昨日(6月27日)のニュース23の特集「自閉症と向き合う家族」を妻と2人で観た。そろって、辛めの感想を持った。もうちょっと視覚化・構造化できんものかねと。今回の特集は単に自閉症に関して一般的な啓発を図るものではなくて、周囲の対応が不十分な自閉症児はどれだけ毎日がストレスフルであるかというテーマではないかと、私は思った。
自閉症の少年がプールから上がりたくないと泣き、遊園地ではもう帰りたいと泣く。今の活動がいつ終わってその後は何をするというスケジュールの理解が出来ていないのが彼のパニックの主因ではないかと見受けた。お母さんに数字を書いて貰って喜んでらしたけど、数字が分かるならデジタル時計やストップウォッチとかタイマーとかが分からないかな。プールから上げるにしても、例えば、このタイマーが鳴ったらプールから上がっておやつですとか、そういうスケジュールがあらかじめ分かってたら、彼もあんなにパニックにならなくて済むんじゃないかと思います。視覚化の手がかり無しに、パニック起こした自閉症児に口々に「もうちょっと」なんて言葉かけだけで納得させようなんて、そりゃあ無理だ。そもそも「もうちょっと」なんてファジーな表現は彼ら最高に苦手なのに。
ご家族、特に今回の取材のきっかけになった作文をお書きのお兄さんには、大変に酷な言い方で申し訳ないのだが、今回の特集で判断する限り、自閉症に関してまず理解をしなければならないのはご家族の皆様ではないかと、私は思います。視覚化・構造化にどれだけの威力があるか、たぶんあのご家族はご存じないんじゃないかと思います。勘ぐりすぎでしょうか。
カテゴリー: 自閉症
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筑紫哲也ニュース23の特集「自閉症と向き合う家族」
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自閉症児を連れて結婚式に呼ばれる
身内の結婚式に一家で呼ばれた。自閉症児をつれて出てよいのかと不安でもあったが(相手の親戚が偏狭であったら最悪の場合破談に至るかもしれないじゃないか)、既に伝えてあるとのことで、甘えて出させて貰うことにした。媒酌人も新郎新婦もその公的生活での関係者ご一同も医療関係者であるから、自閉症児の振る舞いをみて素人並みに立腹されることはなかろうと腹を括った。
息子が耐え抜けるかどうか定かではなかったので、舅と義弟も招待して、いざというときの子守役をお願いしておいた。結婚する当事者は私の方に縁の深い人だから、私の身内は子守で中座する訳にはいかない。
神前の結婚式には連れて入らなかった。式の直前に舅に預けた。いざ会場に入ろうという直前に舅のもとへ連れて行ったので、引き渡しに手間を喰って一同を待たせてしまった。そこで反省の1点目、子守役の人へはさっさと引き継いでおくこと。そのためにも会場に入ってから出るまでのスケジュールを分刻みに確認しておくこと。このスケジュール確認の甘さが後々まで尾を引くことになった。
式に息子を連れて入らなかったのは正解だった。いったい何がどのように進行するのか私自身知らなかった。結婚式(披露宴ではなくて)に出たのは生まれて初めてである。身内の結婚式にそんなことを言っては失礼極まりないことではあるが、しかし、耐え難い儀式だった。馬鹿馬鹿しいとせせら笑う余裕もない。とにかく居たたまれない。理性の表層をぶち抜いて無意識のレベルで鳥肌が立つというか、視床下部あたりに直接刺激を入れて脳をかき回される感じというか。息子を抑えておくどころではない。自分が走り逃げないようにするので精一杯だ。身内の幸せを願うことと、この式に付き合うこととは、次元の違う話のように思える。私自身は研修医時代にどさくさ紛れで結婚してしまったので式など挙げられなかったが、今にして、あれで善かったと思う。新郎がパニックを起こして遁走しては目も当てられない。
或いは、その式の開始直前に福岡を震源とする地震の直撃を受けたからかも知れない。10年経つがいまだに揺れるのが恐い。
披露宴には連れて入った。あらかじめ息子の喰えるもの喰えないものについて伝えておいたので、料理にもそれなりに気を配って頂いてあった。息子もこういうときに生まれて初めてコーンスープを飲んでみたりして、良いところを見せてくれた。出されたものをぺろっと平らげるというのは、案外、学校給食の薫陶かも知れない。給食の時間は特殊学級で一等の優等生である。
問題点として、最近の披露宴では新郎新婦の生い立ちをスライド上映するのだが、その際に突然会場が暗くなったので、息子は半パニックになり騒ぎ始めた。「壊れちゃった」などと口走るものだから背筋が寒かった。彼は折り紙をさせておくとしばらく集中できるので、準備してあった紙を与えて凌いだ。会場が明るくなってご歓談の時間になったら、後は機嫌良くしていた。
会場が暗転するとは親も予想していなかった。息子にも暗くなることをあらかじめ伝えておけたらまだ不安も少なくてすんだはずだ。自閉症児の親として未熟なことであった。失敗失敗。式次第を聞き出しておいて、息子が何をすればよいかの課題を準備しておくこと、また暗くなると不安がるのは分かってるのだから暗くなるタイミングをあらかじめ息子に伝えておくこと。以上を反省したのだが、もう身内で息子を結婚式に呼んでくれそうな人は残っていないから、後悔先に立たずってことで、お粗末だった。
娘が白のドレスで着飾って、花嫁の付き添いやなんかしっかりこなしてカバーしてくれた。いつの間にか敬語で喋ることも憶えていて、父としてはいよいよ鼻が高かった。ただよく見るとドレスの胸元をハンバーグのソースで汚したりしていたのだが、それはまあ8歳のことでご愛敬。 -
一枚全部ディーゼル除雪車の鉄道DVD
当直明け。夕食後に息子が新しく買って貰ったDVDを出してくる。ディーゼル機関車特集の二枚組であった。うち1枚の鑑賞に付き合う。「白魔と闘う」云々と称するタイトルで、本編74分延々とディーゼル除雪車の映像が続く。マニアにも色んな分野があるものだねと思う。前半がラッセル車。後半がロータリー車。ナレーションは必要最低限だけ。雪の中の撮影で背景音もほとんどしない。静かな雪景色の中を赤い除雪車が雪をまきあげて走るシーンが淡々と繰り返される。美しくはあったが、最後まで付き合ったらさすがに腹一杯な気分だった。
息子は「三軸ボギーやね」とか言いながら見入っている。機関車の台車が映ると必ず言うので、なにか車輪回りの構造にそういう専門用語があるらしいとみえる。もう一つ彼がこだわるのは「前のライトは白、後のライトは赤」というもの。今回のDVDには一度だけこちらに向かってくる列車の前面に赤いランプが点っているシーンがあり、息子は「逆やね」と呟いて不機嫌な顔になった。滅多に怒りを表さない人だけに、あれはかなり怒っていると見えた。自閉あるいは鉄ちゃんの症状がもう少し重症ならパニックを起こしていたかも知れない。入れ替えかなにかの都合だったのだろうか。いや、べつに糾弾するつもりは無いんですけどね。 -
狙撃銃は遮蔽物の後から撃つこと
ディスクのトラブルで進行が止まっていた「ラチェット&クランク3」も父子で着々と進行中である。
息子のゲームを傍から見ていると、敵に丸見えの位置から狙撃銃(照準用の望遠鏡を背中に乗せた単発の銃ですな)でねらい撃とうとする。当然、照準器の向こうから敵がぼこぼこと撃ってくる。敵弾に当たると当然ダメージを受けるし衝撃で照準がずれるからこれは武器の選択として極めてまずい。まずいのだが諦めようとしない。甚だしきは数歩先の角から飛び出して向かってきている敵をおもむろに狙撃銃で撃とうとする。照準をつけて発射するまでに相応の時間もかかるし撃ったとて連射が利かないから一撃で倒せないと後が辛い。そう言うときは低反動で連射の利く突撃銃で撃つのだといくら言っても聞かない。
自閉症のこだわり行動で特定の武器にこだわっているのかと思っていたが、別のメカニズムもあるようだ。変装して敵を騙し警報を切らせたり扉を開けさせたりする必要のあるとき、敵の目の前で変装に取りかかっている。敵は当然こちらの正体を見破って攻撃してくるのだが、それでも変装した姿のままで反撃もせず敵に挨拶を続けてしまう。
多分「敵の視点」が分かっていないのである。 -
お母さんプレイステーション
プレイステーション2本体を2年で遊び潰して買い換えました。どうもレンズが汚れたらしくてラチェット&クランク3がハングアップするようになってしまったので。一生懸命になにか読み込もうとディスクをキュルキュルと音を立てて回している気配ですが画面が暗転したまま先へ進めません。でも買い換えてはみたけれどそれでもハングアップの場所がずれただけだったので、あるいはディスクにかなりキズがついて読み取りにくくなっていて、買い換えてハングアップの場所がずれたのは読み取り時のエラー補正がどれくらいキズをカバーしてくれてるかの程度の差なのかもしれません。
本題。 -
レイ・チャールズを何故に賞賛するか
ええ、他所で映画「ブルース・ブラザース」に出演したアーティストの中ではレイ・チャールズが最高だとコメントしました。なんかいかにも私がR&Bとかソウルとかに自信を持ったような書きぶりで、中にはご機嫌を損ねた読者の方も居られたかと思って追記。
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自閉症児の移動
移動に関しては息子はあまり困らせません。多動や衝動性はほとんど無いので迷子や飛び出し飛び降り系の事故を起こしたことがありません。むしろ1人で行動できなくて単独通学が難しいくらいです。一度行ったところは大抵憶えているらしい様子が見えますが、初めてのところでもパニックに至ることはほとんどありません。
今回の長崎行きは寝台特急「あかつき」を使ってみました。息子はB寝台の枕元のランプなどの設備を一通り確認して、トイレの行き方も確認して、あとは窓からひたすら外を眺めていました。真っ暗な夜の眺めの何が面白いのだろうと思いましたが、彼は電気機関車のマニアなので、貨物列車が頻繁に通る夜間の眺めはたいそう気に入ったようです。ついでに鉄道用の信号について系統的な知識を何処からか仕入れていて、4燈式だの5燈式だの中継信号だのと、信号を見るたびに喜んでいました。注意とか徐行とかと言っていたところをみると、どうも鉄道信号を読めるようです。
ふと夜中に目を覚ましてみると、午前3時でしたが、先に寝入ったはずの息子がいつの間にか目を覚ましていて窓の外を見ているので、寝ろと命じてブラインドを下ろしました。少々開けておいたのが失策でした。でもまあ、ここでパニックを起こさず素直に寝るのは、自閉症児としても扱いやすいほうなのだろうなと有り難くはありました。
諫早駅で下車したあと、改札とは反対方向を指さして「赤」と言うので、何かとおもったら、機関車を間近で見たいというのでした。客車は青塗りですが機関車はEF何とかいう赤い色の電気機関車でした。娘と3人でぞろぞろと機関車を見に行きました。車掌さんが怪訝そうにこちらを見ておられました。近くに寄るとさすがに大きくて強力そうですね。でもこんなものの何が嬉しくてマニアになったのだか、今ひとつ理解できません。
帰りは兄妹二人で飛行機を使って帰ってくる予定です。「ジュニアパイロット」とかいうのを利用します。伊丹長崎間は乗り換えもなく1時間ですし搭乗口で送り出してしまえば迷う余地無く目的地へ着きます。 -
かわいいと思ってよいのである
まだ息子が3歳の頃、当地の自閉症関連のメーリングリストで、さるお父さんの、「この子が可愛くてたまらない、この子に夢中である」との言葉を拝見しました。投稿の本題は他にあって、その最後についでのように書き添えてあったのですが、失礼ながら本題のほうは忘れてしまいました。
虚を衝かれた感がありました。「俺も息子を可愛いと思ってよいのだ」と初めて思いました。考えてみれば他人に許可を受ける話ではないのですけどね。その権利が自分にもあるのだと、言われるまで気付かなかったのです。可愛いとは思っても申し訳なくて世間様にはよう言わんと、なんとなく思っていました。
この子は変だの育て方が悪いだの、このままでは一人前にならんだの出来る限りのことをしてやれだのと散々言われていた時期でした。そりゃもう仰るとおりです不肖の息子で申し訳ありません責任は取らせて頂きますってもので、何かと追いつめられた気分ではありました。
他の立場から、自分の子だし可愛いだろうと言われてしまうと、発言の意図をつかみ損ねて、かえって身構えたかもしれません。同様の立場からのご発言であればこそ素直に受け止めることが出来たのだと思います。 -
小児神経学会の良心的な提言
記事引用:
言葉の遅れや自閉症が、テレビやビデオ視聴のせいだとする十分な科学的根拠はない――。日本小児神経学会(青木継稔会長)は17日、そんな提言を発表した。
長時間視聴児は言語発達が遅れる危険性が高まるという日本小児科学会の提言を念頭に置いたものなのは明らかである。
この提言が出て以来、心の隅に何かが引っかかったような思いをしていた。日本小児科学会の提言は、米国小児科医会みたいに格好いい社会的コーケンってやつをここらで自分らも一発やってみたいな、という雰囲気が学会で盛り上がったところへ、叩いても表立っては反撃されない低リスクの標的がありますよと持ちかけて火をつけた人が居て、一気に盛り上がったという構図だった。なんだか、小児科学会に一応所属している自分も、父親が逮捕された級友をよってたかって苛めて正義の味方ぶる卑怯な小学生になったような気分がした。子守するお母さんを苛めてそんなに楽しいか?先生ら連続1時間でも自分1人で子守をしたことがあるか?
小児神経学会の提言をまとめられた小西先生は赤ちゃんの発達に関しておそらく日本で最も発言力の大きい人だと私は思う。障害児への愛情と学問的な誠実さを人格的な熱さで融かして合金にして、該博な学識でその合金を鍛えて、それを材料に学者をひとり作ったら小西行郎が出来上がる。今回の提言も先生の面目躍如と言ったところだ。先生よくぞ仰って下さいました。
日本小児科学会の提言の実質的な旗振り役であった片岡先生は(この提言はほとんど彼1人の学説を元に出来上がった感があるが)、言葉巧みに、長時間視聴が自閉症の原因であるという誤解を誘ってきた。自閉症児の父親としては、不愉快な人だ。その不愉快さを著名な児童精神科医に代弁して頂く。
お二人への印象があまりに違う故に私にとってはこの二つの学会の提言を同列に考えることなど到底不可能だ。
自閉症とテレビに関しては妻の言を引用する。
「一日4時間とか8時間ってのは確かに見せすぎだと思うけど。でも、もうちょっとテレビやビデオを集中して見ててくれたら私も楽だったかもね。」
