけ読むんかい」という妻の冷たい視線を予想しながらの帰り道でした。

  • NICU大掃除

    最近NICUからの退院が相次いで、暇を託っています。病棟はがら空き。
    婦長さんが突然思い立って「掃除をする」と言い出し、院内清掃の外注先であるダスキンさんに電話をかけました。なんか「ダスキン呼ぶなら100番100番」を地でいくような主婦的な電話の仕方でした。暇なときには暇なときにしか出来ないことをするというのも主婦的発想で良いと思いました。私も主任も「片づけられない人」で、そういう片づいた発想ができません。暇だなあ・・・とぶらぶら遊んでいるうちに繁忙の次の波がやってくる、という風でした。
    でも、やっぱり婦長さんが直に電話したりするものだから、クレームが付くのかとダスキンの偉い人が青くなってNICUに駆けつけてきました。ちょっと気の毒でした。
    今日はその実行の日。コンビニの床掃除をやってるような機械やら大きな送風機やらもってダスキンのスタッフがやってきました。床を洗剤で洗ってワックスを掛けてもらいました。洗剤液がみるみるどす黒くなったのには参りました。汚部屋脱出!ってやつですか。ダスキンさんも呆れておられたろうなと思います。ちょっと恥ずかしかった。
    ダスキンさんは時々ドーナツを差し入れてくれます。むろん子会社の製品です。
    ミスタードーナツではやっぱり清掃はダスキンがやってるんですかね。子会社の清掃を親会社がやるってのもなんかこう・・・でもそれを変だと言うのは職業差別ってやつでしょうか。

  • 亡くなりました。

    伝染性腹膜炎を患っていた子猫が昨夜亡くなりました。
    和机の下に潜り込んで、お気に入りのマットの上で動かなくなっていました。
    1匹目に比べてあまり苦しまなかったようにも思います。
    娘はひとしきり泣きじゃくって、それから折り紙でバラの花をいくらか折って
    段ボールの棺に入れてやっていました。
    ご心配いただいた皆様、ありがとうございました。

  • ATOK for Linux 発売だそうで

    機能的にほぼATOK17と互換のATOK for Linuxが発売になるそうで。
    WindowsXPを使い続ける理由がいきなり消滅したんですが・・・Linuxに戻るかな。
    いまXPを使ってる理由ってATOK17で日本語が書けること位だもんな。

  • 「ショーシャンクの空に」

    今日はセカンドオンコールの番。日当直が忙しくなったときに呼ばれる役回り。とりあえず午前九時から出勤して救急外来と一般病棟回診をする。でも一般病棟は入院1人だけだし外来も閑散としているし、日当直の若手が小一時間でNICUの朝回診を済ませてくれたので救急も任せて帰ってきた。
    午後からレンタルDVDで「ショーシャンクの空に」を観た。
    気分が鬱々としているときには、逆境で希望を捨てず耐え抜いて逆転する物語が快い。
    原作はスティーブン・キングの「刑務所のリタ・ヘイワース」です。たしか学生時代に読みました。新潮文庫の「ゴールデンボーイ」に載ってます。春夏秋冬と四季に合わせて中編を四作というシリーズで、2作ずつ2冊になっていて、中にはかの有名な「スタンド・バイ・ミー」もあります。ちなみにホラーではありません。スタンド・バイ・ミーもホラーではなかったでしょ。
    キングのストーリーテリングの天才ぶりは本作でももう面目躍如です。出演者たちも、ティム・ロビンズもさることながら、モーガン・フリーマンがまた良かった。「ドライビング・ミス・デイジー」で運転手の役をやった俳優さんです。彼を出演させるために登場人物設定を変えて黒人にしてしまったとのこと。
    結末は原作を読んだので知ってるんですけれど、それでも最後まで観てしまいました。けっこう気分が晴れました。映画一本で紛れる程度の落ち込みでがたがた言っては、本格的に鬱で苦しんでおられる方々には申し訳ないような気もしますけど、でも良くできた映画ってのは気分を洗ってくれますね。

  • 誇り高く

    一度、ご自分のお子さんをじっくり見ていただきたい。そして、その子はあなたが待っていた別の子ではないことを、しっかりとかみしめてほしい。自分に言い聞かせてみよう。「この子は、私が期待していた子、予想していた子とは、別の子だ。子どもがお腹にいるあいだ、そしてあの陣痛のあいだ、思い描いた子とは、別の子だ。大きくなったらあれもいっしょにしよう、これもいっしょにやろう、と思っていたのとは、別の子だ。あの子は生まれてこなかった。この子は、あの子ではない」それから、静かにその場を離れ、気のすむまで嘆けばよい――ただしその子のいない場所で。それは、あなた自身のために必要な喪の作業なのだから。あなたは、失った子への思いを手放すことを学ばなければならないのだから。
    そうして、もう一人の子を失ったことを受け入れられるようになってきたなら、戻ってきて、自閉の子どもをもう一度よく見ていただきたい。今度は自分にこういい聞かせてみよう。「この子は、私が待っていた子、予想していた子とは別の子だ。何かの事故で、空から私の目の前に落ちてきた異星人の子どもだ。この子はいったいどんな子なんだろう。どんな大人になるんだろう。でも確かに子どもにはちがいない。同じ種族の親と生き別れ、見知らぬ星にたった一人で不時着した、宇宙の子。だれかが世話をしなければいけない、だれかが導いてやらなくてはいけない、だれかが通訳してやらなければいけない、そしてだれかが権利を守ってやらなければいけない幼い生き物。この異星人の子は私の目の前に落ちてきたのだもの、その気になれば私が引き受けたっていいはずだ」
    もしもこの話を読んで勇気がわいたという人がいたら、どうかわれわれの仲間になってほしい。勇気と決意とをもって、希望と喜びを手に、われわれのもとに集まってほしい。胸踊る一生があなたを待っている。


    ニキ・リンコさんのウェブサイトから「我らの存在を嘆くな」の最終章を引用しました。リンクが切れていたのを修復しましたから、是非とも全文をお読み下さい。みなさま。
    我が家はおそらくは代々の自閉症スペクトラムの家系です。ご先祖の話は変わり者の話ばかり。ただ3代前までの我が家は結核への対処の方がよほど大変で、少々社会性に欠ける性格などもう構ってる暇はなかったのでした。私と息子の違いは恐らくは質の違いではなくて程度の違いだけです。
    息子と暮らす生活がそれほど悲惨なものとは思いません。日々が平穏に過ぎていきます。
    200年前くらい、我が家が大村藩の下級武士だった時代なら、案外と、こいつもお城と屋敷を往復してそれなりのお勤めをしてたのかもしれないなって思ったりします。私とて迂闊に医学部に進まず会社勤めなんてしてたら今頃とおっくにリストラされてるでしょうね。どうも私は周囲にいる「普通の」人たちとはなにか違うらしいから。それは子どもの頃から薄々感じてはいるのですが何が違うのかは分からない。小学校や中学校の級友たちは折に触れ指摘してくれたんですけどね。好意的だったり苛めやからかい半分だったり態度は様々であったにしても。医学部の試験では記憶力は問われたけど社会性なんぞ誰も試験しないんでボロは出なかったし、その後も究極的に構造化された環境であるNICUに潜り込むことが出来たんで、まあそれなりには暮らしてます。
    まあ、喰って行けてるんだからそれでいいじゃないか。誇り高くいこうや。
    親父の私は身構えてますが、息子はそんな無用の概念には興味なく、リアルロボットの次のパーツのことで頭が一杯です。シンプルな生き方。よほど魅力的な人生を送れるような気もする。ちょっと羨ましいかも知れない。

  • 敬老の日に関連して

    私はN先生の最晩年の弟子だと勝手に思っている。
    N先生はうちの病院の患者であった。お目に掛かった当時、すでに脳血管障害でか言語はなく、車椅子で移動しておられた。上品な老婦人が車椅子を押しておられたが、奥様であったのだろうか。
    私は毎週木曜のリハビリ担当医師と言うことになっていた。週一回お出でになる先生に、お加減は如何ですかと聞くと、いつも実に清々しい笑顔で、片手をちょっと上げて挨拶してくださった。
    完全に失語し自力歩行もできなくなった状況でなお、私の如き若造を心服させるような尊厳をお持ちであった。先生にお目に掛かるまでは、私はそのようなことが可能だとさえ思っていなかった。先生の謦咳に接して、このように老いることができるなら、老いるのもそう悪くないかも知れないと思った。
    ご高名な先生なのですかとは何となく聞きそびれていた。やがて先生は肺炎で亡くなられた。しばらくして先生の訃報が新聞に載った。反骨の歴史学者であったとのこと。豪快な人格で後進の尊敬を集めておられた由であった。

  • 下品な顔が気にくわない

    テレビで見ていて球団側の人を小馬鹿にした顔が目に付いた。
    黄門様が本当に越後の縮緬問屋のご隠居だと思っているときの田舎代官の顔だ。
    一般公開されるインタビューでの場面でこんな下品なしゃべり方をする人間は非公開の交渉の場ではいったいどのような態度を取るものだろう。せめてもう少し誠実そうな振りをするくらいの礼儀を取れないものだろうかと思う。
    こんな奴しか居ない経営陣では商談の場でも相手の信用を得られないだろう。経営が傾くのも道理だ。どれほど選手が優秀でもファンが熱心でも経営は良くならない。
    この機構側の下卑た顔が気にくわない故に、私は選手会側を支持する。
    古田が赤星を2塁でアウトにしようとする時の、せめて1000分の1くらいでいいから、真剣な態度ってやつを見せて欲しいものだ。真面目に考えた末の結論だってことをファンに見せてくれ。