カテゴリー: 読書

  • 中途半端な結末

    のだめカンタービレ #23 (講談社コミックスキス)

    二ノ宮 知子 / 講談社

    中途半端な結末だなと思った。作者の体力が尽きたのだろうか。続編では軌道エレベーターを上がって宇宙へ出て活躍するんだろうと予感させる終わり方。「のだめLast Order」とかいうタイトルで。

  • ワクチンなかった年月を何で計ればいいのだろう

    ともに彷徨いてあり―カヌー犬・ガクの生涯

    野田 知佑 / 文藝春秋

    日本政府は犬の予防接種にはずいぶん熱心なんだなと思った。人間の子どもには接種してくれないくせに。

  • 副題変更 課長バカ一代

    課長バカ一代 1 (1) (KCデラックス)

    野中 英次 / 講談社

    スコア:

    NICU部長の肩書きを頂いてしばらく経つ。最初は「代行」とついていた。そう付いていてもいちおうみんな私の言うことは聞いてくれるし役職手当も頂けたので文句を言う筋合いでもないのだが、こんな場末のNICUがそんなたいそうなものかと多少思わないでもなかった。
    ちなみにキミは管理職なんだから時間外手当は無しねと言われたら速攻で辞めるつもりだったのだが(月9回もタダで当直できるものか)、当直手当は出世して以降もきちんと頂いている。ありがたいことである。
    さるさる日記であれこれ愚痴を書き始めた頃は下っ端だったのだが、なんだか出世してしまった。出世させてくれたついでに部下もつけてくれたらなお善いのだが、それは高望みというものかもしれない。病院の上の方でも求人は熱心にしてくれていることだし。ありがたいことに応募があったし。
    それにしても我が身をつれつれ振り返るにつけ、こんな俺がNICU部長なんて名乗ってて京都の新生児医療はほんとうに大丈夫なのかと、まあ認可病床数や年間入院数としては京都でも大きい方のNICUであるだけに、多少危惧するところも無いわけではない。しかしそれは京都のみなさまに失礼なことではある。ということでせめてものお詫びにと、今後このブログでは愚痴はなるだけ封印することにする。武士は喰わねど高楊枝。寒い辛いを言わないのがさむらい。だから今後はあんまり寝てないとか忙しすぎるとか休みがないとかなるだけ言わないことになるけれど、それで小児科医療の現場が楽になったという根拠とは解釈しないでください。そんな誤解を生んだら別の方面にご迷惑ですから。
    ということで今後の目標は本作の主人公八神和彦である。彼のように、常に平然と、自分を失わず、池上遼一の劇画の主人公みたいなきりっとした表情で(地がそんなに二枚目かはともかく)いたいものだと思う。たとえアホなことばっかりしていても。
    部下がみんな休暇をとってしまってオフィスにひとり取り残されたクリスマスイブ、八神は課の業務が自分をとばして廻っていることに気付き、自らを振り返って「そうか、俺は何にもしてないんだな」とつぶやく。なんでそんな仕事をしない奴が課長なのかはともかくも、人間としてこんな境地にはそうそう至れるものではない。この男は本当にバカなのだろうか。そうとう大物なのではないか。
    追記:前田仁さんのような優秀でツッコミ力のある部下を募集中です。

  • エンデュアランス号漂流

    エンデュアランス号漂流 (新潮文庫)

    アルフレッド ランシング / 新潮社

    タフさについて考える読書の一環として。本書はさすがに外せない。しかしどうしたことか、本書について記事を書こうとするとエディタやファイアフォックスがフリーズしてなかなか投稿に至らない。なぜだろう。今日はうまくいくだろうか。
    本書の主人公であるシャクルトンも、きわめてタフな人物であるが、けっしてクールではない。つまらん自説にこだわって貴重な資源を失ったりする。でも隊員たちはついていく。そして全員生還してしまう。
    おそらく、けっして間違いをしないクールさにこだわると、この20世紀初頭の極地探検みたいな一寸先は闇の状況下ではやっていけないんだろうと思う。大事なのは間違ったとしてもタフに修正を繰り返し、結果として致命傷に至らず切り抜けることなのだろう。
    エレファント島からサウスジョージア島への1300kmの航海は圧巻である。もちろんGPSなんてない時代だから、六分儀を用いて天測で自分の位置を計測する。その計測がずれていてサウスジョージア島を行き過ぎてしまったら、小さなボートには後戻りする術はない。自分たちも、遺された仲間も終わりである。そういう状況下で自分らの天測を頼りに進む心境というのはどういうものだろう。行き着けると信じる精神力はどこからくるものだろう。
    サウスジョージア島に到着しても、島内の人の住む土地に至るには島を横断しなければならない。人跡未踏の高峰を、ろくな登山装備もなく横断することになる。自分ならサウスジョージア島の浜辺でへなへなと気力を失って座り込んでしまいそうな気がする。NICUで徹夜して超低出生体重児の初日管理を乗り切って朝が来たときに、もう一人いまから超未の緊急帝切をやるんでよろしくと言われたような心境。いや、そうやってもう一晩徹夜した夜明けに重度分娩時仮死の緊急新生児搬送の依頼が入ったような心境か。
    「縄文人は太平洋を渡ったか」のジョン・ターク氏にしても、このシャクルトンにしても、タフさの本質というのは、そういう「ラスボス戦と思ってた戦いのあとのもう一戦」を戦えるかどうかなんだろう。その戦で重要なことは、正しい戦い方をすることではなく、とにかく戦い抜くことなのだろう。むろんそのもう一戦がほんとうのラスボス戦なのかどうかはわからない、という状況で、それでも戦い抜くことなんだろう。
    以下余計な事ながら、シャクルトンたちは食糧が乏しくなると犬を殺してその肉を食い、犬の餌も人間が喰う。犬はまったく物資扱いである。それはそれでいいんだろうけど、それじゃあ日本の第一次南極越冬隊が犬を置き去りにせざるをえなかったときに世界中から受けたというヒステリックな非難はいったいなんだったんだと思う。紳士のために犬が犠牲になるのは当然だが猿が犬を犠牲にするのはバランスが悪いとでも言われていたのだろうかと、人種差別的な理不尽さを感じた。

  • 縄文人は太平洋を渡ったか ジョン・ターク著 青土社

    縄文人は太平洋を渡ったか―カヤック3000マイル航海記
    ジョン ターク / / 青土社
    ISBN : 4791762568
    米国ワシントン州の川辺から、9000年前のものと推定される人骨が出土した。顔を復元してみると縄文人そっくりであった。著者は、縄文人が北太平洋の海岸伝いに北米大陸まで渡ってきたのではないかと考え、自分でその航海を再現しようと試みた。1年目は両舷にアウトリガーのついた一人乗り帆船で、北海道を出発して千島列島沿いに北上しカムチャッカ半島に到達。2年目にはシーカヤックでカムチャッカ半島の東岸をさらに北上して、ベーリング海に浮かぶ米国領セントローレンス島へ到達する。
    逃避のために読んでかえってタフさというテーマを考えさせられた本の一冊である。本書を読むと、十分なタフささえあれば、クールさとかクレバーさとかはそれほど重要ではないのかなと思わされる。著者はひどくタフだ。満足な地図もなく、その日の夕方にうまく上陸できる海岸があるかどうか分らないまま、海にこぎ出していく。その精神力だけでも大したものだと思う。潮流に流されて(オホーツク海と太平洋は深さから何から全然違う海なので千島列島の島の間には複雑な潮流が渦巻く)太平洋に流され、陸も見えないところからGPSを頼りに帆走して生還したりもする。千島列島は北半分は島が小さくなり間隔がひらく。南千島とちがって一日の航海では次の島へ着けない。彼らは同行の二人で互いの船をくくりつけ、30分おきに操船と睡眠を交代しながら3日間まったく陸の見えない航海を完遂する。そうして這々の体でたどり着いた小島には枯れ川しかなくて水が手に入らず、ロッククライミングで崖を登って小さな泉を見つける。延々この手の話が続く。十分なタフさがあればたいていの問題は乗り越えられるという教訓。いやもうそんな教訓レベルを超えている。神は十分タフな奴のみかたをする、というのが本書のテーマかも知れない。
    著者はシーカヤックの単独航海でホーン岬をまわったお人だそうだ。実績のあるタフなお方だ。その著者曰く、こういう航海をするのは従来言われていたような、戦乱や飢餓に追われてやむなくといったプラグマティックな動機だけでは不可能だと。そうではない、心の底から沸き上がるような、やむにやまれぬ、半ば正気を疑われるようなロマンティシズムがなくてはこの手の航海は無理だと。なるほど。
    しかし著者はクールでもクレバーでもない。とつぜん根室へやってきて日本の役人に「今から国後島へ渡りたいんだが」と言って通じると思っている。南千島の帰属をめぐる問題についてまったく調べもせずにやってきたらしい。やれやれな脳天気ぶりだが、交渉の末に条件つきで渡航を認めさせてしまう。クールさの欠如を補って余りあるタフさ。
    しかしロシアに入ったら、ちょうど経済が崩壊していた時期で、行く先々の無法ぶりはクールな理屈の通用する状態ではない。けっきょくは、著者のようにタフなネゴでごり押しはんぶんに乗り切っていくのが、いちばんクールなやりかたでもあった。
    ちょうどロシアの経済が崩壊していた時期であったとはいえ、著者が報告する北方領土の社会的荒廃ぶりはひどいものだ。インフラは崩壊し、民間人は大半が引き上げてしまって目につくのは軍人ばかり。残った住民は空き家の壁をはぎ取って薪にしている。持てあますんなら返せよと言いたくなる。おそらく、この悲惨な中に、日本の政治家が「ムネオハウス」をつぎつぎに建てて救世主になったんだろう。彼の路線で行ったら本当にこの土地は帰ってきたかも知らんなと思わされた。なんだって彼は失脚させられたんだったっけ? 彼の失脚で得られた成果といえば社民党の女性代議士が一発芸の才能を披露したくらいしか思いつかない。地元に帰れば彼女はヨシモトに再就職可能だと思う。「総理、総理、総理!」「あなたは疑惑の総合商社」云々、いろいろと使える台詞が耳に残る。最後に「今日はこれくらいにしといたるわ」で締めて引き上げるとなおよろしい。って、何の話だったっけ。

  • ただマイヨ・ジョーヌのためでなく

    ただマイヨ・ジョーヌのためでなく (講談社文庫 あ 105-1)
    ランス・アームストロング / / 講談社
    ISBN : 406276086X
    さいきん読むことが多いのは自転車の本と、辺境の本。とにかくどこかへ逃げ出したい一心の読書傾向である。それが皮肉にも、「タフさ」とは何か、という問題を考えさせられるような本によく行き当たるようになった。タフさを要求されないところへ逃げ出したいと思ってるようだけど、逃げ出す先として君があこがれるようなところは今以上にタフさを要求する場所だから勘違いしないようにねと、アマゾンドットコムに宿る神様が仰ってるんだろうと思う。
    本書は自転車つながりの一冊。ランス・アームストロングはアメリカの人。自転車ロードレースのプロ選手で、将来を嘱望された若手時代に精巣腫瘍で闘病生活を余儀なくされたが、復活したうえツール・ド・フランス7連覇という偉業を成し遂げた人。もっとも本人は癌から生還したことのほうを名誉に思っているらしい。
    まだ競技の部分の描写がぴんとくるほど自転車競技には詳しくないので、読んだときにも闘病記としての要素ばかりが目に付いた。
    初診から手術までの迅速さはエレガント(「大学への数学」誌における用法で)のひとことに尽きたが、お粗末な医療保険はもうほとんど米国医療のお約束である。ちょうどチームの移籍時期で、彼は無保険状態だった。家屋敷も高級車も全部売り払って一文無しになるところを、スポンサー企業の社長が、銭を出さないとうちの社員の保険をぜんぶ引き上げるぞと保険会社に脅しをかけて、厳密には契約外の治療費をださせる。
    とんだ横車である。保険会社だってこの横車をハイそうですかと押されて済ますわけもあるまい。誰かこの横車のとばっちりを引き受けた人があるはずである。うちの社員の保険をぜんぶ引き上げるぞと言ったところでハイそうですかとしか言われないような弱小企業の社長さんとか、マネジドケアで丸めてあるんだからこれ以上の治療費は払わないよといわれる病院とか。
    抗癌剤のブレオマイシンを使わないという選択が良い。本書では医師がそう勧めたと記載してある。この薬の副作用で肺をいためると治癒後に競技へ復帰できなくなるからだそうだ。生存率が5%とか20%とか言ってる状況で競技への復帰云々もなかろうと思うのだが、そうやって具体的な目標をかかげることで、単純な死ぬか生きるかの二分法とは次元の違ったところへ意識を集中させることを狙ったのかもしれない。副作用のない抗癌剤としての「希望」の処方というところか。
    それとも、これだけ予後の見込みが悪ければブレオマイシン1剤くらい加えても加えなくても大して違いはないという身も蓋もない事情だろうか。
    抗癌剤の副作用を延々と堪え忍ぶつらい闘病生活を思えば、復帰後のレースがどれだけ過酷でも耐えきれたとのこと。そしてツール・ド・フランスで7連覇する。彼の活躍は癌の闘病生活をおくる患者たちに、とりわけ子供たちに大きな声援となっている。声ばかりではなく、彼はチャリティ活動に積極的に取り組んでいる。
    ただ、その闘病生活を献身的に支えた恋人を、退院後にあっさり振ってしまう。生存するという目標は達成したが、次に何をすればいいかを見失ってしまい、かえって鬱状態になった模様。生存することより元の日常生活に復帰することのほうがよほど大変であるとのこと。なるほどそういうこともあるのかと医師としては勉強になった。
    そこで癌の子供たちを応援するチャリティライドを始め、その活動で次の恋人と出会い、やがてその恋人の助けを得て選手生活に復帰する。本書は復帰後の彼がツール・ド・フランスで優勝するまでを扱ってある。彼の怒濤の7連覇はそれからの話。本書ではこの二人目の恋人と結婚して、凍結してあった精子で不妊治療して子どもも授かって熱愛いっぱいである。
    だがネットで知った後日談によれば、この二人目の恋人ともその後に離婚しているらしい。おいおい。誰のおかげがあっての今の君だよ。こうなると勉強になったではすまない気がする。ひょっとしてこいつ単に女に汚いだけか?とまで、ちょっと思ったりして。あるいは、真面目な話、この男は恋人をロードレースチームのアシストと同列に扱ってないかと疑う。人生の各ステージでエースである彼の風よけとなり補給品を渡し周囲をかこって事故から守り云々と献身し、役目を果たしたら自身はレースを降りるアシストとして、恋人を扱ってるふうではないか。でもそれは幸せな人生か?人生ってそういうものか?なにか足りなくはないかランス君、と尋ねてみたくはある。

  • フィギュア王 聴診器に菌のマスコットはまずいでしょうね

    フィギュア王 No.128 (ワールド・ムック 745) もやしもん 秋の菌祭り
    / ワールドフォトプレス
    ISBN : 484652745X
    愛読している「もやしもん」の特集であったとのことで、妻が買ってきた。こういう世界もあるのかと興味深く拝読した。
    もやしもん特集は各種の菌のフィギュアを並べてあった。聴診器のマスコットにどうだろうと思って物色したが、いまひとつピンとこなかった。というか、やっぱ菌のマスコットを聴診器につけてるのってまずいでしょうよ。ときにかわいらしい人形などつけておられる先生があるが、ああいうものはどこから手に入るんだろう。
    アスペルギルスって要するにコウジカビなんだねというのは「もやしもん」を読んで初めて知ったことである。
    少女のフィギュアの写真もたくさん掲載されていた。近年芸術的価値が世に認められつつあると聞いてはいたが、なるほど妖しく美しいものだと思った。
    色々と訳のわからない商品も掲載されていた。1体2万円のジャギのフィギュアなんて誰が買うんだろう。頭をすげ替えたらアミバにもなるというトキのフィギュアに至っては原作をリスペクトしてるんだか小馬鹿にしてるんだかわからない。

  • 「ハックルベリー・フィンの冒険」と裁判員制度のこと

    ハックルベリー・フィンの冒険〈上〉 (岩波文庫)
    マーク トウェイン / / 岩波書店
    ISBN : 4003231155
    ハックルベリー・フィンの冒険 下  岩波文庫 赤 311-6
    マーク トウェイン / / 岩波書店
    ISBN : 4003231163
    スコア選択:
    子どもの頃からわりと読書は好きだったつもりだが、なにか読む気がしなくてハックルベリー・フィンのほうはしまいまで読んでいなかった。改めて読んでみたわけだが、いやこれは子どもの物語ではないですね。
    物語の中で、ミシシッピー川の流域を渡り歩いていた詐欺師がついにその悪事が露見して、住民にリンチにされる場面がある。町じゅうの人が熱狂して、悪党二人の身体にタールを塗って鳥の羽根を突き刺し、ミシシッピー川へ放り込むべく担ぎ出してゆく。
    英語のlynchという動詞は、単に法律にもとづかない制裁を加えるというのみならず、最後に殺してしまうというところまで含んだ語だと聞くので、この情景もじっさいにあり得た情景なのだろうと思う。
    で、ここから先は私が勝手に思ったこと。彼の国の陪審制度というのは、けっして既存の裁判制度に住民参加を促すために成立したものではなく、実際のところはこういう熱狂的な暴徒と化しやすい住民を裁判制度から閉め出すために成立した制度なのではないかと、物語を読んで思った。何人までなら法廷に立ち会わせるからそれで納得して被告人を殺さず司法に引き渡してくれということで。
    大野病院事件では控訴しなかったなあと、締め切りの日を迎えて安堵。
    今日も二人の入院があったがそれでも空床は重症2/軽症2。

  • 地球温暖化とファイナルファンタジーⅩ

    地球と一緒に頭も冷やせ! 温暖化問題を問い直す
    ビョルン・ロンボルグ / / ソフトバンククリエイティブ
    ISBN : 4797347236
    ビョルン・ロンボルグ氏によれば今の温暖化対策としての温室効果ガス削減では、温暖化を防止できるわけではないという。せいぜい温暖化を5~6年先送りする程度の効果であると。
    たったそれだけの効果のために、とくに排出権取引みたいな得体の知れないことに巨額の金をつぎ込むのはどうなのかと氏は問う。それよりもいま現在の貧困対策にお金を使ったらどうなのか、同じ額のお金をHIV対策とかマラリア対策とかにつぎ込んだほうが、救える人命はよほど多いという。国同士で約束するとしたら、GDPの何パーセントを温室効果ガスを出さないエネルギーの開発に使いますとかいった内容のほうがいいんじゃないかとも言う。彼の目指すところは、温暖化そのものの防止より(そりゃまあ防止できたらそれに越したことはないんだが)、温暖化してもやっていけるようなタフな態勢の構築のようだ。
    たった5~6年というのはなんだかファイナルファンタジーXの「ナギ節」を彷彿とさせる。ゴアのナギ節とかフクダのナギ節とか呼んで欲しい人もいるんだろうかと思う。人類の罪あるいは排出する温室効果ガスのために「シン」あるいは地球温暖化という怪物が世界を脅かすようになり、世界を支配するエボン寺院は機械を使うのが人間の罪であるといい、その罪のためにシンが生まれ人が集まって繁栄する場所を襲ってくるようになったと説く。ちょうど人類が排出した温室効果ガスのために生まれたシンあるいはハリケーン・カトリーナが、海から襲ってくるように。
    思想もまた厳しく統一されている。世界はシンに対する恐怖で凝り固まっているので思想といってもシン対策のバリエーションに過ぎないのだが、エボン寺院が唯一認めるのは「究極召喚」によるシン打倒のみ。他の方法を提唱したりしたら異端として厳しく糾弾される。ロンボルグ氏も科学界で袋叩きも同然の目にあっている。しかし究極召喚によりシンを倒し、シンの来襲を恐れないで済むナギ節と呼ばれる期間が訪れたとしても、やがてシンは復活し、ナギ節(過去1000年のあいだに4回かあったらしいが)は終わりを告げる。そういうものらしい。究極召喚の核心を握る登場人物によれば「人の罪が消えることなどありますか?」ということで人間は永遠にシンに苦しめられる運命らしいが、IPCCのコアなところには「温室効果ガスが消えることなどありますか?」とか曰う人もあるのかも知れない。
    ゲームの主人公であるユウナたちは、究極召喚ではなく、自分たちの技を地道に鍛えてシンに挑み、ついに打倒し、永遠に続くナギ節をもたらす。そういう夢物語みたいな解決は地球温暖化については誰も提示できないけれど、でもロンボルグ氏の説くところのほうがユウナたちの路線に近いものがある。得体の知れない効いてる期間も短いものに、その派手さに判断停止して有り金ぜんぶ賭けるようなことはせず、地道に実効性のある対策を重ねていこうよという提唱である。ただ彼の説くところはファイナルファンタジーⅩ世界で言うならシンに襲われても平気な世界ということになるから、一部の人には受け入れがたいのも当然かと思う。でもなあ、海からシンが襲ってくるのになんでポルト・キーリカは海辺に木造建築の村を作ってるんだよとか(あれじゃあシンのまえに台風で潰れるぜ)という突っ込みは私もしたしなあ。ハリケーン・カトリーナなんてルイジアナ州上陸時には5段階中の3段目くらいのレベルなんだし、それで犠牲者が多く出たのは貧困層を川の氾濫原に住まわせて治水対策も怠ってたからだろという反省はあってもいいと思う。
    個人的にはリュックのほうがすき。

  • 小児神経科長期フォローアップ

    小児神経科長期フォローアップ
    佐々木 征行 / / 診断と治療社
    慢性の神経疾患で在宅人工呼吸管理になったりならなかったりなれなかったりした患者さんたち9例の長期経過を、とくに治療方針の決定に関する家族との対話を中心に述べた書である。マニュアルというよりはナラティブ的な一冊である。家族の立場からの報告はなくもなかったが、医師による類書は初めてではないだろうか。何の縁でかグーグルの検索で当ってきたので、さっそく購入して一読した。
    暗中模索を余儀なくされてきた医師の一人として、貴重な指針となる本だと思った。なんでもっと早く世に問うてくださらなかったかと慨嘆すらした。今後はおりにふれ読み返すことになろうと思う。むろん本書に盲従しようと思ったわけではない。批判精神を欠いた読み方は著者も欲しないだろうと思う。盲従はしないが、しかし、類書は今まで管見のおよぶかぎり一冊もなかったのである。暗中に光を得た思いがする。
    著者は国立精神・神経センター武蔵病院小児神経科の部長を務めておられる。当然、斯界の第一人者のおひとりである。その佐々木先生にしてここまで迷われるかと思えたほど、揺れ動いては熟慮を重ねて歩を進めて来られた様子が紙背に伺える。その先達の背中に力づけられた。
    色々と難しげなMRI所見や神経生理学的検査所見が載っているが、本書は医師以外にも在宅の重症児にかかわるすべての職種の人にお読みいただきたいと思う。そうは言っても高価だから経費で落とせない立場の方々にはお勧めしにくいが、しかしご家族のみなさまの感想もぜひお伺いしたいと思う。