自閉症児とリアルロボット
息子が週刊リアルロボットを購読しています。週刊誌(最近は隔週刊)の付録にロボットの部品を小分けにつけてあり、毎週少しずつロボットが出来上がっていくというものです。
本来は大人の道楽で、小学生には難しいかと思っていたのですが、彼は一回分の作業の説明書を理解するのに3秒と掛かりません。ほとんど本を開くと同時に部品に手をつけていますが、それでも一応は正しい手順で作業が進みます。自閉症児が視覚認知に優れているってのは判りますがね。やっぱり好きの一念がなせる技ですかね。
ただ、次の部品が届くまでの1~2週間を黙って待てず毎日毎日ドライバーやペンチでいじり回しているからちょくちょく壊れます。まともに走ってるのを見たことがありません。で、ばら売り部品を買ってくれと要求してきます。どの部品が第何号の付録だったかまできれいに把握しているからたいしたものです。
そこで、ためしに、買って欲しい部品を一覧表にさせました。そして、お手伝い(風呂の掃除とか猫のトイレ掃除とか新聞を取ってくるとか)あるいは宿題をするたびに、各部品の棒グラフを少しずつ書き足していき、満額になったらその部品を買うという方式にしました。
そしたら息子の素行が随分よくなりました。宿題は喜んでするしお手伝いもするし。やってやらないことはないけれど今ひとつきっかけが無くて取りかかれない、という類の仕事の取りかかりが随分よくなりました。やいやいと口うるさく催促されて挙げ句にべそをかきながらお手伝いというのでは本人も苦痛なはずです。報酬で釣るってのも何か犬やイルカの訓練みたいで変な気分ではありますが、やらないのを叱られて気分悪くお手伝いをするよりは、報酬を楽しみにでも気分よく暮らした方がマシではありましょう。親の喜ぶ顔とか誉め言葉とかが報酬になるほど社会性が発達していたら自閉症とは言わないですな。
ゆくゆくは十円玉を報酬に使おうか、とも思います。今はお買い物の練習を、その当のリアルロボットを買う時に本屋で行っています。毎週火曜日の小学校が引ける時分に変な小学生が予約済みの雑誌を買いに来るので店の人も判っているらしいです。他の店でも買い物の練習をして、それから自分の小遣い銭を溜めて自分の欲しいものを計画的に買う稽古もして。
いろいろと学んで自立へ向かわねばなりません。いちおう、将来的には障害者枠でであれ就労して自活して貰いたいものだと思っています。月7回8回の当直なんてヤクザな仕事しててこの子の将来を十分見届けられるほど長生きできるわけないですやね。その上、実家の仏壇を眺めてみると、我が家で維新以降還暦を過ぎて生きていたのは父が初めてです。あんまり長生きする血筋じゃなさそうだ。
そもそも、親が子よりも長く生きたいと思うのは重症の障害児を抱えた親が等しく思うことですが(『この子を残しては死ねない』ってことね)そんな悲惨な思いをして頂かないような社会を作るという点に関しては、小児科医の私は職務上の責任も負っています。当たり前に、子供たちに後を託して死にたいものです。
カテゴリー: 日記
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自閉症児とリアルロボット
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原稿用紙の呪縛
久しぶりに縦書き原稿用紙を使ってみている。高等学校の現代文の授業以来だ。懐かしい。自分の感覚にぴったりと寄り添う本来の書き方に帰ったような感じがする。たいそう楽にも感じる。会話で言えば九州訛りで喋る楽さにも例えられようか。
自分の文章を縦書き原稿用紙と横書きのエディタで比べてみると、なにより目に付くのは句読点の打ち方の違いである。縦書き原稿用紙を使うと、横書きではまず区切らなかった位置で句読点や改行を入れている。文章のくどさが目に付くのだ。プロポーショナルフォントを使っての横書きでは自覚しなかった程度のくどさでも癇に障ってくる。
どうやら私は、この程度の字数で句読点、この行数で段落更新、と縦書き原稿用紙の見た目で文章を整えるやりかたを身につけていたらしい。形式にとらわれず自在闊達に書いていたつもりの自分が、この原稿用紙という体裁に、思わぬほど深く縛られていたことになる。
武道でも芸事でも、それを身につけることで習熟してゆくような「型」はあるものだ。内田先生の著書でもサイトでも再々登場する概念だ。原稿用紙縦書き四百字というのも、文章を書くことを学ぶための「型」と言えば言えよう。
であれば、型に縛られていることそのものはそれほど悲観すべき事ではない。単にまだ自分が型を超越できるほどの達人にはなっていないということだ。むしろ原稿用紙という型を練習することが達意の文を書けるようになる早道であろう。
むしろ問題なのは、この「型」に対して無自覚であったということだ。自分の文章、翻っては自分の思考を束縛するものに対して無自覚であるのはよくない。せめて、自分は何に制約を受けているかくらいは自覚していたい。
今回はワードの縦書き原稿用紙テンプレートで下書きをして、カットアンドペーストでこのブログに投稿してみた。いつもの文章とはどう違うだろう。私の作文教育を担当した小学校から高校までの国語の恩師たちなら、私の地は今回の文章だと仰るはずだ。
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読売新聞によれば子を虐待する親は鬼畜以下だということだが
7月6日の読売新聞の「編集手帳」にはこどもを虐待する親について鬼畜以下と罵ってあった。一面に載る論評であることを思えば、私見というに止まらず、読売新聞の看板を背負って他人を鬼畜以下と罵っていることになる。当の紙面は一通り読んではみたが、何で今更のように虐待親を罵らなければならないのか、その必然性が今ひとつ掴めなかった。まさか、ネタが思いつかないからひとつ虐待親でもどついて溜飲を下げようとでも思ったんじゃなかろうね。
無断転載不可との事だし所在だけ書いておきます。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20040705ig15.htm
そんな無造作に他人を鬼畜呼ばわりするもんじゃないと私は思う。こと児童虐待に関しては尚のこと。罵るほうのお里が知れる。
子育ての本当の苦労を知り、我が身を謙虚に省みる分別をもった大人なら、虐待事件の報道に接して感じることは、この親の姿は昨日今日明日の我が身ではないかとの戦慄だ。そのおののきを感じつつそれでも虐待親の人格を否定できるとしたら、自分に甘く他人に厳しい二重基準の倫理観の為すところだと思う。あんまり賢そうに見えない。格好良くない。
今後も子育ての過程が残っている人が自分は虐待とは無縁だと思っているとしたら甘いの一言に尽きる。子育てを終えたが自分は虐待とは無縁だったと総括している人がもしあったら、そういう人はただ御自身の僥倖に感謝するに止めておかれたが善い。幸運に恵まれたというのは他人に対して居丈高な態度をとれる理由にはならない。
児童虐待という行為そのものは憎むべき罪悪である。別に虐待を奨励したりはしない。解消できないものと諦めるつもりもない。しかし、虐待を論じるに虐待親を罵って結論とするのは浅慮に過ぎる。運転手の人格否定で交通事故がなくなることはない(おそらく減ることさえない)し、医療スタッフの人格否定で医療過誤がなくなることもない。教師の人格否定で教室崩壊が防げるわけでもない。どうして児童虐待に関してだけは親の人格否定をもって結論とする浅薄さがまかり通るのか。
知らなきゃ教えておいてあげるけど、公器と自ら称する全国紙の一面で鬼畜以下と罵っても文句を言われる筋合いはないという風な、他人をそういう風に扱うのを虐待というのよ。
浅慮すぎて論が中途半端に終わったから、取って付けたように江戸ローカルな祭りの風物なんて付け足して字数を稼ぐ羽目になっているじゃないか。こんな下手くそな記者に一面の論評なんて書かせるなよ。今年も全国の高校大学の入試問題への採用数で朝日の天声人語に負けるぞ。たぶん「ののちゃん」にすら負けるんじゃないか?
既に親鸞聖人が喝破しておられる。まあ著作権も問題ないでしょ。歎異抄
の第13章から引用です。
よきこころのおこるも、宿善のもよほすゆゑなり。悪事のおもはれせらるるも、悪業のはからふゆゑなり。故聖人の仰せには、「卯毛・羊毛のさきにゐるちりばかりもつくる罪の、宿業にあらずといふことなしとしるべし」と候ひき。
またあるとき、「唯円房はわがいふことをば信ずるか」と、仰せの候ひしあひだ、「さん候ふ」と、申し候ひしかば、「さらば、いはんことたがふまじきか」と、かさねて仰せの候ひしあひだ、つつしんで領状申して候ひしかば、「たとへば、ひと千人ころしてんや、しからば往生は一定すべし」と、仰せ候ひしとき、「仰せにては候へども、一人もこの身の器量にては、ころしつべしともおぼえず候ふ」と、申して候ひしかば、「さては、いかに親鸞がいふことをたがふまじきとはいふぞ」と。「これにてしるべし。なにごともこころにまかせたることならば、往生のために千人ころせといはんに、すなはちころすべし。しかれども、一人にてもかなひぬべき業縁なきによりて害せざるなり。 -
病院内や電車内の携帯電話は本当に危ないか
これだけ携帯電話が普及したご時世に、病院内は携帯御法度と言うのもつまらんです。入院中の無聊を慰めるにも携帯は便利だと思います。ぼけ老人の相手に人手を喰われると文句を言っている暇に病棟での携帯電話の使用を解禁したら、たまにしか来ない見舞客以外には喋る相手もないまま一日過ごすようなご老人でも惚けずにすむのではなかろうか。小児科の勝手な考えですかね。でもあんな老人の入院生活と同じ事をやってたら私なら三日と持たず惚けますね。
勝手ついでに、私は重度身障のお子さんに付き添いのお母さんが子供さんがやっと寝静まった深夜にこっそり携帯使ってるのを黙認してますよ。看護師たちだってみんな知ってますがそのお母さんの苦労を知ってるからだれも咎めません。その僅かな息抜きを止めろなんてどういう顔して言えば良いんでしょう。その子が使ってる人工呼吸器は搬送にも使えるのが売りの携帯型です。搬送に使える携帯型呼吸器が携帯電話に負けてちゃあ話になりませんや。
従来型の携帯電話では植え込み型心臓ペースメーカーに対する最大干渉距離は800MHzの機種で11.5cm、1.5GHzの機種で4cm。第3世代のCDMAなら2GHzの機種で1cm、800MHzの機種でも1.8cm。従来型は出力800mWだけどCDMAは200mWとか250mWですし出力そのものも弱くなっているんですね。11.5cmに安全係数√2(この数字が何処から出てくるのかは知りませんが)を掛けて20cmていどなら、満員電車ではひょっとしたらそれくらい近接する状況があり得るというのが電車内でしつこく携帯電話を禁じられる理由だそうです。ペースメーカーを入れている人の胸元に携帯電話を押しつけて喋ると危ないってんですな。
最大干渉距離1cmなんて携帯電話そのものも胸に埋め込まんと実現できない至近距離ですな。安全係数を掛けても精々2cmどまりでしょ。アナログだった時代はもっと出力が大きくて危険だったのかな。いまの第3世代の携帯電話なら別に院内で使っても全然平気のような気がする。
病院内では医師を始め主だった職員は院内PHSを使っています。廊下のあちこちにアンテナが据えられています。10mと電波が届かないようで、それもそのはず出力がたったの10mWです。でも患者さんたちにしてみればベッドサイドで医師が携帯で喋ってるのに(傍から見たら携帯は携帯ですよね)自分たちが禁じられるってのは納得いかないでしょうね。 -
懐かしの諫早
「最長片道切符の旅」が終わった。昨日はその総集編が放送された。諫早駅が出た。不覚にも涙が出た。もう何年帰っていないかという町。母の故郷。
稚内から肥前山口までの最長片道切符の旅。その肥前山口の終着一歩手前のこの町で私は産まれた。
いきなり死にかけて。ついでに母も殺しかけて。
身長175cm体重59kgの骨格標本のような今の体型からは想像できないと誰もが言うが、私は産まれたとき4kgの巨大児だった。1968年当時、産科医は超音波装置など持っていない。推定体重という今では妊婦の年齢並に当たり前に手にすることのできる数字を、当時の産科医は手にできなかった。
当然のごとく、小柄な女性の膣をとおって産まれるには私は大きすぎた。とんでもない難産だった。危うく母を殺すところだった。私自身も危なかった。当時母が入院していた産院の婦長さんは強引に鉗子だか吸引だかで引き出すことを主張したという。婦長さんの言うとおりにしていたら私は助からなかったと、後で母に耳打ちした助産師が居たという。婦長さんにしてみれば母親だけでも救えと言う心境だったのだろう。
緊急母体搬送のうえ緊急帝王切開で私は分娩された。出生体重4085g。相撲取りにしろというのが母の聞いた第一声だった。母は出血が多くて輸血が必要だった。まだ血液の供給不足で献血手帳を集めてこないと日赤が血液を供給してくれなかった時代だった。
現在ならこんな分娩で母児に何かあったら訴訟ものだ。胎児の体重は分娩までにとっくに分かっているはずだし、身長150cmそこそこの女性が4kgを越える児を初産で出生しようとしているのなら、初めから帝王切開しろよとは言わないまでも、いつでも緊急帝王切開に切り替えられる態勢を取っておくのが当然だろう。血液は当然のごとく同型血の濃厚赤血球が十分量供給できることだろう。今どきこんなことで母児に何かあったら私は産科医の胸ぐらを掴みますよ。
しかし30年以上も前の西の果ての地方都市でのことだ。私と母が受けた医療は奇跡的とも言えるほど充実したものであった。
母方の祖父は裕福ではないにせよその高潔な人格で(とうていこんな日記を書く私の祖父とは思えないが)土地の人望を集めた人であった。母と父が職場結婚した職場は産院のすぐ近所にあり供血者も間に合うタイミングで得られた。多くのことが上手く噛み合った。どの鎖の環が切れても私は死んでいたか重度の心身障害を得ていたか、それとも母の顔も知らずに育っていたかだった。
その祖父も最近世を去った。祖父の死に際しては私も悔いるところがあるしそのうち書くとして、その葬儀で母は私をその当時供血してくださった方に引き合わせた。まだ碌々挨拶もできない若造であった私は無言で頭を下げるばかりだった。
その後いろいろとご縁を得てNICUに勤務することになった。何人かは救ったような気がする。それでも自分の受けた恩を世間に向けて返せた気はしない。総和ではまだ自分の受けた方の恩が大きい。
私が老いる頃には私が分娩に立ち会った子たちが大人になる。私はこの子たちにお願いする立場である。どうか、立派に生きて欲しい。胸を張って生きて欲しい。君たちの人生が充実したものとなりますように。その充実した人生に些かでも関与したものとして私も誇りのお相伴に預からせて欲しい。威張ろうとは思っていないんだ。ただ、諫早に在住の恩人たちに、あのときの赤ん坊が今は他の赤ん坊を救ってますよと、ちょっとばかりいい顔をさせては貰えないだろうか。
むろん、命がけで私を産んでくれた母にも。 -
暇なので保育器とオレオレ詐欺について考える
深刻に暇です。けっこう危機的。
重症3軽症3と空床情報にオファーしてあります。普通は1-1とか0-1ですよ。強気の時は重症1軽症1,手一杯で弱気の時は重症0軽症1,暇を自覚し始めたら重症2軽症2です。3-3ってのはひどい数字です。
当直明けにその日のNICU担当業務を9時から初めて10時にはもう暇を託ってますからね。今日は土曜日だから12時には帰り支度を始めますが。
うちはNICU認可病床6床、回復期6床で運用しています。今はNICU2人回復期3人の入院です。一人は長期の人工呼吸管理中ですが他の子らは大抵の医学的問題をクリアしてしまって後は体重が増えるのを待つだけです。看護師さんはそれなりに仕事もするけれど医師としては何にもすることがありません。この状況が続くと大赤字なんで部長は青くなってます。
NICUは看護師さんの忙しさと医師の忙しさのピークがずれる事がよくあります。軽症の子がずらっと揃ってると哺乳のおむつ替えの入浴のと看護師さんは目が回るほど忙しいですがそんな子には医師の手間は一日5分とかかりません。逆に人工呼吸管理・動脈ライン確保して血圧管理・中心静脈からドーパミンとドブタミン投与・末梢静脈から抗生物質とステロイド投与・輸血オーダー中・・・云々と来たら医師は保育器を離れられません。
今は保育器に入っているだけの子すら一人もいない体たらく。
保育器に入ってるだけ・・・そうそう、私らはそう言って済ましてますけどね。せいぜい数日も頂ければ観察期間も終わってコットに出て頂けます、そしたらご入院中のお母様のベッドサイドへも移って頂けます云々、私たちはそんなことを申し上げて親御さんに安心して頂こうとしがちです。でも親の立場では保育器に入っているだけって言われても結構応えますよね。
私は長女が分娩直後に保育器に入れられてるのを見ただけで膝が震えましたよ。
当時の勤務先でほぼ全例の帝王切開に立ち会い新生児入院の全員の主治医をやってた私がですよ、娘が保育器に入っている姿を見ただけでもう立ってられない気分でしたよ。そりゃ素人じゃなし、中に入っている娘が基本的には元気で深刻な心配は要らないってのは分かりましたけどね。でも膝は理性だけでは固定できない関節のようです。
まして「素人」さんがね。
例えば、その状況の親御さんに挨拶もそこそこに何か喋って同意を取り付けようなんて、世間ではそういうのをオレオレ詐欺と呼んで糾弾してますね。医療業界ではインフォームド・コンセントと呼ぶようですが。 -
移行?
こどものおいしゃさん日記革新です。
さるさる日記から移行してきました。しばらく運用してみてさるさる並みか以下かの使い勝手ならまたさるさるに戻ります。
ポイントは見た目のかっこよさとサーバの軽さ。
さるさるはサーバは軽いのですが見た目がねえ・・・派手でない。
テキスト内容だけで勝負かけられるほど(って小児科医が何勝負してるん?)強くないんだわ私は。
他のブログサイトにも行き当たっては見たんだけど
そこはサーバがちょっと重かった。
exciteでサーバが重かったりしたら笑っちゃうよね。
真面目な話としてさるさるで日記書いてて一番の不満はトラックバックがないことね。
自分としてはけっこう重大で他の人にも読んで欲しいことを書いてる積もりじゃないですか。
それに対して他の人が何を考えているか是非知りたいんですね。
個人宛には時々メールで感想を頂いてたんですけど
私信って公開するもんではないから話が発展しないじゃないですか。
ある程度は自分でもあれこれお書きで世の中に対するスタンスをあらかじめ公開しておられるような立場から
私が世の中に対して吐き出す愚痴あり挑発ありのごたごたをご評価いただきたいんですね。
所詮は先生商売なんだ。どこかで他人様の目を意識してないと無制限に腐っていくような気がする。
スキンの絵はまあ・・・大学時代がサイバーパンク(ちょっと恥ずかしい)の全盛期でしてね。
仕事でやってる集中治療って分野もこんなイメージかなって思いますし。
